勇者譚~或いは預言者への讃歌
短編だと表紙が付かない様でしたので連載扱いにしましたが短編です。
勇者とは何ぞや。
勇者とは勇ましき存在。
勇ましきとは何ぞや。
勇ましきとは猛き様。
勇ましきとは溢れる様。
勇ましきとは曲がらぬ様。
勇ましきとは止まらぬ様。
勇ましきとは。
勇ましきとは。
己が心に沿うて、何者にも侍らぬ様。
《歌神預言 人讃歌より 一節抜粋》
さて、皆様。
此の世界には、一つの大きな陸地と、一つの大きな水たまり……失礼、海がありました。
一つきりです。一つきり。
此の世界には、陸は大きな大きな其れ一つきりしかありません。
そして、数多の神々が居られました。
そして、無数の生き物も居りました。
無数の生き物は、其々種族ごとに肩を寄せ合い、集落を作り市を作り国を作り上げました。
国を作り上げた生き物達は、概ね平和に己の生を享受しましたが、いかんせん、所詮は生き物、神ではありませんので、一部の国と国が殺し合う様になってしまいました。
最初は集落。
次は市。
最後は、国。
戦い合うのは、人と魔。
人は魔に対して余りにも無力であり、魔は人に比べて余りにも本能的過ぎました。
一部の理性ある魔は自らを魔族と名乗って一切の諍いに関わり無しと明言し、己の所領に閉じこもりましたが、大半の魔は己を魔物と宣して人を害する事に精を出し始めました。
さあ、困ったのは人です。
人は、集まればそれなりに強力な軍事力を有していますが、所詮、集団としての力です。
個として、此れ程無力な存在はありません。
標的にされているのは人のみな為、他の生き物の国に助力を求める訳にもいかず、だがしかし黙って弑される気も無く。
人は国の力を信じて、魔物に苦しめられる道を選びました。
そして、最終手段として、駄目元で神々に祈りました。
神々は己の贔屓の生き物に言葉を預け、言葉を預かる事が出来る生き物は其々集まって殿に住んでいます。
そんな神の殿……神殿に人々は参じ詣で、必死に今の現状を訴えました。
勿論、数多存在する神の中には魔を愛でる存在もあるのですから、本当に、駄目元です。
ですが、しかし。
ある日、ある神殿の生き物……預言者が、其の神殿の神から言葉を預かり、一人の青年を指名し、力を託したのです。
神の言葉と力を託された青年は勇者となり、魔物の王を弑しました。
そして、魔物の王が戴かれる度に、何処かの神殿から預言が成され、人の誰かが勇者となって魔物の王と殺し合う様になりました。
魔物の王が弑されれば、魔物の勢いが弱まりますので、人の国に平和が訪れます。
勇者の人が弑されれば、魔物の勢いは強まりますので、人の国に試練が訪れます。
其れが当たり前になり、二つの種族の争いで、じわりじわりと此の世界が荒廃を始めたある時………………ある古い古い神殿から神託が降り、一人の青年が、勇者になりました。
そしてなんと―――――――勇者は魔物の王を弑し、其れ処か魔物全てを何処かに封じ込めてしまったのです!
此れには世界が驚きました!
そして、種族の区別無く歓喜しました!
魔族だって歓喜しました! だって、己と根を同じくする莫迦が世界を壊しているのをちくりちくりと嫌味云われる事も無くなるわけですからね!!!
さて。
魔物の脅威が去った後、生き物達は……いえ、人の国で有力者を名乗る者達は、はたと考えました。
今や後顧の憂いなく、他国に攻め入る事が出来るのです。そして、そんな時勢では、勇者の力は強大極まりなく……其れを取りこもうとする貴族が勇者に群がりました。
王族が「勇者に関わるな」と命じても、貴族達有力者は影に日向にその食指を伸ばす事を止めませんでしたが、勇者の力や権限は余りにも強く、人に過ぎない貴族の手に負える存在ではありません。
「ならば」
貴族達は考えました。
「勇者の村を手に入れれば、勇者の想い人を掌中に収めれば、労せず御せるのではないか?」
貴族達は王族に気づかれぬうちにと迅速に勇者の故郷へと兵を向かわせました。
―――――――……ですが。
果たして、勇者を生み出すような土地に住む者が、普通の庶民でしょうか?
果たして、勇者の思慕を一身に受ける者が、か弱い存在でありえるでしょうか?
