第8話・誤れる道に救いを
「…ここは………」
重い瞼を開き意識が覚醒した視界に、木造の天井が見える。
先程まで見ていた真っ白な景色に比べればあまりにも現実的な光景と、暖かい毛布に身を包み込まれた今のアグルナムの状況は誰かに救助されて命を繋いだことを意味していた。
「……づッ…!」
身体を起こし周りを確認しようとしたが右肩に激痛が走り思わず顔をしかめてしまう。
肩口を確認するとぎっちりと包帯が巻かれており、腫れた顔にも貼り物が付いていて、手厚い治療を受けたことが伺える。
「あっ……」
「……!」
声のした方へ振り返ると小さな背丈をした少年が、水分を含んだハンカチとタオルを両手に所有しており、意識が覚醒したアグルナムを見てぽかんと佇んでいた。
「おじさーん! 起きてるよー! 男の人ー!」
「なにッ!?」
少年が奥にいる何者かへ呼びかけると、バタバタと足音を響かせてアグルナムの元へと駆けつける。
「貴方は……」
「あぁ……良かった……」
駆けつけた者は賊に襲われていた中年男性であった。
「本当に……本当にありがとう……!君がいなかったら私は……!」
「いえその……」
「取り込み中で悪いが良いかな?」
「あ…クーヴァンさん……」
「リュク君の起きたという声が聞こえたのでね、確認したいことがあって訪ねさせて貰ったのだが…」
「…………」
「とりあえずこれを食べなさい、すり下ろしたリンゴだ。
一日中目を覚まさなかったんだ、腹が空いているだろう」
「……ありがとうございます……」
軽鎧に身を包んだ推定40歳前半ほどの雰囲気をした無精髭が目立つ2枚目風の男は、アグルナムを乗せたベッドの隣に椅子を持っていき、その椅子に座り込んで木製のスプーンを用いてすり下ろしたリンゴをアグルナムの口へと運ぶ。
顎が痛むため噛む力が弱っているアグルナムは啜るようにリンゴを飲み込んだ。
「……ごちそうさまでした」
「まだ身体が痛むだろうが……話をしても良いかね?」
「……えぇ」
すりリンゴが入っていた小さな器を影で見ていたリュクと呼ばれた少年に渡し、姿勢を俺へと向き直した軽鎧の男はアグルナムへ質問を行う。
「私はクーヴァン・サミュエルズ、このザム村のベルヴェム公国駐在軍の責任者だ。
君の名前はなんというのかな?」
「アグルナム・グロリア……」
「アグル……ナム……変わった名前だね」
「呼びづらいならアグかグロリアでだいじょうぶです…」
「では……アグ君、まずはこの村人……ダルカンの命を救ってくれたことに感謝する」
「すまないアグ君……私が公国軍への護衛の依頼料をケチって黙って村を発った挙げ句、公国のバザーに朝早くから商品を並べるために夜に発つなんて欲張ったりしなければ、こんな目に合わずに……君は私の命の恩人だ……」
「そんな……俺は……」
「慌てた様子で村に戻ってきたダルカンに、賊に襲われたことと賊から逃がしてくれた若い男の話を聞かされてね。
駐在軍を動員して現場へ急行する最中に、道で倒れていた君を発見して村で保護させて貰った。」
「ご迷惑をおかけしました……」
「とんでもない、それで君を保護した人員とは別に現場へ急行したのだが…そこには5人の賊が倒れていた。」
「……ッ」
「あの賊達を……君は一人で倒してしまったというのか?武器を携帯し、体格にも優れて、公国軍人を殺害した実績のある元軍人の大男であるラングが統率する賊を……しかもそのラングを君は……」
「俺が……やりました……」
「なんと……若いのに随分体格に優れているとは思ったが……」
「俺は……!人を殺しました……!あんな酷い殺し方を……!」
「……正当防衛だ、君の首には扼痕があった。
賊に絞殺されそうになった抵抗の果てに殺めてしまったならば誰も咎めはしない」
「でも…あそこまでやらなくても良かった……!本当は殺さずに倒して逃げ切れたはずなのに……!俺は……罪を償わないといけない……!」
「そんなに卑下しないでくれ……君は私の命を救うために戦ってくれた英雄なんだよ」
「そんなんじゃない……!俺はただ……友達を裏切った自分が許せずに……自暴自棄になっていただけで……!」
「……友達を裏切った…か、良ければ何があったのか聞かせてくれないか? 君のような強い男が自暴自棄になるほどの出来事を……嫌ならば良いが……」
「……一緒に旅行をしていた親友二人の、幸せそうな姿を見て劣等感に駆られた俺は二人から逃げたんです……。
俺のことを大事に思っていてくれる二人に何も言わずに姿を消して……今でも心配しているに違いない……!」
