第22話:聖女様の堕天は、ノーカウント
陽葵の停学処分は覆らなかったが、動画を撮影・拡散した松田に対しても悪質なプライバシー侵害および暴行未遂、ならびにネットリテラシーの著しい欠如として、同等の重い処分が下されることになった。
◇◆◇◆◇
放課後の図書準備室。騒がしい喧騒が遠のき、部屋には四人だけの奇妙な静寂が満ちていた。陽葵はいつものソファではなくパイプ椅子に座り、自分の手をじっと見つめている。停学という事実は重くのしかかっていたが、その表情にはどこか憑き物が落ちたような安堵もあった。
「……天ヶ瀬さん。これ、美月から聞いたんだけどね」
春香が少し申し訳なさそうに切り出した。
「あの動画をアップした松田くん…。…実は、天ヶ瀬さんに好意があったみたい。だから、夜凪と一緒にいる天ヶ瀬さんを見て、癪に障ったというか……その、嫉妬で嫌がらせをしたかったんだって。さっき担任と話してるの聞いちゃった」
陽葵の肩が、微かに跳ねた。
「……そんな下らない理由で?ただの個人的な嫉妬のために、夜凪くんまで巻き込んで晒し者にしたというのですか?……醜いですわね。自分の感情も制御できないなんて、人間として未熟にも程がありますわ」
「「(どの口が言ってんだ)」」
俺と美月の心の声が、完璧なハーモニーを奏でた
彼女の瞳に一瞬、鋭い冷徹さが戻る。だが、すぐにそれは消え、隣に座る俺の方を向いた。
「……ごめんなさい、夜凪くん。私の詰めが甘かったせいで、あなたまでまたクズだと罵られることになってしまって」
「気にするな。もともとそんな評価だ。それより――」
俺が目くばせをして促すと、陽葵は意を決したように立ち上がり、春香と美月に深く頭を下げた。
「辻岡さん。さっきは、クラスのみんなの前で私を……あんな、汚れきった私の味方をしてくれて、本当にありがとうございました」
「天ヶ瀬さん……!頭上げてよ!私は見たままを言っただけだし!」
「そして、相川さん。あなたがアカウントの根源を特定し、データを完全に消去してくださったと聞きました。……私一人の力では、どうにもならなかった。本当に、感謝していますわ」
美月はスマホから目を離さず、気だるげに片手を振った。
「……別に感謝とか要らない。私はただ、あの松田とかいうやつの撮り方が素人くさくてイラついたから。手ブレもひどいし構図も最悪で、映像作品として生理的にイラついたから……サーバーごと掃除しただけ。あのアカウント、もうこの世のどこにも、電子の海にも残ってないから。……ま、私がやった証拠もないけどね。しらんけど。」
相変わらずの無関心な闇。だが、その徹底した仕事ぶりが、陽葵の社会的死を寸前で食い止めたのは事実だった。
「……ふふ。私、今まで自分が一番正しくて、一番強いと思っていましたの。でも、違いましたわね。……独りでは、夜凪くんを隠し通すことすらできない」
陽葵は自嘲気味に笑い、二人には見えない机の下の位置で俺のシャツの袖をぎゅっと掴んだ。
「夜凪くん。明日から私は学校に来られません。……でも、これはチャンスだと思いませんか?誰の目も届かない場所で、じっくりとあなたを指導できるんですもの」
「……またそうやって、すぐに歪んだ方向に持っていくな、お前は」
「……あはは!天ヶ瀬さん、お休み中も元気そうだね!」
春香が笑い、美月が呆れたようにため息をつく。
残ったのは孤独な少女ではなく、敵さえも味方につけた、一回り強固な独占欲の塊だった。
「夜凪くん。明日……私の家に来てくださるかしら?……二人きりで、誰にも邪魔されない委員会を続行しましょう。私の部屋、防音設備も完璧ですのよ?」
陽葵が顔を近づけ、甘い声で囁く。停学期間を蜜月に変えようとする悪魔の誘い。
「あ、いや明日は無理だな」
俺は手をパタパタと振り、断りを入れこう伝えた。
「明日、辻岡たちと用事がある」
――カッ。
その瞬間、図書準備室の温度が一瞬で沸点を超え、視界が真っ赤に染まった気がした。業火だ。陽葵の背後から、物理的な熱量を持った嫉妬の炎が噴き上がっている。




