Scene 35 鉄世界の狂犬と竜神の竜人
ヴェロニカ回です。
多分、日本支部内で最弱なんだよなあ……
幾重もの巨大な滝が流れ出る、大渓谷。
否、それは人が住む世界では比べるまでも無い、途方の無い大滝の群と言える。
「ひゃー。こりゃ、また壮大な捕縛結界だな」
それを見上げ、ヴェロニカは感嘆の声を挙げる。
視線を下に向けると、全てを押し潰すかの様な濁流が湖に打ち付けていた。
その湖の中には、多数のうねりを見せる鱗が見える。
「こいつは、相手方が生み出した『下級の住民』どもかねぇ?」
濁流でかき消される、ヴェロニカの呟き。
だが、水面にその尾を浮かび上がらせる多数の『蛇』群は、ヴェロニカの殺気を感じ取ったのか、その牙を向けてするすると近付いてくる。
「「「ギュアシャアアアァァァァッ!」」」
蛇群は、あっという間にヴェロニカの下まで駆け上がる。
一匹、一匹がヴェロニカの体長を優に超える大蛇。
「図体だけで、中身はスカスカなんだよっ! このソーセージ野郎ども!」
ヴェロニカの叫びと共に発現するは、多数の『銃器』。
「『残酷伯爵の宴』!」
それらは、ヴェロニカの言葉と共に、一斉に火を噴き上げる。
轟音は、更にまた響く轟音と折り重なり、壮大な狂騒曲を奏でる。
「アダマンタイトの物理的衝撃に続く、『魔法鉱石』としてのルビーの『火』属性弾だ。この世界の四元素説に則った法則なら、相反する属性の方がダメージがデカイだろ?」
多量のアンチマテリアルライフルから掃射される炸裂弾は、大蛇の怪物達に悲痛な泣き声を挙げさせる。
血を噴き出し、しかし、その血液は炎熱で焼き焦げ、血の紅色は炎の燈色に支配される。
だが、滝から流れ出る濁流の如く、次々と大蛇が水面から顔を出し、ヴェロニカを襲う。
百、数百──一千とも言える大蛇の大軍勢は、脅威的なヴェロニカの銃乱射の前に、怖じける事無く迫る。
「ったく、痛覚通ってねえのかよ! 贋作生物!」
舌打ちをし、ヴェロニカは背後からの異空間へと腕を突っ込む。
取り出されたのは、ヴェロニカの背丈の二倍はあろう『槍』とも形容出来る巨大な銃。
「『ブローニングXM999』。あたいの愛銃だ。有難く貰いなっ!」
告げ、ヴェロニカは握り締めた重機関銃を放つ。
一斉掃射している銃器達の音をかき消し、一際巨大な弾が吹き荒れる。
「アダマンタイトで包括した何重ものルビーによる爆裂を水銀の触媒で連鎖させ、強烈な威力の爆撃をお見舞いする──通称『サン・フレア』ボム。街一個なら余裕で消し飛ぶ威力だぜ?」
したり顔で、ヴェロニカは言い放つ。
言葉を終えるのが先か否か。
湖を強烈な発光が包み込む。
「全く、この僕の可愛い『子供達』に何て惨たらしい事をしてくれたんだ」
爆撃音と衝撃が世界に響く。
水飛沫が宙を舞い、五月雨を地に降り注ぐ。
「やっと、親玉がお出ましかい?」
水が枯れ果てた湖の中、突き出る様にその中央に生える一つの岩壁。
その頂きに立つ、一人の『少年』。
まるで鮮血の様な髪色を持ち、だが被ったフードによって、顔の全貌が窺えない。
「可笑しいな。その近辺も、あたいのサン・フレアボムなら余裕で消し飛ぶ範囲だったんだけどな」
口を吊り上げて、ヴェロニカは呟く。
だが、ヴェロニカはその少年の一帯が強烈な爆撃に晒されても無傷であった理由を知り得ていた。
「『跳ね返しやがった』な? それも、一瞬のうちに」
視線を脇目に逸らし、ヴェロニカは周囲を観察する。
自身が放った爆撃。
だが、あろうことか、『明らかに有り得ない方向』の地面ががっつりと抉り取れる様に、消し飛んでいた。
「そうとも。僕の『尾』は、君のあらゆる力を受け付けない」
告げた少年の背後、巨大な何かが蠢く。
