49.声の主
(も、戻ってきた……!? どうして?!)
カーテンを掴んでいた体勢のまま、口をパクパク動かせば、ヴィンセントはクスリと笑う。
「最初は気が付かなかったけど、髪と綺麗な花の髪飾りが窓に映っていたよ」
反射的に髪にそっと触れる。
今日は編み込んだ髪を右側に寄せて、小花が彫られた髪飾りをつけていた。金細工だったのでシャンデリアの光が反射して窓に映ったのだろう。
恥ずかしさで顔がみるみるうちに赤く染っていく。
(見逃してくれたんだって思ってほっとしていたのに……! ぜ、ぜ、ぜんぶ、見えていてそれで、一旦何も知らないふりをしたんだわ)
必死に隠れようとしていたのが馬鹿みたいに思えてくる。
「うそ……ですよね」
微かな希望をかけて尋ねてみる。けれど、呆気なく散ることになった。
「嘘ならわざわざ引き返さないよ。どうして隠れているのか興味が湧いてね」
(……湧かなくていいのに)
「そのまま……見て見ぬふりを……今からでもしていただけませんか……?」
できるのであれば、記憶から抹消して欲しい。
真っ赤なまま無理やり外向けの笑みをつくり、さりげなく会場の方を指さす。
けれど、ヴィンセントは首を横に振った。
アンジェリカは懇願が叶わないのを悟る。
「次からはそうするよ。だから──おいで」
優しくアンジェリカの手を取って、引き寄せた。
カーテンの後ろから廊下の中央に出ると明かりが眩しい。思わず目を細めてしまう。
未だ片手は握られていて、手袋越しにヴィンセントの体温が伝わってくる。
彼は解こうとはしなかった。アンジェリカは不思議そうに見上げる。
「あ、あの? 何を」
「特に理由はないのだが……君は誰から隠れていたんだ?」
(これはどう返答するのが正解なの……?)
「目の前にいる貴方から隠れてました」なんて言われて、いい気分になる者はいないだろう。
「えっと……ま、窓の! 窓の外の景色を眺めていたんですっ!」
ようやく出てきた言葉は綻びだらけの嘘だった。
こんな頓珍漢な返答が返ってくるとは思わなかったのだろう。これ見よがしにヴィンセントの頭は傾き、腹を抱えて笑いだした。
「それはとても……面白い嘘だね。だけど無理に吐かなくていい。私から隠れたのだろうに」
笑いすぎて浮かんだ涙を拭きながら、アンジェリカから手を離す。ヴィンセントは窓に寄って手を付いた。
「だって、ここからは何も見えない」
「うっ」
庭園は反対側にあるのでその通りである。アンジェリカが隠れていた側には眺めるような景色などない。あるのは闇の中に佇む木々だ。
「まあ、いい。怒っている訳では無いし、無理に理由を聞き出そうとも思ってないから怯えないで」
「すみません……」
色んな感情を込めた謝罪だった。ヴィンセントは分かりにくいそれを汲み取ってくれたようだ。ズレたマントを元の位置に戻し、口を開く。
「始まったばかりだが、君はもう帰るのかな」
「いいえ、御手洗に行った帰りです」
「そうか……なら」
アンジェリカの前に自然な動きでヴィンセントの手が差し出される。
意図を測り兼ねたが、何となく己のを重ねた。
「これ、は?」
重ねたはいいが、思惑が分からない。戸惑いを見せると、アンジェリカの疑問にヴィンセントも困ったような声色を発する。
「会場に戻るならば目的地は一緒だろう? 転ばないようにエスコートした方がいいのかと考えて。その、足も治ったばかりだ」
どうやら親切心からだったらしい。ありがたいにはありがたいのだが。
(一緒に戻ったら、悪意ある噂を立てられて私も嫌だし、殿下にも迷惑をおかけする)
「ひ、ひとりで……戻れますので。殿下、お先に行ってくださいませ」
重ねていた手を離す。精一杯声が震えないようにしたつもりだが、震えてしまった気がする。
それが誤解させてしまったらしい。
「私と戻るのは嫌かな? つい、いつもの癖で手を出したが……すまない」
ひどく悲しそうな様子が申し訳なくて。
だから、変なことを口走ってしまった。
「──と、共に戻るのは……いやじゃ、ありません…………あ! た、他意はなくてですね……!」
思考がループして、上手く考えがまとまらない。
それでも慌てて付け足した。
「とにかくっヴィンセント殿下のことが嫌いな訳では……ない、です。それだけ伝えたかったのです」
貴族令嬢なら誰もが羨むだろう状況だが、ちっとも嬉しくない。むしろ結婚式の時といい、この夜会といい、迷惑をかけっぱなしの状態に、情けなさを覚える。
アンジェリカの瞳に影が差した。
「それに、私は……」
──男の人がダメなのです。
とは言えずに俯いてしまう。王子の顔も分からないだなんて、知られてしまったらただでは済まない。
口篭ったアンジェリカを見て、ヴィンセントは乱れない程度に髪を掻いた。
「…………結果的に困らせてしまったようで申し訳ない。アンジェリカ嬢が先に戻るといいよ。私が時間差で中に入る」
「いいえっ殿下がお先に」
「だが……」
「ほんとうに大丈夫ですので。お気づかいなく」
頑なに拒むアンジェリカに対して、言いにくそうに、懇願を滲ませて、ヴィンセントは声を落とす。
「君というか、女性を廊下に残していきたくないんだ。王宮とはいえ、酒に酔った子息達が不意に現れて何をしでかすか……だからこれは私の心の安寧のためでもある」
「戻ってくれるね?」と幼子に言い聞かせるように丸め込まれ、結局押しに弱いアンジェリカが折れた。
「お先に失礼します」
「うん」
頭を下げ、ひらひら手を振るヴィンセントから背を向けて会場に戻った。




