Scene 45 英雄と黄泉姫⑤
宣言通り、二日連続です。
休日出勤が無ければ、12時に投稿したかったんですけどね。
まだまだ続く過去編です。
死にすぎ。
リチャードが村を離れて数刻後──
「何事じゃ、一体」
騒然とする村の様子に、零は自身が住む屋敷から外へ顔を出す。
すると、何かに怯える様に慌てふためいた村人が、全速力で零へと向かってくる。
「れ、零様っ! お逃げ……ぐあしゃぁ!」
「な、何とっ!?」
零の目の前、顔を歪ませていた村人は、『身体も歪む』。
変形した体は、形が保てず爆散。
辺り一帯に血飛沫をあげる。
「こ、これは……!?」
だが、それも零の目の前『だけ』で起こった事では無かった。
見渡せば、
血、
血、
血、
血。
穏やかな緑と家々の土色は、紅一色で染め上げられていた。
悲鳴が、沸く。
それは惨劇を彩どり、より鮮明に。
「くく、お久しぶりです。『お父上』」
目を泳がせ、動揺とする零を、家の影から這い出た男が呼び止める。
「……ら、雷牙」
冷や汗を垂らしながらも、零は脇に差した剣を抜き取る。
呼吸を落ち着け、身構え、そして、『怯え』を『憤怒』に変え、口を開く。
「……お主が、やったのかっ!?」
激昂した零の声に、しかし、男は含み笑いで答える。
「く、くく……『お父様』。酷いではありませんか。これから息子となる私に向かって」
「貴様なぞ……息子にしようと思った事はないっ!」
手に汗を握らせ、零は叫ぶ。
だが、滴り落ちる汗は、幾ら怒声を挙げても、収まる事は無い。
それほどまでに、『圧倒的』。
零は、雷牙という男を知って『いた』。
無鉄砲な、それでいて怯む事も無く敵陣真ん中で刃を交える好戦的な男。
そして、愛娘を毎回口説こうとしては軽くあしらわれる憎めない性格の男。
何れは、『掟』として、リチャードに会うまではこの男に娘を嫁がせても良いとも思っていた。
だが──違う。
今、目の前で立つ男には、どこか異質な──それでいて不気味な、悪寒がする様な醜悪な雰囲気を醸し出す。
それに、ここまでの相手を怖気させる様な『恐怖』を放つ様な輩では無かった筈である。
「──何者だ」
「何者? 自分で言ったではありませんか。私は、雷牙。姫様の『許嫁』であり、『陽炎家』の雷牙です」
「……雷牙は、確かに好戦的な奴ではあったが、こんな事をする人間ではなかった筈じゃ!」
零の叫びに、雷牙は可愛げあるように首を捻る。
「何を言っているんですか?」
「何を……じゃとっ!? ここら一帯の惨劇は、貴様がやったのではないのか!?」
今すぐにでも剣を振り下ろしそうな零の激昂の問いに、雷牙はまたしても首を捻る。
「私、聞いてみたんですよ」
微笑、しかし、どこか狂気染みた口元の吊り上げを見せ、雷牙は言う。
「『あの異国人とこの雷牙。どちらが、姫様に相応しいか』。そしたらね、この『肉団子』ども、口を揃えてこう言ったんですよ」
告げ、雷牙は汚らしい鼠を見下ろす様に、グチャグチャになった村人の死体を指差す。
「『リチャード様以外に姫様に相応しいものはいない』。く、くく……でも滑稽でしたね。私が剣を一刺ししたら、涙で汚い顔で必死に弁解するもんだから──」
瞬間、瞳孔を開かせ、雷牙は死体へと剣を振るう。
死体には触れていない。
だが、死体は更に弾け飛んで、挽肉となった。
「ムカついて、こうしてやったんですよ」
くく、はは、ははは! はーーはっはっは!
