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昔私を捨てた御曹司が高級車で現れた日、安いサンダルの私を笑わない人がいた  作者: ちょこまろ


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第2話 靴で人を見る人に、彼女の価値はわからない

昔の男に、足元を見られた夜。


七百九十円のサンダルも、スーパーの袋も、泣きそうな顔も。

美緒にとっては、全部が自分を惨めに見せるものに思えました。


けれど、瀬名遼介だけは違いました。


彼は美緒の靴を笑わず、

過去の男の言葉に傷ついた彼女の隣に、静かに立ってくれます。


「靴で人を見る人に、彼女の価値はわからない」


第2話では、美緒が初めて、

自分を見下さない優しさに触れます。

「瀬名さん……?」


 私は、かろうじてその名前を呼んだ。


 なぜここにいるのか。


 どうして今なのか。


 頭が追いつかなかった。


 遼介は私に、小さな紙袋を差し出した。


「忘れ物です」


 中には、打ち合わせ室に置き忘れた資料ファイルが入っていた。


「会社に戻ったら、受付の方が慌てていらしたので。駅までなら間に合うかと思って」


「わざわざ……すみません」


「いえ」


 遼介はそう言ってから、私の顔を見た。


 その目が、一瞬だけ細くなる。


 泣きそうになっていることに、やはり気づかれたのだと思った。


 私は慌てて視線を逸らした。


「美緒の知り合い?」


 悠真が車の中から言った。


 なぜか、その声が少しだけ変わった。


 さっきまでの余裕が、薄くなっていた。


 遼介は車の方を見た。


「仕事でお世話になっている方です」


 私が答える前に、そう言った。


 その言い方は、丁寧だった。


 けれど、どこか線を引いていた。


「へえ。美緒、こんなすごそうな人と仕事してるんだ」


 悠真は笑った。


 また、あの笑い方だ。


「昔から頑張り屋だったもんな」


 私は唇を噛んだ。


 その瞬間、遼介が一歩だけ、私の隣へ出た。


「白石さんは、頑張り屋という言葉で片づけられる方ではありません」


 静かな声だった。


 大きくはない。


 けれど、雨上がりの広場で、不思議なくらいはっきり聞こえた。


「準備が丁寧で、判断が早く、相手の意図を汲む力がある。弊社の案件でも、白石さんの提案に助けられています」


 私は驚いて、遼介を見た。


 そんなふうに言われると思っていなかった。


 仕事の場ならまだしも、こんな場所で。


 こんなふうに。


 私の価値を、誰かの前で具体的に言葉にしてくれる人がいるなんて。


 悠真は一瞬、黙った。


 けれどすぐに笑った。


「すごいね、美緒。出世したんだ」


「出世ではありません」


 遼介は、淡々と言った。


「積み上げてきたんです」


 胸の奥が、熱くなった。


 私はその言葉を、ずっと欲しかったのかもしれない。


 頑張ってるね、ではなく。


 かわいそうだね、でもなく。


 すごいね、でもなく。


 積み上げてきた。


 そう言ってほしかった。


 悠真の視線が、また私の足元に落ちた。


「でも、美緒は昔から変わらないよ。そういうところも含めて」


 まただ。


 サンダルを見ている。


 私は無意識に足を引いた。


 その動きに、遼介が気づいた。


 彼は私の足元を見なかった。


 代わりに、悠真をまっすぐ見た。


「靴で人を見る方には、白石さんの価値はわからないでしょうね」


 空気が止まった。


 悠真の笑顔が、ゆっくり消えた。


 私は息を忘れた。


 怒鳴ったわけではない。


 責め立てたわけでもない。


 けれど、その一言は、十年前から私の中に刺さっていた棘を、静かに抜いてくれるみたいだった。


「行きましょう、白石さん」


 遼介は私に向き直った。


 その目は、私を急かしていなかった。


 命令してもいなかった。


 ただ、選ばせてくれていた。


「ここでこれ以上、傷つく必要はありません」


 私は、スーパーの袋を握り直した。


 指先が震えていた。


 でも、今度は涙をこらえるためだけではなかった。


 私は小さくうなずいた。


