第14話:聖女様の防衛線
◇◆◇◆◇
翌日。放課後の図書準備室には、これまでにはなかった異常な緊張感が漂っていた。四角いテーブルを囲むのは、委員長の陽葵、副委員長の春香と美月、そして更生対象の俺だ。
「……さて。正式に委員会が発足した以上、まずは活動ルールを決めなければなりませんわね」
陽葵は、もはや聖女の微笑みを放棄したような、どす黒い笑顔で書類を叩きつけた。その書類には、びっしりと細かい文字で禁止事項が並んでいる。
「第1条。夜凪君への接触は、すべて委員長の事前許可制とする。第2条。夜凪君との私語は、更生に必要な最低限の敬語のみとする。第3条。夜凪君に果物、および甘味を与える行為は、毒物混入と誘惑の恐れがあるため、即刻退学処分を検討する」
「(……全部私怨と嫉妬だろ)」
「えー!第3条、厳しすぎない!?せっかくリンゴ、うさぎさんカットにしてきたのに!」
春香がタッパーを取り出し、美味そうなリンゴを掲げる。その瞬間、陽葵の手がトングを閃かせ、そのリンゴを強奪した。
「(あ、またトングだ……)」
美月がスマホから目を離し、その奇行を脳内で的確に突っ込んだ
「没収ですわ!委員長の私が、まずは毒味(という名の完食)をいたします!異物混入がないか、私の舌で徹底的に検閲してあげますわ!」
「あ、ズルい!毒見っていって自分が食べたいんじゃないの?ね、美月もそう思うよね?」
話を振られた美月は、相変わらずスマホの画面から目を離さずにボソッと答えた。
「……私はどっちでもいいけど。てかさ、天ヶ瀬さん。そんなにルールで縛ったら、逆に夜凪が更生するチャンスを奪うんじゃないの?しらんけど」
「……っ。どういう意味かしら?」
「だって、更生って社会復帰でしょ。私たちみたいな普通の人と普通に接する練習をさせないと、いつまでも天ヶ瀬さんの近くでしか生きられないダメ人間になっちゃうよ」
美月の何気ない正論が、陽葵の心臓を的確に射抜いた。陽葵の目的は、俺を社会復帰させることではなく、自分の「檻」に一生閉じ込めておくことなのだから。
「そ、それは……!彼は特殊なケースなのですわ!一般的な社会性など、今の彼には猛毒でしかありませんの!」
「あ、そうだ!じゃあさ、体育祭の種目、夜凪も一緒に出ようよ!混合リレーとか二人三脚とか、みんなで協力すれば、一気にクラスの仲も深まるよ!」
春香が、陽葵にとっての最大級の地雷を笑顔で投下した。陽葵の顔が、みるみるうちに蒼白、そして憤怒の赤へと染まっていく。もし、俺が体育祭で活躍し、クラスの女子たちの注目を浴びようものなら――。
「(……体育祭か。小説のネタ探しには絶好の舞台かもしれないな)」
俺が少しだけ興味を示すと、陽葵の独占欲が臨界点に達した。
「……させませんわ。絶対に、させませんわよ。そんなことさせるわけがないじゃない。夜凪くんが太陽の下で、他の泥棒猫たちに一生懸命な姿を晒すなんて……! 私が許しません!体育祭の日は、学校全体を……大雨に、いいえ、槍を降らせてでも阻止して差し上げますわ!」
「(天候操作しようとしてるぞ、この聖女)」
「あはは!天ヶ瀬さん、冗談きついなー!てるてる坊主、逆さに吊るす勢いだね!」
「そんなレベルじゃねーだろ」
笑い飛ばす春香と、本気で槍を降らせる算段をしていそうな陽葵。そして、それらをすべて「ミナト」の新作のプロットとして脳内にメモし始める俺。
そんな中、美月が不意にスマホをポケットにしまい、冷ややかな瞳で陽葵を見据えた。
「てかさ」
図書準備室に、氷の張ったような声が響く。
「天ヶ瀬さん、夜凪のこと好きなの?」
直球。回避不能のデッドボール。陽葵の呼吸が止まり、トングで掴んでいたうさぎさんリンゴが、床に虚しく転がった。




