17話
流石に急に予定を変えるのは部員たちにも申し訳ないという咲弥の希望を汲み取り、芽彩も委員会等々があったからそれに納得してすごくデジャブだけど後日、学校が終わった後図書館に行った。
図書館の中は、俺らと同じようにテスト勉強をしに来ている生徒が集まっていて、多分普段の図書館よりは少しざわざわとした雰囲気になっている。それでも本を読むのには気にならないほど静かさがある。
長机の端の席に向かい合うように両側で二人ずつ、咲弥と芽彩、俺と織部が隣り合うように座っている。
「よし、はじめますかぁ」
「よろしくお願いします」
織部と咲弥のその一言で勉強会が始まった。なんかこうやって人と集まって勉強するのは新鮮というか懐かしい気がする。
芽彩は鞄から教科書やノートを取り出し、机の面でトントンと揃えるしぐさをするとそれを机の上に置いた。その後首を挙げると少し顔を傾けて、そのまま零れ落ちそうなほどに垂れた眉と細められた目に、赤茶色の髪をさらりと下に流しながら俺らの方を見てきた。
「どうやって進める~?」
「そうだな、まず柴田は普段どんな感じで勉強してるんだ?」
織部は右腕を机に預けながら、咲弥の方に顔を向けてそう尋ねた。
「普段は授業でもらったプリントとか小テスト、ノートの内容をまとめたり、あとは教科書の問題を解いたりしてる」
織部と芽彩は二人そろってなるほどー予想通りという顔をしている。
「ふむふむ、ちなみに普段から授業の内容をまとめたりとかは?」
「してない……」
「予習復習は~?」
「してない、です……」
「じゃあさぁ、一回ノートとか見せて~藍もねぇ」
あんまり文字とかノートの取り方に自信ないんだけどなー。なんて俺の思いが通るわけもなく問答無用で俺のノートが奪われていく。
一通り俺と咲弥のノートを見終わった二人は、俺からすると何ともいえない顔をしているように見えた。いやでも二人は表情が分かりくいから、何を考えているのかは全く読み取れん。
織部と芽彩は、図書館だから筆談多めで何かを静かに二人で話している。
その様子を見ていた咲弥が、なぜか申し訳ないと言うような顔をしていた。
「すみません」
「いや何で謝るんだよ。別に柴田が全部悪いとか思ってないって」
「それ以前に咲弥は字が汚いねぇ~」
すごいドストレートに来た。織部も「全部は」って言ってるところで少しは思ってるってことだろ。
芽彩は目を細めながら手に持っている咲弥のノートを斜めにしたり、自分の顔をひねってみたりして分かりやすくノートの文字が読めないという風な反応をしている。
「藍は普通に字はきれいだし結構まとまってるからいいねぇ。咲弥のはまずなんて書いてあるのかよくわからないんだけど~」
「なんとなく書いてることは分かるけど俺も自信はねぇなー。まあ自分で読めるならいいけどさ」
「でも私たちが読めなきゃ意味なくない~?」
「まあそうだな。でも今そこをいろいろ言ってもすぐには変えられないし、それ考えて集中できなかったら意味ねぇし。まずそんな時間もないからなー」
俺の隣に座っている織部と向かいにいる芽彩はそう話している。
その様子を横目にふと斜め前の方を見ると、さっきの二人の会話を聞いた咲弥が若干精神的ダメージを受けて自分のノートを見つめていた。
勉強ができない申し訳なさと下手だと言われたことへのショックとでいろいろな感情が混じり、すごく複雑そうな顔をしている。
申し訳ないけど今の咲弥の様子はすごい面白い。
咲弥はちょっと大雑把だけどすごい素直だからな。怖そうな目つきと裏腹に繊細な心の持ち主ってこと。
「すねるなよ。別に字が汚いだけで全部取り返しがつかなくなるわけじゃないんだからさー」
「でも後のこと考えるなら直した方がいいよぉ~」
意識してみるだけでも結構変わるんだから、と芽彩が続ける。
なんか今日の芽彩は言葉が鋭いな。さっきから言葉が全部咲弥に直に刺さってる。
「それは一旦置いといて、おれらはこれからどうすればいいっすかね」
あんまりしゃべらない咲弥に代わって俺がそう言ってみると、織部は一度顔を上げ俺の方を見て、
「とりあえず、問題解くとか今までの授業の内容を見直して、分かんないところとかあったら聞いてくれ。俺は今から桜木と作戦会議するから」
そう言って織部と芽彩はノートや教科書を見て二人で話を続けた。
はい了解です。とりあえず自分なりにやってみます。
40分ほど時間が経ち少し手を止めて咲弥の様子を見てみると、ずっと同じ表情で教科書とにらめっこしている。手が全く動いていない、多分いつもと違う環境かつ変に気を張って集中ができてない。
咲弥を知らない人が見たらビビッて近寄らないんじゃないかと思うくらい、今の咲弥は超目つきが悪い。おもしろ……
いやそのくらい咲弥も本気でやってるってことだからな、俺も真面目にやろう。
「もう集中力切れたのか?」
見ていた教科書に視線を戻そうとしたとき、手元が陰り頭上から声が聞こえてきた。
「うるせぇな、お前らの動きが止まったから一旦区切りが良いとこまでやったんだよ」
「ふーん」
「作戦会議は終わったんですか?まだならまた続きやるけど」
