動き出した世界。
茨城県小美玉市、茨城空港。
プライベート・ジェットエリア。
麻衣達の乗るイスロのプライベート・ジェット機…………
ガルフストリームG600も、ここに駐機されていた。
ガルフストリームG600。
米国ガルフストリーム社製。
2019年に初号機初飛行。
長距離巡航マッハ0.85/時の速度で、6,600海里 (12,223 km)の距離を航続可能、日本から中米まで無給油で飛ぶことができる。
このG600という機体の操縦に必要なライセンスと資格としては、基本として事業用操縦士または定期運送用操縦士技能証明。
更に多発エンジンおよび計器飛行証明が 必須となっている。
他にもG600のパイロットや機長には総飛行時間が3,000〜3,500時間以上、マルチエンジン経験が2,000〜3,000時間以上、タイプ機での経験が200時間以上という高い水準の飛行経験が求められるが、これらをマーフィは電子頭脳という利点を活かし。
全ての条件を自らにインプット・プログラミングし。
人間では有り得ない極めて短期間での取得に成功しているのだ。
この日、パイロットを担当するマーフィとカイトは。
東京駅から直通高速バスに乗り、この茨城空港へ事前整備の為に来ていた。
本来はイスロ日本支部へのスタッフ輸送の為に使用したチャーター機の役割であったG600であったが。
補充要員の追加が無かった為に3ヶ月以上もの間、屋外駐機となっていた。
その為、ハンガー(格納庫)駐機よりも手間のかかる事前点検となった。
本来なら装着するべきエンジン、ピトー管、静圧孔、APU、換気口、排水孔の保護用外部カバーも付けていなかった為。
あらゆる箇所の腐食・汚れの有無、鳥や虫等の付着の確認も含め機体全体の清掃を行う必要があり。
それだけで半日の時間を要した。
その後はエンジンオイルの交換、燃料タンクのサンプリング確認を済ませ、ようやく二人は操縦席に入り、動作チェックに入る。
油圧ポンプを駆動させ、ラダー・エレベーター・エルロンその他フラップ等の舵の柔軟性と動作を確認。
本来はランディングギアの動きについても同様のチェックも必要なのだが、それはハンガーに入りジャッキアップしなくては不可能な為、この日はヒンジ部やブレーキ周りに錆の有無やタイヤ空気圧等の点検で済ませた。
バッテリーの電圧と健全性の確認、アビオニクス(航空電子機器全般)の動作チェックをクリアさせ。
いよいよ地上試運転!
マーフィが緊張の面持ちでエンジンを始動させる。
ヒュルヒュルヒュルヒュルヒュル…………
ヒィーーーーーーーー
この低回転を5分間維持した後、マーフィは徐々にスロットルレバーを上げていく。
ヒィーーーーーーーー
キィーーーーーーーー
そのまま5分程回転を保持した後、次はハーフスロットル(車でいうアクセルの真ん中)まで上げていく。
キィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
緊張感がマーフィとカイトを包み、各計器の表示、異音、振動、油圧漏れがないかに神経を集中させる。
エンジン出力を更に80%まで上げる!
ギィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2基のプラット&ホイットニーPW180ターボファンエンジンが目覚めた!!
ヒューマノイドとはいえ感じていた、それまでの二人のメンテナンス作業の苦労も吹き飛ばす程の爽快感が。
そのエンジン音にはあった。
「おいおい、マーフィ!
まだ飛んでくなよ!!」
恍惚の表情でスロットルレバーを握り続けるマーフィを、副操縦士席のカイトが笑う。
最後にリークチェック(運転後にエンジン回りや燃料ラインからの漏れがないかを最終確認)を済ませる頃には、日暮れになっていた。
麻衣はパスポートを取得する為に、埼玉県パスポートセンターのある大宮まで行っていた。
現時点でゲリラ式戦闘ヒューマノイドとはいえ、人間としての戸籍は残っている。
帰宅すると、母親の美枝と華裏那、エリック=ティーチャーが居間で話し合っていた。
「ただいま〜」
麻衣に気付くと、ニャーミーが尻尾を立てて駆け寄る。
「ニャー」
足元にニャーミーを擦り寄せさせながら、麻衣もテーブルに着く。
「オカエリヌスァーイ!」
「お疲れ様。
早かったわね」
ケビンの姿が無かったが、買い出しに出かけたとのこと。
もうすぐ麻衣も春休みとなる。
中米に渡るのも、その期間中とした。
言い換えれば…………
春休み中に"決着”を付けて、帰国しなくてはならない。
新年度…………3年生になる頃には、全てが解決・コンプリートされていなくてはならないのだ!
「なんか…………スゴいプレッシャー感じてきた!
ヤダなぁ」
ボヤく麻衣を、美枝は諌める。
「じゃ、やめときなさい!」
「ヤダ〜、それもヤダヤダヤダヤダ〜!!」
以前の"ダダこね娘”に戻っている麻衣を、華裏那がキッ!と睨み付ける。
一瞬で麻衣は大人しくなる。
「はぁ~ぃ………………」
エリックが告げる。
「マイ、ワターシ、イッショ、イカナーイ。
ジャパニーズ・オルスバン!!」
「ええ〜!?
そうなの?」
美枝が説明する。
「ラグビー部で、キャプテンの日下君ともう一人、青木君が高校日本代表候補に選ばれて。
春休み中に都内での国内合宿に参加することになったの。
エリックは引率教員だから、留まらないといけないの」
それ以前に…………
万が一の場合に備え、美枝の為に留守を守るのも目的だと、華裏那が付け加え。
麻衣も納得した。
「エリックが残ってくれたら、わたし達も安心してメタボオヤジ…………ドメニコをやっつけに行けるわ!」
ようやく麻衣のメンタルも回復してきた。
同じ頃…………警視庁本部。
「…………外務省を通じて、駐◯✕国大使から連絡があった」
警視の諸原が、剣持刑事37歳へ話をしている。
「日向武雅氏の所在が確認されたそうだ。
彼は自ら大使館へ電話で伝えて来たらしい」
驚きを隠せない剣持。
「彼は今、どんな状況に居るのですか!?」
「……大使館によると。
日向氏はイスロ本部内で監禁されていたが、一旦諸方へ連絡をとる為に脱出していたとのことだ。
特に健康状態等には問題無いらしい」
「…………一旦脱出?」
「ああ。
戻らなくてはならない事情があったようだ。
いずれにしても、彼は救援を求めて来ている。
大使館側も地元警察と連携を取り始めたそうだ」
剣持は考え込んだ。
「…………日本側の我々としては、どう見るべきでしょうか?」
「それだが、恐らく今後こちらにも何かしらの応援要請も来るだろう。
…………備えておこう!」
「わかりました!」
諸原はドメニコの顔写真を取り出し、呟いた。
「このドメニコという男…………
マフィアのセガレだな」
中米・イスロ本部。
「(出せ〜!!
チクショウ、このヤロー!!)」
地下室に捕らわれているナタリアが、部屋の格子から怒号を発している。
「(やかましい!
大人しくしろ!!)」
警備兵が銃を突き付け、威嚇する。
途端にナタリアは態度を変える。
「(あなた、アタシ好みねぇ。
ねぇえ?
出してくれたら、"出させて”あげるわよ)」
卑猥なことを囁やきながら、ナタリアは艶っぽい笑みを浮かべ…………豊満な胸元を大きく開け始める。
警備兵は生唾をゴクリと飲み込む…………
全ての物事が。
大きく動き始めた!!
〈動き出した世界・完〉




