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第3話:聖女様とロッカーの中、心臓の音は隠せない

「……っ、陽葵、動くな。誰か来る」


 俺の言葉に、陽葵がピタリと動きを止めた。放課後の図書準備室。ソファで陽葵に押し倒されていた俺は、廊下から響く複数の足音と話し声を聞き逃さなかった。



「……ここよね? 図書委員の備品リストと照合するのは」

「ええ。生徒会長に頼まれちゃったし、サクッと終わらせましょう」


 聞き覚えのある声。生徒会の役員たちだ。運悪く今日は月に1回の備品点検の日だったらしい。


「湊くん、こっち……!」


 陽葵が俺の手を引き、部屋の隅にある大型の掃除用ロッカーへと飛び込んだ。二人で入るにはあまりに狭い空間。俺たちは、文字通り肌を密着させる形でロッカーに閉じこもった。


 ガチャン、と部屋の扉が開く音がする。


「失礼しまーす。……あら、荷物はあるけど誰もいないわね」

「それ天ヶ瀬さんの荷物じゃない?今日はもう帰ったのかしら。さっき廊下で見かけたのだけど」


 すぐ外で、生徒会役員たちの会話が聞こえる。ロッカーの隙間から漏れるわずかな光が、陽葵の顔を照らしていた。


「(……近すぎるだろ)」


 密室。暗闇。陽葵の柔らかい体の感触と、甘い香りが全身を包み込む。俺の腕は陽葵の腰に回り、彼女の細い肩が俺の胸の中に収まっている。


 陽葵を見つめると、彼女は唇に指を当てて「しーっ」と合図を送ってきた。だが、その瞳は恐怖ではなく歓喜に揺れていた。


『湊くん……湊くん湊くん湊くん……っ!』


 声には出さないが、彼女の熱量が伝わってくる。陽葵は俺の胸板に耳を押し当て、トクトクと早まる俺の心臓の音を楽しんでいるようだった。さらに、彼女は俺の耳元に顔を寄せ、熱い吐息とともに囁く。


「……ねえ、湊くん。私たちの心臓の音、重なってるよ。これ、実質的にひとつになってるってことだよね……?」


「……っ、静かにしてろ」


 俺は彼女の口を手で塞いだ。だが、陽葵はその手を慈しむように、ペロリと手の平を舐めてきた。


「(こいつ……っ!犬か!)」


 外では、役員たちがロッカーのすぐ近くまで来ている。


「次は、あっちの棚ね。……ん?このロッカー、少し開いてない?」


 心臓が止まりかけている最中、役員の内の一人が、俺たちが隠れているロッカーの取っ手に手をかける。


 陽葵が俺の服をギュッと掴み、目を閉じる。バレる。学園の聖女と学園の事故物件男が、放課後のロッカーで抱き合っているところを見られれば、明日からの学園生活は文字通り崩壊する。


 だが、その時――。


「あ、ちょっと待って!この点検リスト先月のじゃない?新しいのもってこなきゃ」


 片方の役員がそういうと、ロッカーの取っ手に手をかけていた役員は手を放し、足音が、遠ざかっていく。パタン、と扉が閉まり静寂が戻った。


「…………ふぅ」


 俺は全身の力を抜き、ロッカーの壁にもたれかかった。だが、陽葵は離れようとしない。それどころか、さらに深く俺に体重を預けてきた。


「……湊くん。役員さんたち、行っちゃったね」


 陽葵の声が、さっきよりも熱を帯びている。彼女は俺の首に腕を回し、潤んだ瞳で俺を見つめた。


「ねえ、今のスリル……最高だったね。私、湊くんと一緒に地獄に落ちる覚悟、できちゃったかも」


「俺は地獄は御免だ。……ほら、もう出よう」


 俺がロッカーの扉を開けようとすると、陽葵がそれを力強く引き戻した。


「だめ。あと5分……いえ、あと10分。…いや20分、もしくは40分ないし80分でもいいわ。この狭いところで、湊くんを独り占めさせて」

「増えてる増えてる…」

 突っ込む俺の唇に陽葵は自分の指をそっと触れさせる。



 聖女の皮を被った怪物は、暗闇の中で妖しく微笑んだ。俺は悟った。この少女の愛から逃れる道は、もうどこにも残されていないのだと。

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