Scene 40 儚き恋に、続きを
桐人回、もとい昼ドラ回です。(当事者一人いないけど)
うわぁ……やっぱり、こいつはなろう受けしないだろうなあ、と思います。
淡く、弾けるシャボン玉の様に。
街々が、霞み、消え、そしてまた出現する。
幻想的な『蜃気楼の街』の中を、桐人は先導する志藤と共に歩いていた。
「つまりは……貴様はあのアウトサイダーの王下直属部隊に、悪名高い『織田』を潜り込ませ、情報収集させていたと?」
背を見せ、振り返る事無く志藤は桐人へと問う。
「違うな。あくまで個人の目的の一致で、『協力』という形だ。俺が、あの人に指図出来る訳が無い」
嘆息し、桐人は告げる。
「そうだな。何せ、貴様はルシファーの『暴走』で、織田の配下共を殺してしまったらしいじゃないか。俺が捕えたアダムの幹部が言っていたよ。寧ろ、織田はよくお前との協力を快く承ったものだよ」
くく、という可笑しそうな笑い声と共に、志藤は言う。
「……あの人にとっては、それも自身の『憤怒』の一括りでしかないという事だ。裏切られ、多数の部下を葬り去られ──明らかな『負』の感情で捻じ曲げられた自身の天下。その時と比べれば、所詮は『天災』の様なものだと仰っていたよ」
「『天災』か。間違いでは無いな。暴走した貴様は、正に『天からの災い』とも言える」
二人がしばらく歩み続けると、歪んだ景色が徐々に黒々とした空間となり、螺旋に降下してゆく。
「次の『階層』へ行くのか。まるで、『アビスの様だな』」
「そうなのか。俺は、自分の宿す悪魔の世界については何も知らないし、興味も無いのでな。分からん」
特に感情の変化も無く、淡々と告げ、志藤は降下してゆく地面を下ってゆく。
だが、思い付いた様に、ハッとして志藤は初めて桐人へと振り返る。
「ところで、貴様がアウトサイダーと繋がりがあったとなれば、今回の『襲撃』の意図も把握していたのではないか?」
その志藤の問いに、桐人はニヤリと口を吊り上げる。
「織田さんの潜り込んだ『暁』には、そこまでの情報は無かった。アウトサイダーも、一枚岩ではないという事だ。あの組織は急速に成長したが、その分、派閥が多く作られ、その対処もずさんな部分がある」
「つまりは、この『黄泉』への襲撃も、あの『総統閣下』とかいうふざけた肩書きを持った『浅羽』の範疇外だと?」
志藤の問いに、首を振り、桐人は言う。
「いや。寧ろ、これは浅羽の意図によるものだろう。『黄泉』の襲撃自体は『王下直属部隊』全リーダーにお達しがあったからな。だが、その全容自体は『朧』、そしていつも他部隊に介入する『禍』以外は知らされていないだろうな」
「そうなのか。要するに今回の件には、その『派閥争い』のいざこざが含まれている、と言う事になるのか?」
「好都合なことにな。だが、『争い』ではない、『潰し』だ。流石に、短い期間でしかアウトサイダーに潜り込んでいないせいか、その爛れた『組織体制の裏側』まで把握していないよ。未だに、他部隊にどういった存在がいるのかさえ、全て把握しきれていないしな」
「貴様程の狡猾な奴が、そこまでの情報しか仕入れなかった所を考えると、存外、アウトサイダーという組織は一筋縄ではいかないという事か」
「それは、俺が『フォールダウン・エンジェル計画』の手前に、あの浅羽に見事出し抜かれた時から思っている事だ。流石、天下のアダムに牙を向けるだけある。手強い組織だ」
戦慄を含めた桐人の張り詰める声に、志藤はほう、と相槌を打つ。
「『元管理者』の貴様にそこまで評価されるとは……やはり、俺の『いた』組織は全力で相手する手合だったか」
「そうだ。だが、今のアウトサイダーは『ガラス』の様なもの。鋭利ではあるが、『脆い』。勢いはあるが、足腰が盤石でない今こそ、あの組織を叩き潰す好機だ」
桐人の言葉に、志藤はコクリと頷き、再び光が薄くなってゆく道を歩んでゆく。
