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第一話 ハッタリから始まる英雄伝説

 「ん? ここはどこだ……?」重い瞼を開けた瞬間、視界いっぱいに飛び込んできたのは、見慣れたオフィスの薄汚れた天井でも、目をつぶつぶと刺す蛍光灯の光でもなかった。見上げるほどにそびえ立つ、樹齢数百年はあろうかという巨大な樹々。鬱蒼と茂る葉の隙間から差し込む陽光が、足元の湿った苔を黄金色の斑点状に照らし出している。「嘘だろ……」呆然と立ち尽くす俺の足元を、ぷるんと透明な音を立てて緑色のゼリー状の物体。スライムがゆっくりと横切っていった。現実感がなさすぎる。夢か、あるいは噂に聞く「過労死したサラリーマンの異世界転移」というやつか。「いやいやいや、待て待て待て! おかしいだろ! 俺は昨日も深夜二時まで修正資料を作っていて……そのままデスクで倒れて……え、まさか本当に過労死!? 冗談じゃないぞ、まだ今月の残業代だって申請途中だったのに! 労災は!? 労災認定はどうなるんだよ俺の人生!!」思考がパニックを起こし、一人で大声で叫び散らかしていた、まさにその時だった。



「きゃあぁぁぁーーーっ!?」



 静寂を切り裂く、悲痛な悲鳴。驚いた鳥たちが一斉に空へ羽ばたき、木々の葉が激しくガサガサと揺れる。直後、茂みをなりふり構わず押し分けて逃げてきたのは、一人の少女だった。泥と埃で純白の聖衣を汚しながらも、息を乱すその姿には息を呑むような美しさが宿っていた。繊細な銀髪が木漏れ日を受けて輝き、紫水晶のような瞳が強烈な恐怖と悲壮感に揺れている。そして、そのすぐ後ろから、ギラギラと抜身の剣を構えた重装甲冑の男たちが、殺気を撒き散らしながら迫っていた。「ふん、こんなアルヴェリア王国の領土まで逃げ延びるとは!手こじらせやがって!」「騎士長、ここは敵国の領土です!長居は危険ですぞ!」 「分かっている!さっさとあの聖女の首を刎ねて持ち帰るぞ!」殺伐とした会話が、俺の耳に恐ろしい解像度で飛び込んでくる。男たちが身につける重厚な鉄甲冑が擦れ合う、嫌な音。生々しく光る白刃の冷たさ。あれはごっこ遊びでも特撮の撮影でもない。本物の「殺意」だ。(……逃げよう)俺、片平健二(かたひら けんじ)、二十九歳。ブラック企業の過酷な現場で叩き込まれた「ヤバい案件からは即座に手を引く」「炎上プロジェクトの気配を察知したらトイレに籠もる」という超一流の危機管理能力をフル回転させ、俺はそっと気配を消しながら後ずさった。関わったら死ぬ。確実に死ぬ。だが、周囲の複雑な地形と迫りくる敵兵の索敵範囲を冷静に観察した俺は、わずかコンマ数秒で冷酷な現実を悟った。(……無理だ。逃げ切れん!なんだこのクソみたいな初期配置は!背後は断崖絶壁、足元の乾いた小枝を踏めば一発で察知される!相手は完全武装の訓練された兵士が数名、対するこちらは安物のスーツを着た運動不足の元社畜!逃走成功確率を計算するまでもない、ゼロだ!100%追いつかれてついでに口封じで斬られる!!)「追いついたぞ、聖女セレナ!諦めて年貢の納め時だ!」「くっ……!」 追い詰められた少女セレナが膝をつき、敵の騎士長が邪悪な笑みを浮かべて剣を振り上げる。詰んだ。逃げ場はない。巻き込まれて殺される未来しか見えない。(死んでたまるか……っ!異世界に来て何一つ美味いもんも食ってないのに、なんで見知らぬ鎧の男に殺されなきゃいけないんだよ!ここで死ぬくらいなら……!)逃げられないと悟った瞬間、俺の脳内で何かがプツリと切れた。半ばヤケクソになり、両脚をぬかるんだ地面にしっかりと踏み張る。胃が千切れるほどの恐怖と緊張に耐えながら、俺は喉が張り裂けんばかりの大声を張り上げた。