「まーある程度は」
じゃあなんで今本棚の方から来たんだ?話しかけるだけなら座ったままでいいだろ。
「二人とも集中してたから、声かけるのは一段落してからでいいかなーって思ってさぁ。その間に資料で使えそうなのが無いか探してたんだよ。あとは普通に色々と面白そうな本を見てただけだ」
そう言って織部は手元に持っていたいくつかの本を机の上に置くと、俺の隣の席に座った。
こういうとこ見てると織部って結構ちゃんと真面目なんだなって思う。面倒見が良いというか、踏み込んでこないけどやることはやるというか。
まあまだ知り合って1か月も経ってないし、教えてもらう立場の俺が言うのもなんだけど。
「一段落着いたならいったん休憩しようぜ。集中が続かないのにやり続けても意味ないからな」
そう織部が咲弥に声をかけてきたのをきっかけに、俺らは一度休憩をはさむことにした。
俺たちが勉強している間に芽彩と織部がお茶を買ってきてくれたらしく、荷物を置いて一瞬外に出るとみんなでそれを飲んで一息つく。
「勉強ははかどりましたかぁ~?」
「……まあまあかな」
俺も正直あんまり。こういう静かで明るくて広い場所は慣れない。
普段ならすぐワサビとか誰かしら俺のところに寄ってくるから、周囲に誰かがいるのに静かな環境は不思議に感じる。
「いつもと違う場所だと少し落ち着かない。普段は弟妹たちが騒いでるから、静かすぎて逆に周りが気になる、感じがする……」
「おれも似たような感じだな。うちの場合は兄弟じゃなくて犬猫の方が多いけど」
邪魔されないときは、代わりに後ろではしゃいでる気配を感じることはよくある。
そんでたまにその中に姉が混ざっている。
マジでそれを”俺の部屋”でやる意味が分からん。思い出すだけで少しムカついてきた。
「その分、気は逸れにくかっただろ?自分の部屋とかだと置いてあるものに目が行って気が散ることも多いからな。それが動いてるならなおさら、集中どころかまず内容が頭に入ってこないだろうし」
「集中してればそんなの気にならなくなると思うけどねぇ」
まぁ、場所に関しては何回か来たら慣れるだろ、と織部は続けた。
「それより、分からないところはなかったか?」
「分からないところがどこか分からないです」
咲弥の言葉を聞いた織部がうーんと目を閉じて唸っている。そりゃそう、ちゃんと分かってたら今困ったりしてない。
「やっぱり一対一で教えた方がよさそうだな」
「そうだねぇ~内容について簡単に確認して、どこが自信がなさそうとか間違った覚え方してるとかをまず私たちも含めて理解した方がよさそうかもぉ~?」
おおーなんかそれっぽい。
「よし、じゃあ中戻ったらさっきやってた場所を、解き方も含めて柴田は桜木に、藍は俺見せてくれ。もしメモとかあったらそれも全部見せろ」
「わかった」
俺たちは図書館に戻り席に戻ると、さっきと同じ席に座った。
図書館で大声で話すわけにはいかないので、今回は問題をメインにそれを俺が解いたメモや解答を見ていき、たまに織部に聞かれたところについて俺の解答の理由を答えていった。
「ここ何が違うか分かるか?」
「これが違うのは分かるけど、どれを使えばいいのかが分かんない」
「そこはー……」
一通りさっき解いていた問題の確認をした後、織部がそれぞれの危うそうだった問題の解き方をわかりやすく説明してくれた。
間違えたところはどこが違ったのか、何が理解しきれていないのか、どこを覚えるべきなのか。
何なら間違え方から俺の癖を見つけて、その直し方まで俺が覚えやすいだろう方法で解説してくれた。多分学校の先生よりも他人への物事の説明が上手い。
「そうだな、俺だったらー……」
少しでも俺が気になったところを聞いたら、関係ないことも含め全部こたえてくれた。本当になんでこんなところにいるんだろうと思うくらい勉強も説明も上手い。
多分地頭が良いんだろうな。普段と全然違いすぎて不思議通り越して若干不気味……
「なんだよ、俺見てねぇで問題見ろよ」
ああ、はい
ただひたすら手を動かしているうちに、やる予定だった範囲が全て終わった。切りも良く今日は自分なりにやるということで、織部とは分かれて俺は学校から出た課題の方に手をかけ始めた。
咲弥たちの方はどんな感じになってるかと思い、顔を完全に上げずに向かいの席の方に目を向けてみる。
咲弥と芽彩はそれぞれが机に向かい、何か話しをすることなくただ黙々と手を動かしていた。
咲弥が完全に手を止めるとその様子を芽彩が少し見て、完全に止まっているときは自分のノートに書き込みをしたものや教科書を見せたりしながら説明していた。
とりあえず今日は自力で解いて、自分が分からないところを理解することだけをやっていたらしい。
芽彩に教えてもらうまでよりは明らかに結構進んでいた。
「最初言われたときは思わなかったけど、柴田があんな感じなの本当に珍しいなぁ。怖そうな顔して唸ってる顔見てるだけで面白い」
俺と同じように咲弥の様子を見ていた織部が、声を潜めてくくっと笑ってる。楽しむのは自由だけどあんまりいじったりするなよ。