「……」
「友達を裏切って、人も殺して……人の道を誤り続けている……だから、償わなくちゃ駄目なんです」
「確かに……誤った道を君は今進み続けているのだろう」
「ク、クーヴァンさん……!」
「だが……君が誤った道に進んだからこそ救われた生命が確かにあるのだ」
「……ッ!」
「人間正しい道だけ歩めるわけでも、正しい道だけ歩き続けることが正解というわけでも無い。
君が道を誤りつつも闘うことを決意したおかげで、本来失われるはずだった生命が今ここに存在していられる。
誤りながらも……君の心は正しくあろうとしたんだ。
その心があるならばいずれは正しく進んでいけるさ」
「……ッ」
「だから……あまり自分を卑下せず、ゆっくりと償っていけばいいのさ。
まだ若いんだ、焦っていたら本当に戻れなくなるよ」
クーヴァンはアグルナムの左肩に優しく手を置き、諭すような笑顔を浮かべる。
その顔を見たアグルナムは少しだけ笑顔を取り戻した。
「……優しい人の言葉は心に響きますね……意識を失っている間に見た夢で……亡くなった母さんが出てきて、生きていくのが怖いことを伝えたら励ましてくれて……」
「なら尚更頑張らないといけないね、お母さんに心配をかけないように。
とりあえず君はこの村で休んでいきなさい。」
「そんな……迷惑では……」
「迷惑なものか、むしろそんな重傷を抱えたまま村から出られる方が心痛いよ」
「そうだよアグ君、幸いここは今は誰も使っていない空き家なんだ、好きなだけここにいておくれ。
命の恩返しとして生活は私に支援させてほしい」
「そんな……!悪いですよ」
「好意は素直に受け取りなさい、ああそれと賊は軍が対処したということで国には報告させてもらうよ」
「えっ……」
「大物を対処できたら国からの評価が上がるからね、君の手柄は私が横取りというわけだ。
だから…君がラングを殺害したという報告も無しだ」
「でも……」
「話は以上だ、無理せずに休みたまえ」
クーヴァンはリュクに預けていた器を受け取り空き家から去ってゆく。
それを見計らってずっと影で話を聴いていたリュクはアグルナムに近づき話かける。
「良かったな兄ちゃん!罪に問われなくて」
「よ、良くは無いよ……殺した事実は消えないんだ」
「賊に罪悪感なんて持っても仕方ないって、それよりさ!兄ちゃん1人で賊を倒したんでしょ?すっごいなぁ!どんな感じに倒したのー?」
「こらリュク、アグ君は怪我をしているんだ、今はそんな話をするんじゃない」
「ぶー、じゃあ怪我治ったら教えてよね!僕はリュク!村一番の猟師の息子!それじゃあねアグ兄ちゃん!」
「アグ兄ちゃんて……」
束ねた茶髪をたなびかせながらドタバタと慌ただしく去ってゆくリュクを見てアグルナムの心情に温もりが灯った。
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それから一月。
闘いの傷が癒えた頃、村人達に手厚い歓迎を受けて日々を過ごすアグルナムはその日、村の長と今後について話をしていた。
「アグ君……ザム村に残ってくれるという話は考えてくれたかね?皆きみのことを気にいっている。ただでさえ若者が少ないこの村に君が残ってくれると色んな意味で助かるのだが……」
「……俺には帰るべき場所があります、でも今の情けない自分の姿を見せたく無いという気持ちも強いです。
この村は本当に良い場所で……正直ここにいたい気持ちはあります。
ただ自分から逃げるための言い訳にザム村を使ってしまうようで……」
「では……こういう考えはどうかな?村へ恩返しをするという目的を持って残る……それならば後ろめたいことは無いだろう?」
「恩返し……確かに俺はまだこの村に命を救われた恩を返せていない……」
「どうだろうアグ君…君がやるべきことを見つけたのなら何時村を出てくれても構わないから、残ってくれると私も嬉しいよ」
「………………」
――取り返しのつかない自分の罪。
いずれその罪に向き合う覚悟を持つまで、この村で人として正しい行いを積み重ねたいという気持ちと、死ぬはずだった自分を救ってくれたザム村へ恩返しをしたいという気持ちが迎合した。
「……不束者な自分ですが、お世話になってもよろしいでしょうかッ!!」
「あぁ……もちろんさ、こちらこそよろしく頼むよ」
――こうして俺はザム村の住人となり、村人のために働く便利屋として恩を返す日々を過ごすようになったんだ――――




