Scene 25 炎帝に愛された男の過去①
剛毅の過去回になります。
まーたテンポ悪くなるだろうなぁ、と思いつつ投稿。
長い為、次回まで引き延ばしになります。
途中まで制作は出来ている為、平日中には次回は投稿出来るかと思います。
「はは。どういう理屈かは知れねえが……手前、『倒した』相手の能力を使えるようにでもなったのか?」
血を口元に垂らしながらも、剛毅は笑みを浮かべて問う。
「厳密には違いますが、そんな所です」
刹那、返答と共に、剛毅の右腕の腱が微動する。
「ぬ」
だが、その後に、剛毅の右腕が動く事は無かった。
「ぬ、ぐああぁぁぁぁぁっ!」
弱々しく蒼の眩きを持つ短刀が剛毅の右腕を跳ね飛ばす。
「お返し、ですね」
更に、眉間へとその短刀を向け、京馬は言う。
「こちらが口を開く前に、理解する。そんな頭の良い剛毅さんだ。俺も油断は出来ないんです。すいません」
「……へっ! 良いんだよ。殺し合いに恨みっこなしだ」
諦めの微笑と共に、剛毅は告げる。
「……本当に、強くなったなあ。京馬」
仰向けに倒れ伏せ、剛毅は言う。
「そりゃあ、人を止めましたからね」
同時、京馬も膝を付き、うつ伏せに倒れ込む。
「それでも、この有様ですよ。やっぱり、剛毅さんは凄いや」
「へへ。何て言ったって、俺は次期日本支部長候補だったからな」
うつ伏せの体を仰向けに。
京馬は口を緩ませて、微笑した。
互いが、黄土の空を見上げる。
地に湿る水が傷口に入り、肉体的にも、精神的にも沁みてくる。
「剛毅さん。どうして──」
「どうもこうもねえ。俺は、自身の『欲』に負けた、哀れで愚かな人間だ」
問い掛ける京馬の声を遮る様に、剛毅は口を開く。
「そういえばアダムにいた時、お前には未だ話していなかったか」
告げ、剛毅は過去の回想を語る。
今から、六年ほど前──
当時、高校生であった剛毅はその界隈では有名な『不良』であった。
どこの族にもグループにも属さず、だが様々な『その手』の連中に慕われていた剛毅は、言うなれば『裏の元締め』という立場に近い存在となっていた。
弱気を助け、強きを挫く。
当時、治安が悪かったその近辺は、剛毅という存在により、ある程度その治安は回復しつつあった。
だが、栄枯衰退と言うべきか。
その剛毅の登場により、その近辺を元々支配していた勢力は衰え始め、強烈な劣等感を植え込まれる。
「辻森さん。このままじゃあ、不味いですよ。ちくしょう。あの剛毅の奴のせいで、俺等は町に繰り出すだけで袋にされちまう程、落ちぶれちまった」
「……ち。おい、『連合』に連絡しろ」
「ちょ、ちょっと待って下さい! あの、『連合』ですか!? それこそ不味いですよ。あそこは、下手すりゃ普通の暴力団より性質悪いって──」
「五月蠅えっ! 手前、このまま舐められたままで終わりてえのかっ!?」
それは、そんな劣等感が生み出した愚策であった。
彼等は、人が比喩で使う意味での『悪魔』を召喚してしまったのだ。
「五百、五百一、五百二……!」
「なーに、真剣な目で腕立て伏せやってんのよ。真面目か」
勢い良く扉を開き、開口一番で吐き捨てる少女は、ふんぞりとその男の背に乗る。
「よいしょ」
「何の……これしきいぃぃぃっ!」
「嘘!? 何なの、あんた! やっぱり、ターミネーター!? ターミネーターよね!?」
だが、その様な状態であっても男はペースを下げずに腕立てを続ける。
「ふふ。彩乃ちゃん。おはよう」
「あ、おはようございます。喜久子お母さん」
驚愕は、そのこじんまりとした部屋にあるキッチンで、弁当を作る喜久子の挨拶で塗り替わる。
「まあ、『お母さん』だなんて……剛毅、やったわね。筋肉だけしか取り得が無いあなたにこんな可愛いお嫁さんが……!」
「それは……未だ早ええだろおぉぉぉっ!」
その言葉に、不意を突かれたのか、剛毅はその床に付けた両手を崩し、倒れ込む。
「さ、早くタオルで汗拭いて。学校、遅れちゃうよ?」
嘆息し、彩乃は剛毅に乗せた腰を持ち上げる。
「ちっくしょー。良い所だったのによ」
「はい、タオル」
「ありがと、母ちゃん」
口を尖らせる剛毅は、渋々と喜久子が差し出すタオルを手に取る。
やや冷たい風が吹く、秋冷の季節。
紅葉となりつつある葉がその街道を色めいていた。
「剛毅さ」
「何だ」
「何で、そんなに体鍛えてんのよ?」
「ああ? そりゃ、お前──」
道端にある小石を蹴りながら問う彩乃に、剛毅は頬を掻きながら、恥ずかしそうに口を開く。
「た、大切なモンを失いたくねえから……」
