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壊れた世界の反逆者 第二部 -『管理者』不在の世界編-  作者: こっちみんなLv30(最大Lv100)
第一章:骸と魂塊の舞踏は神の所業をし、だが彼女は死を誘う
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Scene 45 英雄と黄泉姫⑤

宣言通り、二日連続です。

休日出勤が無ければ、12時に投稿したかったんですけどね。


まだまだ続く過去編です。

死にすぎ。

 リチャードが村を離れて数刻後──


「何事じゃ、一体」


 騒然とする村の様子に、零は自身が住む屋敷から外へ顔を出す。

 すると、何かに怯える様に慌てふためいた村人が、全速力で零へと向かってくる。


「れ、零様っ! お逃げ……ぐあしゃぁ!」


「な、何とっ!?」


 零の目の前、顔を歪ませていた村人は、『身体も歪む』。

 変形した体は、形が保てず爆散。

 辺り一帯に血飛沫をあげる。


「こ、これは……!?」


 だが、それも零の目の前『だけ』で起こった事では無かった。

 見渡せば、

 血、

 血、

 血、

 血。

 穏やかな緑と家々の土色は、紅一色で染め上げられていた。

 悲鳴が、沸く。

 それは惨劇を彩どり、より鮮明に。


「くく、お久しぶりです。『お父上』」


 目を泳がせ、動揺とする零を、家の影から這い出た男が呼び止める。


「……ら、雷牙」


 冷や汗を垂らしながらも、零は脇に差した剣を抜き取る。

 呼吸を落ち着け、身構え、そして、『怯え』を『憤怒』に変え、口を開く。


「……お主が、やったのかっ!?」


 激昂した零の声に、しかし、男は含み笑いで答える。


「く、くく……『お父様』。酷いではありませんか。これから息子となる私に向かって」


「貴様なぞ……息子にしようと思った事はないっ!」


 手に汗を握らせ、零は叫ぶ。

 だが、滴り落ちる汗は、幾ら怒声を挙げても、収まる事は無い。

 それほどまでに、『圧倒的』。

 零は、雷牙という男を知って『いた』。

 無鉄砲な、それでいて怯む事も無く敵陣真ん中で刃を交える好戦的な男。

 そして、愛娘を毎回口説こうとしては軽くあしらわれる憎めない性格の男。

 何れは、『掟』として、リチャードに会うまではこの男に娘を嫁がせても良いとも思っていた。

 だが──違う。

 今、目の前で立つ男には、どこか異質な──それでいて不気味な、悪寒がする様な醜悪な雰囲気を醸し出す。

 それに、ここまでの相手を怖気させる様な『恐怖』を放つ様な輩では無かった筈である。


「──何者だ」


「何者? 自分で言ったではありませんか。私は、雷牙。姫様の『許嫁』であり、『陽炎家』の雷牙です」


「……雷牙は、確かに好戦的な奴ではあったが、こんな事をする人間ではなかった筈じゃ!」


 零の叫びに、雷牙は可愛げあるように首を捻る。


「何を言っているんですか?」


「何を……じゃとっ!? ここら一帯の惨劇は、貴様がやったのではないのか!?」


 今すぐにでも剣を振り下ろしそうな零の激昂の問いに、雷牙はまたしても首を捻る。


「私、聞いてみたんですよ」


 微笑、しかし、どこか狂気染みた口元の吊り上げを見せ、雷牙は言う。


「『あの異国人とこの雷牙。どちらが、姫様に相応しいか』。そしたらね、この『肉団子』ども、口を揃えてこう言ったんですよ」


 告げ、雷牙は汚らしい鼠を見下ろす様に、グチャグチャになった村人の死体を指差す。


「『リチャード様以外に姫様に相応しいものはいない』。く、くく……でも滑稽でしたね。私が剣を一刺ししたら、涙で汚い顔で必死に弁解するもんだから──」


 瞬間、瞳孔を開かせ、雷牙は死体へと剣を振るう。

 死体には触れていない。

 だが、死体は更に弾け飛んで、挽肉となった。


「ムカついて、こうしてやったんですよ」


 くく、はは、ははは! はーーはっはっは!

