(epilogue) 桐人の望む世界
主人公も出ますが、まあ桐人回でしょうね。
彼が主人公であった名残もある今話。
またまた中途半端に投稿です。
二週連続投稿なしは避けたかった……
「おはよう。京馬君」
「ガブリエル」
気が付くと、京馬は照り付ける太陽の下、荒れ果てた荒野に立っていた。
瞼を開けた京馬に、にっこりとロールを巻いた金髪を持つ天使が笑む。
「ビックリした」
「何がだ?」
「だって、まさか……あんな壊れた子も救おうとするなんて思ってもみなかったんだもの」
ふふ、と微笑するガブリエルに、京馬は微笑して言葉を返す。
「それが、『俺』だ。分かるだろ?」
「そうね。君は、私が導いた存在──私の愉悦であり、その願望でもあった。そう、『思ってた』」
告げたガブリエルは嬉しそうに、だが、どこか寂しそうにか細く言葉を放つ。
「もう、俺は……いや、『イース』は、あんたの意志だけじゃない……そこから更に次へ──『自身という意志』を手に入れた」
「複雑ね。だけど……嫌いじゃないわ。ふふ。その『君が、君らしく、君のために』紡ぐ『物語』。委ねてみたくなっちゃった」
告げるガブリエルを見て、京馬は唖然としていた。
歯を覗かせて、お茶目に笑むガブリエル。
それは、以前に出会ったばかりには見せなかったおよそ『人らしい』明朗な笑顔であったからだ。
「だからこそ、君は覚悟しなくちゃならない」
だが、その一寸の超常の存在らしからぬ表情を険に変え、ガブリエルは言う。
「あの『ルシファー』とも対峙するという事を」
その言葉に、京馬も険の表情となる。
『ルシファー』──基、『ミカエル』の呪いによって転生を繰り返した『桐人』。
単純な力だけでない。
知恵、胆力、そしてその静かな瞳に隠された揺るがぬ信念を、京馬は知っている。
直感で京馬は感じていた。
彼こそが、『世界の創造』において最大の障壁となる事を。
「ああ」
京馬は、その事実を受け入れ、首を縦に振る。
その様子に、ガブリエルは満足気に微笑み返した瞬間であった。
迸る閃光が、京馬の視界を奪う。
思わず、京馬は瞼を瞑る。
「やあ。目覚めたかい? 京馬君」
京馬は瞼を開き、ぼやける視界の焦点を合わせる。
「桐人、さん」
はっきりとした視界の中に、容姿端麗の青年が腰かけていた。
その周囲、純白の壁面が取り囲む。
「ここは?」
「尋問室さ。疑似固有結界による外界の遮断。更には、自己修復する機能を備えた、隔離施設としても一級品のメイザースの自慢作の一つさ」
告げる桐人は、白の椅子に足を組んでため息を吐く。
「まさか、『当初の予定通りに』ここを使う事になるとはね」
その言葉に、京馬はハッとする。
この辺り一面を『白』で取り囲まれた空間が、以前、自分が『予知夢』で捕らわれた空間であると。
「あの時は……君を本当に『駒』としてしか見ていなかった。それが、この短期間で『管理者を二度』殺す程の驚異的な力の持ち主となった。『人として』なら、君は充分に『偉人』の域だよ」
ふふ、と微笑する桐人の瞳は、しかし笑ってなどいなかった。
何時もの京馬を弟の様に慈愛の表情で語りかけていた時とは、まるで異なった真剣な眼差し。
「認めよう。君は、俺と『対等』だと」
パチパチと拍手する桐人は、未だその瞳の色を変える事は無かった。
「で、混乱しているだろうから、今の君の現状を説明するね」
告げた桐人は、京馬の腹部を指差す。
「死んだ真田と同じ『屠殺者の鎖』を使わせて、今、君を始め、咲月やヴェロニカ達をこの部屋に拘束させてもらっている」
京馬は、その言葉で視線を下に。
