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壊れた世界の反逆者 第二部 -『管理者』不在の世界編-  作者: こっちみんなLv30(最大Lv100)
第一章:骸と魂塊の舞踏は神の所業をし、だが彼女は死を誘う
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Scene 28 滅亡を招く孕み神

大変、長らくお待たせしました。


ヒロイン回もといグロ回です。


さっちゃんは強い子。

 澄んで無く、そして濁ってもいない。

 ひたすらに、深く、深く、深い──深淵を闇としなければ、その宙に拡がる青の空は、深淵と形容できようか。

 その空から見下ろされるは、地を覆い尽くす深緑。

 そして、空間の中央に威厳ある様に佇む、黄金の神殿。

 その中庭には、幼い少女と、その眼下の黒い異形。


「『黒山羊』を纏いますか。ふ、へへ。中々に美しい」


 少女は、その容姿では想像もつかない不気味な笑みで、異形を見つめる。


「ですが、予想以上に芳しくは無い。桂馬咲月。その様な粗い力の使い方では、本当に『呑まれて』しまいますよ?」


 問うた少女の眼は、異形の中央、黒の触手を千手の様に生やす球体へと向けられる。

 だが、その問い掛けに、異形は生やす触手による敵意で答える。


「やれやれ。親切を無下にする、不躾な小娘ですね」


 少女を貫くが如く伸長する触手が、様々な角度から迫る。

 しかし、少女は口を吊り上げ、黒と緑の魔法陣を発現させる。


「『獰猛な蛇の絞殺マッド・ストラングネーション』」


 告げる魔法名により、ゼリー状の大蛇が魔法陣から這い出る。

 それは、一頭だけでは無かった。

 幾つもの大蛇は、触手を毟り千切ろうと、その尾を伸ばしてゆく。

 牙を向ける大蛇は、触手へと接触。

 双方は霧散し、だが、絶えず新たな加勢が現れ、大蛇と触手の軍勢は激しく(せめ)ぎ合う。


「ふむ。やはり、『黒山羊』。アビスの力を、吸収するでも無く、そして喰らう訳でも無い」


 拮抗し合う攻防の中。

 だが、少女──マシリフ・マトロフは興味深げに、その(せめ)ぎへと瞳孔を開かせる。


「その力を、自身とその周囲の『物質』と掛け合わせ、『産み出している』のですか」


 感嘆とした声を漏らし、マシリフ・マトロフは更に黒と緑の魔法陣を発現させる。


「しかしながら、本当に残念です。その程度の精神力とアストラルでは、『そこまで』がやっとという所の様ですね」


 嘆息と共に、露を払うかの如く手を振り下ろす。


「『不浄神の喘ぎ(ドゥルジ・ブレス)』」


 魔法名と同時、周囲が壁にへばり付いた汚泥の様に、崩れ去ってゆく。

 それは、『マシリフ・マトロフを除く全て』に作用された。


「う……あ、ああ!」


 崩れゆく、黒の異形。

 その球体の中心、苦しみ悶える少女の声が響く。


「ふ、へへ。所詮はその一部分を使っているに過ぎない。あなたの精神力を遥かに超越する力によっては『過負荷駆動(オーヴァードライヴ)』でもしないと、その『交配』は起動しない。さあ、どう切り抜けますかね?」