 ブラック企業の飛び込み営業と、早朝6時からの地獄の朝礼で鍛え上げられた「地声のデカさ」と「狂気的な滑舌」、そして数多のクレーム対応で磨かれた「嘘を真実に仕立て上げる大ハッタリ」だけが、俺の唯一の武器だった!「敵襲だーーーー!!!?全員、戦闘配置につけーーーーーッ!!!」「!?」森全体を物理的に揺らすような超大音量。少女の首を切り落とそうと振り上げられていた騎士長の剣が、ピタリと空気中で停止した。追手の兵士たちが一斉に首を巡らせ、狼狽の表情を浮かべる。俺は腹筋に全力量を込め、さも後方に大軍勢が控えているかのように、怒号を連発した!「遅いぞ第二大隊!左右から包囲網を展開しろ!敵国グランディアの小隊だ!一人たりとも生かして返すな!弓兵部隊、射撃準備!魔法兵団、極大呪文の詠唱を急げ!相手は完全装備だ、手加減はいらん!森ごと木端微塵に吹き飛ばせーーーーッ!!」「な、なに!? 伏兵だと!?なぜそんな大軍がこんな辺境の森に……!?」騎士長が悲鳴のような声を上げ、狼狽して周囲の木々を見回す。社内プレゼンや激怒する取引先相手に叩き込まれた「大嘘をさも紛れもない事実のように叫び、相手の思考をフリーズさせる」ハッタリの技術。それが極限状態の土壇場で、奇跡的な冴えを見せていた。嘘をつく時の鉄則はただ一つ。「具体的かつ、引き返せない数字と組織名を突きつけること」だ!「報告!一千人将様ーーー!!敵の首魁を討ち取り、功績を上げる大チャンスですぞーーーー!!!第三大隊、第四大隊ともに配置完了!敵の退路は完全に封鎖しました!一千人将様のご命令一つで、いつでも殲滅可能です!!」「い、一千人だと……!?ろ、六つの大隊だと……!?追撃部隊どころか、敵国の本隊レベルの大軍ではないか!!」「報告!後方に多数の気配!木々が揺れております!」(※ただの強風である)敵兵の報告を受け、俺はさらに威圧的に叫び散らかした。「フハハハ! 愚か者どもめ、我がアルヴェリア王国の罠にまんまとかかったな!貴様らの侵入など、全て最初から計算通りだ!さあ、一千人将様!哀れな虫ケラどもにトドメのご命令を!!」「くっ……ハメられたか!敵の完璧な罠だ!この規模の包囲網では勝ち目がない!ひけーっ!! 今すぐ撤退するのだ!!」「一千人」「六つの大隊」という具体的かつ致命的な妄想の数字に完全に気圧された敵兵たちは、蜘蛛の子を散らすように、脱兎のごとく森の奥へと逃げ去っていった。静まり返った森の中に、遠ざかる甲冑の空しい足音だけが響き渡る。「はぁ……はぁ……はぁ……っ!死ぬ……!本当に死ぬかと思った……ッ!」冷や汗が全身から吹き出し、膝の力が一気に抜けて俺はその場にドサリと座り込んだ。……俺がやったことと言えば、ただ「殺されたくない」一心で、腹の底から大嘘をついただけである。魔法も使えない、剣も握ったことがない、戦闘力ゼロの元サラリーマンが生き残りをかけて放った、ただの一か八かのハッタリだった。



