(Epilogue) 虚虚実実
宵闇を、燃え盛る紅蓮の炎が照らす。
針葉樹林が取り囲む巨大な城は、天下を見下ろし、天上を穿つが如く。
「何とか、逃げられた。ありがとね、夢子」
「どういたしまして。いやはや、あの『星砕き』に追い詰められた時には、流石に死ぬかと思ったけど……まあ、私の日頃の行いが良かったのかもね」
感謝の意を述べた美樹に、夢子は苦笑して告げる。
「あぁー、またウリエルに負けちまった……くそぅ、今度こそは絶対に勝ってやる」
「その意気込みは大切だと思うけど……今度は作戦優先で一緒に戦いましょう?」
心底、悔しそうに落胆する新島に、慰みの表情でミシュリーヌは言う。
「だけども、今回の件で思い知ったよ。明らかに『人手不足』。他の『王下直属部隊』よりも『渦』は人員が少ないからね」
告げる美樹の言葉に、新島以外のメンバーは顔を曇らせる。
「まあ、『総統閣下』に目を付けられてるからね。今回の作戦で兼任されたマシリフ・マトロフ殺害も、共倒れを狙っていたでしょうし」
「あー、もうっ! こんなんじゃ、命が幾つあっても足りないよ! なーにが、『強襲部隊』よ! 今回の件以外でも、特攻部隊みたいな事ばっかやらされてるし」
美樹の言葉で、溜っていた不満が爆発する夢子。
「まあ、意味としては合っているんだけどね。そんな部隊だから『強制転移』のモノリスを授かってるわけだし……でも、流石に今回の件では、浅羽閣下に対応策を講じてもらう様に進言したくなっちゃったよ」
「いや、絶対に言おう! もうちょいと部下を案じて下さいよって、言おう! いやじゃー! こんなブラック企業!」
苦笑するミシュリーヌの言葉に、更に憤慨する夢子は、大声で張り上げる。
「別に、俺はスリリングで良いけどな。まあ、気になるんなら、浅羽の兄貴と仲直りして増員して貰えばいんじゃね?」
「黙ってろ、新島」
「ひでぇ」
新島の言葉で、更に夢子の内の火に油を注いだのか、夢子はドギツイ視線と言葉を新島に吐き掛ける。
「まあ、それなりの『特別待遇』を私達は貰ってるんだけどね」
ため息を吐き、美樹は呟く。
他の隊よりも人員は少なく、しかし、『自由が利く』という利点を持つ『渦』。
それは、『美樹』というアウトサイダーでも『特異』の隊長を加味しての浅羽の判断であるという事を、美樹自身は知り得ていた。
だからこそ、複雑な心境で、美樹は苦笑するしかなかった。
(どうする、美樹?)
問い掛けるアスモデウスの言葉に、
「『我儘』が通る事を願うしかないね」
苦い顔で、言う。
「皆を引っ張る『器』が試される時が今。私の、『世界の創造』の為に」
(そうであろうな。くく、『主』よ。成功を祈る)
「他人事みたいに。私は私であって、あなたでもあるんだよ?」
(くく。そうであったな。だが、今回ばかり『私の力』ではどうも出来ない)
「分かってる」
不満。
単純に、それを吐露しただけの事。
アスモデウスにそれを言った所で何も変わらない。
互いは、それが当てつけだと理解し、心の中で微笑する。
金やダイヤの装飾物が取り囲む『玉座』。
その中央に敷かれるレッドカーペットへと膝を付く美樹達。
「うむ。先ずは、ご苦労だった。『黄泉帰り』という予測困難な『因子』があるにも関わらず、無事全員が帰ってきた事を素直に褒め称えよう」
その美樹達へ、難しい顔をして報告書を眺めていた浅羽は、顔を上げて言う。
「いえ、今回の任務を失敗してしまい……申し訳ありません」
美樹は深々と顔を下げ、告げる。
「いい。今回は、俺の判断の失態でもある……それよりも、今は優秀な人員が不足している。君達は、今後も通常通り、他の隊のフォローに当たってくれ」
「では……処罰は?」
「無しだ」
その一声に、後ろにいた夢子、新島、ミシュリーヌは顔を見合わせる。
「おやおや、あの浅羽閣下ともあろう方が……随分と丸くなったねぇ。以前は拷問だったり、凌辱だったりをしただろうに」
告げる、隣にいる褐色肌を覆う黒のローブを纏う女性。
浅羽は、サングラス越しからでも分かりそうな鋭い睨みを利かし、その女を見る。
「おぉ、怖いねぇ……どうやら、余計な無駄口は慎んだ方が良いみたいだね」
「それよりも、『機密動隊』である貴様の『涅』の成果はどうなのだ? 『キザイア』よ」
「どうもこうも、既に結果は報告書にあるだろう?」
「ヨーロッパの三分の一を壊滅させたのは充分に評価に値する。だが……こちらの損傷も激しい。もっと、『昔とは違うやり方』を出来ないものかな?」
「どうもこの老婆は時代の流れに取り残されているようでね」
「古来の習わしを踏襲するのは良い事だ。だが、それだけに囚われるのは、非常に愚かな事だろう? 若者に『老害』と言われぬ様、精々足掻け。『絶対悪を嗜む魔術師』」
「くく……仰せのままに」
静かな口調で、全力の怒りを込めた浅羽の発言に、キザイアは深い笑みで答えるのみ。
そして、キザイアはローブを翻すと、その姿を忽然と消失させる。
「……ふう」
キザイアが消えた後、浅羽は手の内から煙草を取り出し、指先から放つ炎で火種を起こし、一吸いする。
「浅羽閣下ともあろう方が、随分と参っているようですね」
ここまで、思い詰める浅羽を、美樹は初めて見た。
故に、美樹は自然とその言葉を発する。
「く、くく……さぞ、貴様は気分が良いだろう? 何れ討つ相手が、この様な醜態を晒すとなると」
浅羽の含みのある自身への嘲笑に、美樹は首を振る。
「いえ。只、『殺しやすくなった』な、と」
平然と、美樹は告げた。
(ちょっと、美樹! 浅羽閣下に現状の改善をお願いするじゃなかったの!?)