 石段は風化し、辺りに茂る蔦の群は爛れる様に『腐食』してゆく。


「ぐ……この敵、強い!」


 黒々とした球体の繊維が一つ、一つ溶解し、千切れてゆく。

 徐々に薄れてゆく繊維網が、咲月の生命の宣告(リミット)を告げるかの如く眼に映る。


「だけど──諦めてたまるかっ!」


 だが、咲月に絶望という感情は無い。

 その眼が映すは、人の真の平和を求める一人の少年の後ろ姿であった。


「さあ、おいで!」


 両手を胸元の前に出し、その空の中心を毒々しい紫の氣が逆巻き、渦を巻く。

 咲月は自身の精神力を絞り取る様にその中心へと凝縮させてゆく。


「う、ぐ……!」


 咲月の精神の最奥、解読不明な野太い声色が響いてゆく。

 それは、咲月の心を抉り込む様な狂気を容赦なく突き刺してゆく。


「『狂気の黒神獣サニティック・レジェンディアス』!」


 だが、その苦悶を払い除けるかの如く、咲月の咆哮にも似た叫びから放たれたのは、幾重もの馬の脚を持ち、龍の鱗を纏うた漆黒の獅子。


「さあ、眷族よ! 障害となる物質を排除せよ!」


 咲月を覆う球体が(めく)れ、現れるはその異形の怪物とそれに跨る咲月。

 周囲を強烈に『不浄』とさせるマシリフ・マトロフの氣は、『狂気の黒神獣サニティック・レジェンディアス』の不気味な咆哮と共に、消え失せてゆく。

 否、それは『消失』では無く、『吸収』、否、否、『交配』。

 『不浄』の氣を『交配』させた黒神獣の体から千切れ飛ぶ様に黒い肉塊が落ちる。

 それらは、急激に膨張し、ロープの様な黒い触股を生やした様相と化す。


「ふ、ふひゃへへ! そうですか! 前言撤回です! そこまでの力を通常時でも出し切るとは……! 良い『検体』になりそうです!」


 自身の力が打ち破られたにも関わらず、マシリフ・マトロフは口を吊り上げる。


「ふひひ、へへ、へ。これは、私も本気を出す気概になりましたよ」


 マシリフ・マトロフの周囲を強烈な氣が纏わりついてくる。

 それらは、マシリフ・マトロフのその体へと凝縮し、怪しく、神々しい輝きが放たれる。


「『人神統合(ユニオン)』、『ドゥルジ』!」


 言葉と同時、その輝きは一層に増す。


「嘘……!? この、力……! 信じられない……!」


 黒神獣に跨る咲月は戦慄の表情でその光を見据える。


「そう。アビスへと赴き、帰還した私が得た禁忌の一つ──『人神統合(ユニオン)』は、『本神』をも凌ぐ、人を人為らざる神へと昇華させる『技能』」


 光が晴れ、露わになったマシリフ・マトロフの様相は、それ以前とは異なった存在となっていた。

 腕や足は黒い甲虫を思わせる触腕、背中に生やすは幾重もの蠅の羽。

 愛らしいツインテールの少女の顔は、一体となったガスマスクに覆われ、その膜内から睨み付けるは、血の如く紅い眼──


「さあ、物言わぬ生ける屍肉となりなさい!」


 突き出す様に生えた八本の触腕を動かし、その切っ先から黒と緑の魔法陣を発現させてゆく。


「『蠢く羽虫の葬列スクィーム・ヒューネラル』」


 一斉に振り下ろされる触腕から放たれるは、幾重もの空間を縦横無尽に飛び回る羽虫の如く不規則な『不浄』の氣。


「そんなもの、『狂気の黒神獣サニティック・レジェンディアス』にとっては屁でも無いよ!」


 だが、咲月はその『不浄』を意に介せず、手に持つ杖を振り払う。


「fuenx」


 呼応する様に、黒神獣は野太い解読不明な叫びを挙げ、その獅子の口から黄金の吐息を放つ。


「『サーキュレーション・ヘキサグラム』!」


 更に、咲月は黄金の六茫星を周囲に大量に発生させる。


「全弾、掃射! 『ヘキサグラム・シューティングスター』!」


 告げると同時、多量の六茫星から放たれるは、火、水、風、土、闇、光。

 『この世界』を司る『元の』構成元素、六属性の入り混じった虹色の光線がマシリフ・マトロフへと迫ってゆく。


「あの『黒山羊』の眷族の吐息は厄介ですね」


 だが、咲月の放つ流星群の様に降り注ぐ攻撃は、マシリフ・マトロフの周囲から解き放たれた『不浄』によって、霧散されてゆく。

 次いで迫る黒神獣の吐息は、顔を引き締めるマシリフ・マトロフの旋回軌道により、悉く回避されてゆく。


「く、ふひ、ふ、へへ。ああ……素晴らしい! 素晴らしいですよ!」


 空を舞い、下卑た笑みを恍惚に変える。

 咲月という『検体』を、涎を滴る眼で見つめ、マシリフ・マトロフは叫ぶ。


「『天地咀嚼ワールド・マスティケーション』」


 マシリフ・マトロフは、触腕の一つで携える群青色の鞭を天へと放り投げる。

 宙へと放り出されたその『固有武器』は、紫の瘴気で空を覆い尽くし、幾重もの黒と緑の魔法陣を発生させる。


「ふひ、へへ。ありがとうございました! あなたの『魅力』、しかと伝わりましたよ!」


 言葉と同時、空が、否、天が地に落ちる。

 紫のぬめりと化した天は、ゆっくりと地へと降下し、空間全体を呑み込んでゆく。


「これは……!?」


 迫る死。

 咲月は、幾度かの戦闘で、その経験をしてきた。

 だが、今回は明らかに、その中でも異質であった。

 まるで、もがいても、もがき続けても逃れられない様な、不可避の死。

 それが、いやらしく、ゆっくりと近付いてくる。


(──月! 咲月! これは、『避けられない』! 黒神獣を盾にっ!)