少年の背丈のおよそ六倍はあろう巨大なハ虫類の『尾』は、まるで獲物を前に舌舐めずりする様に、地を這いずる。
「ほう。そりゃ、大層な蜥蜴の尻尾だな?」
耳を穿り、中指を立て、ヴェロニカは周囲に新たに銃器群を発現させ、配備する。
「く、ふふ。はっはっはっはっ! やはり、貴様らアダムは、ろくでもない屑野郎の集まりだ!」
ヴェロニカの挑発に、赤髪の少年は跳躍。
「……速いっ!」
その少年の跳躍のスピードは、ヴェロニカの予想を遥かに上回るスピードであった。
轟音を響かせ、多数の弾道が宙に軌道を描く。
だが、少年は口を吊り上げ、翼を持たない体では不可能と言える不規則な空中内での旋回を行いながら、ヴェロニカの銃弾を躱してゆく。
「ち、白兵戦かよ!」
ズドン、と少年の体躯で起こるとは思えない衝撃音が響く。
眼前に落ちてきた少年の踏み出しの一歩を合図に、ヴェロニカは宙に発現し、飛来した拳銃二丁を掴み取る
地を削りながら這う少年から生えた尾が、ヴェロニカへと牙を剥く。
「全てを『跳ね返す』僕の『尾』に、人が触れたらどうなると思う?」
ヴェロニカの動きを封じる様に、尾はとぐろを巻き、周囲を取り囲む。
舌舐めずりした少年の姿を隠す、やや大きめなフードのパーカーから飛び出たのは、鋭いかぎ爪と、それを覆う『ハ虫類の鱗』。
ヴェロニカは、その手を視認し、驚愕の声色で叫ぶ。
「……! 手前、出来損ないの『エロージョンド』かっ!?」
振り抜かれる、少年の腕から生える鱗の手のかぎ爪。
それを、二丁の拳銃をクロスさせ、ヴェロニカは受ける。
「エロージョンド……? くく……ふふ。はは、はっはっはっは!」
盛大な笑い声を挙げ、少年は片方の腕をフードまで運ばせ、かぎ爪でその先を摘む。
「残念! 僕はあくまでインカネーターさ! でも、『君達に改造されちゃったけどね』っ!」
「……うえ。マジかよ……!」
フードが取り外され、少年の頭部が露わになる。
「ふふ。はは、はっはっはは! 何だよ!? 君達が僕を『こんな風』にしたんじゃないか! 何をそんな気味悪がってるのさ!?」
少年の顔は鱗で覆われ、その鼻から唇の先が『尖っていた』。
その瞳は縦に割れ、耳は尖がっている。
その姿は正に──
「『竜人』か……」
戦慄の表情で、ヴェロニカは呟く。
成程。
その手、そして地にめり込む足。
それは、紛れも無く『竜』のそれと同義である。
「僕の名は、バーナビー・アッシュ。かつて、『二代目』メイザースによって改造された、『イルルヤンカシュ』を化身に持つ、インカネーターだ!」
告げ、バーナビーは自身の足下から、水色の魔法陣を発現させる。
「『竜神の庇護』」
螺旋の水流がバーナビーの足下から首筋まで巻き付き、それらは硬化してゆく。
バーナビーの着るパーカーが千切れ、竜神の庇護による紋様の鎧が姿を現す。
「さあ、僕の完全無敵の『尾』で形成した、この逃げ場の無い空間で君を挽肉にしてあげるっ!」
告げ、バーナビーは横薙ぎの回し蹴りを放つ。
「くっ!」
ヴェロニカは、二丁の拳銃で受けていたかぎ爪を弾き、そのまま後転。
僅かに回し蹴りの軌道を逸らし、瞬間的に二丁のトリガーを引き抜く。
だが、それはバーナビーに対し、ほんの少しの仰け反りを与えるのみであった。
「ふふ。痛くも痒くもないよ? それに……」
バーナビーは、瞬間的に動かした指先で摘んだものを掲げる。
「君の弾は、『遅い』。それもそうだね。このインカネーターの戦いで、そんな『表世界の陳腐な武器』に頼るなんて、棒切れで百獣の王にでも挑む様なものだよ」
それは、ヴェロニカが放った銃弾であった。
それも、連続的にリボルバーの数分撃ち払った中の半数以上が、バーナビーの指と指の間に綺麗に挟み込まれている。
