華裏那の改心。
メキシコのリゾート地、アカプルコは真冬でも熱帯気候の常夏だ。
ドメニコは新年の1月半ばまで、そこにある別荘でクリスマス休暇の予定である。
余程緊急の事案が発生しない限り、仕事の電話は取らないことにしている。
プールサイドに寝そべり、ドメニコは。
甘いカクテルを嗜みながら傍らに美女を侍らせる。
…………と。
侍従がスマートフォンを携えて近寄り、ドメニコに差し出す。
「(誰だ?)」
「(ハッ、ペドロサ様です)」
ドメニコは不機嫌そうに顔を向ける。
「(仕事の電話は取り次ぐな、と言ってるだろう?)」
「(ハッ、申し訳ありません、急用とのことで)」
ドメニコは舌打ちし、渋々電話に出る。
「¡Hola!
セルピエンテ、日本の女はどうだったかね?」
少し間を置いてから語り出す、電話の向こうのセルピエンテ。
「…………どういうことだ」
凍りついた声だった。
ドメニコは拍子の抜けた声を出す。
「?…………どういうこととは?」
それに苛立つセルピエンテ。
「…………筒抜けじゃねぇか。
奴らに、計画が」
「ハ?」
「二つに一つだ。
奴らにハッキングされたか?
最初から俺達にムダ脚をカマせて放ろうとしてるのか?」
ドメニコの眉間に皺が寄る。
「待て、セルピエンテ。
とっくに奴らを始末して、今は太平洋を戻ってるのではないのか?」
声を荒げるセルピエンテ。
「冗談じゃねぇ!
アジトは空振り、女の部屋では奴らがお待ちかね。
少数でコテンパンにやられた上、日本のポリスにアシ取られてんだよ!!
どうすんだよ、大将?
情報管理ミスってんじゃねぇのか!?」
途端に顔が青くなるドメニコ。
「コテンパンにやられただと!?
あれだけの個体数でか!?」
「アジトに40、女の部屋に10と振り分けた。
カタが付くのは予定なら一晩で余裕だった…………
だが"読まれていた”んだよ、全てな!!
女の部屋へ行った連中は玉砕し、歩兵一人が日本ポリスに捕らえられた。
恐らく吐いちまうだろう」
ドメニコは、思わず片手に持っていたカクテルグラスを落とした。
音を立ててガラスの破片がプールサイドに飛び散る。
傍らの女が慌てて飛び退く。
「……読まれていた!?」
ようやくドメニコは思い出した。
キッド三人衆の内、ケビンにハッキング能力を与えていたことを!
(…………やられた!)
しかし、もう遅い。
ドメニコは逆ギレ気味にセルピエンテに命じる。
「残り40体と歩兵数十人あるはずだ!!
それで何とかしろ!!」
「ダメだ!
もう時間切れだ!!
夜が明ければ東京湾に浮かんでも居られん、今回は失敗だ……!
引き揚げさせてもらう」
こめかみに血管を浮き上がらせてドメニコは怒鳴り散らす。
「引き揚げだと!?
そんな勝手な真似は許さん!!
さっさと連中を始末しろ!!
敵前逃亡は全員処刑だッ!!!」
ドメニコは一方的に電話を切り、スマートフォンをプールサイドに叩き付けた。
セルピエンテは憤った。
(こうなりゃ破れかぶれだ!
海賊でもギャングでも何でもやってやる!!)
狂った毒蛇が、暴走しようとしていた。
襲撃事件から一夜開けた12月25日。
来迎寺宅前には破壊された玄関ドア、侵入された内部他、道路に残るイスロ部隊の痕跡を調査する警視庁鑑識班と。
脚立を林設しカメラを構えるマスコミ関係者が群がっていた。
精神的ダメージを負っている美枝は当然、引き籠った麻衣も一切自室から出ようとせず。
対応は全て華裏那が当たっていた。
「お姉さん、来迎寺さんとはどのような御関係ですか?
年齢はお幾つですか?」
事件当時のことを訊くならまだしも、華裏那のプライベートを矢継ぎ早に質問する無神経なマスコミが目立つ。
中には華裏那の美貌をネタに
「〜テレビですが、芸能事務所さんからスカウト等は?」
とか、間抜けなインタビューでカメラを向ける者までおり。
流石の華裏那も苛立ち、思わず怒号を発しそうになった。
無事に雪の峠を越え関東平野に入り、高速道路に乗り直しホッとした剣持は。
由美香を千葉の自宅まで送り届けた、その足で埼玉の来迎寺宅へと向かった。
東京外環道は意外に空いており、カーナビの指示以外の道を使い午前11時過ぎに現場へ到着。
鑑識班の係員達に挨拶し、警察手帳をかざしながらマスコミ関係者の波を分け入り。
剣持は来迎寺宅へ入ろうとした。
と、華裏那と鉢合わせた剣持。
二人ともアッ!?と驚く。
思わず、互いに同じ言葉を発する!