雁字搦めに縛り付けられた鎖によって、京馬の身体は椅子に拘束されていた。
そして、その視線を真横に。
「う、ん……」
と、気を失っている咲月がか細い呻きを挙げていた。
「ああ……ウリエルの『神の炎』で、他のメンバーは眠らせてもらっている。それを一人ずつ目覚めさせて、質問しているんだ」
咲月へと声を掛けようとした京馬に、桐人は釘を刺す。
『神の炎』。
京馬と同じ『概念構築力場製造能力』であるその能力は、正に『万能』。
相手の精神力が貧弱、若しくは弱っているならば、最早何でもありな恐ろしい能力である。
今、精神力が弱っている京馬達は、その術者の圧倒的な『構築した概念』に囚われている。
つまり、逃れようのない『ルール』に従順されているのだ。
「何故、こんな事を?」
苦虫を噛み潰した気分になる京馬の『感情』は、しかし、全く表に出ず、無表情で問う。
「ウリエルから聞いていないのかい?」
「あ……」
そこで、京馬は思い出す。
目の前の恩師が、裏切り、そして自分を利用していたと。
「……その様子だと、思い出した様だね。そうさ。俺達は、『アダムを裏切った』。いや、訂正しよう。『君達を裏切った』」
その言葉に、京馬は悲哀に包まれる。
「何で、そんな事を?」
「俺達の計画の為さ」
「でも、俺が『神の夢』を見る事が出来て、そして『世界の創造』を知っていると言った時、桐人さんは協力してくれるって──」
「もしかしたら、それも出来るかも知れないね」
「もしかしたら? 桐人さんの目的って……?」
「『全世界統合計画』」
告げた桐人の表情は、急速に眉間を作り、険の表情になる。
「俺は、『神の樹を打倒し』、世界という世界を繋ぎ直し、新たな世界概念を打ち立て、その全世界の支配者となる」
「神の樹を打倒……?」
「そうだ。つまり、こんな世界の枠組みを超えた、本当の意味での全世界最強の存在とならなければならない」
「どうして、そんな事を?」
「俺の『傲慢の本質』……と、『救済』の為だ」
「救済?」
「そう。『この世界』の永遠を約束する救済だ」
「それはつまり、どういう事ですか?」
「俺達の世界を、究極の上位世界へと造り替え、『支配する側』に置くのさ」
「すいません……話が見えてきません」
「つまりだね? 『この世界』にいる俺達全てが『管理者』となるのさ」
「俺達、全てが『管理者』?」
「そう。したがって、俺達は永遠を生き、そして圧倒的な存在にも怯える事が無い。『神の樹』の世界じゃあ成し得ない『永遠』を手に入れる事が出来る」
「『永遠』……それが、大本の目的ですか?」
「そうだ。永劫を生き、永劫を支配し、永劫に興じる。それこそが、俺達の悲願であり、俺の『意志』だ」
桐人の芯を通した声で告げられる『目的』。
京馬は、その壮大さに圧倒させられていた。
およそその存在でさえも捉える事が出来ない『神の樹』の打倒。
そして自分達、全てが『管理者』となり、永劫を生きる。
途方も無く、そして想像も出来ないスケールの大きさに、京馬は息を呑む。
「『アダム側』にいる君達を殺さず、こうして拘束しているのは、その俺の『意志』と共に立つか否かの『勧誘』の為だ」
きっぱりとした口調で告げた桐人は、椅子から立ち上がる。
そして、京馬の顔を覗き込み、
「本来なら、真っ先に殺すのが最善なんだよ。でも、俺がそうしないのは、策でも何でも無く、単純な『情』なんだ。君には──色々と申し訳ないと思っているからね」
微笑して告げる。
その表情は、何時もの温和な笑みを覗かせる桐人へと戻っていた。
その桐人へ、京馬が口を開こうとした矢先──その唇を桐人の人差し指が制す。