「そんな訳ないでしょう」
ほほ、と微笑みながらばっさり斬って捨てるのは、美しい亜麻色の髪を緩く靡かせた美女。バラ色の唇と若葉の様な瞳の色が印象的な、愛らしい顔立ちの乙女です。
乙女は簡素ながら丈夫そうな白布で作られた巻頭衣に身を包み、特徴のある平織りの帯を腰に巻いています。ほっそりとした小さな体躯と柔らかな象牙色の肌に、其の色はとてもよく似合っていた。
対して、乙女と対峙しているのは、煌びやかな装いの男達。
乙女を追い込む様に十重二十重……と喩えても問題ない印象を与える勢いで囲んでいる其の男達は、中央区でしか見られないだろう最先端の服装や、装飾も美しい実践の傷一つない鎧を身に着けていました。ぴっかぴかです。
彼等が乗ってきた馬車や騎馬もまた派手な装いで、神殿の入り口に放置されている為に通りすがる村人からの生暖かい視線に晒されています。
此処は、辺境にある、小さな村。
此処は、小さな村に在る、神殿。
此処は、神殿の参拝所。
神殿には、豊饒と繁栄を司る女神と鎮護と戦いを司る軍神、そして其の二柱の神を言祝ぐ歌神が祀られています。
小さな辺境の村ながら神殿は由緒正しき古式ゆかしき建築様式で、祀られている神像も素晴らしく美しく力強く愛らしいのです! 一見の価値ありなのですが、辺境故か余りにも神殿としての格が高い為か、此の村の人ぐらいしか此処の神像を見ないのが玉に瑕で……全く勿体ない事です。特に歌神の像は其処彼処に在る様な小さいものやら華美に飾り立てられたものでは無く、本来の美しさが眩しいくらいに光り輝いて…………こほん、失礼しました。えっと……そう、各地に在る神殿の中でもずば抜けて格の高い神殿なのです。
ですが、古式ゆかしいとは云え、所詮は辺境の神殿。
由緒正しく最高に近い格の高さを誇る等、所詮は神殿内部の世界でしか知られていない事です。
故に、彼等は暴挙に走ったのでしょう。……預言者を害そうだなんて。
彼らは全て国の中央区……所謂首都からやってきた貴族達であり、有力者です。
武官であったり、文官であったり…………己が家の繁栄を得る為に、此の神殿へやってきた愚か者達です。
何故、愚か者共と断じるのか……ですか?
それはですね。
「それにしても、勇者なる存在を御する為の枷に、此の村を位置づけようと云う其の行動は甚だ理解に苦しむわねえ」
……そう云う事なのです。
此の世界には、魔物がいました。
魔物を総べる、王がいました
そして、魔物は人を喰らいます。
故に、人は神殿から下された神託により選ばれた者を核として軍を編成し定期的に魔物の王を弑してきました。
勿論、人の王が弑される事もありましたけれど、シーソーやブランコを思わせるバランスで、此の殺し合いは世界の構成要素として数えるのもばかばかしくなる位の数、行われてきました。
其の不毛な殺し合いに決着がついたのは、つい最近の事。
数多ある神殿に在って、秘女と呼ばれる格の高い神託者が、神々からの言葉を世に伝えた事が切っ掛けでした。
神託を得た者が神託者を通じて神々から与えられた力を行使し、人の軍を使わずに魔物の王を打ち取ったばかりか、現存する魔物を纏めて全て異なり閉じた空間に封じたのです!
人の勝利、とも云える吉報は、人の国を大いに沸かせました。
人々の喜びようは天を突き、歓喜の声に大地は満ち満ちました。
今迄の神託を得た者が成し得なかった事を、当代の者は成したのだと、当代勇者は国の大多数の者達から敬われ尊ばれたのです!―――――――大多数の、モノからはですが。
「まあ、魔物の脅威が去った今、勇者を取り込もうと云う気持ちは? 理解できないけれど戦略としてはありらしいからまあ頷くとして? ……王家が何で今迄の信託者や当代の勇者に対してそう云う処置をしなかったのか……考えないのかしらねえ?」
やれやれ~と首を振る様は酷く愛らしくて、流石は秘女とうっとりします。ああ、可愛らしい!
相対する男達は一切の言葉を発せず、忌々しくも身動き一つせずに乙女を囲んでいるのですけれど。
基本的に一つの神殿に祀られるのは、一柱の神です。だって、其の神が贔屓した人が集まる訳ですからね?
でも、此の神殿には三柱の神が祀られている……其れが如何云う事か、考えなかったのでしょうか?