「あなたは……あの時の」
そう、二人は以前。
都内にて速度違反で検挙し、検挙された側だったのである。
流石に互いに気不味さは隠せなかったが、剣持は名乗り出る。
「◯✕署の剣持と言います。
今回の件で、お話を聞きたいのですが」
警察であれば華裏那も断る理由も無い為、どうぞと中へ案内する。
居間へ通される。
「…………来迎寺博士は?」
美枝の姿が見えなかったが、敢えて剣持は訊いてみた。
華裏那は俯きがちに答える。
「今、別室で休んでいます。
お訊きしたいことは、あたしが代わってお答えします」
華裏那は、剣持には自分が麻衣の義理の姉だと自己紹介した。
「そうでしたか…………今回、こちらを襲撃して来た実行犯にロボットが多数使われましたが、当局の部隊が到着した際には既に壊滅していたと聞いています。
…………それは、麻衣さんが?」
華裏那が驚異の表情をしたので、剣持は改めて。
警視庁内では既にゲリラ式戦闘ヒューマノイドの存在は機密事項の範囲で周知されていることを説明した。
「……いえ。
麻衣は、その場に居ませんでした」
華裏那の言葉に剣持は驚いた。
何故か悔しそうな表情の華裏那にも疑問が生まれた。
「では、誰が?
相手は、かなりの数の戦闘ヒューマノイドだったようですが」
剣持の質問に華裏那はキッと向き直り、答えた。
「…………あたしです。
あたしと、あと三人のゲリラ式戦闘ヒューマノイド達です」
「ええ!?」
剣持は愕然とした。
来迎寺麻衣の他にも、ゲリラ式戦闘ヒューマノイドが居たとは!
しかも…………目の前に居る、麻衣の義理の姉と名乗る女性も、そうだなんて!
そもそも、姉妹で戦闘ヒューマノイドとは!!
「では、来迎寺博士を救ったのも、あなた達なのですね」
「そうです」
華裏那は硬い表情で答え、話を続けた。
「あの子は……麻衣は、その時。
まだ帰宅していませんでした。
あたしが、たまたまここに来た時に美枝さんがテロ部隊に襲われていたんです」
剣持は自分の任務を遂行する責任で、話の本筋に入った。
「華裏那さんと、その他の三人の方々は。
テロ部隊に対し戦闘ヒューマノイドへ"変身”して対応されたのですね?」
「そうです」
剣持は改めて、ゲリラ式戦闘ヒューマノイドの戦闘能力というものに驚愕した。
相手は武装した10体もの戦闘ヒューマノイドの他、人間の兵士も複数居たというが、それらを向こうに回してたった4人で壊滅させたことになる。
「一言、よろしいかしら?」
剣持に対し、険しい様子で華裏那が尋ねた。
「…………どうぞ」
「日本の警察って、犠牲者が出ないと動かない……とか、悪い評判を聞いてたけど。
それはホントね」
剣持の表情が凍る。
華裏那は続けた。
「こんな、都心から離れた場所まで外国のテロ部隊が来てるっていうのに。
警察は誰も気付かなかったのかしら?
あたし達が居なかったら、どうなっていたと思います?
特殊部隊が来たのだって、住民が通報してからやっとだったし。
今ここに、あなたが来たのだって事件が済んでから半日も経ってからじゃない。
何やってるのよ、一体!
スピード違反の取り締まりばかりしてないで、こうゆう命に関わる犯罪に、もっと真剣に対応してよ!!」
華裏那から厳しい言葉を浴びせられ、剣持はグゥの音も出せなかった。
この非常事態発生時に、非番にしてまで田舎で恋人とクリスマスを過ごしていた………
そんな自分を恥ずかしく思えて来た。
「……まことに、申し訳ありませんでした」
華裏那に対し、深く頭を下げる剣持。
そこへ、玄関の呼び鈴が鳴った。
子供のような声がする。
「すみませ〜ん!
