Scene 23 対峙する『焔』と『蒼』
こういうバトルは書いていて楽しいですね。
自分の小説はよく腕が千切れるなあ、と書いてみて思いました。
感情の『露出』は、戦闘時に京馬の想いが一定以上高まった時にでる現象です。
つまりは、美龍との戦闘の時はそんなに昂ぶりが無かったので、無感情のまま……という事です。
「壊れた世界の反逆……全く、大層な名をその『固有武器』に付けたなぁ、京馬」
多量の赤の魔法陣を所狭しと展開させる剛毅は鼻で笑い、蒼の奔流を握り締める少年を見つめる。
「かつてミカエルが創造した、そして全ての『弱者』とされる人々を生み出した『この世界』を変える……その『想い』を込めて名付けました」
多量の羽を生やした京馬は、そのまま天高く飛翔。
地を包むかのような大きな白の魔法陣を発現させ、手を炎熱の支配者たる男に。
「『力天使の地雷撃』」
放たれるは、眩い極光。
「以前に比べりゃ、大した威力の増幅だな!」
都心を陥没させるかの如く規模を誇る爆撃。
だが、剛毅は口を吊り上げ、高揚に瞳孔を開く。
「『炎の憤怒』、『爆風の鼓動』」
両腕両足に赤の魔法陣が駆け上がり、剛毅の力と俊敏性を向上させる。
「『爆風疾駆』!」
迫る爆撃の中、剛毅は更に赤の魔法陣を足下に発現させる。
そして、虚空へと剛毅が炎剣を打ち付ける。
そこから生まれる爆風は剛毅を後方へと跳ね飛ばす。
「さあ、『炎帝の魔術師』の真価を叩きこんでやるよ!」
更に地に炎剣を振り抜き、そこから放たれた爆風で剛毅は宙へと駆け上がる。
「『前奏』!」
天を飛翔する京馬へと駆ける剛毅は、両手で持つ双剣を体に沿わせるかの様に踊らせる。
「『狂想曲』!」
舞いの後に振り抜かれるのは、対象を喰い殺さんとする炎獄。
京馬の眼前、炎蛇の牙が襲い掛かる。
「『大天使の息吹』」
京馬は白の魔法陣を全身に駆け巡らせる。
発現させるは、力、防護、俊敏、そして治癒力などのあらゆる性能を向上させる強化魔法。
「『怒り』」
そして京馬は一言、呟く。
感情の無い言葉が紡ぐ一点の『感情』。
だが、京馬の内には激しい憤怒が吹き荒れるかの如く溢れだす。
自身と分かり合えないかつての恩師。
その不条理の暴虐に対し、自身の偏曲で理不尽な『怒り』を解放させる。
「あ、あああぁぁっ!」
苦悶とする表情で、京馬は強烈な『蒼』の奔流を振り抜く。
それは、京馬にとって久方の感情の『露出』であった。
歯を覗かせ、眉間に皺を寄せる少年の周囲を、青白い閃光が舞う。
その感情の露出は、解き放たれた『想い』という京馬の力の根源の『氣』がもたらす現象が引き起こしたものだった。
「はっ! 良い顔出来るじゃねえかよ!」
易々と剛毅が放った炎獄を退け、京馬は更に剣を振り抜く。
だが、剛毅の表情に、引き攣りも、戦慄も無い。
「お見通し何だよ! 『爆風速射弾』」
京馬が払った炎獄をカモフラージュとし、急激にその眼前へと迫る剛毅。
その赤の魔法陣を両腕に纏い、放たれるは、膨れ上がる溶岩の如く焦土の拳の乱打。
「う、ぐ!」
「さあ、さあさあさあっ! 早く全力で行かねえと、死ぬぜ?」
次々と放たれる業火の炎拳を、京馬は剣による受けで何とか喰い止める。
だが、瞬速とするその乱打は防御の隙間から、京馬の胴へと突き刺さってゆく。
「うおらっ!」
緩くなった京馬の脇、狙い澄ました剛毅の拳が捻じ込まれる。
「うあああぁぁっ!」
抉り落とされる形で、京馬は地へと急降下する。
「追撃だ! 『極限爆砕』!」
その京馬へと追従するか如く、巨大な赤の魔法陣から発現された一筋の燈の光球。
それは、一寸の制止の後、加速しつつ京馬へと向かう。
「ぐ、くそ! 『危機の防護』!」
剛毅が放つ燈の光球を確認する手前、京馬は自身の『危機』の感情を沸き立たせ、蒼のオーブの様な、シャボン玉とも形容される物体に自身を取り囲む。
瞬間、両者との合間に発生するは、大爆撃。