「未だ、解答はしなくていい。『二日後』……そう、『二日後』の17時だ。その時に、君の『意志』を伝えにきてくれ」
そう告げ、桐人は指を鳴らす。
「う、あ、あぁ……!」
急激な眠気が、京馬を襲う。
抗えない睡魔に、京馬は瞳を閉じるしか無かった。
その前日──京馬が『伊邪那岐』の力を得た『マリエ』との勝敗を決した時。
『黄泉』最深部にて。
「あ、ああ……んく」
目を覚ました静子は、桐人が放った『屠殺者の鎖』でその身を拘束されていた。
「どうも」
視線先、エレンが座り込んでいた。
その金髪の女は居心地の悪さを必死に払拭した様な中途半端の仏頂面で言う。
「そうね……私は、負けたのよね」
静子は、自嘲とした笑みで呟く。
視線を脇に。
エレンを中心とした周囲には、漆黒とした鎖で拘束された剛毅、志藤、彩乃──『黄泉帰り』の面々。そして、何故か拘束されずに微笑して佇む『ラジエル』、巨躯の身体を持つオッドアイの天使、そして──
「リチャード……さん」
真剣な面持ちで、静子を見つめる想い人。
「済まない」
一歩、前へと乗り出した桐人は言う。
「あんな、『約束』をして」
途端、静子の目尻から滴が溢れてゆく。
『約束』。
『幾重、幾年、幾世期──』待ちに待った、念願の再会。
嘘だと想いたかった。
或いは、悪夢。
或いは、目の前の男が偽物。
或いは、或いは、或いは、或いは、或いは、或いは、或いは、或いは、或いは、或いは──
確実な『リチャードの氣』を宿し、その『精神の面影』を持ち、そして、自分へと向ける旧知の再会への望郷と、悔やみと、懺悔と。
幾度の可能性を思考し、全ては一つに帰結する。
『真実』だと。
それが、『その相手の言葉』で、無碍にされたという『真実』だと言う事を。
「私は……どうしたらいいんですか」
思考より先に、言葉が出る。
「私はっ! 私はっ……! この、気持ちは、このどうしようもない気持ちはっ! どこに、どこにぶつければいいんですかっ!」
目尻から透明な滴が垂れる。
止む事の無い滴の溢れで、視界が滲む。
顔の温度が上がり、紅潮するのが分かる。
身体が、震える。
体温が、上昇する。
自分の顔が、泣き顔でみっともなく崩れているのが分かる。
それでも、
「私は、あなたの一番でいたかった……! 共に、永遠を生きていたかった……!」
己の夢想『であった』未来を告げる。
常軌を逸した超常世界、『アビス』。
『自分の世界』を壊し、その道程を『その夢想』に縋り、辿り着いた『この世界』。
辛かった。辛過ぎた。
それでも、『それ』があったから、耐えられた。乗り越えられた。
総ての、『糸』が切れ、静子は愕然と顔を沈ませる。
「──俺は、それでも、何れ君を倒さねばならなかった。この世界を、『救済』するために」
意を決した様な、芯とした瞳で桐人は言う。
「『この世界』は、絶えず『超越の存在』の脅威に晒されている。俺が行う『世界の創造を超えた』所業をしなければ、君の言う『永遠』も『有限』の平穏に過ぎない。だから──」
奥歯を噛み締める桐人は、その片膝を地に付け、深く首を垂らす。
「ごめんな。そして、ありがとう。こんな俺を愛し続けてくれて……静子」
静子からは、地面へと向けた桐人の顔は見えない。
だが、震える声、震える身体、落ちる滴。
それだけあれば、目の前の『愛しき人』が、後悔で泣き崩れているのが分かった。
互いが、大粒の涙を流す。
しかし、しんとした雨の様に、場は静寂の如く。
か細い泣き声が響くばかりであった。
「もう、私達は席を外しましょう」
告げ、エレンはその二人へと背を向ける。
「バーイ」
大仰に開いた手を掲げた左腕は、悲しげな栄光を突き立てる様に、直ぐに降ろされる。