 戦慄と、恐怖に歪ませる顔の咲月を叱咤する様に叫んだのは、その内に宿る性愛の女神の声であった。


「……分かった!」


 逃げ場の無い天からの死から庇う様に、黒神獣は咲月の上空へと飛翔する。


「ん、ぐ、あ、ああ、ああああああぁぁぁっ!」


 圧倒的な氣を放つ天全体を包む『不浄』。

 その不浄へと、黒神獣は拮抗し、激しい閃光と共に、両者は霧散する。


「ぐ、うう……」


 満身創痍の咲月。

 黒神獣へと多くの精神力を譲渡し、更には自身の中に狂気を溜めこみ、咲月は心身ともに疲弊していた。


「終わりです」


 だが、その咲月の回復を待たす事無く、マシリフ・マトロフの追撃の不浄の光弾が牙を剥く。


「くっ……『シャイニング・ブレイズ』!」


 それを、振り絞る精神力で放つ閃光を伴った炎で対抗する。


「う、わああああ!」


 だが、その抵抗も虚しく、幾重もの『不浄』が咲月へと直撃する。


「い、痛、痛い、痛いよおおぉぉぉっ!」


 それは、咲月の左腕、そして右足の皮膚を爛れ、溶かし、その髄まで露出させる。


「う、うあ、きょ、京馬、君……!」


 涙と血を地に垂らし、咲月は倒れる。


「ふ、へへ。殺しはしません。そんな事をしたら、あなたの『黒山羊』が全く美しく無い『滅亡』を産んでしまいますから」


 とても嬉しそうな笑みで、マシリフ・マトロフは咲月へと近付いてゆく。


「駄、目なの? 私は、また……」


 その刹那──咲月はその悲劇の追憶を呼び覚ます。


「……礼を言うぞ。小娘。貴様のお陰で、私は現界出来た」


 追憶の中、絶望の声が響く。

 炎獄の地獄と化し、笑い合った仲間達が断末魔を挙げ、一瞬で消し炭となった。

 あの天使──否、魔神と形容すべき災厄を招いてしまった自身の過去。

 その魔神は、咲月の慕い、想い人となった少年が葬った。

 だが、その自身が起してしまった悲劇は覆らず、そしてその犠牲となった人々はもう帰って来ない。


「──決めたんだ」


「……? 何をです? 『深淵』へと封じ込められる事をですか?」


 咲月の呟きに、首を傾げ、マシリフ・マトロフは問う。


「決めたんだっ! 私は、どんな苦痛に苛まれても、闘う! 闘って、闘って……皆の犠牲は無駄じゃないと……そう言える様になる為にっ!」


 のた打ち回りたい程に、痛い、苦しい。

 でも、自身が生き続け、少年の『信念』と共に、自身が遺した犠牲と共に、闘い続けなければ、全てが無駄になる。

 無駄にしちゃ、いけない。

 足掻いて、足掻いて──

 いつか、微笑みが絶えない、真の平和の世界で。


(咲月……咲月! 何をするつもり!? 止めて! これ以上は、私ももう制御出来ない!)


 心の深層、自身へと力を化し、『復讐』を胸に秘めた美しい女神でさえも、その後の予想も付かない恐怖を訴える。

 だが、この現状だ。

 もう、『それ』に手を出し、更なる苦痛を乗り越えなければならない。


「gedrnv」


 『黒山羊』は扉をゆっくりと抉じ開ける。


(あ、ああ! ああ! 駄目、咲月!)


