Scene 30 七十二柱支配の貴公子
今度は七十二柱の悪魔を携える桐人さんパートです。
これでもパワーダウン化してるんですよ。
まあ、元が作中最強の一角ですしね……
項垂れる様な深々とした森林。
だが、降りしきる雨は慟哭の様に。
「これが、お前の『捕縛結界』か。志藤」
様々な生物を網羅した多頭の黒馬に乗る『貴公子』とも呼べる端正な顔の男は、その森林の合間を駆ける。
携えるは、手綱と、焔を焦がす剣槍。
「そうだ。くく……『裏切り』を繰り返した、俺らしい捕縛結界だろう。なあ、桐人?」
その貴公子──桐人の真横を木から木へと飛び移りながら追走する志藤。
その左手の五指には、幾重ものナイフがまるで花弁の如く拡がりを見せて挟まれている。
「そうだな」
口を吊り上げ、告げた桐人は剣槍を振り払う。
それは、志藤を切り刻むにはあまりにも遠い距離であった。
「ちっ、またか」
だが、志藤の顔に余裕は無い。
木の枝を蹴り飛ばし、即座にその射線状から逃れる。
すると、先程まで志藤がいた空間に黒い淀みが出来、すっぽりとその空間は『視認』出来なくなった。
「ふん。七十二柱が一つ、『シャックス』の視界支配……更に、もう一つっ!」
続いて志藤を襲うは、対向してくる『もう一人の桐人』。
同じ様な多頭の黒馬に跨る更なる脅威に、志藤は右手に持つ神秘的な紫の剣を引き抜く。
「唸れ、『建御雷神』」
珊瑚の様な様々な角度から突き出た剣先から迸るは、神々しい紫電。
それは、一帯を包み込み、前方の桐人を消し飛ばす。
「『ダンタリオン』の多重幻覚……そして、それらに付随する『ベリアル』の炎の『毒』。流石は、『元管理者』にして『元英雄』。常人では決して使いこなせない『トバルカインの遺産』の一つ、『ソロモンの指輪』をこうも器用に使いまわすとはな」
呟く、志藤の視界には、もう桐人はいない。気配も無く、消え失せていた。
だが、志藤の眉間の皺は緩むことは無かった。
「しっ!」
五指に挟み込むナイフ群を投げ出し、志藤はそれら一本、一本を瞬間的に掴み取り、投擲する。
「おっと」
幾重ものナイフの雨が地とは平行に投げ出される。
その一つが、遠方の闇で弾かれる。
「ふざけてるのか? 貴様ならば、余裕で回避出来るスピードの筈だ」
ため息混じりに問うた志藤の左手には新たなナイフ群が生える。
「いや、このままイタチごっこを繰り返しても不毛なんでな。俺が、自身で出向いたまでだ」
暗闇から顔を出した桐人は、多頭の黒馬に跨る事無く、地に足を付けていた。
「貴様の様な計算高い男が不用心だぞ?」
「だからこそだ。エルネストとか言うアウトサイダーの幹部からお前が『盗んだ』その『鎧』と得体の知れない新しく得た『力』……このままの消耗戦では、逆に俺が不利になると判断した」
ため息と共に、桐人はその両腕を水平に上げる。
同時、志藤は口を吊り上げ、笑む。
「ふん。そうだな。この触れたものが『潰される』鎧と、俺のヴァルフォーレ、そして……」
志藤は、右手に携えた剣を振り払う。
「この、『建御雷神』が宿る『器』……『布都御魂』の力があれば、貴様の様な『半人外』とも対等に渡り合える」
紫電が迸り、『布都御魂』を構え、志藤は駆ける。
「そうだな。確かに、厄介な力だ」
持ち前の俊敏性で、一瞬で間を詰める志藤。
だが、桐人は驚愕もせず、左手に嵌める指輪に口づけをする。
「だが、その固有能力、理解した! 『デカラビア』」
告げた悪魔の名と共に、二人の間に五茫星の印が発現される。
(これは……不味そうだ)
桐人の自身に満ちた笑みと共に発現された五茫星。
志藤は、桐人を切伏せようとした軌道を変え、そのまま側転をし、桐人の背後へと回り込む。
「俺は、臆病でな?」
地べたに足を着いた志藤は、そのままそのつま先を立たせ、地を蹴り上げる。
