92.就寝準備
夜まで続いた披露宴が終わり、アンジェリカは侍女に連れられて今後、自分が過ごす部屋の案内を受けていた。
ヴィンセントはまだ会場に残って他の貴族からの祝福を受けていたが、アンジェリカは支度が色々あるからと先に帰らせてもらった。
「アンジェリカ様とヴィンセント殿下の寝室はこちらになりますね」
二階の南側の一角。中は豪勢な家具で揃えられていてふかふかの絨毯がアンジェリカを迎え入れてくれる。
(疲れた)
ソファに座って一息をつく。窓から見える外の景色は既に暗く、太陽が沈んでいる。
辺りを見渡すと、先に運び込まれたのかヴィンセントの私物らしきものがちらほらある。
彼はアンジェリカと結婚するにあたって、元々の部屋より間取りが大きいここに、先日移動してきていた。
二人とも読書を嗜むということで、壁側には大きな本棚が備え付けられ、四分の一程が既に埋まっている。
そこで侍女が声をかける。
「お疲れのところ申し訳ございませんが、すぐにご入浴を」
「……はい」
のろのろ立ち上がって備え付けられている浴室に足を向ける。そこには目を輝かせた数人の侍女が待ち構えていた。
ドレスを脱がせてもらい、一糸まとわぬ姿になったところでエディスが合流した。
彼女はアランとシンシアの許可をもらって、王家に嫁ぐアンジェリカの身の回りの世話兼、精神的な支えとして、王子妃付きの侍女になったのだった。
「お嬢さ────いえ、アンジェリカさまは私達が磨き上げますね」
髪を梳くブラシやその他色々な液体の入ったボトルを持ちながら、嬉しそうにエディスは言う。
王宮での仕事は初日のはずなのに、エディスは既に他の侍女達と馴染んでいて、アンジェリカの就寝準備であれこれ意見を交えていた。
「お身体を冷やしてしまいますから、温めた浴室にお入りください」
湯から立ち上る湯気で曇った鏡の前に立てば、後は侍女達がアンジェリカを綺麗にしてくれる。
「アンジェリカ様のお肌はキメが細かくて羨ましくなってしまうほどお綺麗です!」
腕を洗ってくれていた侍女の一人が感嘆をもらす。
「褒めてくれてありがとう」
婚姻間近ということで、体重やら肌の調子をいい状態に保てるよう、数ヶ月頑張ってきたので褒められるのは嬉しかった。
身体をぴかぴかに洗ってもらったら、猫足バスタブの湯船に浸かる。湯船には薔薇の花びらが漂い、入浴剤を入れたのか甘い匂いがした。
お湯の温度は丁度よく、気を抜いたらうたた寝してしまいそうなほどだ。
結っていた髪を解く。ふわっと湯船の外に豊かな髪が広がり、それを侍女達は丁寧に洗っていった。
(…………初夜、か)
鼻まで湯に浸かって、息を吐いてぶくぶく泡立たせる。
何をするのかは知っているが、いざ自分の番なのだと思うと不思議な気分だ。
(避けられないことだし、避けようとも思わないけれど)
やっぱり自分の体を晒すのは恥ずかしくて、抵抗があった。
「アンジェリカ様溺れてしまいます」
ずっと鼻まで浸かっていたのを心配したらしい。顔を上げればほっと彼女達は安堵する。
体の芯まで温まってから湯船から出る。全身ポカポカしていて、鏡を見ると顔が火照っていた。
バスローブに包まり、タオルで水気を拭き取って髪を乾かしていると、侍女達は意気揚々と数種類のネグリジェを持ってきた。
「さあ、どれにしますか?」
テーブルに一着ずつ広げられる。布面積が少ないものから、肌を覆う長袖のものまで。本当に多種多様だ。
「私達のおすすめはこちらです」
示されたのは、胸元のところに紫色のリボンが付いていて、裾にレースが付いた白のエンパイア風ネグリジェ。
それだけなら良いのだが、一つ問題点があった。
(布面積……ちょっと少ない)
思わず顔を顰めてしまう。
「ごめんなさい。それはあまり好みじゃないので私はこっちがいいです」
アンジェリカは一番右にあった質素なネグリジェを手に取ろうとして────エディスに素早く奪われた。
「エディス……どうして?」
まさか彼女に邪魔されるとは。
呆然とするアンジェリカに対してエディスは微笑んでいる。
「今夜は特別ですよ。もっと可愛らしい物を選びましょう。気合を入れて支度しましょう」
「そんな……大袈裟なこと……しなくて」
「──駄目です。一生に一度です」
「そうですよ~エディスさんの言う通りです。全部私たちにお任せ下さい」
うふふふと笑いながら侍女達が迫ってくる。各自口紅用のブラシや櫛や香油を持って。悲鳴をあげる隙もなく、アンジェリカは彼女達の手によって整えられ、就寝の準備を終えた。
「それでは失礼致します」
満足気ににこにこしながら侍女達は下がっていった。
だだっ広い寝室にアンジェリカだけが取り残される。
「…………エディスだけでも残ってくれればよかったのに」
ヴィンセントはまだ現れない。寝台に横になっていようかとも思ったが、疲れきった身体にふかふかの寝床は敵だ。寝てしまう。
何をしていればいいのか分からず、アンジェリカはソファに腰掛けた。置かれていたポットでティーカップに紅茶を注ぐ。湯気が立ち、いい匂いがした。
身体を冷やさないように薄手のブランケットに包まりながら、 ちびちび飲んでいると、緊張が緩んできてしまって瞼が降りてくる。
(いけない。起き……て……ない、と)
そう思っても朝から晩まで今日は一日神経を張りつめていたのだ。一度気を抜いてしまうと睡魔に抗えず、目を閉じている時間が長くなってくる。
数分後には抵抗も虚しく、アンジェリカはソファの肘掛けに身体を預けながらすやすや寝息を立てていた。