 「……あの」静まり返った森の中で、可憐な声が響いた。助かった少女――聖女セレナが、紫色の瞳を涙で潤ませ、信じられないものを見るような崇高な眼差しで俺へと歩み寄ってくる。「あなた様は……あの極限状態の中、ご自身の身を挺して私を救ってくださったのですね……!姿を見せず、声だけで敵の精鋭部隊を完全に支配してみせるなんて……!」「あ、いや、待って!落ち着いて聞いてほしい!違くて……!俺もただ巻き込まれて殺されたくなかっただけで、大軍なんて一丸も存在しないし、俺自身はただの無職の一般人で――」 「お一人で敵の精鋭部隊を相手取り、声を巧みに操って存在しない大軍を誤認させる……何という見事な戦術。まさに智勇兼備の英傑、伝説の策士様とお見受けいたします……!」 「だから話を聞いて!?自分が生き残りたくてデタラメを叫んだだけだってば!!叫びすぎて喉がガラガラなんだよ今!!」俺の切実で悲痛な弁明は、彼女の熱烈で感動に満ちた眼差しにあっさりと掻き消された。セレナは深々と、美しい所作で胸に手を当て、礼を捧げた。 「お救いいただき、感謝に堪えません。私はアルヴェリア王国の聖女、セレナ・アルヴェインと申します。……尊いお方、どうかあなた様のお名前を教えていただけますでしょうか」 「えっと……片平健二(かたひら けんじ)って言うんだけど……」正直に本名を名乗ったものの、剣と魔法のファンタジー世界において「カタヒラケンジ」という響きはどうにも収まりが悪い。それに、もしこの世界の権力者や危険な連中に目を付けられた時、素性が即座にバレるのもリスクが高すぎる。 そこで俺は、ブラック企業時代に使っていた「ビジネスネーム」のようなノリで、表向きのコードネームを添えることにした。(まあ、表向きはちょっと格好いい感じの名前にしておくか……カタカナのシステム用語っぽいやつなら、異世界っぽく聞こえるだろ)



「表向きは『アーカイブ・プロトコル』とでも名乗っておくよ」



 「アーカイブ・プロトコル様……。ですが、本当のお名前は『片平健二』様とおっしゃるのですね」セレナは、まるで世界で最も尊い宝物を胸に抱くように、俺の本名を慈しむように呟いた。「はい。誰にも言いません。私とあなた様だけの、生涯の秘密にいたします」 こうして、世間的にはハッタリから伝説の英雄「アーカイブ・プロトコル」が誕生し、同時に「聖女セレナだけが彼の本当の名前を知っている」という特別な信頼関係が爆誕してしまったのだった。「アーカイブ様……実を言いますと、私は敵国であるグランディア帝国に利用され、政治的な都合で切り捨てられたのです。信じていた人々に裏切られ、故郷を追われ……」セレナの瞳に、激しい怒りと深い悲しみが宿る。「私はアルヴェリア王国へ戻り、自分を陥れた者たちに……帝国に復讐を果たさねばなりません。ですが、私一人の力では……」 「復讐、か……」 元サラリーマンの俺には、国家間の陰謀なんて大層なものは分からない。 だが、理不尽に追われ、使い捨てにされ、死にそうになっていた彼女の姿は、ブラック企業で過労死寸前まで使い潰された自分自身の過去と痛烈に重なって見えた。(会社に搾取されて死にかけた俺と、国に裏切られて追われたこの子……なんだか他人事とは思えないな) 腹をくくった俺は、これまでの鬱屈とした社畜生活を振り払うかのように、澄んだ瞳でセレナを真っすぐに見つめ返した。



 「いいよ、セレナ。俺は君の復讐に力を貸すよ」「片平健二様……! 本当ですか!?」「ああ。ただし!俺の協力には条件がある。いいか、よく聞いてくれ。まず、俺は戦闘能力が完全にゼロだ。剣も振れなきゃ魔法も出せない。だから前線で戦えと言われても百パーセント死ぬ。次に、俺は複雑な政治や軍事の専門知識も一切持っていない。指示を出せと言われても『元気よく挨拶しよう』くらいのことしか言えない。つまり、俺ができるのは……そうだな、君が挫けそうになった時に話を聞いたり、愚痴に付き合ったり、せいぜい『それっぽい雰囲気』を出して周囲を安心させることくらいだ。それでもいいなら、俺は君の味方になる。俺だって、ただ搾取されて流されるだけの人生はもう嫌なんだ。この異世界で、人間らしい生活を取り戻したい!」「……まあ!なんという謙虚なお覚悟……!ご自身の絶大な力に驕ることなく、私自身の成長を温かく見守ってくださるのですね……!はい、宜しくお願いいたします、片平健二様!」(いや、謙虚じゃなくて本気で何もできない宣言なんだけど!? なんで伝わってないの!?)俺の言葉はまたしても都合よく変換され、こうして知識も戦闘力もゼロの元サラリーマンと、全てを失った聖女による「壮大な復讐劇」が幕を開けたのだった――。



 数日後。アルヴェリア王国の王都にある、聖女の館。「――ということで、彼が私を敵国の追手から救い出してくださった『聖女の右腕様』こと、アーカイブ・プロトコル様です」 豪奢な応接間に集まった四人の美しい女性側近たちを前に、セレナが晴れやかに俺を紹介した。



 (……ん?いま何て言った?聖女の右腕様……?聞き間違いか?なんだその仰々しいタイトルは!?)