「さあ、残り、二つ分も『仕掛けておいたぜ』」
何とか、灰を被りながらも、大したダメージを受けずに退いた京馬の背後に迫る新たな燈の光球が二つ。
「最初に出した魔法陣から……!」
それは、剛毅が京馬と対峙する際に、予め発現させた多量の魔法陣の内の二つから発生した魔法であった。
「流石──剛毅さんだ!」
目の前に拡がる危機に対し、だが蒼の『氣』を漂わせる京馬は口を吊り上げ、笑む。
『炎帝の魔術師』。
それは今、京馬が対峙している男が味方であった時に名付けられた肩書き。
筋肉隆々とした剛毅と言う人物は、その見た目とは裏腹の、とても思慮に長けた戦闘をする。
インカネーターという人の枠組みを超えた、『この世界』の質量では成し得ない圧倒的な力を得た超人達。
剛毅は、その中で『元々のこの世界』の『火』を司る『四界王』、『炎帝』という存在を宿したインカネーターである。
その固有能力はシンプルな『火の魔法』の強化。
だが、剛毅は職人の如き創意工夫で、変幻自在にそのインカネーターの恩恵の一つである魔法を使いこなしてきた。
「だが、やってやる!」
そのかつての恩師の一人の、以前と変わらない戦闘スタイルに、京馬は望郷の様な感覚を覚えていた。
しかし、その口元をきつく締め上げ、目を見開き、京馬は『決意』の眼を向ける。
「『権天使の舞踏』」
京馬が自身から生やす両翼の先端から白の魔法陣が発現し、そこから蒼の灯が現れる。
それは、京馬の下を離れ、燈の光球へと向かい、衝突。
強烈な爆撃音と共に、双方の力は相殺され、キノコ雲が立ち昇る。
「『不可視の爆心地』、『炎熱の蜃気楼』」
新たに、両足の下に魔法陣を発現させ、一直線に降下する剛毅は呟く。
京馬が、『極限爆砕』の対処を終え、視線を剛毅へと移した。
「いない……いや、『見えていない』だけか」
だが、忽然と剛毅の姿は消えていた。
京馬は、地に足を付け、一寸の思慮を行う。
姿は見えなくとも、京馬の耳にははっきりと剛毅が告げた『魔法名』を捕えていた。
それは、以前から京馬が知っている剛毅の魔法。
『不可視の爆心地』。
それは文字通り、『全て』の探査方法でさえも感知出来ない炎の『地雷』を発生させる魔法。
剛毅が用意した幾つかの赤の魔法陣が消失している事から、そこから介して魔法が発動されたと京馬は理解する。
そして、もう一つ剛毅が発動させた『炎熱の蜃気楼』。
これは、自身の姿、氣、そしてアストラルさえも察知を遮断する脅威の回避魔法。
その発動をした剛毅を知覚出来るのは、次に剛毅が力を発現させる、若しくは対象への接触をした時のみ。
「さあ、どうする?」
京馬は自身に問い掛け、身構える。
相手の機を窺う。
その膠着した状態は、しかし、剛毅と言う男の掌にある。
何か手を施そうにも、それは剛毅の状態を確認出来ない京馬にとってはどうしても博打になってしまう。
更には、不可視のペイモンの火の氣を宿す地雷によって、動くことすら制限される。
圧倒的に不利な状況。
味方であった時は頼もしかった剛毅の補助魔法が、こんなにも厄介であったとは──
「でも、俺も強くなったんだ。あの世界を破滅しようとしたケルビエムも倒した。俺なら、出来る」
叱咤する様に、奮い立たす様に、京馬は呟く。
「『権天使の舞踏』」
再度、京馬は魔法名を告げ、翼の両翼から、幾重もの白の魔法陣を展開する。
発現させるは、多数の蒼の灯。
この『権天使の舞踏』──京馬が『現人神』となってから習得した光魔法は、自身の精神を譲渡させ、『小さな自分』を生み出す魔法。
それは、弱い力ではあるが、自身と同じアストラルと氣を持たせた、いわば分身。
「『もどかしさ』」
更に、京馬は固有能力──実質には『神の天恵』という天使の『概念構築能力』を周囲に発動させる。
『怒り』、『悲しみ』、そして今発動させた『もどかしさ』など、京馬は自身の感情によって性質の異なった力を扱う事が出来る。