「後は……あんた達が決めなさい」
目尻を拭うエレンは、呟く。
後に続き、次々と他の者も消えてゆく。
二人きりとなった桐人と静子は、やがて泣き止み、静寂を余韻とする様に、しばらく黙りこくっていた。
「静子」
その静寂を打ち破ったのは、桐人であった。
重々しく開く口元に、静子は顔を上げる。
「何でしょうか」
互いが、充血した眼を見つめる。
複雑な想いが、互いの内で交錯し合っていた。
視線を泳がし、だが、しっかりとその顔を見つめ、
「君は、俺をどうしたい?」
桐人が言う。
「どうしたい?」
「俺を、殺したいか、それとも償わせたいか?」
「そのどちらでも」
「では?」
「何も」
告げる、静子自身も『どうしたい』と言われ困惑していた。
何も沸いてこない。
そもそも、『自分の全て』が消え去った今、何も思考出来ない。
「そうか」
告げた静子の言葉と表情で、桐人は静子の『全て』に合点する。
「俺が、『君という存在』を奪ってしまったんだね」
目を細め、桐人は視線を逸らす。
『意志』を奪い去られた静子は、最早、『生き死』と評してもいい程、その眼の輝きが失われていたのだ。
「だったら、聞いて欲しい」
『重圧』が掛かる。
重い、重い『枷』が自身に繋がれる感覚を感じる。
だが、桐人は唇を噛み締めて、続ける。
「俺の『全世界統合計画』に、参加して欲しい」
「え……?」
「君が、もし望むというのであれば……『俺の世界』に力を貸して欲しい。勿論、エレンも、他の仲間も一緒だ」
告げる桐人の言葉は、ゆっくりと、慎重に語られる。
だが、静子はその言葉に混乱していた。
「……あんな事を言っておいて?」
『怒り』では無い。
単純な疑問であった。
「図々しい事は分かっている。君から全てを奪い、挙句に利用しようとする狡猾な男の戯言だと思ってくれ」
フッと桐人は自嘲し、
「只、俺は君という美しい『意志』を絶ってしまった。だから、何でもいいんだ。『目的』を持ってもらいたい。今の君の『空っぽの瞳』が辛いんだ」
桐人の言葉を、呆然と聞き入れる静子。
『何を言っている?』
静子は、自然と桐人の真意を探り入れようとする自分がいる事に気付く。
「今の言葉から、俺への復讐、世界の破滅、何でもいい。『君の感情』を向けてくれ」
桐人の喉元から、息を呑む音がする。
何が来ても良い様な、『心構え』。
桐人は、それを構えた上で、続ける。
「もう一度、聞く。『協力』してくれるか?」
再び来る、『想い人』の懇願。
気が付いていたら、静子は僅かに、口元を歪ませていた。
「あなたも、エレンも何れ、『殺してしまう』かも知れませんよ?」
「構わない。『君が君でいてくれるなら』」
その言葉に、静子は、
「ふふ、ふふふ。はは、はははは!」
面白可笑しく、笑っていた。
自分でも分からない。
だけど──
「何で……私が惚れたのか、分かった気がします」
『その想い』は、灯される。
否、それは常に灯されていた。
だが、明かりがどこに点いたのか、行き先を見失っただけ。
「『桐人さん』。この力……あなたの側に」
『傲慢』。
そう、目の前の『想い人』は、その『権化』であり、自分がその帝王を凌ぐ『本質』に見初められていた事を。
「ありがとう」
その言葉と、静子の瞳が輝き戻った様子に、桐人は心底嬉しそうに笑んだ。
同時、ガシャリと漆黒の鎖が解かれ、霧散する。
「では……『君が殺したアストラル』を……『身体』に戻してもらえるだろうか」
「ええ」
快諾した静子は、両手を水平に伸ばし、天を仰ぐ。
飛来する無数の『蒼の灯』は、灯篭の如く、宙を舞う。




