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大切な人。

12月25日の夜明け前。


セルピエンテ・ペドロサ率いるイスロ対外派兵師団の揚陸艇は、残る戦闘ヒューマノイド40体と人間歩兵17名を回収し東京湾から抜けハワイへと向かった。


仕切り直しだ。


想定外の"延長戦”となり、揚陸艇の燃料や食料等補給の為もある。

しかし、それ以上に日本の海上保安庁の巡視船に拿捕されるリスクを回避する目的だった。

近隣極東諸国の港の方が近いが、12月~1月の台湾からフィリピンにかけての海域の気象は主に北東季節風アミハンの影響を受け海上が荒れやすく。

特に北部の海域では注意を要する為、ハワイとなった。


太平洋の水平線に上る朝日は、空と大海を眩しいくらいの金色に輝かせている。

それをセルピエンテは、ブリッジから厳しい表情で見つめていた。


(このままでは済まさん!)


その感情は捕り逃がした標的達に留まらず、本部のドメニコへも向けられ始めていた。






自室に籠もりきりだった麻衣は、ふと、外の空気を吸いたくなった。


冬休みに入っていた。


華裏那が家に留まっていることを知っていたので、外出着に着替えた麻衣は静かに、そぉ~っと自室のドアを開け。

そろりそろりと抜き足差し足で廊下を歩き、階段を降りて玄関へ向かう。


「どこ行くの?」


おもむろに背中越しに声をかけられ、ギクリとする麻衣。

振り向くと、華裏那が立っている。


自分を叱った時のような厳しい表情ではなかったが、麻衣は硬直する。


「ちょ、ちょっと、外の空気を吸いたくて…………」


「そう。

あんまり遠くへは行かないでね」


心なしか、華裏那が優しい顔になっていると感じた。


麻衣は速やかに玄関を出るつもりだったが………

何故か応えたい気持ちになった。




「………………お姉ちゃん」




「え!?」


それはハッキリと、華裏那には聞こえた。



「………………ごめんなさい」



自分に背中を向けたままの麻衣の姿が、とても小さく。

か弱く見えた。


華裏那は黙って、そんな妹の背中を抱き締めた。


麻衣は背中に、姉の温かさを感じ取っていた。


初めて会った時は"敵同士”だった姉妹。

それが、その時………………

"本当の”姉妹になっていた。



「気を付けてね」



華裏那は麻衣を送り出した。




玄関を後にした麻衣は、泣き出しそうになった。


そして…………何故か、父親の顔が浮かんだ。


何故、自分を戦闘ヒューマノイドにしたのか?


何故、華裏那まで戦闘ヒューマノイドにしたのか?


その理由が、少しずつわかってきたような気がした。




自宅から程近い公園まで歩くと、麻衣は意外な人物を見つけた。


「…………剣持さん?」


そこには。

ベンチに座りこむ剣持刑事37歳が居た。


「やあ」


麻衣を見つけると剣持は顔を上げ、片手を上げて挨拶した。


「こんなところで会うなんて、意外ですね」


いつもの黒スーツに赤シャツの出で立ちと違う、灰色のダウンを羽織る剣持の姿も意外に感じた麻衣は、その隣りに座った。


「いやあ。

この事件の聞き取りが、まだ残っててね」


剣持は笑顔を見せてはいたが、心なしか疲れたような様子に見えた。


「大変なんですね、警察って」


「いやいや、大変なのは被害者の君の方だよ」


表情は笑っていたが、剣持は心配そうに麻衣を見つめた。


「大丈夫かい?

こんなことが起きて、普通なら冬休みでワクワクしてるはずだろうに…………」


麻衣が戦闘ヒューマノイドだという事実を知っているとしても、剣持の目には普通の17歳の高校生に映っていた。


麻衣は寂しそうな表情で俯いた。


「こないだ、警察でエラソーなこと言っちゃったけど…………結局、わたし。

お母さんを守れなかった」


視線を麻衣から、すっかり葉の落ちた公園の木々へ移し、剣持は呟いた。


「君のお姉さんに、叱られたよ」


麻衣は顔を上げて剣持を見た。


「え?」


剣持は自嘲気味に笑った後、思い詰めた顔で言った。


「僕らこそ、イスロのテロ行為を未然に防がなくてはならなかった。

それが全く出来ていなかった」


俯き加減となる剣持を、今度は麻衣が慮った。


「でも、それって。

剣持さんだけの責任じゃないでしょ」


それを遮るように剣持は続けた。


「いや、その時。

僕は、由美香ちゃんと一緒に田舎へ帰ってたんだ。

休みを貰って。

田舎でクリスマスを一緒に過ごす約束をしてた…………だから、現場……君の家へ着くのが遅れてしまった。

君のお姉さん達が居てくれたから良かったものの、余りに面目無さ過ぎる。

謝って済む問題ではないのはわかっているが…………

本当に申し訳無い」


麻衣に向かって頭を下げる剣持。



「…………おんなじだね!

わたしと」


「…………おんなじ?」



怪訝そうに自分を見る剣持に、麻衣は笑って見せた。


「わたしも、その時"カレシ”と一緒だったんだ。

それで帰るの遅くなっちゃって、お姉ちゃんに、こっぴどく叱られた。

…………悪いのは親をほったらかしにしてた、わたしだよ。

剣持さんじゃなくて」


剣持は、当時そこに麻衣が居なかった理由を初めて知った。


本来普通の少年少女なら…………

クリスマスに恋人や友達と過ごす等、ごくありきたりなスケジュールだっただろう。


しかし…………この子には、それすらも許されないのか?

ゲリラ式戦闘ヒューマノイドにされてからというもの、この子は一体、どれくらい自分を犠牲にして来たのだろうか………………


37歳にして自分にも、ようやく人並みな恋愛が舞い込んだ気がしていた剣持だったが。

この、目の前の少女の背負った運命と比べたら…………そう思うと、気恥ずかしくなった。


「人を守る警察が、こんなこと言うのは不謹慎だけど。

意外と難しいよな…………

"自分の大切な人を守る”ってことはさ」


遠い目をしながら呟く剣持を、麻衣が笑う。


「そうだよ、不謹慎だよ!

北原さんのこと、シッカリ守らなきゃダメだよ!!」



剣持も麻衣と顔を見合わせながら、思わず苦笑いしていた。



〈大切な人・完〉



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