秘女は、三柱の神々から贔屓されていると云う事なのです。
故に、此の神殿は他の神殿を圧して、格が、高い。
そして。
其の神殿を有する村も、土地も、実は特異な位置付けに在ったのですけど、余りにも特異な事情過ぎて、最早昔語りの童話になってしまいました。……此の土地の特異性を刷り込むには良いのですが、其れは信心深い庶民にしか広まらないでしょう。
此の場に集うたのは貴族達。
余程の高位に存在しない限り、貴族とは言え真実は知らされません。
市井の昔語りを迷信盲信と蔑む者達に、真実からの警告は響かなかったのでしょう。
「今迄の神託者は、一柱の神をお祀りする神殿からだったでしょう? だから、授けられる加護は一つきりだったけれど、当代は此の神殿から……複数の神々から加護を得ているのよ?」
秘女の可愛らしい口から、呆れた様な溜息が一つ、こぼれました。
「一つきりの加護だって、王家や大貴族達は恐れたって云うのに複数の神々の加護を得ている当代を御そうだなんて! どんな思考回路なのかしらねえ」
秘女の髪が、動きに合わせてふわふわと揺れました。
「しかも、当代の生まれ故郷に仇成そうだなんて……おバカさんねえ」
可愛らしい笑い声と同時に齎された明確な嘲りに、男達は一言の罵声も呻きも無く立ち尽くしています。
誰一人、動きません。
そんな異様な静寂を破ったのは、神殿の扉が開く音でした。
「やあ! 久しぶり―!」
軽やかな声と共に現れたのは、好青年を見事に体現した生き物です。
身に着けている神の加護付武具防具が、彼の正体を告げています。
「あら、お帰りなさい! 随分早かったのね?」
唐突な帰還に秘女が困った様に微笑むと、青年はごめんごめんと笑って片目を瞑りました。気障ですね。
「何しろ堅苦しくて! なんだか付きまとって来る人は増えたし、早々にお暇しちゃったんだよね」
あはは、と笑う青年へ、乙女は全くと溜息を吐きました。
「王様は王女様と娶せるつもりだって専らの噂だったのに。こんなに早く返ってきたって事はデマだったのかしらね?」
云いながら周囲の男達をちらりと流し見れば、青年はだからかと笑って困った人達だなあと男達を眇め見ました。
「王家が神託者に手を出すなってちゃんと正式に云ってたのに」
神託者に手を出さねば良いと曲解し、此の男達は勇者の縁者……村人達に目をつけたのです。
全く以て、莫迦ですよねえ!
「最初はね、ちゃんとお利口にしていたのよ? 村の人達に武器を向ける事無く、ただ、散策してただけの様だから」
でもねえ、と困った様に眉を顰め、秘女は愛らしく小首を傾げました。
「突然大挙して神殿に来て。お参りなら敬虔だ事と笑えたのだけれど、私が云う事を聞かないと村を焼く、とか云いだしてしまったら……其れはもう、罰を与えるしかないでしょう?」
勿論その通りです!
秘女の言葉に、青年も同意の声を上げます。
「あったりまえじゃないか! と、云うか、村の人を抑えてくれたんだろ? ああ、いつも通り優しいなあ!!!」
半ばうっとりと当然の事を叫びながら、青年は端整な顔満面に笑みを浮かべます。
「村の入り口に住むおじさんが、軍馬は高く売れるけど喰うには不味いって云ってたから、いっそ王宮に売りつける方向でって助言しておいたよ! 鍛冶屋さんには馬の武装全部預けて打ち直しして貰う事になったからね」
「あら、手際の良い事ねえ」
愁眉を解いてころころと笑う秘女に、青年はだってと笑みを返します。
「此れから農耕具も入用の季節だしね。鋼鉄って、丈夫だから鋤や鍬にも良いし、蹄鉄にもなるからね!」
何とも清らかな雰囲気なのに、云ってる内容は容赦の無い強奪宣言でした! 流石です、秘女!!!
此の場にいる男達は、決して低い地位ではありませんから、連れてきた軍馬は良い値段になるでしょう。其の軍馬に施された家紋入りの武装の数々は、鋳溶かされれば有効利用できます。
尤も、持ち主の前で愉しげにする話ではありませんけれどね。
此処まで無体な事を云っても、男達は一切動きません。
……いえ?