それは、単純な『力』の強化、または『減衰』など多岐に渡る。
今、発動させた『もどかしさ』は、その中で、氣の流れを『変化』させる事が出来る。
それに伴い、京馬の周囲を漂う蒼の灯の形状は、尾を引く蛇の如く変化を見せる。
「行け」
京馬が口を開き、蒼の灯はうねり、周囲を不規則に旋回、徐々にその航路を伸ばす。
幾つもの爆風が吹き荒れる中、京馬はその爆風の後に前進をする。
そして、
「『決意』」
ある程度の地雷の『駆除』を終えた後、京馬が告げた『感情』。
それは、京馬の力、俊敏性、治癒能力などを更に向上させる。
「『もどかしさ』」
更に、京馬は剣を地に突き刺し、感情を告げる。
急速に咲き乱れた花弁の如く、地から噴き出す蒼の奔流が、誘爆するかの様に多数の地雷を爆発させてゆく。
「へえ。頭使う様になったな! 『炎帝の宴』!」
爆炎が次々と咲き乱れる中、剛毅が口を吊り上げて上空から姿を現す。
追従する様に、赤の魔法陣から発動するは、京馬を取り囲む多数の焔の塊。
上空から炎の双剣を振るう剛毅。
だが、それだけでは無い。
多数の焔が象った剛毅の『影』も一斉に、京馬に襲い掛かる。
「くっ!」
振り下ろされる多種多角の斬撃。
それを、京馬は不規則に枝が違ったかの様な蒼の剣で受ける。
だが、それでも受け切れず、胴、腕、脚に裂傷が刻まれる。
「『希望』!」
その危機的な状況の中、しかし、京馬が内に宿した感情はその先の勝利への『希望』。
それは、強烈な『想い』の氣を充満させ、京馬の瞳は見開く。
放つ『希望』が持つ力は、『対象の力の強制キャンセル』。
たちまちに消え失せる焔の影。
「ふ、はは! やっぱ凄えよ、お前の能力も、お前自身も!」
その京馬の横腹、懐から剛毅は鋭い切っ先を向ける。
「お互い様ですよっ!」
剣をしならせ、京馬はその剛毅の突きに、剣の『尾』を受けさせる。
同時、剣を曲げ、剛毅を包むかの様に襲い掛からせる。
それを、炎剣を振るった先から出る爆撃を推進力として、跳ね跳ぶ様に剛毅は避ける。
「『力天使の地雷撃』じゃあ、アストラルに反応する俺の『地雷』は起動しねえ。だからこその新しい魔法の使用か。上出来な対処だ。やっぱり、『始めから、普通に闘えば良かったか』?」
笑み、剛毅は炎剣を宙に投げ出す。
「──っ!? 何を……」
突如とした剛毅の試合放棄とも取れる仕草に、京馬は驚愕する。
「『炎帝の魔術師』。それが、俺の肩書き『だった』。じゃあ、『これ』だったらどうだ?」
瞬間、京馬の脳裏に戦慄が走る。
明らかな『異常』。
剛毅からの不穏な笑みは、京馬へ、反射とも取れる行動を促す。
「『力天使の地雷撃』!」
その剛毅への異常を消し去るかの如く、咄嗟の攻撃魔法を発動させる京馬。
強烈な白の発光の中、だが、京馬の顔に安堵は無い。
「『素戔男尊』」
舞う塵が晴れ、姿を見せたのは、一刀の刀を携えた剛毅。
炎がまるで付き従うかの如き、螺旋を描いて渦巻くその刀は、対比する水で清めたかの様な清廉な輝きを放つ。
今まで、京馬が感じた事の無い、異様な氣を帯びる刀。
だが、京馬がその刀を見て、感じた異質、それ以外に『何か』、異質たらしめる『異常』が京馬を包む。
「どうした、京馬? お前、気付かないのか?」
唖然とした京馬に、後に続くじわりとした痛み。
「お前、『腕無いぞ』」
地に落ち、その蒼の輝きがか細くなる剣。
だが、『京馬の手はしっかりとその柄を握っていた』。
「ぐ、嘘だ、ろ……!」
滴る血が京馬の立つ地を濡らす。
およそ、常人よりも遥かに超越した反射神経を獲得しているインカネーター。
その中でも、京馬は『現人神』という格別の存在である。
更には、感情と強化魔法でより鋭敏となっていた筈であった。
だが、見えなかった。一寸ともその瞬間に反応出来なかった。
「あ、が、があああぁぁっ!」
蒼の粒子が舞う中、京馬の『痛み』は苦悶の顔と声で包まれる。