 叫ぶ、『イシュタル』。

 狼狽としたその声色は、充分にその後に待ち受ける試練の辛さを物語っている。


「わ、ああああああ、わああああああああっ!」


 咲月の体が目まぐるしい色彩の閃光を放つ。


「正気ですか……! 馬鹿な子ですね! そんな事をすれば、折角の『世界』が消え去ります!」


 その咲月の変化に、マシリフ・マトロフは今まで見せた事も無い戦慄の表情で、身構える。


「あ、あはは、あはははははっ!」


 光が晴れ、咲月の姿が露わになる。

 左腕に、へばり付く様に同化した巨大な猛獣の剛腕。

 対し、右腕は多数の触手と化し、咲月の持つ『六茫星の杖(ヘキサグラム・ロッド)』を巻き付ける。

 両足は、巨大な蹄を持つ怪足に。

 睨み付けるその左目は充血し、その周囲には血管が浮き彫りになる。 


「くっ……! ここまで、聞きわけの悪い子だとは思いませんでしたよっ!」


 唇を噛み、呟くマシリフ・マトロフへと、咲月は瞬迅の速度で迫る。


「ガアァッ!」


 獣の叫び声を挙げ、咲月はその左腕を振るう。

 それは、咄嗟に後退したマシリフ・マトロフの顔の側を通り過ぎ、空を切る。


「ぬ、んぐあっ!?」


 だが、それはマシリフ・マトロフが『そう』感じただけであった。

 怪物と化した咲月の反射神経を超越したその一撃は、ガスマスクを切断し、眉間を切り裂き、血を噴き出させる。

 更に、その一撃は只の裂傷をマシリフ・マトロフに負わせるだけでは無かった。


「な、何ですっ!?」


 裂かれ、噴き出したマシリフ・マトロフの血液。

 それは、瞬時に形を変え、異形の怪物へと変化する。


「小癪なっ!」


 腕を振り下ろし、マシリフ・マトロフは『不浄』によってその異形を消し炭にする。

 だが、マシリフ・マトロフの表情に安堵は無い。


「あは、はは、あはははははっ!」


 理性を失った咲月の高笑いと共に、二人を囲む世界は様変わる。

 赤黒い空、連なる針葉樹群。

 世界を照らす疑似太陽を影が喰い殺す。


「ガ、アアアアアアァァァッ!」


 獣の叫び声を挙げ、プリズムの魔法陣と共に咲月は黒い球体を召喚する。


「あ、あれは、まさか……!」


 唖然としたマシリフ・マトロフは、その球体を凝視し、その正体を目撃する。

 それは、『何か』を中心とした黒の触手群が、見えない力の抵抗によって増殖を抑えられた球状の塊。

 その所々から漏れ出る黄金の吐息は、毒々しい神々しさを放つ。


「──シュブ=ニグラスっ!」


 驚愕、戦慄──そして、マシリフ・マトロフが初めて見せた、『恐怖』の感情。

 そのマシリフ・マトロフの感情に呼応する様に、触手群はうねり、そしてその体色を虹色の如く変化させ始める。


「──あ、あ、駄目、駄目だよぅ……!」


 だが、その脅威的かつ圧倒的な、膨大な力を前に、唇を噛み、咲月は一寸の理性を取り戻す。


「仕方ありません。『桐人』の代わり……一時的ですが、あなたにしなければ『私』のアストラルが消滅しそうですっ!」


 その瞬時の隙、マシリフ・マトロフは意を決したかの様な突貫で、咲月へと迫る。

 抉り千切ろうとする触手群を裂傷を受け、だがマシリフ・マトロフはどうにか咲月の眼前へと迫る。


「『精神寄生アストラル・パラサイト』!」


 自身の体の一部、一部が異形の怪物へと変化してゆく中、決死の声色でマシリフ・マトロフは叫ぶ。


「こんな危険極まりない肉体……『黄泉』の『亡骸』を得る為の繋ぎとして利用させてもらいますよ」


「ううあ、わあああああぁぁぁぁっ!?」


 悲痛な叫び声を挙げる咲月。

 それを象徴するかの様なのた打ち回る触手群は、マシリフ・マトロフの肉体を突き刺し、抉り、バラバラに千切れ飛ばす。

 殲滅の対象が消え、だが咲月が放った膨大な力は止まらない、止まれない──

 世界──咲月が構築した『固有結界』の中、木、土、そして空までもが『交配』され、異形の怪物で埋め尽くされてゆく。

 ぼたり、ぼたりと異形が世界に蓄積され、世界をはち切れんばかりに肥大されてゆく。


「やれやれ、厄介な娘でした……ですが、私の『個人』の目的の為に、良い力を手に入れましたよ」


 口元を吊り上げ、咲月は呟く。

 だが、それは以前の明朗な笑みとは異なった邪悪な笑みであった。

 眩い光と共に、肥大した世界の『暴走』は鎮まってゆく。


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