「この『パイファー・ツェリスカ』の弾速でも、捕えられるのかよ。中々、そんじょそこらのインカネーターじゃあ出来ねえぜ?」
「言っただろう? 僕は君達に『改造』されたんだ。普通のインカネーターよりも身体能力が大きく上昇しているのさ」
パラパラと掴んだヴェロニカの弾を地に落としたバーナビーは、その竜の口を舌舐めずりする。
「はえー。そうかいそうかい。そいつは、骨が折れる」
両手を水平にし、嘆息の声を挙げるヴェロニカ。
だが、その声色とは対照的な、殺意を込めた様な黒光りの銃口群が、バーナビーの周囲に発現する。
「何度やっても無駄だよ?」
「あたいは、負けん気強いんでね。放て、『戦鬼無双の凱旋』!」
ヴェロニカの叫びと共に、バーナビーへと一斉に弾霰が撃ち放たれる。
「くく。ふふふ。はははははははっ! 無駄無駄無駄あっ!」
狂った様に笑いながら、バーナビーは銃弾の雨を避ける、弾く、掴む。
舞踏の如く、体を曲げ、側転し、更にヴェロニカへと近付く。
「雑魚が。死ね」
バーナビーは、蔑みの表情で、ヴェロニカへとかぎ爪を振るう。
「ふ、はは、はっはっはっは!」
だが、してやったりと口を深く吊り上げて、ヴェロニカは笑う。
「何だ!? 何が、おか……しい……?」
疑問の声を挙げたバーナビーは、しかし返答より早く、その『自身の体の変化』に気付く。
「これは……『氷』!?」
自身の体を縛る、その固まった氷の塊に、バーナビーは驚愕する。
「『サファイア』の司る『水』の魔法弾。その『応用』だ。氷の凝結の促進に精神力を集中させたのに、手前、中々凍らねえから冷や冷やしたぜ?」
安堵のため息を吐き、ヴェロニカは告げる。
「ぐ……貴様、最初からこれを狙って……!」
バーナビーの体は、徐々にパキパキと凍ってゆく。
抵抗しようにも、ヴェロニカの『強い精神力』が注入されている強固な氷が、バーナビーの動きを拘束する。
「手前、あたいの『戦鬼無双の凱旋』を『表世界の陳腐な武器』とか言ったよな?」
腕を組み、ヴェロニカはバーナビーを見下ろしながら、言う。
「確かに、そうだ。同じ遠距離でも弓の様に自身の力を直接伝える事も出来ない。『ミカエルの掛けた呪い』に思っきし影響されたポンコツ武器だと思う」
告げ、徐にヴェロニカはダメージのハーフパンツのポケットから、一つの弾丸を取り出す。
「だけどな? この『弾』には精神力が込められる。一つ、一つにカスタマイズ出来るんだ。それにルビー、サファイア、エメラルド、ダイヤモンド、オニキス、パールの基本の五属性を司る『魔法鉱石』とその威力の上昇や性質変化を与えるオリハルコンやアダマンタイト、ミスリルの様なアビスと親和性の高い所でしか採掘されない鉱石の組み合わせで幾万とも言える効果や威力が期待出来る素晴らしい武器なんだぜ?」
自慢げに踏ん反り返るヴェロニカ。
だが、バーナビーは表情一つ変えず、鼻で笑う。
「ふん。つまりは土壇場での底力は期待出来ないという事だろう?」
バーナビーは縦型の瞳を更に細ませ、強烈な殺気の視線を向ける。
「……っ! へえ、そりゃ『殲滅部隊』だ。こんなチャチな手だけで完全に勝負が付いたとは思ってねえよ!」
ヴェロニカは、戦慄に表情を歪ませ、新たに二丁拳銃を発現させる。
「『過負荷駆動』! 『平伏すべき竜神の尾』」
完全に凍結され、まるで身動きが取れない筈のバーナビー。
だが、軋む音と共に、包まれた氷が砕け、徐々にその体躯が大きくなってゆく。
「そりゃ、何だ? 『人神統合』か?」
「違うね。……いいや。まあ、似た様なものでもあるね」
小さかったバーナビーの体は、ヴェロニカの体長を遥かに超えた、巨大な竜となる。
「今の僕は、半分はアビスで構成された因子で出来ている。つまりは、あの『管理者殺し』と同じ『現人神』みたいなものさ」
