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壊れた世界の反逆者 第二部 -『管理者』不在の世界編-  作者: こっちみんなLv30(最大Lv100)
第一章:骸と魂塊の舞踏は神の所業をし、だが彼女は死を誘う
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Scene 29 黒炎魔王の淫魔女

 薄暗い洞穴。

 その最奥、古めかしい真鍮の扉を中心とし、岩肌に夥しい数の触手がへばり付く。


「咲月……! お願い、目を覚まして!」


 その触手は、岩肌だけでなく、眼前の青と緑の羽衣を纏う美女の手足をも締め上げる。


「この咲月の『精神の最奥』で『制御』している私にも限界がある……早く、この扉の『錠』を閉めないと──咲月達の世界は、消滅する!」


 足を踏ん張らせ、拳を握り締め、焦燥とする美女は、眼前の扉の宵闇の主を睨み付ける。


「gekrthinieッ!」


 宵闇の扉から生え出る、その扉を覆う程の巨大な山羊の頭部。

 それは、呪いを含むかの様な野太い声で叫び挙げる。


「う、あぁっ!」


 叫びと共に、更に多くの触手が美女を締め付け、そしてその締め上げる力は強まってゆく。


「もう、駄目……! こんな所で、私の『復讐』は終わってしまうのっ!?」


 歯を噛み締め、美女はその眼を更にきつく締め上げる。


「そんなのは、嫌っ! 私は、あの『混沌』に一死報いるまで……消滅出来ない!」


 叫びと共に、その手に発現されるは黄金の杖。


「はあっ!」


 気合の声によって、杖はプリズムの輝きを放ち、美女を締め上げていた触手達は消え去る。


「咲月、頑張って! シュブ=ニグラスは私が持ち堪えて見せる!」


 新たに次々と襲い来る触手群。

 その触手群へと美女が杖を振るおうとした瞬間であった。


「ふへ、へへ。流石は『イシュタル』ですね。あの『神の実から生まれ出でたもの』の一つを、こうも上手く制御するとは。上位の『本神』、自らの力は素晴らしいですね」


 背後に下卑た笑い声が挙がるが否や、新たな触手群は爛れる様に『腐食』されてゆく。

 その途端に、急激に勢いを衰えた触手と扉の主。

 イシュタルはその機を逃さず、手に握る『錠』を翳(かざ)す。


「grndysk……」


 扉の奥の『黒山羊』の解読不明の言葉が木霊する中、ゆっくりと扉が閉まってゆく。


「あなたは……誰?」


 その現象を見送り、そして振り返るイシュタルは、厳しい目つきのまま、告げる。


「ふ、へへ。何を仰います? 私は咲月。それ以外に何物にも見えないでしょう?」


 イシュタルの眼前に立っていたのは、咲月であった。

 だが、その表情、雰囲気──『姿』以外のおおよそ全てが全くの『別人』の様である。


「いや、質問を変えるわ。『マシリフ・マトロフ』。あなた……咲月に何をしたの?」


 杖をその『咲月の姿』のマシリフ・マトロフに突き出し、イシュタルは問う。


「ふ、ふへへ、へへ。そうですねぇ。ちょっと『体』を借りているだけですよ?」


 口元の引き攣りを深くし、咲月のものとは思えぬ、邪悪な笑みでマシリフ・マトロフは答える。


「有り得ないわ。アストラルそのものに深く結び付く、『精神輸送』。根本を塗り固める様な支配的な『寄生』とも取れる行為……『人』がそんな芸当出来る訳がない」


「ふ、ふへ、ふひゃはははっ!」


 鋭い声のイシュタルの指摘に、マシリフ・マトロフはさぞ可笑しげに、下卑た笑い声を高々にする。


「そうですねぇっ!? 私が、肉体を持つ『人』であれば、不可能でしょう!」


 興奮の表情で、マシリフ・マトロフは語り始める。


「そう、私は厳密に言えば、有機物を主とする『人』ではありません! 私の『元の肉体』は『アビスへと探求』した際に、とっくの数百年前に滅んだのですから!」


「何ですって?」


「つまりは、私という『個』はこの世界で言う『科学』の生命体では無いんですよ! 言うなれば、あなたの様な『アビスの住民』と同義とも取れる『アストラル体』! この世界に干渉出来るのは、この体の様な有機体である肉の『器』があってこそなのです!」