「着いたぞ」
しばらく、宵闇の如き道を歩いた志藤と桐人は、その道の目印となっていた一筋の光が拡がる空間に着く。
「──この『プリズム』は、『マナ』の結晶体か」
辺りを見渡した桐人は、感嘆と共に声を漏らす。
二人の周囲を取り囲む巨大な結晶群。
それら一つ一つは鮮やかに様々な色の輝きを放ち、神秘的な雰囲気を辺りに漂わせる。
「そうだ。尤も、静子が『いた』世界では、『神血晶』と呼ばれていたらしい」
「……『神血晶』?」
「由来は、『最初に静子がいた世界の管理者』の『亡骸』から漏れ出した──『神の枝』から『噴き出した』アビスの力の凝縮液だ。それが、まるで輝かしい『血』の様であったと」
眉を顰めた桐人へと、志藤は口を吊り上げて告げる。
「成程……流石、『亡骸』だ。もう死んでいても、きちんと『枝』の役割を担っているというわけか」
志藤の言葉に合点し、桐人は興味深そうに、『神血晶』を観察する。
「……あ、ああ! まさか、自ら来て頂けるなんて……!」
だが突如、女性の今にも泣き出しそうな声が響く。
桐人は、その声の主へと首を向ける。
「──久しぶりだな。『静子』」
手に持った扇子を落とし、紅潮した頬を覆い隠す様に両手を掲げる静子。
桐人の言葉に、目尻から涙を伝わせ、ゆっくりと歩み寄る。
「この静子……あれから一年間──来る日も、来る日もあなたの事を想いながら、それでも耐えて、今まで『準備』をしておりました」
遂には泣き崩れ、桐人の胸元に顔を埋める静子を、桐人はしっかりと抱き締める。
「そこまで俺を──『リチャード』を想ってくれて嬉しいよ……これは、本心だ」
抱き寄せた静子から溢れ出す桐人の『リチャード』であった記憶──断片的でおぼろげな景色。
だが──
「何故だ。何故、俺は泣いているんだ……!」
不意に込み上げる桐人の『感情』の昂ぶり。
それは、全てを計略する桐人が久方ぶりに感じた『感動』であった。
「『サラ』がいたというのに……どうやら、『リチャード』も俺と同様の愚者だった様だ」
自身を嘲笑し、桐人はそして結論付ける。
「やはり、『君』は、俺が本気で『愛していた』んだね」
心の中で自身に問い掛け、自身で頷いた桐人は、静子の頬に垂れる涙を拭う。
「ええ、ええ! そうです! 私と、リチャードさんは永遠の契りをし、二人で『果てよう』と約束しました!」
涙の雫を目下に溜め込み、静子は笑んで告げる。
「これは驚いた。うちの『黄泉姫』がこれほどまでに泣きじゃくり、喜ぶとはな」
その光景を、唖然として志藤は見つめていた。
自分を始め、多くの『黄泉帰り』にすら見せた事はなかった、静子の激しい『感激』の『感情』。
「これは、俺はお邪魔だろうか」
頬を掻き、苦笑いを浮かべる志藤は、気まずさからその場を離れようかと思慮する。
だが、あの『桐人』だ。
今までの経緯からいっても、どうも『何か』ある。
自身が提案しては何だが、あの男がこうも易々と手を組む事を承諾する訳が無い。
「空気をぶち壊してまで、俺は『いる』権利はある」
呟き、志藤はつま先に力を込め、いつでも静子の援護に回れる様に構える。
(美千代、紗枝。三人で、再びあの日常を)
原動力は、自身の理想──死して、この世界から消え去った二人の最愛の家族。
冷淡な表情の奥底に熱く、焦がれる心情を秘め、志藤は二人の様子を窺う。
(流石、志藤だ。こんな状態でも緩む事無く、俺を監視するか)
静子の頭を撫でながら、桐人は周囲の気配を探る。
(他に、『黄泉帰り』と思わしきものが『二人』──但し、『シメイス』の探知に引っ掛かった奴等だけだ。『現人神』や『混在覚醒状態』の様な察知出来ない輩もいる可能性を考慮に入れないとな)
桐人は、その寸瞬で思考を巡らす。
少なくとも『四対二』。
恐らく、『エレン』はアウトサイダーにも黄泉帰りにも負ける事は無いであろう。