 俺は冷や汗をダラダラと流しながら、引きつった笑みを浮かべるしかなかった。目の前に並ぶのは、見るからにタダモノではない殺気と知性を纏った聖女の側近たちだ。赤髪の凛々しい女性軍人、スカーレット。青髪のクールな眼鏡の事務官、シアン。金髪で身軽そうな諜報員、クラリス。深緑の髪をなびかせる凄腕の護衛、ヴェロニカ。彼女たちの鋭い視線が一斉に俺へと注がれる。その眼差しには、尊敬、警戒、そして品定めするような緊張感が複雑に混ざり合っていた。「あなたが……あの敵の精鋭追撃部隊を、たった一人で声だけで撃退したという聖女の右腕様……」スカーレットが腕を組み、鋭い眼光で俺を検分するように見つめる。「ふむ……武器も持たず、防具も身につけず、見慣れぬ黒い異国服(※ただのスーツ)。一見すると無防備極まりない姿ですが……隙が見当たりませんね」護衛のヴェロニカが感心したように深く頷いた。(いやいやいや!隙しかないから!ただの化学繊維のスーツだから!刃物で刺されたら普通に貫通するからね!?武器も防具も持てないくらい筋力が弱いの!)俺は心の中で激しくツッコミを入れたが、口が裂けても出せない。ここで「実はただの無職のサラリーマンで、あの時はハッタリをかましただけです」なんて白状したら、彼女たちに何をされるか分かったものではないからだ。「アーカイブ・プロトコル様」 事務官のシアンが書類を手に、冷徹な声で問いかけてきた。「これより我が方は、グランディア帝国に対する復讐……ならびに国家再生計画を開始いたします。あなた様には聖女の右腕様として、全体の最高戦略顧問および現場の総指揮をお任せしたいのですが、最初のご指示をいただけますでしょうか」



「…………」



 全員の視線が俺に集中する。期待に満ちたセレナの瞳。試すような側近たちの視線。(指示!?指示なんて出せるわけないだろ!!異世界の軍事も政治も経済も何も知らんぞ!! そもそも前世でも平社員だったんだよ!指示を出す側じゃなくて、理不尽な指示に『はい! 喜んで!』って頭を下げる側の人間だったんだよ!!)冷や汗が背中をダラダラと伝い、ネクタイの襟元が窮屈に感じる。パニックになりかけた俺の脳裏に、前世のブラック企業で学んだ「無能な上司や面倒な案件を回避しつつ、自分は優秀っぽく見せる究極の社畜自己防衛術」が閃いた。そう「何もわからない時は、部下に全部丸投げして自分は指示待ちのフリをする!」そして「言葉数を極限まで減らし、思わせぶりに静観する!」だ!俺はゆっくりと深呼吸をし、完璧なポーカーフェイスを装って腕を組んだ。そして、木漏れ日が差し込む窓際へと悠々と歩み寄り、庭の木陰を指さした。「……そうだな。まず言っておくが、復讐計画の全権は、すべてセレナに一任する」「えっ……?私に、ですか……?」セレナが驚きで紫色の瞳を丸くする。俺は重々しく首を振って見せた。「そうだ。これは君の戦いであり、君の人生だ。外から来た俺がしゃしゃり出て指揮を執るなど、お門違いも甚だしい。君自身が考え、君自身が選択し、仲間とともに進むことにこそ意味がある。俺が余計な指示を出せば、君たちの主体性を奪うことになりかねないからな。……だから俺は、あの庭の木陰で待機しておくことにする」「木陰で……待機、ですか……?」側近のクラリスが不審そうに首を傾げた。俺は堂々と胸を張って、社畜の魂を込めた持論をぶちまけた!「そうだ!言っておくが俺は筋金入りの『指示待ち人間』だからな!自分から勝手に動いて余計なトラブルを起こす気は一切ない!必要な時に、必要な指示を明確に文書または口頭で与えてくれれば、その時だけ省エネで対応する!指示がない間は、あの木陰で静かに横になり、風の音でも聞きながら二度寝に専念させてもらう! 以上だ!」そう言い切ると、俺はそれ以上の質問を一切受け付けない圧倒的拒絶のオーラを纏い、さっさと応接室を出て庭の涼しい木陰へと向かった。 ふう、危なかった……!完璧だ!「自分は無能だから動かない」という事実を、極めて論理的かつ堂々と主張することで、面倒な仕事を全て回避することに成功したぞ! あとはあそこでぼーっとして、美味しいものでも食べて、適当に過ごそう。異世界最高!



