(Epilogue) 最後に笑う者
久しぶりに平日投稿です。
輝かしい『蒼』の光が迸る。
やがて、その極光が晴れると、『高天原』は消え、空間は元の『黄泉』へと様相を変えた。
「うあ、ああ……!」
力を使い果たし、その場に倒れ伏せる京馬。
精神を抉る痛みと不快感を感じるも、その震えた右手を地に付け、起き上がろうとする。
「大……丈夫? 京ちゃん」
その京馬の後方から、掠れる声が響く。
「美……樹、か」
「うん。私も……どうやら、精神力が限界みたい」
告げ、どさりと美樹は京馬の真横に倒れ伏せる。
「ふふ、ありがとう」
「どう……いたしまして」
京馬の右手に触れ、美樹は微笑する。
京馬は、その『感情』に無表情にこくりと首を振る。
「でも……何故、『羽虫』を助けたの?」
だが、美樹は不快感を露わに、京馬に問う。
「『彼女』が、未だ救えると思ったからだ」
その問いに、京馬は告げる。
だが、その答えに納得がいってないのか、美樹の表情はそのままだった。
「やっぱり、京ちゃんの『思い描く世界』に……私は、賛成出来ないよ」
ぎゅっと、京馬の右手を握り締めて、美樹は言う。
「だから、『俺達』は戦うんだろ?」
「そうね」
京馬の答えに、今度は美樹は面白可笑しく笑う。
暖かな雰囲気で漂う空間。
だが、それは突如とする地を抉る轟音でかき消される。
「流石、桐人が認めた現人神だ。──『管理者殺し』。あの『伊邪那岐』をも倒しちまったとは……『肩書き』通りの大物だな」
「ウリエルか……どうやら、助太刀には一足遅かったようだぞ?」
黄泉の地へと着地したのは、京馬と同じアダム日本支部のウリエルであった。
喜々とした表情のウリエルは、京馬から視線を倒れ伏せる巨人──『伊邪那岐』と、その側で倒れ伏せる少女へと逸らす。
「ウリエル。『その娘』は俺が救った。殺さないでくれ」
『混沌の炎剣』を携えるウリエルの様子を見て、京馬は言う。
「大丈夫だ。俺はこんな哀れな娘に興味はねえよ」
「な、何をするつもりだ?」
その炎剣を振るい、ウリエルが『敵』へと止めを刺そうとすると思い、危惧していた京馬。
だが、予想は外れ、ウリエルは仰向けで倒れ伏せる『伊邪那岐』の腹部へと炎剣を突き刺し、抉り出す。
「大分、予定が狂っちまったが……やっぱ桐人は凄いな。これも予期していたのか?」
歯を覗かせ、ウリエルは『伊邪那岐』から漏れ出す『マナ』のプリズムの輝きから、『灼熱の塊』を取り出す。
「『咎神』、『火之迦具土』……よし、目標クリアだ」
満足気に、その炎熱で燃え盛る球状の物体を仰ぎ見るウリエル。
「何だ、それは……? 桐人さんが、それを欲している? あの人は、何を──?」
双眸をギラギラとさせて、口元を歪ませるウリエルの表情に、京馬は奇妙な不気味さを感じていた。
「そういう事……! やっぱり、あの『傲慢』は気に入らないよ……! ねえ、アスモデウスっ!」
「くく……『黒炎魔王の淫魔女』。もう気付いても遅い。『俺達』は、新たな大勢力として、『管理者不在の世界』に君臨するぜ?」
そして、美樹は嫌悪感と焦燥を駆り立て、叫び挙げる。
その美樹の声に、更にウリエルは口元を吊り上げる。
「どういう事だ、美樹?」
「どうもこうも無いよ! 結局、私達は利用されていたに過ぎないの! あの、桐人にねっ!」
突如、美樹から告げられる言葉に、京馬は混乱する。
謎の灼熱の物体──そして、桐人が自分を利用している!?