そして、その『電気』と同等のスピードで『ここ』に着く、或いは着いているかも知れない。
運が良ければ、自分の息が掛かっていないが、他のアダム日本支部のメンバーも援護が入るに違いない。
もし、『自分の計略』が失敗しても何とか『次の一手に行動を移す事が出来る』。
「静子……少し、昔話をしないか?」
今の現状、周囲の援護の可能性。
それらを踏まえ、桐人は時間を稼ぐ、という選択をした。
「ええ、勿論ですわ! ああ、リチャードさん……また、逢いたかった。逢えてよかった」
手を差し伸べる桐人に、丁寧なお辞儀と共に、その手を握り締める静子。
「……生憎だが、貴様への疑念が晴れるまで、二人の為の個室には案内出来ん」
腕に縋り付く様に抱き寄せる静子を連れ、桐人が周囲を見渡した際に、背後から志藤の声が響く。
「そうしてもらいたかったが、まあお前ならそう言うと思った。どこか腰掛ける所はないか?」
「それなら、即席で造れる」
桐人の言葉に頷き、志藤は迸る雷剣を一薙ぎする。
すると、刺々しい結晶が見事スライスされ、丁度二人が腰掛けるにぴったりなサイズへと加工される。
「ありがとう」
桐人は一瞥し、静かに結晶の椅子へと腰を付ける。
「……あれが、『亡骸』か」
桐人が腰掛け、眺める先、障壁に囲まれ、半身のみを空間に覗かせる『巨漢』。
『巨漢』は、白眼を剥き、だが、『神血晶』で固められた身体は、まるで脈動しているかの如く血色が良い。
その心臓部には、遠くから見てもその煌めきと神々しさを余すことなく降り注がせる一刀が突き刺さっていた。
「ええ……私と一体となった『伊邪那美』の、『最も愛した人』です」
「『伊邪那岐』──そして、あの刺さっている剣が、『天之尾羽張剣』か」
「そうです。黄泉から逃げ出した自身の罪悪と、もう二度と逢えないであろう『伊邪那美』への悲しみを償い、自身が救われる為に行った『禊』の『最終段階』です」
告げる、静子は悲しみの表情に包まれる。
「──本当は、只、もう一度逢いたかった……それだけだったのに」
呟く、静子は、まるで別人の様であった。
威厳に満ちた表情が悲しみで黄昏る。
過去を回想し、感傷に浸るかの様な目線で、『亡骸』を見やる。
「そうか。君は『伊邪那美』と同化したんだったな」
その表情の変化は、正に『伊邪那美』そのものだったと桐人は結論付ける。
その桐人の言葉に頷き、静子は桐人へと肩を寄せる。
頬へと触れようとする雪解けの様な美しい手。
「──『私は』、そうはなりたくないんです」
そう静子が呟いた刹那、強烈なまでの『不穏』が桐人を襲う。
「……! 何の、つもりだっ!?」
言いようのない重圧に戦慄した桐人は、飛び除け、大きく後ろへと後退する。
「何って……? 私は、只、リチャードさんと永遠に共にいたい。その結論として行動したまでよ?」
妖しく微笑し、静子は立ち上がる。
「俺を……『死』なせるつもりか……!」
冷や汗が伝う桐人は言う。
自身へと向けられた、『死』を持つ『氣』。
危なかった。
あのまま頬に彼女の手が触れれば、幾ら桐人であろうと逃れられぬ『死』に陥られたであろう。
「そうよ。そんな塗り固められた『桐人』の記憶を冷めさせてあげようと思って」
告げる、静子の眼差しは、決して狂気に駆られたり、血迷った様相に見えない。
しっかりと桐人の瞳を見つめる静子の『決意』の眼は、その行動が彼女の揺るぎ無き『覚悟』の上での行動だと、桐人は悟る。
「『塗り固められた』……? 違う、この『桐人』も俺にとってはかげがえのない『俺』だ」
桐人の言葉に、静子は首を横に振り、口を開く。
「違うの。幾重、幾世紀を『転生』したルシファー……その中の一つとして『リチャードさん』がいた。それは知ってる」
「そうだ。俺は桐人、リチャード……ソロモン王を起点に数々の転生を繰り返し、今に至る──」
その後の言葉を、桐人は詰まらせそうになる。