おおよそ瞬間的かつ変則的な詰めは、桐人へ一寸の対応を遅らせる。
「『デカラビア』の『力の反射』に感付いたか? やはり、用心深い男だ」
『振り向き』、『受ける』。
志藤の剣先がその体を裂くまでの間に、桐人が出来る事と言えば、その行為のみであった。
そのあまりにも短い間──だが、桐人は、その『どちらの行為もしなかった』。
「さあ、この身へと宿り、融合せよ! 『鎧神・統合』、『ベリアル』!」
背を向けたままの桐人の体は発光し、その身に重々しい焔の様な鎧が次々と装着されてゆく。
振り抜かれる、志藤の『布都御魂』。
だが、それはそれは鎧から発せられる『炎』で遮られる。
「ち、未だ手の内を残していたか!?」
ぶ厚い、と形容出来る程の『炎』の氣は、志藤の一撃を僅かに鈍らせる。
『布都御魂』が振り下ろされた時には、もう遅かった。
「また、消えたか……!」
地を抉り、周囲の木を木端微塵に破裂させた志藤の一撃の先には、人影らしきものは見えない。
舌打ちをし、志藤は後退。
なるだけ隙を見せまいと身構える。
「ここだ」
周囲を見渡す志藤の頭上から声が木霊する。
「……何だ、その『姿』は?」
雨が降りしきる濁りの空。
だが、木の頂点に立つその『焔』の紅は、周囲を照らすかの如き輝きを魅せる。
「『鎧神・統合』……『人神統合』には劣るが、化身の力をより良く自身へと同調させたソロモンの指輪の新たな可能性の一つ」
告げるのが先か否か、桐人は木の先端から飛び降り、その地に足を付ける。
志藤の眼に、そこで初めてはっきりとしたその様子が映る。
全身を包む、重量のありそうな屈強な赤の鎧。
そして、その頭部はフルフェイスの兜が覆っている。
「俺が、アダムにいた時にはお前にそんな能力があるとは聞いた事は無かったぞ?」
「新たな可能性と言っただろう? ルシファーで無くなった俺が、闘い抜く為に編み出したものだ」
桐人の手にするシルフィード・ラインは、赤熱色に焦がれ、その形も剣槍から長大で厚い剣へと姿を変えている。
「ふん。だが、俺の『布都御魂』の前では、そんな甲冑は役に立たんぞ?」
再び地を蹴り、志藤は桐人との距離を詰める。
「ああ、その通りだ」
桐人へと振り下ろされる紫電を纏うた一撃。
その『布都御魂』の斬撃に、桐人は炎を焦がす大剣で受けに入る。
「本当に、ふざけているのか?」
桐人を射殺す様な鋭い睨みをそのままに、志藤の繭はへの字に曲がる。
重なり合う、二つの剣。
だが、桐人の持つ大剣は拮抗する事も無く、パキンとガラス細工の様に砕け散る。
「『砕かれろ』」
告げた志藤の『布都御魂』は、妖しく光る紫電を迸らせる。
剣に生え出る突起物から放出される雷電は、桐人を覆う鎧を粉々に破壊してゆく。
「ぐ、ああああっ!」
それは当然の如く、鎧に覆われた桐人の体自身にも及ぶ。
一瞬の内に、その体は消し炭にされ、跡形も無く消滅する。
「ふん。俺がそんな幼稚な真似で騙されると思っているのか?」
だが、志藤は気に入らないといった表情で呟く。
確かに、その肉体への感触はあった。
しかし、それにしては『呆気無さすぎる』。
志藤が放った『建御雷神』の力は、鎧を砕こうが、その桐人自身の致命傷は避ける様に調整していた。
あまりにも脆弱。
「貴様も、あの『剛毅』の様に悪知恵が働く様だな」
振り返り、志藤は後方の気配へと睨み付ける。
「そんな不機嫌な顔をするな。俺の『フルカス』の『肉人形』がそんなにお気に召せなかったかい?」
「そうじゃない……と、言えば嘘になるな」
志藤が見据える先の桐人は先程とは異なった漆黒の鎧を纏う。
その甲冑の肩からは、巨大な蠅の羽が生えている。
不気味に大口を開けた獣の様な兜に覆われたその人物は、しかし、声色から、その独特な掴みどころの無い雰囲気から──桐人であると志藤は結論付ける。