動けません。
神殿の参拝所一杯に存在する男達を眺め見て、青年はそうそうと呟くと実に晴れやかに言い放ちました。
「此れ、立派な神罰ですからね?」
自業自得ですよ、と朗らかに言い切る青年に邪気はありませんでした。
何処までも何処までも端正な仕草で、青年は晴れやかな笑顔でなおも言い放ちます。
「人の云う事効かないから、こういう事になるんですよ」
いっそ侮蔑に相応しい態度を取ればいいのに、と此の場に第三者が居れば思うだろう程の礼儀正しさにも、男達は視線すら向けられませんでした。
「生きてるの?」
「そうねえ」
うふふ、と笑って、秘女は頬に指先を当てました。
「魂と体の繋がりを切っただけだから多少なら周囲の事も知覚出来る筈よ?」
繋がりを、切っただけ。
あっさり言い放つ内容は、きっと王宮に住まう魔術師や各神殿の大神官が聞いたら阿鼻叫喚するだろう内容でした。
人の魂の定義は確立しておらず、故に、魂に干渉する魔法は、存在していないのです。
其れが世界の常識でしたが、そんな事、可愛い秘女に関係する訳がありません!
そして、青年も又、全く動じる様子無く、相変わらず器用だなあと笑って見せたのです。
「意識はあるの?」
軽く聞かれて、秘女は軽く頷きました。
「生きているのだから。でも、此のままなら餓死必至ねえ」
柔らかな口調で告げ、乙女はだからと言を継ぎます。
「お説教をする少し前にね? 伝書鳥で王都に此方の現状は知らせておいたから。迎えは来るのではないかしらねえ」
「じゃあ、其れまで此処に放置?」
若い娘さんが沢山の男と一つ屋根の下なんて! と頷ける正論を唇を尖らせて云う青年へ、秘女はくすくすと笑いながら尖った唇を指先でふにと抑えました。
「意識はあるけれど、其れだけなのに。何がそんなに心配なのかしらねえ」
「心配じゃないよ。ただずるいなあって思ったんだよ」
指先をかぷりと食み、青年はもぐもぐと言葉を紡ぎました。……後できっちり、お話しなくてはいけませんね。
「僕も一緒に暮らしたいのに」
なんて妄想を見てるんでしょう、此の子供は!
「じゃあ、結婚でもする?」
秘女! 甘すぎますよ!!!
「うん、勿論」
何故頷くのですか! 諌めなさい此の莫迦者!!!
朗らかで明るい笑い声が神殿に響きます。
……まあ、仕方がありませんね。秘女の幸せは私の望むところではありますからね。
では、言祝ぎましょう。
私の可愛い秘女が幸せになる様に。
私の可愛い姫を讃える歌を、高らかに歌い上げましょう。
動けぬ男達の前で、勇者と乙女は祀られた神に祝福されながら、幸せな笑い声を響かせるのでした。
「……莫迦者共が」
はあ、と王が肩を落とす。
此処は王宮。王の執務室。
執務室には、宰相と大臣達、王都最大の神殿の神官長と、王の直系、王妃が揃っていた。
錚々たる顔ぶれの、表情は暗く固く、顔色は死人の様だ。
「関連する貴族は全て厳罰に処しました」
宰相の言葉に、法務大臣が言を継ぐ。
「首は全てとってありますので、刑を行った明らかな証明になります」
「王、私が王の名代として直接彼の村に赴きます。誠意を籠めてお話すれば勇者はきっと解って下さるでしょう」
王妃の言葉に否と王が首を振る。
「あの土地の人間は、其の様に狭量ではない。莫迦共を引き取り、しかるべき処罰を行い、二度と此の様な事を成さねば、此方に牙を剥く事も無かろう」
王の言葉に、全員が黙礼し同意を示した。
「彼の地よりの神託…………受けるは繁栄を齎すが、其の後の人の世界の引き締めを誤れば、今度は神々の手に因って人は滅ぶ。何故此の世界に大陸が一つしかないのか……よくよく考え、己が身を、己が一族を引き締めよ。良いな」
重々しい王の言葉に、低い応えが全員から返る。
「彼の地よりの若者に、勇者の名を与え、王の後見を与えたと余す事無く伝えるのだ……!」
勅令に、その場の全員が動き出す。
彼の地に徒を成すな。
彼の地に乱を起こすな。
国の中枢にある者は、其の言葉を己が身に先祖代々刻んできた。
彼の地は、勇者の故郷。
彼の地は、古代よりの神々の直轄地。
人が最も触れてはいけない、禁域―――――――。
美しい乙女と、麗しい青年が、幸せな家庭を築く、其の土地に、徒成す愚か者は尽く滅ぶが定めなのだから。