元々は志藤の誘いに乗り、この『黄泉』に来たのは、一時的に静子とそれが擁する『黄泉帰り』と手を組もうと算段したのが発端であった。
自分に強烈な好意を持つ静子を説得し、アダムの『日本支部』を乗っ取り、続く『第三勢力』として旗印を掲げる──
織田が入手した『亡骸』の存在を知り、以前から構想していたプランの一つであった。
「リチャードも……その中の『一握り』でしかなかったんだ。そして、今の『桐人』こそが、俺の『終着点』であると確信している」
だが、桐人はそのプランの一つを足蹴にした。
『恋は盲目』、否、自身を『盲信』していると言ってもいい静子の言動を鑑みるに、あの眼の色を塗り替えるのは不可能に近い、と桐人は判断したのであった。
「そんな事はないっ! ……だって、『私との思い出』を全く思い出していない。愛してい『た』? 止めて、過去の夢みたいに語るのは。『あの時』は、『今も続いている』の」
静子は、歯を噛み締め、目尻から涙の雫を垂らす。
「そんなにも……あのエレンという女を好いているのですか?」
口元が震え、声が出なくなりそうな喉元を堪え、静子は口を開く。
「……そうだ」
一寸の間を空け、桐人は言う。
確かに、リチャードの時にあった静子との『思い出』はおぼろげであった。
しかし、断片的にフラッシュバックの如く流れる『過去』は、今目の前で泣いている美しい彼女を、自分は心の底から愛していたのであろうと桐人は想う。
だけども、『桐人』はエレンという女性を選び、そしてその女性と永遠の理想を共に歩もうと決意したのだ。
「今の俺に、『君』はいない」
更に、桐人は静子を突き放す言葉を投げかける。
それは、計略でも何でもない。
少しでも揺らぎそうな、自身の想いを貫き切る為に放った言葉であった。
「う、うぐ、うあ、あああああん!!」
膝を地に落とし、泣きじゃくる静子。
桐人の胸に、槍で抉られる様な痛みが響く。
(済まない……本当に)
『傲慢』である桐人の、久方ぶりの懺悔であった。
「そして、さようなら、だ」
桐人は、左手を掲げる。
指に嵌める『ソロモンの指輪』が、妖しく光る。
「『現人神』である君に唯一対抗する為に編み出した、俺のとっておきの『秘策』だ」
桐人は、か細く告げる。
「させん! 『建御雷神』!」
紫の雷を纏うた志藤の一閃が、桐人を襲う。
「『鎧神・統合』、『ベルゼブフ』!」
叫んだ桐人の体を、禍々しい黒色の鎧が包む。
頭部を食らいつくさんとする大口を開けた龍の様な兜の中は充満する『氣』によって、桐人の表情が窺えない。
「……! 消えた!?」
志藤がそれを視認し、振り抜いたが、そこには桐人がいなかった。
「流石だな。一部とはいえ、あの『総統』と同じ『暴食』の氣を纏うとは」
だが、志藤は口を吊り上げ、上空へと顔を上げる。
そして、黒の全身鎧に身を包んだ『神血晶』の先端に足をつける桐人を見つめる。
「だが、そんな力ではうちの『黄泉姫』には到底敵わんぞ?」
剣先を向け、告げる志藤に、桐人は鼻の笑いで答える。
「これは、あくまでお前の襲撃への防護策だ。本当の『秘策』ではない」
「偽りというわけか。ふん。ならば、その秘策とやらを拝ませてもらおうか」
「その……必要はないわ」
志藤の挑発に答えたのは、桐人では無かった。
「そこまで言うのなら、見せてあげる」
涙を拭い、静子は告げる。
「……! 何っ!?」
同時、桐人の足下の『神血晶』が伸び、桐人の足を拘束してゆく。
「この『神血晶』はね……? 『伊邪那美』の記憶も蓄えているんですよ」
「う、ぐあ、ああああああ!」
足下の『神血晶』から、桐人の頭の中に、幾重もの『思い出』が溢れ返る。
「さあ……思い出して、『リチャードさん』」
へたりと地へと座り込み、静子は自分の顔を埋めた。
プリズムの閃光は、桐人を過去の『思い出』に誘ってゆく。