麻衣、居ますか〜!!」
ちょっと待ってて、と華裏那は席を立つ。
玄関に出てみると制服姿の少年が立っていた。
栄太だった。
「ハ〜イ。
どちら様で?」
華裏那が顔を出すと、栄太は身を硬くした。
(綺麗な人だ…………)
栄太は内心、そう思った。
「あ、あの、俺、栄太といいます!
麻衣の、クラスメイトです!!」
栄太は何故か、この時"麻衣のカレシ”とは言えなかった。
華裏那は、この少年を何となく可愛いと思えた。
「麻衣に用があるのね?
ちょっと待ってて」
階段を登り、華裏那は麻衣の部屋のドアをノックする。
「麻衣。
栄太君という子が来てるんだけど」
部屋のベッドに横になっていた麻衣は、飛び起きた。
(栄太が!?)
直ぐにでも部屋を出て降りて行きたかった。
だが…………
直ぐに思い留まってしまう。
「…………帰ってもらって」
意外な麻衣の態度に、華裏那は訊き返す。
「何で?
せっかく来てくれてるのに。
会わなくていいの?」
麻衣は泣きそうな声を張り上げる。
「いいから!
帰ってもらって!!」
麻衣はベッドに突っ伏した。
机の上には栄太からクリスマスプレゼントに貰ったネックレスが、千切れたままで置いてあった。
(大切な人も守れない自分に、恋愛なんか出来ない)
麻衣は自分を責め続けていた。
華裏那は仕方なく、玄関の栄太に告げた。
「ごめんなさいね。
麻衣、今ちょっと体調崩して休んでるの。
せっかく来て貰ったのに……」
「え!?
麻衣、具合悪いんですか!?」
真剣に心配な様子の栄太を、華裏那は優しく見つめる。
「うん、でも。
そんなに心配要らないから!
夕べ帰りが遅かったから、ちょっと風邪気味なだけよ」
栄太は申し訳無さそうに俯いた。
「そっか…………
俺が悪いんです。
もう少し早く、帰してあげたら……」
「え?
夕べ、麻衣と一緒だったの?」
「ハイ…………
渋谷で一緒でした」
華裏那は全て悟った。
この子、麻衣にとって特別なんだ…………
今度は栄太が質問した。
「あの…………
お姉さん、麻衣の親戚の人ですか?」
華裏那は一瞬、どう答えようか戸惑ったが…………
「う、うん。
そんなとこかしら」
「麻衣に、伝えてくれますか?
元気になったらLINEくれって、栄太が言ってたって」
寂しそうに言う栄太に、華裏那は快く応じた。
「わかったわ。
必ず伝えるわね。
…………大丈夫よ!
あの子は強い子だから」
栄太の顔は真剣になった。
「…………俺の知ってる麻衣は、強くなんかないです。
意地っ張りだし、強がってみせたりするけど、ホントは寂しがり屋の普通の女の子です」
栄太は華裏那の顔を、真っ直ぐ見つめて言った。
「だから…………
だから、俺、守ってやりたいんです!」
華裏那は、感じ取った。
この少年は自分なんかよりも、ずっと麻衣のことを理解してる…………
「……栄太君。
また麻衣に会いに来てあげてね」
華裏那に、そう言われ。
初めて栄太は笑顔になれた。
「ハイ!!」
帰って行く栄太の背中を、華裏那は見えなくなるまで見送った。
麻衣に厳しく当たってしまった自分を、反省したくなっていた。
ふと、居間に残して来た剣持を思い出した華裏那。
急いで戻ると、座ったまま剣持は微動だにせず項垂れていた。
剣持も自分を責め続けていた。
「剣持さん。
もう結構ですから」
華裏那は。
栄太と会ってから、自分のキツい性格の部分も直して行くべき……と、今更ながらに思えてきていた。
しかし剣持は向き直り、真剣な眼差しで華裏那に告げた。
「いえ、おっしゃる通りです!
警察も、このような体たらくでは許されません!!
未だ事件も解決してはいませんし、今後は更に気を引き締めて参ります!!」
華裏那はイスロの部隊が何処から国内へ上陸したのか、そして部隊規模はどれくらいなのかをキッド三人衆が既に把握していることを剣持に伝えた。
華裏那とキッド三人衆、そしてエリック=ティーチャーが秘密裡に警視庁本部へ招聘され。
警視の諸原以下剣持らと合同対策本部を立ち上げたのは、その翌日であった。
〈華裏那の改心・完〉