 言い、マシリフ・マトロフは、自身の『咲月の肉体』の腕を触り、いやらしく伝わせていく。

 そしてその乳房を鷲掴みし、再度、下卑た笑いで口元の歯を覗かせる。


「ですが、精神と肉体の強制的な『同調』は、その肉体の負担を著しく増大させます。名残惜しく幾重数多の私が『乗り捨てた』肉体達は、見るに堪えない崩れた肉塊となってしまう」


「そんな事は、させないっ!」


 激昂し、イシュタルが手に持つ杖を振るおうとする。

 だが、何かに制御される様に、腱が震え、動きが封じられる。


「無駄ですよ。『現人神』よりは遥かに干渉をしていませんが、あなたは咲月というアストラルへとより深い『同調』を行っている。その関係上、この咲月という存在に傷一つも与える事は出来ない」


「う……ぐ、くそ。どうしようも無いと言うのっ!?」


 一難が去り、また一難。

 新たな脅威を前に、どうする事も出来ないイシュタルは唇を強く噛み締める。


「ふ、ふへへ。安心して下さい。私がこの娘にいるのは、あくまで次の『器』までの繋ぎ。こんな『世界を消し飛ばす』様な爆弾を抱えた娘……本当ならば、一刻も早く脱ぎ捨てたい。まあ、私の『本当の』求める『器』を手に入れたら、五体満足で『深淵』へと封じこんでおきますよ」


 下卑た声で笑いながら告げるマシリフ・マトロフ。


「そう。ふふ、その『求める器』って物の為に、わざわざ『殲滅部隊』のあなたがこの作戦に進んで参加していたって事?」


 だが、背後の艶やかな声色が、そのマシリフ・マトロフの表情を豹変させる。


「馬鹿な……何故、貴様がここにいる? ここは、咲月という精神の深層。人を始め、関わり深いアビスの住民で無ければ、容易に入れはしない空間の筈……!」


 振り向き、驚愕と戦慄の表情でマシリフ・マトロフは震える口を開く。


「それはもう。咲月ちゃんと私は女同士の煮える様な恋敵同士だもの」


 妖艶な笑みで告げる少女の姿を見て、マシリフ・マトロフは表情をあからさまな敵意へと変える。


「葛野葉、美樹っ……!」


「どうも。研究と崇拝にしか興味の無い哀れな羽虫さん」


 屈託なく、満面の笑みで応える美樹の隣には、鏡面の様に、整った顔立ちの長髪の男が立つ。


「気持ち悪い……全く、美しくない。こんな汚物の様な『色』のアストラルを持つ小虫が俺の相手になるとはな」


 その男は、蔑んだ眼でマシリフ・マトロフを見つめる。


「あなたは、誰です?」


 その眼へ睨みを効かせ、マシリフ・マトロフは問う。


「日向。日向令二(ひゅうがれいじ)。貴様らが陥れようとした『黄泉姫』の『黄泉帰り』の一人だ」


 マシリフ・マトロフの睨みに、更に眉を寄せた睨みを効かせ、日向は告げる。


「『誘惑の奴隷《テンプテーション・スレイヴ》』ですか……! 美樹。貴様、初めから私の思惑を知っていて──!」


 唇を噛み、美樹へと睨み付けるマシリフ・マトロフに対し、しかし美樹は悠然とした態度で笑む。


「ふふ。この日向の化身、『月読(つくよみ)』はね? 『あらゆる精神に干渉する』事が出来るの。だから、咲月ちゃんの深層とした意識にも入れるし、そこに留まる事も出来る」