不安は、京馬の内で絶頂に達する手前、精神の奥底のガブリエルが口を開く。
(そうね。桐人……いいえ、『ルシファー』。可笑しいと思っていたのよ。あなたが『私の愉悦に協力』するなんて)
ガブリエルの呆れ声と共に、京馬の内に『情報』が駆け巡る。
『咎神』、『火之迦具土』。
かつて、『伊邪那美』が産み、そしてその『伊邪那美』を『黄泉』へと送った『咎』を持つ神。
『伊邪那岐』は『天之尾羽張剣』により、『火之迦具土』を分解し、更にその断片を『次元昇華』させ、数多の神々を生み出した。
だが、『伊邪那岐』はその大元の『我が子』を完全には消滅出来ずにいた。
もし、『伊邪那美』に会っても悟られぬ様──その『根源の力』を自身へと封じ込め、存在をひた隠しにしていたのである。
その『エネルギー』は『神の樹』に接続されていた『伊邪那岐』の体内で増幅され、強大な『動力炉』として非常に重宝出来る。
「と、僕は『自分の書物』に記したんだよ。いやはや、結構なアビスの住民が知っているみたいだね? 『全てを識る者』として、見聞が広められた様で何よりだよ」
京馬がガブリエルの知識を噛み砕いていた矢先、その肩に手が置かれ、『聞き覚えのある声』が響く。
「『救世主』として、役目を果たしてくれてありがとう。兄貴」
耳元で囁かれた声に、京馬はハッとして眼を見開く。
「お前は……識か?」
「識……? 『京ちゃんの弟』の識くんなの!?」
京馬の言葉に、美樹は驚愕の表情と共に顔を上げ、その声の主へと叫ぶ。
「お久しぶり。美樹お姉ちゃん。大分、大きくなったね? 小学生以来だから、その成長ぶりにビックリだよ」
告げた識は、満足気に口元を吊り上げる。
「嘘だろ? お前が、『インカネーター』で、あろう事か、『天使を宿していた』なんて……」
「そんな無表情で言われてもね。『フォールダウン・エンジェル計画』の前に、美樹お姉ちゃんと兄貴が夜空を舞っているのがテレビで映っていた時は僕も驚いたよ。尤も、『それ以前』から知っていたんだけどね?」
「道理で、『聞き覚えがある声』な訳だ……」
京馬と美樹は、次々と明かされる衝撃的な事実に、只々、驚愕をするばかりであった。
だが、その驚愕はセピアの空間が周囲を取り囲む事で、戦慄へと変わる。
「『神の炎』。どういうつもりか知らねえが、『俺等の計画』の邪魔をするんなら、『後輩』でも手加減しねえぜ? なあ、『ラジエル』?」
告げたウリエルは、『混沌の炎剣』を構え、識に殺意の眼を向ける。
「僕達、『概念構築力場』の元となる先輩の力……僕の『神の結合』がどこまで渡り合えるかも興味深いのだけれども……違うんですよ。僕は、『あなた達に協力を申し出に』来ました」
そう言い、識はその片足の膝を地に付け、頭を下げる。
「『ルシファー』の『全世界統合計画』に、協力させて頂きたい」
首を垂れるその様子に、その場にいる全員が困惑する。
「僕は、『全てを識る者』……故に、『その先』ではあなた方に光があると思い、『お膳立て』をしました。結果、予想通りとなりました」
「ほう……つまりは、『静子が今回起こした騒動』も、『今の現状』も、手前が操ったから出来た『事実』って訳か?」
「そうです」
ウリエルの小馬鹿にする様な声色の問い掛けに、識は即答する。
「全ては、『ラジエルの書』に記す、『歴史的快挙の為に』」
立ち上がり、丸眼鏡をくいと人差し指で正す識は、ニヤリと口元を吊り上げる。
「ふふ。そんなポッと出のキャラの言葉をいきなり信じろってか?」
「ふ、ふふ! ははは! 面倒臭い問答は寄して下さいよ、先輩。僕の事なんか……百も承知じゃないですか」
その言葉に、ウリエルは、含み笑いから、声高々な大笑いをする。
「くく……はは! はーっはっはっはっは! 面白えっ! 実に都合の良いカードが手に入ったぜ!」