 雷牙は笑う、大きな口を開けて笑う。

 血で滾る獣の様に、血を啜る悪魔の様に。


「そうか」


 狂気、恐怖。

 畏怖を覚える雷牙の言動。

 だが、零は動じない。

 僅かに、眉尻を吊り上げ、雷牙の首元へと視線を集中しているのみであった。


「『天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)』よ。この邪悪を『裂け』!」


 急激な発光と共に振るう、零の剣の一閃。


「おおっと」


 だがそれは、雷牙が身体を逸らした為、綺麗に空振る。


「危ないではないですか──うぁ!」


 口を吊り上げる、雷牙を襲ったのは、どこからとも分からない袈裟切りの斬撃。

 斬撃の衝撃で、僅かに宙に浮き上がり、そして雷牙は地に叩きつけられる。


「『夜和泉家』に伝わる神器。『天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)』。お主もこの力は初めて見たじゃろう? この『神裂き』の一撃は、軌道一直線の『万物』を『裂く』と言われておる」


 してやったりと口を吊り上げる零。

 だが、反面、息を荒げ、剣を地に刺して身体を支える。


「それが……答えか? 『零』」


 だが、数瞬の内、零の表情は凍り付く。

 必殺の一撃──急所は外してしまったものの、『普通』では立ってはいられない程の深い傷であった筈だ。

 だが、目の前の男は血を噴き出しても、するりと起き上がってきた。


「馬、馬鹿な……!」


 驚愕する零。

 目は驚愕で見開き、口は痙攣し、言葉が出ない。


「姫様……姫……し、静子は、俺、俺のものだああぁぁぁぁっ!」


 縦に一閃。

 驚愕の表情のまま、零の身体はすっぱりと両断され、どさりと土埃を巻き上げる。


「あ、ああ! あああああああ!」


 『憎悪』し、その怒りで歪んだ表情で、雷牙は叫ぶ。

 見る見る内に胴体の傷は塞がり、強烈なまでの覇気が周囲に渦巻く。


「う、うあ、ああああ! あああああああああああああ!」


 狂った様に叫び、両断された零の身体を何度も、何度も、滅多刺しにする。


「く、くくく! どうだ、『羅刹』は、『怒り』、『妬み』──『激昂』を糧にする事によって、この雷牙の力を大幅に強化出来るのだっ! 幾ら、貴様の『神器』が絶対の一撃であっても、一度避ければこの力を前に赤子も同然!」