「ぷっ……」
「な、何だよっ!」
「ははははっ! い、いや、だって……あんまりにも典型的なクっさい台詞だから──」
「うるせえよっ! お前はよく知らねえと思うがな? 俺には背負うべきものがたくさんあるんだよ!」
「えー、例えば?」
顔を赤らめて告げる剛毅に、悪戯な笑みで彩乃は問う。
「……ほ、ほら、高校の友達とかよ」
「他には?」
「か、母ちゃんとか……」
「他に?」
「あ、彩、彩乃……」
口籠る剛毅に、ジト目で睨み付ける彩乃は、ピンとデコピンをお見舞いする。
「痛、つ……!」
「何で、私が最後なのよ」
嘆息する彩乃は、勢い良く小石を蹴り上げる。
だが、それは目の前の喫茶店の門脇の影から現れた人影に当たりそうになる。
「あ! ごめんなさ──」
「おっと」
幾らなんでも防ぎようも無い小石の勢いに、彩乃は『当たる』という結果を予測して即座に謝罪の言葉を発しようとした。
しかし、その人影は、突如として現れた人災を何事も無く右手で掴み取る。
「これは、これは。剛毅の兄貴に、彩乃の姉御じゃねえですかい。ひょっとして、こいつは俺を兄貴の片腕として試しての事ですかい?」
手にした小石をちらつかせながら、男は問う。
「影虎。すまねえな」
「か、影ちゃん……! ご、ごめんねえ! そういう訳じゃないの!」
あたふたと弁明しようとする彩乃の表情を見、影虎は何かを察した様に、口を吊り上げる。
「まあ、そういう事だ」
「ふふ。姉御らしいですわ」
剛毅と影虎は、互いに笑み、そしてその表情を険と変える。
「で、珍しいじゃねえか。お前が朝に俺に会おうとするなんて」
「実は……ちょいと辻森達が不穏な動きを見せたという情報が」
「ああ。まあ、あいつらは俺等のせいで立場がねえからな。そろそろ、何か『仕掛けて』くると思ってたぜ」
「そうですが……ちょいと今回は厄介な件になりそうなんですわ」
更に眉間に皺を寄せる影虎は、真剣な眼差しで剛毅を見つめる。
「兄貴……『黒崎連合』って覚えています?」
「あ? ……覚えてねえな。いや、どっかで──」
「知ってる! 知ってる! 今、神奈川から埼玉にかけて活動している族でしょ?」
「御名答です、姉御。いやはや、驚いた。まさか、姉御が知っているとは」
「いーちゃんの彼氏がそこに『いた』って聞いた事があって」
彩乃の言葉に、剛毅は目尻をぴくりと動かす。
「『いた』?」
「そう。何でも、薬だったり、殺しをやったりで、あまりにも無法過ぎた族なんで、いーちゃん、音信不通にして『切った』って。まあ、聞いただけで、あまりにもぶっ飛んでる話過ぎて、何かの冗談だと思ったんだけど」
「……へへ。成程。俺も思い出してきたぜ」
その彩乃の言葉に、剛毅は口を吊り上げる。
しかし、その眼は笑んではいなかった。
戦慄と、只々、目を見据え、影虎へ。
「そう。思い出して頂けた様で、俺もホッとしますよ」
「お前の家の『影虎組』に手を出してきた。狂った連中だろ?」
「そうです。家の親父も、奴等には相当にブチ切れてます。ですが、それでも蜥蜴の尻尾程度しか掴み取れねえ。……兄貴、はっきり言いやしょう。辻森共は、この街で史上最悪な『化物』を呼び出しやがったんですよ」
「んな事は、今の一連の会話で直ぐ分かったぜ。だが、あんな器小せえ辻森が御し切れるもんなのかねえ」
「いえ、その辻森達なんですが……」
そこで、初めて影虎の表情が変化する。
それは、戦慄を通り越し、恐怖。
口を震えさせ、だがその表情を剛毅達に見せまいと、唇を噛み締める。
「どうした?」
「……多分、殺されました」
「何だと……?」
影虎から放たれた言葉に、剛毅は更なる戦慄を覚える。
「いえ、正確には分からねえんですが……何かの話が抉れた様で、しばらく、奴等から逃げてたみてえです。ですが、その後は他の連中も辻森達とは連絡も取れず、姿も見れず……残ったのは、不自然な火事があった辻森の家と、港で見つかった血まみれのシャツだけでした」
「うえぇ、エグい」
告げる影虎の言葉に、彩乃は表情を曇らせる。
「だが、それだったら、奴等がここにいる理由も無えじゃねえか」
「そうです。それだけだったら……」
剣歯を剥き出しに、影虎は口を歪ませる。
「あの悪魔共……それを切っ掛けに、ここらが『フリー』なのを嗅ぎ付けたんですよ。あの狂人共が、そんな安寧で都合の良い場所を見つけたら──」
「手中に収めたくなるってか」
苦悩の影虎に、剛毅は言葉を被せる。
その語気は、決意染みた勇猛を込めていた。




