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第15話:静寂を切り裂く、青天の霹靂

 スマホをいじりながら、美月が淡々と口を開いた。それは、槍を降らせようと計算していた陽葵の思考も、プロットを練っていた俺の脳内も、春香の無邪気な笑顔も、すべてを等しく停止させる一言だった。


「天ヶ瀬さん、夜凪のこと好きなの?」


 …………。………………。


 図書準備室に、これまでの人生で経験したことのないレベルの沈黙が流れる。  時計の秒針の音さえ、今の陽葵の心音に比べれば爆音に聞こえるだろう。


「……は……はぁ?」


 陽葵の口から出たのは、聖女らしからぬ、ひっくり返った裏声だった。彼女は持っていたトングをカラン……と床に落とした。


「な、ななな何を仰るのかしら相川さん!私が、こ、この……この、ふ、不潔で、ふ、不衛生で、すすす、救いようのない、歩く事故物件のような、か、彼を……? 冗談は、あの、その、お顔だけにしてくださる……?」


「顔は関係ないでしょ。見てればわかるよ。独占欲、隠せてないし。あと、焦りすぎ。しらんけど」


 美月は一度もスマホから目を離さない。視線は画面にあるのに、陽葵の心臓を的確にハサミで切り刻んでいる。


「そ、それは管理ですわ!徹底した管理!猛獣使いが猛獣を檻に入れるのと、同じ理屈ですのよ!」


「へー。じゃあ、なんで春香が夜凪を体育祭誘ったとき、『他の泥棒猫たちにその『一生懸命な姿』を晒すなんて……! 私が許しません!』って言ったの?他の女子に見られるのが嫌だからじゃないの?猛獣使いは何人いても問題ないよね」


「それは……!それは、彼の不潔な菌が、全校生徒に蔓延するのを防ぐという、公衆衛生上の配慮で……!」

「一生懸命な姿を晒すこととそれは何が関係あるの?」


「……陽葵。言い訳が苦しすぎるぞ」


 俺が思わず突っ込むと、陽葵は「ひっ!?」と短く悲鳴を上げて、顔を真っ赤にして俺を睨みつけた。その瞳は、羞恥心で潤み、今にも決壊しそうだ。


「てか。大体、夜凪も夜凪だよ」


 美月がここで初めて、スマホを置いて俺をじっと見た。


「天ヶ瀬さんにこれだけ執着されて、嫌がらないどころか、慣れてるよね。……あんたたち、実は付き合ってんの?」


「「っ!!!???」」


 俺と陽葵の声が完璧に重なった。


「な……!違っ……!断じて、そのような破廉恥な関係では……!私がこんな、死んだ魚の目の男とつ、つつ、付き合うなんて、天変地異が起きても……!」


「あー、そっかー!」


 ここで、ようやく思考が追いついた春香が、手をポンと叩いて大声をあげた。


「天ヶ瀬さん、夜凪のこと大嫌いなんだね!よかったー、嫌いな人を一人で『管理』させるなんて可哀想だと思ってたんだよ!じゃあ、私が代わりに夜凪のお世話してあげるよ!」


 陽葵の顔から、一瞬で赤みが引いた。羞恥心を上回る、圧倒的な奪われる恐怖。


「………………」


 陽葵は、ゆっくりと床に落ちたトングを拾い上げた。その指は、かすかに震えている。


「……辻岡さん。今、何と言いましたの?」


「だから!天ヶ瀬さんが嫌いな夜凪を、私が引き受けてあげるって!体育祭の練習も、委員会も、私が一緒に――」


「死んでも、譲りませんわ」


 陽葵の声が、地平線の彼方から響くような重低音に変わった。


「好きとか、嫌いとか……そんな低次元な言葉で、私と彼の『檻』を定義しないでくださる?彼は……夜凪 湊は、私の人生という名の地獄を共にする、唯一の……唯一の、所有物なんですのよ!!」


「(……告白より重い言葉が出たぞ)」


 美月は再びスマホを手に取り、「あー、やっぱりね。お幸せに。しらんけど」と呟いた。


 美月の爆弾発言によって、陽葵の「管理」という名の嘘は、早くも副委員長たちに完全に見透かされてしまった。正体がバレかかった聖女のさらなる暴走が始まる。

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