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第12話:聖女様の最終手段は、物理的なマーキング

「……負けた。人生で初めて、敗北という屈辱を味わったわ」


 放課後、いつもの図書準備室。陽葵はソファにぐったりと横たわり、天井を見つめながら虚空を掴むような仕草をしていた。


「…何に負けたんだよ。というか、ミカン一個でそんなに落ち込むな」


 俺が呆れながら椅子に座ると、陽葵はバネのように跳ね起き、恐ろしい速さで俺の膝の間に割り込んできた。


「ミカンじゃないわ!私の『聖なる威圧』を、あんなキラキラした笑顔で無効化されたのが許せないの!あの辻岡 春香……あれは人間じゃない。人類を滅ぼしに来た、天然記念物的なモンスターよ!」


「お前も十分モンスターだけどな」


 陽葵は俺の言葉を無視し、恭しく一つの箱を取り出した。


「いい? 湊くん。ルールが通じない相手にはもう『物理』で対抗するしかないの。……これをつけて」


「……なんだ、これ。首輪?」


 箱の中に収まっていたのは、光沢のある黒い革製のネックストラップだった。だが、カードホルダーの中には、信じられない文字が踊っていた。


『所有者:天ヶ瀬 陽葵(連絡先:内線001)特記事項:許可なく餌を与えないでください』


「……これ、生徒証を入れるやつじゃないよね?所有者って書いてあるし、特記事項が完全に野良猫扱いなんだけど」


「冗談じゃないわ。特注の『湊くん専用・不可視の檻(可視版)』よ。これを明日から、全校生徒の前でつけて登校しなさい。……いい?これで君が誰の所有物か、脳筋バスケ部員にも一目でわかるはずよ!」


「断る。恥ずかしすぎて死ぬだろ。あと不可視と可視が矛盾してる」


 俺が全力で拒否すると、陽葵は急に静かになり、俺のシャツの裾をギュッと握りしめて、今にも泣き出しそうな目で俺を見上げてきた。


「……湊くん。君がこれをつけてくれないなら、私……明日から辻岡さんの部活動中に、ずっと体育館で『般若心経』を爆音で流し続けるわよ?」


「……。わかった。つければいいんだろ、つければ」


 放送事故を未然に防ぐため、俺は仕方なくその「マーキング」を受け入れた。


 翌朝。俺は首から「所有者:天ヶ瀬 陽葵」と書かれたストラップをぶら下げ、死んだ魚の目をさらに虚無にしながら登校した。廊下を通る生徒たちが、ヒソヒソと指を差して笑う。

「(死にたい…もはやいっそ楽にしてくれ………)」

 大体のことはなんでもこなせるつもりだったが、これだけはさすがにこたえた。


「おい、見ろよ……ついに首輪までつけられたぞ」

「聖女様、管理が徹底しすぎだろ……。もはや飼育じゃん」


 そんな中、案の定あいつが現れた。


「おはよー!夜凪! ……って、何それ、新しいファッション!?かっこいいじゃん!」


 辻岡 春香だ。今日も今日とて、陽葵の意図を1ミリも理解していない。


「かっこよくないだろ。……これ、見ろ。『所有者』って書いてあるんだぞ。お前、これを見ても俺に話しかけるのか?」


 俺が自虐的にストラップを見せつけると、春香はそれを手に取り、まじまじと見つめた。


「へー、天ヶ瀬さんって、落とし物センターもやってるんだ!夜凪を拾ってくれてありがとうってことだよね!さすが聖女様、親切ー!」


 俺はその言葉聞いて心底驚いた。世の中にこんなに物事をプラスに考えることが出来る生き物がいたのかと。いや、天然なだけなのか。


 すると、背後から「ドォォォォォン……」とありえない地響きのような音が聞こえた。殺気という名の物理現象を身に纏い、茨城県の牛久大仏のように、そこには陽葵が立っていた。


「……辻岡さん。そのストラップに触れていいのは、この惑星で私だけですわ。今すぐその手を夜凪くんの『境界線』から引き離しなさい。……さもなくば、その手を永久にバスケができない形に整えて差し上げますわよ?」


「あ、天ヶ瀬さん!おはよう!これ、いいアイディアだね!私も美月につけてもらおうかな、よくはぐれるし!」


「な………っ!!」


 陽葵の額に、ド派手な青筋が浮かぶ。マーキングという名の威圧すら、「はぐれ防止の迷子札」として解釈されてしまった。


 陽葵はプルプルと震えながら、俺の肩を背後からガシッと抱きかかえた。


「……もういいわ。夜凪くん。明日からは、ストラップじゃないわ。……私の家の家紋を、君の首筋にタトゥーとして彫ってあげる。それも特大のを。……いいわね?」


「(極道だ……)」


 聖女様の独占欲は、天然の光に焼かれ、いよいよ常人の理解を超えた領域へと突入し始めていた。

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