「へえ。そりゃ、迷惑極まりないものを生み出しやがったな。先代メイザースはよ」
ヴェロニカを丸呑み出来そうな程の大口で告げるバーナビーに対し、ヴェロニカは呆れ声で言う。
「ふ、ふふ。はは、はっはっはっは!」
ヴェロニカの言葉に、バーナビーは面白可笑しく笑う。
「全くもってその通りだよ。まさか、実験で生み出した『化物』にアダム毎乗っ取られるなんてね」
「何だそりゃ? どう言う意味だ?」
眉を細め、ヴェロニカは問う。
「貴様は、あの現総統『シモーヌ』の秘密を知っているか?」
「まさか、シモーヌが手前と同じ『改造』された人間ってわけじゃねえだろ?」
「そうだね。厳密には違う。あの『小娘』は、『元々』が人として異端の存在なんだよ! 『魔』を宿し、『魔』に捕らわれ、『魔』に愛された……『兵器』としては最高傑作の逸品だと、二代目メイザースは自慢げに語ってたよ!」
「何!? 馬鹿な、じゃあどうしてシモーヌはあの『三代目』を側に置いてやがる!?」
「さあねえ? だが、あの『狂気の魔道士』も『二代目』同様の……いや、それ以上に人の言う倫理からかけ離れた狂人であるのは間違いは無いっ!」
驚愕の事実を告げ、バーナビーは腰から生えた『尾』を身動ぎさせる。
バーナビーの『尾』は枝分かれ、それぞれが、ヴェロニカに襲い掛かる。
「僕は、貴様を! アダムを滅ぼし! 僕の様な哀れな人間を二度と生み出させない為に戦っているんだ! 僕の、『正義』の邪魔をするな!」
不規則に入り乱れて、襲い来るバーナビーの『尾』。
だが、ヴェロニカは縦横無尽な動きでそれを躱してゆく。
「『正義』かよっ! あたいは、そういう手前のエゴの押し売りは大っ嫌いなんだよ! 放て、『戦鬼無双の凱旋』!」
更に、ヴェロニカは空間のそこかしこに発現された銃器群へ号令を出す。
「無駄だ」
しかし、バーナビーが吐く火炎の吐息によって、その幾つかは粉砕される。
「ち、単純な癖に、厄介な奴だぜ……!」
普通ならば、その『尾』を受け、防御出来る。
だが、バーナビーから生える『尾』は、あらゆるものを『跳ね返す』。
そんなものに直接触れてしまえば、ヴェロニカの体は一瞬のうちに千切れ飛んでしまう。
正に、一色即発の状態。
どうしたものかと思索を練りながら、ヴェロニカは銃器群によるバーナビーへの発砲を続ける。
だが、徐々に疲弊し、精神力も擦り切れてきたヴェロニカの表情には、既に余裕が無くなっていた。
「ふふふ。はははははっ! 貴様らの『改造』のおかげで、僕は『過負荷駆動』状態が何倍も長期間に維持できる! さあ、そんなものなのか? ほれ、仕留めてやる!」
「くっ! そっちがその気なら、やってやろうじゃねえか!」
巨大な竜の体躯を前に出し、バーナビーは迫る。
戦慄の表情で身構え、ヴェロニカは『過負荷駆動』を発動しようと試みる。
「その必要は無い。ヴェロニカ、御苦労だった」
地に拡がる、漆黒の円。
それは、透明な地を隔て、底無しの闇が続いている。
ヴェロニカの行動を制した声は、その闇から響く。
「フランツの、旦那!」
ヴェロニカの歓喜の声と共に、大量の漆黒の粒子が穴から噴き出す。
否、それは粒子では無い。
極小の『イナゴ』群。
作物や、時には人そのものへも被害をもたらす害虫どもだ。
「『奈落の落し子』。貴様の『力は解析』した」
軍服の男、フランツへと集う極小のイナゴ達。
それらは、一つ一つが密集し、フランツの全身を覆う強固な鎧となる。
「その穴に、そのイナゴ……貴様、『災禍を振りまく者』か」
「ああ。『久しい』なあ。バーナビー」
バーナビーの問い掛けに、フランツは頷く。
「さあ、貴様の『正義』。私が『答えて』やろう」
錐の様な鋭く、先の長い爪を突き立て、フランツは宣言する。




