第20話:聖女様と地獄の再会
俺がそう口を開くと、春香と目が合った。狭い密室、重なりそうな肩。春香の瞳には期待と不安が混ざり合い、これ以上ないほど「ヒロイン」らしい空気が流れている。
お前、俺のことが――。
そう問いかけようとした瞬間、ゴンドラがガタンと小さく揺れた。地上のプラットフォーム。そこには、M-416を抱えたまま、形相だけで周囲の空気を凍りつかせている「最終形態の聖女」がいた。
「(……あ、終わった)」
扉が自動で開く。言葉の続きは、流れ込む殺気とともに霧散した。
「――お帰りなさいませ。夜凪くん、そして……『要注意外来種』さん」
健やかな笑顔で言った陽葵は、係員の手を振り切って一歩前に出た。手にしたM-416の銃口(オレンジ色のキャップ付き)が、俺の胸元を正確に捉えている。その目はもはや深淵だ。
「天ヶ瀬さん!観覧車、すっごく綺麗だったよ!夜凪ともいい話ができ――」
「黙りなさい。……今すぐ、夜凪くんの横から離れなさい。さもなくば、この『特製・高濃度塩素スプレー弾』で、あなたの細胞を一つ残らず除菌して差し上げますわ」
「(……そういうのどこに入れて持ち歩いてんだ…)」
「あはは、天ヶ瀬さんたら!また冗談だよね?ほら、夜凪、行こ!」
春香が笑いながら俺の腕を掴もうとした瞬間。陽葵が「シュバッ!」という風切り音とともに、懐から木刀を突き出し、俺と春香の間に境界線を引いた。そしてその木刀を春香に向けて言い放った。
「触るなと言っていますのよ……!!」
陽葵の叫びは、もはや悲鳴に近かった。彼女は俺の腕を掴むと、力任せに自分の背後へと引き寄せた。
「夜凪くんは 私が管理し、私が世間から隠し、私の『檻』の住人なんですの!あなたのような太陽に照らされて、彼が『自分も外の世界で笑えるかもしれない』なんて……そんな余計な希望を抱くこと、私が許しませんわ!」
陽葵の背中が、小刻みに震えている。彼女が恐れているのは、俺が「更生」して、彼女の手の届かない「普通の場所」へ行ってしまうこと。春香の善意は、陽葵にとって最も残虐な兵器だった。
「……天ヶ瀬さん。それ、やっぱり『管理』じゃないと思うな」
後ろで見ていた美月がアイスの棒をゴミ箱に捨て、冷めた口調で告げた。
「ただの執着だよ。……春香、もうやめときなよ。その聖女様、今にも泣きそうだし。……それに夜凪も、たぶんあの暗闇が気に入ってるみたいだよ。ま、しらんけど」
「……美月……」
春香は少し寂しそうに俺を見て、それから陽葵を見た。
「……そっか。天ヶ瀬さん、そんなに必死なんだね。……わかった!今日はもう帰るよ!でも、委員会は辞めないからね!また明日、学校で!」
春香と美月が去っていく。静まり返った遊園地の出口付近。陽葵はM-416を地面に落とし、俺のシャツを握りしめたまま、その場にしゃがみこんだ。
「……湊くん。湊くん……お願い、言わないで。あの女の方がいいなんて、言わないで……」
俺は何も言わず、ただ、震える聖女の肩を見下ろしていた。
次の日、学校へ行くと掲示板に「天ヶ瀬 陽葵」を停学及び自宅謹慎処分にする張り紙が張り出されていた。観覧車付近で暴れている動画がSNSで拡散をされていたのだった。