口元の歪みをそのままに、ウリエルから展開された『神の炎』の『概念』は消滅する。
「さて、そういう訳だから……兄貴、そして美樹お姉ちゃん。ご苦労様。そして、ありがとう」
「く、まさか……予想外だよっ! 識君が、『ラジエル』なんて!」
「識……一体、何時から……その、力、を……!」
京馬と美樹の困惑の言葉に、だが、識は口元を歪ませるだけであった。
「さあて、桐人からは京馬は殺すな、とは言われてるが……隣のアスモデウスは何も言われてねえんだよなぁ?」
京馬達の困惑を脇に、呟いたウリエルは再び『混沌の炎剣』を構える。
「くっ……!」
焦燥とし、冷や汗を垂らす美樹に戦慄が走る。
為す術が無いこの現状……絶対危機に、あらゆる手段を美樹が模索している時であった。
側にいた識は、その右手でウリエルを制止する。
「悪いが、『彼女は必要』なんだ」
「先輩に楯突こうってか?」
「今更、何を」
「……けっ」
不機嫌に、ウリエルは剣先を降ろす。
ふう、とため息を放った識は、背を屈ませ、京馬へと耳打ちする。
「さあ、『お膳立て』は整った。『兄貴達の物語』を見せてくれ。最高に痛快な『書物』の一ページを期待しているよ」
告げ終えた識は、フッと笑む。
「し、識……お前は……?」
『誰の味方なんだ?』
京馬の声は声に為らず、その意識は途絶えてゆく。
壮絶な死闘が終えた直後──
場面が変わり、東京湾の港。
とても重々しい黒色の軍艦が船着き場を占拠していた。
だが、そこに野次馬は存在しない。
『まるで何もないかの様に』、人々はその軍艦を見向きもしない。
「オーライ、オーライ」
その場には、『マーキュリウム・ドライヴ』という『アビスの力』を一般人にも与え、適用する動力源を備えた強化スーツに身を包んだ、アダムの構成員『監視班』の面々が大勢『何か』を輸送していた。
その光景を取り囲む様に、何人かの『インカネーター』が見張っていた。
「はい、『総統』。手筈通り、『織田』元日本支部長の『氷塊』を輸送中です」
その中の一人は、携帯電話越しに会話をする。
「そう。だけど……気を付ける事ね。幾ら、日本支部の主戦力がその場を離れていても、『その糞爺』の事だから……絶対に、『何か』ある筈よ」
「承知いたしました。私の部下にもより厳しく監視する様、指示致します」
「そうね。『Sクラス』のあんたを筆頭に、割と上位のインカネーターを豪勢に集結させたんだから……必ず、成功させなさいよ?」
「はい。全身全霊を持って、この業務を遂行します。それでは──」
告げ終え、電話を切ろうとした矢先であった。
「う、うああああああぁぁぁっ!?」
「ひ、ひいいいいぃぃぃっ!?」
突如、悲鳴と断末魔が響く。
「おい、どうしたっ!? 何だ、これは……『闇』?」
「宵闇は、全てを覆い隠す──でさあ」
プシュッ
肉が弾け、飛び散る音が携帯電話越しに響く。
後に、携帯電話から若い男の声が『総統』、シモーヌ・ダリエンツォの耳元に響く。
「お初にお目に掛かります。新しく再建される事となった『大日本帝国』の幹部となる……ああ。俺ぁ、『影虎』と申します」
「『大日本帝国』? あんた、歴史を勉強し直した方が良いんじゃなくて?」
「ははは。『織田の旦那』の言う通り、きっつい方ですねぇ」
「うん? 『影虎』……? あんた、『リスト』に載ってた──ふふ。そういう事」
「流石、『総統』。話が早くて助かりますぜ」
「『夜の女王』を宿す『消し去るもの』が、この私に何か用かしら?」
「宣戦布告ですぜ」
夕焼けが差し込む、アダム『本部』。
その執務室。
影虎の言葉に、シモーヌはふんぞり返っていた姿勢のまま、片眉をひくつかせる。
「その様子を見ると──」
「『王下直属部隊』、『暁』のリーダーは俺が殺しました。へへっ、敵方の組織が一個消えましたぜ? 褒めて下さると嬉しいですわ」