雷牙は笑う、大きな口を開けて笑う。
血で滾る獣の様に、血を啜る悪魔の様に。
「そうか」
狂気、恐怖。
畏怖を覚える雷牙の言動。
だが、零は動じない。
僅かに、眉尻を吊り上げ、雷牙の首元へと視線を集中しているのみであった。
「『天叢雲剣』よ。この邪悪を『裂け』!」
急激な発光と共に振るう、零の剣の一閃。
「おおっと」
だがそれは、雷牙が身体を逸らした為、綺麗に空振る。
「危ないではないですか──うぁ!」
口を吊り上げる、雷牙を襲ったのは、どこからとも分からない袈裟切りの斬撃。
斬撃の衝撃で、僅かに宙に浮き上がり、そして雷牙は地に叩きつけられる。
「『夜和泉家』に伝わる神器。『天叢雲剣』。お主もこの力は初めて見たじゃろう? この『神裂き』の一撃は、軌道一直線の『万物』を『裂く』と言われておる」
してやったりと口を吊り上げる零。
だが、反面、息を荒げ、剣を地に刺して身体を支える。
「それが……答えか? 『零』」
だが、数瞬の内、零の表情は凍り付く。
必殺の一撃──急所は外してしまったものの、『普通』では立ってはいられない程の深い傷であった筈だ。
だが、目の前の男は血を噴き出しても、するりと起き上がってきた。
「馬、馬鹿な……!」
驚愕する零。
目は驚愕で見開き、口は痙攣し、言葉が出ない。
「姫様……姫……し、静子は、俺、俺のものだああぁぁぁぁっ!」
縦に一閃。
驚愕の表情のまま、零の身体はすっぱりと両断され、どさりと土埃を巻き上げる。
「あ、ああ! あああああああ!」
『憎悪』し、その怒りで歪んだ表情で、雷牙は叫ぶ。
見る見る内に胴体の傷は塞がり、強烈なまでの覇気が周囲に渦巻く。
「う、うあ、ああああ! あああああああああああああ!」
狂った様に叫び、両断された零の身体を何度も、何度も、滅多刺しにする。
「く、くくく! どうだ、『羅刹』は、『怒り』、『妬み』──『激昂』を糧にする事によって、この雷牙の力を大幅に強化出来るのだっ! 幾ら、貴様の『神器』が絶対の一撃であっても、一度避ければこの力を前に赤子も同然!」
喜々として告げる雷牙。
だが、その目尻からは涙腺が伝う──
「お、俺は……あ、う、姫、静、子……」
たどたどしく呟きながら、雷牙は彷徨う様に足を動かす。
「可笑しい……」
村が惨劇となっている事も露知らず──リチャードは空を舞い、『鬼』を回避しながら、雷牙と佀真の捜索をしていた。
だが、どうもこの周辺は『可笑しい』。
否、いつもなら、喜ばしい事なのかも知れないが……
「圧倒的に、『鬼』が少ない……?」
リチャードが漂うは、最も『鬼』が密集している危険地帯であった。
だが、空からざっと見てもたまに一匹、二匹程ぐらい発見する程度だ。
それに、どこか様子も可笑しい。
まるで何かに怯える様に木陰に身を潜めたり、傷付き、倒れ伏せる鬼もいた。
「……誰かにやられたのだろうか?」
不審に思い、リチャードは生やした羽を狭め、地へと降下する。
ふさあ、と翼の滑空で綺麗に着地したリチャードは、木々で見えなかった『惨状』に目を丸くする。
「これは……!?」
リチャードが目にしたのは、『鬼』が大量に『喰われた』残骸であった。
鬼側も必死に抵抗していたのであろう。鬼の持つ様々な武具が所々に突き刺さっている。
『嫌な気配がする』。
静子はそう言った。
いやはや、全く……あの姫様のそういった感知力は目を見張るものがあるな、とリチャードは眉間に皺を寄せる。
「……続いているな」
しばらくの観察の後、リチャードは鬼の死骸が一定方向に雪崩れている事に気付く。
恐らく、鬼を喰らった『化物』は、この道筋を通って進んでいるに違いない。
「あんな事を言われた手前だが……」
一寸の躊躇。
だが、リチャードがリチャードであるが故の、『英雄』の本質は、彼の足を前へと動かした。
「……何だ、これは!」
リチャードが、鬼の死体を辿り、行き着いた先にあったものは、『大きな門』であった。
それも、この東洋染みた世界には不釣り合いな石膏の様な材質で出来たアーチ状の門である。
「オオオォン。オオォォォン」
門の奥は、何も見えずの漆黒であり、その底から呻き声の様な音が聴こえる。
「珍しいよね。これは、『幾何学世界に通じる扉』。『枝世界』に一個あるか無いかの貴重な建造物だよ」
誰とも言えないリチャードの問いに、背後から答えるもの。
驚愕し、リチャードは虹色の槍を発現し、振り向く。
「これは、これは。何と、あの名高い英雄様じゃあないか」
パチパチと手を叩き、微笑ましく笑む、多量の翼を背に生やす美少年──
「……! ミカエルかっ!」
リチャードは、その声の主を認識し、苦虫を噛む。
(こんな弱体化した状態で、この世界の管理者と対峙するだと……!?)