「しかし、確証したよ。お前のその『建御雷神』──どうやら、精神力無視の破壊に近い力の様だ。 いや、現象から鑑みるに、『砕く』と言った方が正しいか?」
やはりな。
こいつは、最初から『本気を出していない』。
それは、あの自身が葬った下衆との戦闘の時でもそうであったのだろう。
只、如何に効率良く力を温存し、闘い抜く。
そのために、敵の手の内を冷静に分析していたのだ。
──という自身の考えを肯定し、志藤はその桐人の問いに口を開く。
「概ね、合っている。正確には、『神とする脅威を砕く』。それが、俺が静子に与えられた力の正体だ」
「静子が、ね」
志藤の言葉に、桐人はその兜で覆われた頭部を少しだけ地へと近付ける。
「ふふ。そうだな。お前達、アダムはあの『黄泉姫』の目的を知らないのだな」
「出来れば、教えて頂きたいところだ」
「敵に教えてやる義理もない……と、言いたいところだが、貴様は特別だ。何せ、貴様は『目的そのもの』だからな」
志藤の言葉に、桐人は下げた頭を上げる。
「俺自身が、目的?」
「最終的には、だ。だが、その前にアダム、そしてアウトサイダーの様な様々な世界の強者共を超越する力が必要だった」
「その為の、人攫いであったと?」
「まあ、そうでもある。静子の保有する『アビスの貯蔵庫』である黄泉に、多くのアストラルを貯め込めば溜め込む程、静子の力は強化されるからな」
はあ、とため息を吐き、志藤は続ける。
「だが、それは水面下で『志願者』を募ってしていた事だった。それを嗅ぎつけたか分からんが、あのアウトサイダーの連中も便乗して人攫いをしたんだ」
「成程。『陥れた』とはそういう事か」
甲冑の手を顎に当て、桐人は頷く。
「やはり、貴様は理解が早いな。そうだ。奴等……自分達も人攫いをする事によって、事を大きくさせ、アダムに俺等の行動を目立たせる様にしたんだ」
「そして、静子の行動を阻止し、あわよくば相討ちを狙っていた……いや、ならば何故あいつら自身が闘いに参加する? 各々の誤解が解かれるのを防ぐための横槍である線が濃厚だろうか?」
「多分、そうだろうな。それは俺も良くは知らんが、奴等も静子が俺達の様な『黄泉帰り』という戦力を蓄えていた事を知らなかったと推測出来る。でなければ、あんなに簡単に俺に隙を作らせる様な事はしなかった筈」
「ふむ。少しばかり、今回の事件の真相が見えてきたな」
合点し、再度頷く桐人。
その様子を話しながら志藤は観察していた。
「逆に聞くが……お前達、アダムはその失踪の件の調査でこの地へと足を運んだのか?」
その言葉を放つ口は張り詰めていた。
警戒しながらも、志藤は相手の意図を探る様に、慎重に言葉を選んで問うたのだ。
「そうだが……それが、どうした?」
「いや、何でも無い。だが、これが真相だ。確かに、俺達も人攫いを実行した。だが、それは恐らく公表されている件数の数%程だ。大元は、あの外道共の集団であるアウトサイダーだろう」
「だから、赦してくれと?」
「そんな訳ではない。どの道、俺達はアダムで禁句とされてきた『世界の創造』をするつもりだ。まあ、遅かれ早かれだったかも知れないな。だが……」
一寸、脇目を逸らし、志藤は思い詰めた様な表情で口を開く。
「お前は、特別なんだ。あの静子が長年恋い焦がれてきた存在。恐らくは、静子自身はお前と対峙しないであろう。寧ろ、仲間に入れたいと望んでいる」
その後、言葉は止まる。
一抹の静寂──しかし、志藤の瞳は訴えかけていた。
「俺を、勧誘しているのか?」
疑問とする返答に、しかし、桐人の胸の内は確信としていた。
思考を巡らせ、桐人はある解へと到達する。
「断る──と、言いたいところだったが、俺も考えがある。『協力』しよう」
口元を僅かに緩ませ、桐人は志藤の言葉に承諾する。




