sunset
植物すら生きることが許されない環境。
天は人の上に人を作らず。今この環境こそが世界中のあらゆる環境で最も中立であり、
もっとも平等といえる。今この場には生きるか死ぬか。
信仰、宗教、法律、権力、芸術、文化、発展と衰退。
そのどれもが公的に存在を許されることはなく、そのどれもが認識の中に存在している。
しかし誰も気に留めることはない。
今この場に存在が許されているのは、死屍累々から放たれる鼻の奥を酷くツンと突く刺激臭とどれだけの消費が行われたのかもわからない火薬と硝煙のにおい。
多くの悲鳴が聞こえたかと思えば、気が付けばそれらは舞台の幕引き後のように静謐に消えている。
ふいに"何か"を踏み、滑ったことで走る足元がおぼつかなくなる。
「おかあさん、いつまでここにいればいいの?」
母親と妹の三人。
理屈ではなく生まれながら持ち得る幼き本能の警鐘が、つたない言葉で形となってこぼれた。
「大丈夫、もう少しここで静かに待って居よう。きっともう少しでみんないなくなる。」
「そうしたらここから移動できるから、もう少しだけ、ここで待ってよう。ね?」
長い続いた不眠と栄養不足からか、母親の腕は極限まで肉がそぎ落ちており、いささか頼りない。
しかし子供たちはその頼りない腕と胸に確かに縋るように寄り、母親もその行為に応えるように抱き寄せる。
そしてしばらくその場に息をひそめていた。
数時間なのか、数分なのか時間の概念が消えたその場にどれだけとどまっていたのかはわからない。
銃声が鳴りやんでいる。
戦場がわずかながらこの場から逸れているのだと確信する。
「ほんの少し外を見てくるから二人はここにいて。」
少年少女は頷き、母親はそれぞれの額に唇を合わせる。
母親は意を決して外に出た。
瞬間である。
たった一発の弾丸が母親の頭部を的確に貫く。
齢10歳にも満たない子供たちの眼前には、つい先刻まで母親だった"何か"から目を離すことができなくなる。
弾丸の衝撃は見事なまでに頭蓋骨を開口し、あたりには髄液と鮮やかな動脈血が湖畔の水面のように自らを映し出している。
「…」
自身が置かれている状況を否が応でも知らされた少年少女は、強制的に、直接的に死と向き合うハメになる。
諦めた二人は目の前の凄惨な現実から目を背かるかのように反対の方向へ歩みを進める。
「おにいちゃん、お母さんあっち」
先ほどまでいた方角を自分より幼くあどけない指が指し示す。
「大丈夫、こっちへ行こう。」
目的地が分かっているわけではない。
しかしなぜかこちら側が大丈夫な気がする。
少年には視覚等の感覚器官とは別の感覚で、その開放の道しるべが視えていた。
爆煙によって久しく見ていなかった晴れ間が、光が、視れる気がする。
同い年くらいだろうか、あるこどもが臓物が下腹部から抜け落ちて横たわっている。
また別の方では顔も判別できないその体の胸部が確かに隆起を繰り返し、ヒューヒューと音を立てている。
気が付けば、妹とともに、この目も当てられない現実をより俯瞰で、全体を見渡すことができていた。
「どうした、クリーク」
「いや、何でもない、少し足元に気を取られただけだ。」
「そうか、標的までまだ少し距離がある。行けそうか?」
「問題ない。」
まだ出発地点から歩み初めて間もない。さっき見た女性の死体。
そしていま足元に転がっている二つの死体。性別の判定すら難しいが、同じアクセサリーを付けていた。
親子だったのだろうか、戦場には似つかわしくない、光物のアクセサリーは微かな太陽光を反射し
相手に自分の位置を知らせてしまう可能性がある。難民キャンプへ避難しようとした道すがら出来事だったのだろう。
私は哀悼を捧げる訳でも、祈る訳でもなく、ただ足早に上官と共にその場を去った。
祈る神など私にはいないのだ。