「──あんまり、ふざけた態度取ると、ぶっ飛ばすわよ? 面倒臭い厄災振り掛けようとしてるゴミに賛辞の言葉なんて必要ないわ」
「へへっ。流石、『世界を喰らう者』。そのどぎつい言葉は、確かに敵を作りそうですわ」
「『私が振り子にかけてるだけよ』。しかし、してやってくれたわね。それ相応の報復をさせて貰うけど、よろしいかしら?」
「ええ。何時でも歓迎しますぜ。何せ、『国ごと動かしてけしかけるつもりですから』」
「……へえ。わざわざ、あの糞爺が支部を『京都から地下に変更した』のには、理由があったようね?」
「それを『黙認』したのは、あんたが『サイモン』にお情けがあったとも、旦那は仰ってましたねぇ。幾ら、『アビスの忌み子』でも、人の感情があるんですねぇ」
その一声が、シモーヌの堪忍袋の緒を激しく切り落とす。
急速に湧き上がるシモーヌの感情は、一寸の間に口先まで溜り込み、それは眉間の激しい皺の寄せと共に、静かに吐き出される。
「──完全に、ブチ切れたわ。知ってる? 伝説級のインカネーターは、『瞬間転送』というものが使えるという事を」
「へへっ、無駄ですぜ? ここは、俺の『領域』。既に、逃げられてるんですよ。諦めて下せえ」
「首を洗って待っていなさい? 肉を剥ぎ取って、目玉くり抜いて、ギリギリまで生かすきっつい拷問を掛けてあげるわ」
「おお、怖い怖い。それでは、俺の挨拶はこれまでです。『三日後』のニュースを楽しみしして下せえ」
へへ、というふざける様な笑い声と共に、電話は途切れる。
「ク、ソ、がぁッ……!」
震える声と共に、先ず携帯電話はひび割れたかと思えば、『歯形』を残し、後に消失。
更に、シモーヌから発せられた『漆黒の流動体』は、机、椅子、壁、地面、を『喰い散らかしてゆく』。
「……! お嬢様っ!?」
一瞬で、あらゆるものが抉り取られ、ボロボロとなった一室に、血で染められたメイド服を着た一人の従者が飛び出す。
「どうか、気を鎮めて下さい……!」
『暴食』に肉を削ぎ落とされるも、従者はその威厳があり、だがか弱い容姿を持つ少女を抱き締める。
「『世界の支配者』たる者、平静を失ってはいけません……! あなたの望みは何ですか? 目の前の敵を只、屠る狂犬の様な低俗な蛮族になるつもりですかっ!?」
殺気が渦巻く、恐怖の空間。
だが、従者はその『発生源である彼女』を激しく叱咤する。
「目を覚ましなさい! シモーヌ・ダリエンツォっ!」
その言葉が皮切りとなった。
我に返ったシモーヌは、呆然とした後、その目頭に水滴を溜め込む。
「だって、マストゥーレ! サイモンの事……! 私の、サイモンへの気持ちをっ! あいつは!」
「分かっております。サイモン様は、数少ないあなたの理解者でした。『忌み子』の件を交えた相手の言葉に、激しくお怒りになる気持ち……私も理解出来ます」
うえっ、うえっ、といつものシモーヌらしくない年端もいかない少女の泣き声に、マストゥーレはその頭を優しく撫でる。
「よし、よし」
その慈愛に満ちた笑みは、まるで母親の様であった。
やがて泣き止んだシモーヌの顔を覗き込み、今度は真剣な表情で見つめる。
「──お嬢様。あなたは『総統』。世界を喰らう者であると同時、『世界を護る存在』である事を常に意識して下さい。だから──」
「安い挑発に乗るな、でしょう? ……済まないわね。みっともないとこ見せちゃって」
充血した眼を、そのままに。
しかし、その表情は既に年端もいかない少女のそれとは全く異なっていた。
荒れ果てた一室の割れた窓際に歩み、シモーヌは深呼吸と共に、口を開く。
「ありがとう、マストゥーレ。さあ、最低でも『済べき事』は終わったわ。『医療班』の療養の後、『ゲヘナ』へと向かうわよ」
「はい。『総統』」
振り返り、いつも通りの厳格な表情で告げるシモーヌ。
その様子に、マストゥーレは満足気に笑んで頷く。