「……成程。あなたはあの京馬という餓鬼と同時に、『この娘』にも大変興味を持っていた。それにも関わらず、私が『この娘』の相手をするという提案をしても、顔色変えずに頷いたのはそう言う事だったのですね」


「そ、正にそう言う事ね。まあ、そういう能力だから──」


 うんうんと頷き、そして美樹はその眼の瞳孔を開かせ、マシリフ・マトロフを睨む。


「あなたみたいな畜生も、確実に殺せるって事」


 告げ、美樹は両腕から幾重もの赤の触手を生やす。

 それは、螺旋と収縮し、硬質化、鋭利な『槍』となる。


「『宵闇の羽衣(ダークネス・カーテン)』」


 同時、美樹は黒の魔法陣を発現させ、周囲を文字通りの『漆黒』へと塗り変える。


「ふひゃへへ! その様な小細工、この私に通用するとでも!?」


 下卑た笑い声と共に、マシリフ・マトロフが取り出したのは、美樹が造り上げた漆黒を更に塗り固めるかの様な『無』を象徴する様な奇妙な存在を放つ石。


「さあ、『空間制御』の『モノリス』の力……思い知るが良い!」


「──っ! 消えた!?」


 モノリスを握り締めたマシリフ・マトロフは、忽然とその姿も、そのアストラルさえも消失する。


「チェックメイトです!」


 宵闇の中、不浄の氣を両手に滾らせ、マシリフ・マトロフは美樹の背後から襲い掛かる。

 だが、その襲撃は、美樹を捉える事無く、空を切る。


「……なーんて、ね」


 悪戯にか細く笑う美樹の声がマシリフ・マトロフの背後から聴こえる。


「な……馬鹿な! 私の『モノリス』は正確に貴様の座標を捉えた筈……!」


 驚愕するマシリフ・マトロフ。


「ぬ、ぬあ、あああああっ!?」


 その手を中心に黒々とした炎が燃え上がり、それは急速に全身へと駆け上がる。


「ふふ、そうそう。その日向の『月読(つくよみ)』の『固有能力』には、続きがあるんだったね。『あらゆる精神に干渉し、操る(・・)』。それが、彼の本当の能力。残念ね。あなたは無意識に私の『ダミー』と化した『黒炎』に飛び込んだんだよ」


 宵闇が晴れ、マシリフ・マトロフの視界に映るは、巨大な丸い鏡を向ける日向。


「き、貴様あああああっ! よくも、その様な詐欺師(ペテン)の真似事をっ!」


「勘違いしたのは、あなたじゃない? ……ふう。浅羽様の言う通りの様ね。強大な力を持ちながら、戦闘センスは全く無い。ある意味では、内の新島と同レベルね」


 嘆息し、美樹は告げる。


(ふ、はは。だが、中々に愉快な光景ではないか。『飛んで火に入る夏の虫』とは、正にこの事だな)


 その美樹の精神の奥底、低い声色の声が響く。


「何時からそんな日本のことわざを覚えたの? アスモデウス」


 その低い声の主の言葉に、美樹は更にため息を漏らす。


(主の文化を嗜んで何が悪い? さあ、『夏の虫』が盛大にのた打ち回るぞ?)