焦燥とするリチャードは同時、激しく後悔する。
「流石、『巫女』だな……!」
静子の『嫌な気配』は、ものの見事に的中し、今、かつて自身が体験した事が無い様な絶体絶命の状況を生んでいる。
(終わりか……? 終わりなのか?)
大凡、悲観的展望を考えないリチャードの、久方ぶりの絶望であった。
「ああ……素晴らしいね」
険の表情で身構えるリチャード。
だが、ミカエルはそのリチャードを眺め、感激した表情を見せる。
「ああ、素晴らしいよっ! あんな嫌悪していた君の力が、こんなにも衰えているなんてっ!」
胸を中心に手を組ませ、ミカエルは叫ぶ。
その慈愛の笑顔は、凡そ、人を嫌悪し、憎悪している存在とは思えない。
「それこそが、人だ! 自身を弁え、驕れる力を持たず、只ひたすらに世界を動かす歯車にっ! 故にっ! 僕は初めて君に敬意を払おう!」
両手を伸ばし、劇中の俳優の様な大袈裟な立ち振る舞い。
ミカエルは熱弁し、そしてリチャードへと指を差す。
「そんな君に、『神のお導き』を授けよう」
微笑し、ミカエルはリチャードの顔を覗き込む。
リチャードが向けている槍先など、目もくれず。
「君は、早々にこの空間にある、あの悪魔の子共が住んでいる村に戻るべきだ」
真剣な面持ちで告げるミカエルの言葉に、リチャードは首を傾げる。
「……何故だ?」
「あの、脆弱なアビスの住民どもが『喰われて』いるのを見たであろう?」
にやりと、口を吊り上げて、ミカエルは問う。
無言。
しかし、ミカエルはその無言を肯定と受け取り、続ける。
「あれは、『異なる世界の概念』の力の軋轢によって、精神が捩りに捻子曲がった狂『人』が行った行為だ」
「あれが、人の手だと……?」
「そうだよ。あろうことか、『僕の世界』に図々しくも出しゃばってきた『異物』が遺してきた……うーん。君達の言葉で言えば、そう! 『殺戮マシーン』だ!」
額に手を当て、一寸、後に指を弾いてミカエルは言う。
「只ひたすらに一点の『願望』のみで突き動いている、頭が壊れた哀れな悪魔の子……それが、他の悪魔の子を何故か『怒り』、『妬み』、襲撃しようとしている」
そのミカエルの言葉に、リチャードは思考を巡らす。
『熾天使長』ミカエル。
人類の敵であり、そしてその殲滅は『アダム』の『目的』の一つである。
だが、ミカエルは人を嘲り、謀る真似はあまりしない。
仮に嘘だとして、こんな小賢しい真似は……ミカエルが最も嫌う行為だ。
故に、
「……信じよう。出来れば、そのまま帰らせてくれる事を願うが」
「勿論。僕は単純に君と彼等がくたばってくれれば、それで良いんだよ。僕が手を下すまでも無い」
ミカエルに背を見せず、警戒しながら、リチャードは飛び立つ。
「やはり……どうも、気になるよ」
飛び立ったリチャードを見つめ、ミカエルは呟く。
「一瞬、それもほんの少し僅かだ。気のせいとも取れる程の。だけど、だけど……感じたあの『氣』は──」
口元から出そうになる言葉。
だが、戸惑いで震える口元からは、その続きを呟く事は無かった。