 応接室に残されたセレナと四人の側近たちは、去っていくアーカイブの背中を、言葉を失って見送っていた。静寂を破ったのは、赤髪のスカーレットだった。「……なんという男だ」 その声には、震えるほどの戦慄と感動が混ざり合っていた。「スカーレット、どういうことだ?」ヴェロニカが尋ねる。「気づかないのか!?『全権を聖女様に一任する』……一見すれば丸投げに見えるが、違う!彼は自身の圧倒的な武力やカリスマで組織を支配することを敢えて避け、聖女様の主導権と尊厳を完璧に立てて見せたのだ!ご自分は『ただの指示待ち』と謙遜しながらな……!権力への執着が一切ない、真の聖者だ!」「な……なんという配慮……!」シアンが眼鏡の位置を正しながら、震える手で書類をめくる。「さらに『木陰で待機する』という言葉……!庭のあの木陰は、館全体どころか王都の主要街道を一望できる最高の死角!彼は『遊んでいる』のではない……!敵の奇襲や諜報員の潜入を警戒し、たった一人で拠点全方位の陣地防衛を担当すると仰っているのだ!しかも『二度寝をする』と言いながら……感覚を研ぎ澄ませているに違いない!」「そんな……!?たった一人で拠点防衛を……!?」クラリスが息をのむ。「『必要な時に呼んでくれ』……つまり、我が軍が絶体絶命の危機に陥ったその時にだけ、前線に降り立ち真の力を解放するということか……!なんと恐ろしい覚悟、なんと深い慈愛……!」ヴェロニカは戦慄し、己の浅はかさを恥じるように頭を垂れた。「聖女の右腕様……アーカイブ・プロトコル様……!どこまで深く先を見据えていらっしゃるの……!」セレナは胸の前で手を組み、遠くの木陰でフカフカの芝生に寝転がり、ぼんやりと空を見上げているアーカイブの横顔を見つめた。(健二様……。ご自身を『指示待ち』と称してまで、私に成長の機会を与え、裏から全てを守ってくださるのですね……!私はあなた様のご期待に応えて見せます!)



 一方その頃。「あー、風が気持ちいいなー」木陰でフカフカの芝生に寝転がったアーカイブは、大きなあくびを噛み殺していた。「仕事もしなくていいし、うるさい上司もいないし、ご飯も出てくるし、異世界最高だな。……まあ、俺はこの復讐劇において全く必要ない存在なわけだけど。まあいっか、楽だし!」己の何気ない脱力行動が、国家を揺るがす巨大な勘違い伝説の第一歩となっていることなど、彼は知る由もなかったのである。



 そして同時刻。敵国グランディア帝国の前線基地。重厚な執務室のデスクを、凄まじい力で叩きつける音が響いた。「なに……!?聖女セレナの追撃に向かった部隊が壊滅……いや、謎の男の一声によって『一千の大軍と六つの大隊』と錯覚させられ、敗走しただと!?」報告を受けた戦士長ヴァルターは、青ざめた手下から差し出された調査書類をひったくるように開いた。「名前は……アーカイブ・プロトコル。聖女の右腕と呼ばれる男か……。詳細な戦闘能力、所属、過去……すべて不明……!くっ、情報が存在しないこと自体が異常だ! 声だけで敵部隊を心理的に壊滅させる精神感応魔法の使い手か……!?一体何者なのだ、あの男は……!」ヴァルターの額から一筋の汗が伝い落ちる。「……至急、帝国の全暗部組織に命じよ!そのアーカイブなる男の動向を二十四時間監視しろ!奴が動いた瞬間、我が帝国の存亡がかかるぞ……!」遥か遠くの敵国で、勝手に「世界を滅ぼす国家級の脅威」として恐れられ始めていることも知らず、アーカイブは今日も木陰で幸せそうに二度寝を始めるのだった。


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