「……はい」


 悠真が何か言いかけた。


 でも私は、もう見なかった。


 七百九十円のサンダルが、濡れた石畳を踏んだ。


 さっきまでみすぼらしくて仕方なかったその靴が、不思議と少しだけ、私を前に進ませてくれる気がした。


 広場を抜ける時、遼介は傘を差し出した。


 私は戸惑った。


「私、駅まですぐなので」


「では、駅まで」


「でも、瀬名さんが濡れます」


「白石さんが濡れるよりはいい」


 その言い方があまりにも自然で、私は返す言葉を失った。


 優しさには、種類がある。


 相手を支配する優しさ。


 相手を弱くする優しさ。


 自分がいい人だと思われるための優しさ。


 でも瀬名遼介の優しさは、そのどれとも違った。


 彼は私を庇ったあと、何も聞かなかった。


 さっきの男は誰かとも。


 なぜ泣きそうだったのかとも。


 どうしてそんなサンダルを履いているのかとも。


 ただ、私の歩幅に合わせて、駅まで歩いてくれた。


 それが、私にはなぜか一番苦しかった。


 優しくされることに、慣れていなかったから。


 駅の改札前で、遼介は足を止めた。


「白石さん」


「はい」


「帰ったら、足を冷やしてください」


「え?」


「右足。小指のあたりが擦れているように見えました」


 私は思わず足元を見た。


 サンダルのベルトが当たって、確かに赤くなっていた。


 ずっと痛かった。


 でも、気づかないふりをしていた。


「……よく、気づきましたね」


「歩き方が少し変でした」


 遼介は、静かに言った。


「無理をしている時、人は痛い場所を隠そうとします。でも、完全には隠せません」


 その言葉は、足のことだけを言っているようで、そうではない気がした。


 私は笑おうとした。


 でも、うまく笑えなかった。


「ありがとうございます」


「いえ」


 遼介は少しだけ考えてから、名刺入れから一枚カードを出した。


「何かあれば、連絡してください」


「仕事のことで、ですか」


「仕事でも、それ以外でも」


 私はカードを受け取った。


 厚みのある紙に、瀬名遼介の名前と連絡先が印字されている。


 その名前を見ていると、胸が不自然に鳴った。


 でもすぐに、自分を戒めた。


 勘違いしてはいけない。


 この人は優しいだけだ。


 クライアントとして、たまたま私を助けてくれただけ。


 それ以上を期待してはいけない。


 期待すれば、また傷つく。


「失礼します」


 私は頭を下げて、改札を通った。


 振り返らないつもりだった。


 でも、どうしても一度だけ振り返ってしまった。


 遼介はまだそこにいた。


 私が電車に乗るまで見届けるように、静かに立っていた。


 その姿を見た瞬間、十年前の自分が胸の奥で小さく泣いた。


 あの頃の私は、こんなふうに誰かに守られたかったのかもしれない。


 家に着くと、スマホが震えた。


 画面を見る。


 知らない番号からのメッセージだった。


『今日は驚かせて悪かった。久しぶりに会えて嬉しかったよ。近いうち、二人で食事に行こう。昔の話もしたい』


 差出人の名前はなかった。


 けれど、誰なのかはすぐわかった。


 神崎悠真。


 私はスマホを握りしめた。


 指先が冷たかった。


 消せばいい。


 返事なんてしなければいい。


 それなのに、画面から目が離せなかった。


 その夜、私は安いサンダルを玄関に置いたまま、しばらく動けなかった。


 十年経っても、まだ終わっていないものがある。


 その事実が、何より悔しかった。

読んでくださってありがとうございます。


第2話では、瀬名遼介が美緒の価値を言葉にして守ってくれました。


「頑張り屋」ではなく、「積み上げてきた人」。

「安いサンダルの女」ではなく、仕事でも人としても価値のある女性。


美緒にとって、瀬名の言葉は十年前から刺さっていた棘を少しだけ抜いてくれるものでした。


けれど、神崎悠真からのメッセージによって、

美緒の過去はまだ終わっていなかったことがわかります。


続きも読んでいただけたら嬉しいです。

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