「分かってるよ。『私が受けたもう一つの指令』、果たさなきゃね」


 美樹の眼前で苦しみもがくマシリフ・マトロフは、憤怒の眼で睨む。

 その『咲月の体』は、徐々に黒ずみ、そして甲虫の皮膚で覆われてゆく。


「さあ、咲月ちゃんの体……返させて貰うよ! 『黒獄炎の紅槍《プロミネンス・オブ・ブラッド》』!」


 美樹の腕と一体となった触手を凝縮させた『槍』に、黒々とした炎が纏わりつく。

 赤と黒の螺旋模様を描く槍をマシリフ・マトロフへと向け、更に黒の魔法陣を発現。


「『影の使役者《シャドー・サーヴァント》』」


 美樹を伝っていた影は美樹の下を離れ、その形をそのままに空間に直立。

 黒一色の美樹のシルエットを象った分身となる。


「先程は、油断しました! ですが、そこで止めを刺せなかった事を後悔するでしょう!」


 緑と黒の魔法陣を発現させ、マシリフ・マトロフは瞳孔を開き、美樹を喰い殺す様に睨み付ける。


「『干渉』せよ、八咫鏡(やたのかがみ)」


 だが、日向の言葉と共に、突然の眩い閃光がマシリフ・マトロフの視界を包む。




「そうだよね。これは、『美しい』んだ……! 『私』は、この『混沌』が好きなんだ!」


 死体、死体、死体、死体。

 文字通りの死体の山の頂点、『彼女』は人の様な、だがしかし、『それにしては歪』な何かの頭部を抱えて、口元を吊り上げる。


「ああ……! 今、会いに行きます! ──様!」




「……はっ!? 何だ、今の光景はっ!」


 一瞬、突然写り出した情景。

 マシリフ・マトロフの眼が刹那に映し出した『それ』は、マシリフ・マトロフの精神を激しく動揺させる。


「さよなら」


 その刹那の数瞬は、このインカネーターの攻防では致命的な隙であった。


「ふ、ぐあ、ああああああっ!」


 深々とマシリフ・マトロフの胸へと突き刺さる美樹と影の分身の黒炎と触手で造られた二対の槍。


「く……! してやられましたよ! その隣にいる日向とか言う『亡霊』の仕業ですか! ですが、そんな事をして、この私の体となった少女は無事でいられますかねぇ?」


「無事だよ。ふふ、私の黒炎を甘く見ないでね? この黒炎は肉体では無く、精神を焼き尽くす。そして、その『対象』を指定する事も出来る」


 マシリフ・マトロフの問いに、美樹は口元を深く吊り上げ、告げる。


「な、何だとっ!?」


「ふふ。待っていたんだよ。あなたが咲月ちゃんへと『寄生』するかどうか。この咲月ちゃんの『精神の最奥』に他の器はある? 無いよね?」


「き、貴様ああああぁぁぁっ! 私が、この娘へと器を移す事を予測してっ……!」


 剣歯を剥き出しに、咆哮の如く叫び声を挙げるマシリフ・マトロフ。

 だが、その『器となった』咲月の表情は緩み、倒れ伏せる。




「哀れな転生者さん。結局、そんな事をしようとしても、あなた自らの『器』じゃあ見向きもされないよ?」


 気絶した咲月を前に、美樹は呟く。

 その傍らには、寡黙に目を瞑る日向。

 ──辺りは、元の濃霧に満ちた林の道へと戻っていた。

 美樹は、咲月を手で掲げる。

 その咲月を支える腕から生え出た触手群は、咲月を包み込み、ゴクリと飲み干す様に咲月の体を霧散させる。


「しばらくは、安静にしてもらうよ。『お友達』も一緒だろうから、暇にはならないでしょ」


 安堵のため息を吐き、美樹はその右足を前へ。


「美樹……」


「何? 日向」


 寡黙としていた日向が突然、口を開く。


「あのマシリフ・マトロフとか言う『探索者(ザ・シーカー)』──」


 戸惑いにも似た、日向の言葉を遮るのは、口元を塞ぐ人差し指。


「駄目だよ。情に流されちゃ。あの畜生にどんな過去があろうとも、私の『望む世界』と対峙するなら、徹底的に潰すまでなんだから」


「あ、ああ。そうだな」


 苦笑し、日向は言う。

 日向の『月読(つくよみ)』の固有能力によって読み取ってしまったマシリフ・マトロフの過去──

 それは、日向の心を強く動揺させるものであった。


「全く、だから俺は大切な人を──」


 顔を伏せ、振り払うかの如く首を回す。

 その日向を横目で見つめる美樹は微笑し、濃霧で遮られる先へと振り返る。


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