 喜々として告げる雷牙。

 だが、その目尻からは涙腺が伝う──


「お、俺は……あ、う、姫、静、子……」


 たどたどしく呟きながら、雷牙は彷徨う様に足を動かす。




「可笑しい……」


 村が惨劇となっている事も露知らず──リチャードは空を舞い、『鬼』を回避しながら、雷牙と佀真の捜索をしていた。

 だが、どうもこの周辺は『可笑しい』。

 否、いつもなら、喜ばしい事なのかも知れないが……


「圧倒的に、『鬼』が少ない……?」


 リチャードが漂うは、最も『鬼』が密集している危険地帯であった。

 だが、空からざっと見てもたまに一匹、二匹程ぐらい発見する程度だ。

 それに、どこか様子も可笑しい。

 まるで何かに怯える様に木陰に身を潜めたり、傷付き、倒れ伏せる鬼もいた。


「……誰かにやられたのだろうか?」


 不審に思い、リチャードは生やした羽を狭め、地へと降下する。

 ふさあ、と翼の滑空で綺麗に着地したリチャードは、木々で見えなかった『惨状』に目を丸くする。


「これは……!?」


 リチャードが目にしたのは、『鬼』が大量に『喰われた』残骸であった。

 鬼側も必死に抵抗していたのであろう。鬼の持つ様々な武具が所々に突き刺さっている。

 『嫌な気配がする』。

 静子はそう言った。

 いやはや、全く……あの姫様のそういった感知力は目を見張るものがあるな、とリチャードは眉間に皺を寄せる。


「……続いているな」


 しばらくの観察の後、リチャードは鬼の死骸が一定方向に雪崩れている事に気付く。

 恐らく、鬼を喰らった『化物』は、この道筋を通って進んでいるに違いない。


「あんな事を言われた手前だが……」


 一寸の躊躇。

 だが、リチャードがリチャードであるが故の、『英雄』の本質は、彼の足を前へと動かした。




「……何だ、これは!」


 リチャードが、鬼の死体を辿り、行き着いた先にあったものは、『大きな門』であった。

 それも、この東洋染みた世界には不釣り合いな石膏の様な材質で出来たアーチ状の門である。


「オオオォン。オオォォォン」


 門の奥は、何も見えずの漆黒であり、その底から呻き声の様な音が聴こえる。


「珍しいよね。これは、『幾何学世界に通じる扉(アビスロード・ゲート)』。『枝世界』に一個あるか無いかの貴重な建造物だよ」


 誰とも言えないリチャードの問いに、背後から答えるもの。

 驚愕し、リチャードは虹色の槍を発現し、振り向く。


「これは、これは。何と、あの名高い英雄様じゃあないか」


 パチパチと手を叩き、微笑ましく笑む、多量の翼を背に生やす美少年──


「……! ミカエルかっ!」


 リチャードは、その声の主を認識し、苦虫を噛む。


(こんな弱体化した状態で、この世界の管理者と対峙するだと……!?)


 焦燥とするリチャードは同時、激しく後悔する。


「流石、『巫女』だな……!」


 静子の『嫌な気配』は、ものの見事に的中し、今、かつて自身が体験した事が無い様な絶体絶命の状況を生んでいる。


(終わりか……? 終わりなのか?)


 大凡、悲観的展望を考えないリチャードの、久方ぶりの絶望であった。


「ああ……素晴らしいね」


 険の表情で身構えるリチャード。

 だが、ミカエルはそのリチャードを眺め、感激した表情を見せる。


「ああ、素晴らしいよっ! あんな嫌悪していた君の力が、こんなにも衰えているなんてっ!」


 胸を中心に手を組ませ、ミカエルは叫ぶ。

 その慈愛の笑顔は、凡そ、人を嫌悪し、憎悪している存在とは思えない。


「それこそが、人だ! 自身を弁え、驕れる力を持たず、只ひたすらに世界を動かす歯車にっ! 故にっ! 僕は初めて君に敬意を払おう!」


 両手を伸ばし、劇中の俳優の様な大袈裟な立ち振る舞い。

 ミカエルは熱弁し、そしてリチャードへと指を差す。


「そんな君に、『神のお導き』を授けよう」


 微笑し、ミカエルはリチャードの顔を覗き込む。

 リチャードが向けている槍先など、目もくれず。


「君は、早々にこの空間にある、あの悪魔の子共が住んでいる村に戻るべきだ」


 真剣な面持ちで告げるミカエルの言葉に、リチャードは首を傾げる。


「……何故だ?」


「あの、脆弱なアビスの住民どもが『喰われて』いるのを見たであろう?」


 にやりと、口を吊り上げて、ミカエルは問う。

 無言。

 しかし、ミカエルはその無言を肯定と受け取り、続ける。


「あれは、『異なる世界の概念』の力の軋轢によって、精神が捩りに捻子曲がった狂『人』が行った行為だ」


「あれが、人の手だと……?」


「そうだよ。あろうことか、『僕の世界』に図々しくも出しゃばってきた『異物』が遺してきた……うーん。君達の言葉で言えば、そう! 『殺戮マシーン』だ!」


 額に手を当て、一寸、後に指を弾いてミカエルは言う。


「只ひたすらに一点の『願望』のみで突き動いている、頭が壊れた哀れな悪魔の子……それが、他の悪魔の子を何故か『怒り』、『妬み』、襲撃しようとしている」


 そのミカエルの言葉に、リチャードは思考を巡らす。

 『熾天使長』ミカエル。

 人類の敵であり、そしてその殲滅は『アダム』の『目的』の一つである。

 だが、ミカエルは人を嘲り、謀る真似はあまりしない。

 仮に嘘だとして、こんな小賢しい真似は……ミカエルが最も嫌う行為だ。

 故に、


「……信じよう。出来れば、そのまま帰らせてくれる事を願うが」


「勿論。僕は単純に君と彼等がくたばってくれれば、それで良いんだよ。僕が手を下すまでも無い」


 ミカエルに背を見せず、警戒しながら、リチャードは飛び立つ。


「やはり……どうも、気になるよ」


 飛び立ったリチャードを見つめ、ミカエルは呟く。


「一瞬、それもほんの少し僅かだ。気のせいとも取れる程の。だけど、だけど……感じたあの『氣』は──」


 口元から出そうになる言葉。

 だが、戸惑いで震える口元からは、その続きを呟く事は無かった。


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