第1話 破滅の断罪式
誰もが、私が泣き崩れると思っていた。
王都アストレア王国、王立魔法学院。
貴族の子女が未来の王国を担うために学ぶこの場所で、年に一度の舞踏会が開かれていた。
豪華なシャンデリアが天井を照らし、楽団が優雅な旋律を奏でる。
しかし、その音楽は一人の少女の未来が壊れる合図でもあった。
「リリアーナ・フォン・ヴァルクレイン!」
王太子レオンハルトが、広間中に響く声で叫ぶ。
視線が一斉に私へ集まる。
「お前との婚約を、ここで破棄する!」
歓声とも悲鳴ともつかないざわめきが広がった。
リリアーナ・フォン・ヴァルクレイン。
公爵家の長女。
王妃候補。
そして──悪役令嬢。
「さらに、お前は聖女候補セシリアに対し、数々の嫌がらせを行った。証人も証拠も揃っている!」
隣には白銀の髪を揺らす少女、セシリアが涙ぐんで立っていた。
「私は……そんなつもりでは……」
震える声。
完璧な演技だった。
(なるほど)
私は心の中だけで苦笑する。
(やっぱり、この日だったのね)
三日前、私は前世の記憶を思い出した。
会社帰りに事故へ遭い、命を落とした日本人だったこと。
そして、この世界が、かつて夢中になって遊んだ乙女ゲーム『ローズ・オブ・エンパイア』の世界であること。
しかも私は攻略対象でも主人公でもない。
ゲーム中盤で断罪され、国外追放。
その後、魔物に襲われて死亡する悪役令嬢だった。
ゲームでは、この断罪イベントからすべてが始まる。
私は追放される。
家は没落。
王国はやがて戦争に敗れ、魔王軍に滅ぼされる。
エンディングまで知っている私には、その未来がはっきり見えていた。
(でも、それなら……)
変えられる。
いや。
変えてみせる。
私はゆっくりと頭を下げた。
「承知いたしました。」
広間が静まり返る。
「……え?」
王太子が目を丸くする。
「婚約破棄、お受けいたします。」
誰も予想していなかった返答だった。
「な、何だと?」
「ですが、一つだけお願いがあります。」
「……言ってみろ。」
私は微笑んだ。
「本日をもって、ヴァルクレイン公爵家は王家への忠誠を返上いたします。」
空気が凍った。
「貴様……何を言っている!」
「婚約がなくなれば、王家との血縁もございません。契約は終了です。」
王太子の顔色が変わる。
ゲームでは描かれなかった事実。
ヴァルクレイン公爵家は王国最大の財閥であり、魔道具開発、穀物供給、鉱山経営、そのすべてを握る名門だった。
婚約によって王家を支えていたのであって、婚約が消えれば義務も消える。
この世界の法律では、それが認められている。
「ふざけるな!」
「法律第五十七条、婚約契約終了時、双方の義務は失効する。違いますか?」
貴族たちがざわつく。
「……その通りだ。」
宰相が苦々しく答えた。
王太子は拳を震わせる。
知らなかったのだ。
ゲームでは描かれなかった裏設定。
「では失礼いたします。」
私は優雅にスカートを摘み、一礼する。
その瞬間だった。
学院全体を揺るがすほどの轟音が響いた。
ドォォォォン!!
窓ガラスが砕ける。
「魔物だ!」
「結界が破られた!」
兵士たちが叫ぶ。
私は窓の外を見た。
巨大な黒い竜。
ゲームでは一年後に現れる災厄。
なのに、なぜ今日。
(未来が……変わっている?)
鳥肌が立つ。
私が知る物語は、もう崩れ始めていた。
黒竜は黄金の瞳で学院を見下ろし、まるで誰かを探すように首を動かす。
そして、その視線が真っ直ぐ私を捉えた。
『──ようやく見つけた。』
頭の中へ直接響く声。
誰にも聞こえていない。
『契約者よ。』
次の瞬間、私の右手の甲に漆黒の紋章が浮かび上がった。
熱い。
焼けるように熱い。
「……これは、一体?」
王太子も、聖女も、教師たちも、その紋章を見て言葉を失う。
その紋章は、千年前に世界を統一したとされる《黒き皇帝》だけが持っていたという伝説の証だった。
悪役令嬢として断罪されるはずだった少女は、この日、世界の運命そのものに選ばれた。