その美樹の様子に、慌てて夢子が小言で呟く。
「どの道、分かっている事。だけど、私も、浅羽閣下も、互いが必要。だから、共にいる。だってそうでしょう? 『私の奴隷』達も反旗を翻したら、それこそ壊滅するでしょうし」
あわわわ、と狼狽する夢子の表情を意に介せず、美樹は微笑して告げた。
その言葉に、浅羽は、身体が震え、声が漏れだす。
「ふは、ははははははっ!」
後に響いたのは、大声を張り上げる笑いであった。
まるで、先程までの自身が愚かしく、なんて馬鹿馬鹿しいのだ、と思える程に。
「全く……これだから、貴様という存在は面白い。ありがとう、最高に良い気分になれた」
喜々とした浅羽は吸いかけの煙草を右手で握り潰す。
すると、炎に包まれ、煙草は悉く塵となって消え失せる。
「で、改めて君達を評価しよう。『殲滅部隊』、『朧』の『掃除』、ご苦労であった。これで、あのいけ好かない『混沌』の破滅に一歩近付いたわけだ」
「ふふ、そうですね」
「『奴』がいる手前、話す事は叶わずであったからな。『天之尾羽張剣』は致し方あるまい。逆に、あんな全ての陣営のバランスが崩壊する代物、使い物にならなくなって良かったかもしれん」
「ですが、同時に桐人達によって『暁』の部隊が壊滅しました。早速、新たな『王下直属部隊』を結成すると?」
「そうだな……貴様が『奴隷』にしたアダムの者と、俺がスカウトした者で幾つか『不穏分子のいない部隊』を再構成するか」
「幾つか?」
「流石だ。察しが良いな。丁度、『もう一つ消したい部隊』がある。次回の任務は『今回と同じ手筈』で行くぞ」
先程までの重々しい雰囲気が嘘のように、互いの表情が明るくなってゆく。
その様子に、夢子を初めとした三人は呆然とする。
「何だ、その顔は? 別に俺はこの『殺害宣告者』を嫌ってなどいないぞ。寧ろ、ここまでオープンに俺の喉元を睨み付ける存在はいないからな。退屈をしない」
「……そうですね」
浅羽の言葉に頷き、美樹は後ろの仲間に振り変える。
「『他の隊』とは違い、私と浅羽閣下は互いのカードを見せ合い、良好な信頼を得ている。つまり、『渦』は、ある意味では『最も浅羽閣下に近しい存在』なんだ」
「そういう事だ。君達は、無茶な任務で文句が多かっただろうが……それは、君達を信頼しているからこそ、なんだ。『旧友』のいる部隊だ。愛着もあろう?」
告げた浅羽は、新島とミシュリーヌを見やる。
「ふふ。そうですね。浅羽閣下は……そんな『非情』が常でしたからね」
「うん? 何だ、仲直りしたのか? そうか、うんうん」
その視線に、二人は納得した笑みを見せる。
「……」
だが、夢子だけは複雑そうな表情が覆らない。
「ですが、流石に『目標』が強敵化し、今の人員では無理が生じてきました。何人かの人員の補給をお願いします」
その様子を見た美樹が浅羽に進言する。
浅羽は、美樹というより、夢子の表情を観察し、口を開く。
「くく……そうだな。丁度良い。適任と思えた人材がいる」
「誰ですか?」
「このアウトサイダーで新設された『研究室』の『科学者』だ」
「『科学者』?」
「そうだ。聞いて驚け、貴様と俺と同じ『七つの大罪』を司る悪魔を宿す者だ」
告げた浅羽は、懐から取り出した何かを、美樹に目掛けて投げ付ける。
それを、美樹は生え出た触手でがっしりと掴み取る。
「これは……USB?」
訝しげに見つめる美樹に、浅羽は言葉を付け足す。
「名を『ルーカス・ビヤークネス』。『怠惰』を司る『ベルフェゴール』のインカネーターだ。詳細な情報はその記憶媒体にデータが記されているから参考にしてくれ」
「『怠惰』の……? 確か、その力を持ったインカネーターは、過去、例外無く『弱小』であったと聞きますが?」
「く、くくく……それは、『器』が矮小であったからだ。こいつは……まあその中の情報を見れば分かる。貴様が手籠めにすれば、重要な戦力となるであろう」
不敵に笑む浅羽に、美樹は顔を顰める。
だが、
「承知いたしました。手籠めにすれば良いんですね?」
頷き、美樹は承諾する。
「頼んだぞ。奴は、貴様以外に取られたくは無いからな」
「はい。では、他に連絡はありますか?」
「無い。あの桐人どものせいで、日本に君達の『帰る場所は無い』であろう? しばらくはこの城に泊まって行け」
「ありがとうございます。しかし……では、『ここと日本の道』は、もう閉ざしますか?」
「既に、『煌』の部隊が持つ『空間構築』のモノリスを使って、閉鎖している。何だ、あの京馬君と別れの挨拶をしたかったのか?」
「いえ。多分、京ちゃんとは……また会えるでしょうから」
「そうか。く、くく……精々、貴様の『世界の創造』の為に、それまでは共に歩もう。最も危険であり、信頼出来る『渦』のリーダーよ」
その浅羽の言葉に、美樹は不敵に笑むのみであった。




