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ドラグスケイル:オーバーステラ  作者: 伊丹巧基
第一章 竜と少年少女たち
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013

「なに!? アルトゥバンが見つかったか! こうしてはおれんな!」


 郊外の森の中の洋館で優雅に紅茶を飲んでいたゼプトが立ち上がる。その向かいには行町が座っており、彼の元に入った報告がそのままゼプトの耳にも入ったのだ。


 行町(あるきまち)は報告の内容よりも、それを聞いたゼプトの反応に苦い顔をした。そんな行町の表情を気にする様子もなく、ゼプトは歓喜をたたえた笑みで肩を回す。


「我は出るぞ。これは好機だ。SHELFの輩どもの妨害が入る前に我が全力をもって沈めてくれよう」


「待て、ゼプト。それはダメだ、許可できない」

 行町は険しい顔でゼプトに口をはさんだ。その瞬間、ゼプトの眉間にしわが寄る。しかし行町も一歩も引く様子はない。座ったままゼプトの視線を受け止めている。


「……それは命令のつもりか? 行町」


「命令ではないさ。前に君が言ったとおりだ、ゼプト。僕と君は対等ではない。僕は所詮極東の木っ端代表、君は本部直々の最高戦力だ。僕が君にできるのは要請までだ」


「なら我が何を言いたいか分かっているのではないか」


「もちろん。だが、だからこそあえて『要請』したんだ、ゼプト」


 そう言って行町が立ち上がった。そしてつかつかとゼプトの正面に歩み寄る。


「この要請には従ってもらう。君自身の意志で承諾した、という体でね。それとも僕の言っていること、本部の猪武者には理解できないかな?」


 ゼプトのこめかみに青筋が立つ。その手が怒りで震え、今にも行町ごと掴みかかり引き裂きそうな勢いだ。そしてその怒りの目線を行町は泰然とした表情で受け止めている。


 行町に報告をしに来た復元機関の部下はすでに真っ青になっていた。ゼプトの執事の男だけが一切表情を変えずに立っている。


「貴様……随分と大きく出たな。それが何を意味するのか、本当に分かっているのか?」


「そこまで言うだけの理由が僕にはある。この街は日本支部の膝元ではあるが、大多数は本当に無関係の一般人だ。夜間はともかく、日中にここでの作法に不慣れな君を出すわけにははいかない」


「だがここで取り逃すわけには行かないのだぞ! 千載一遇の機会なのだ。もう二度とシルヴァ・ヤーネフェルトと対峙できないのは残念至極、しかし今なら容易く捕らえることができるというのに!」


 吼えるゼプトを前にしても、行町の表情は微塵も揺るがなかった。


「もう一度言うぞ。この街には数十万の一般市民が暮らしているんだ。アンタが普段暴れ散らしている北欧のド田舎とはわけが違うんだよ。――ゼプト、お前が誇り高き騎士道を掲げるのは構わないが、あの過剰な破壊の余波で何万何千の犠牲者を出したらどうなるか。それはこの国での活動の終わりを意味する。お前は本部から何らかの処分を下される。お互い共倒れになるんだ。そのことが本当に分からないのか?」


 ゼプトはその言葉にハッとさせられたよう黙り込んだ。その表情には一瞬、自分の不明を恥じたような色が浮かんだが、まだゼプトは行町を睨みつけるのをやめない。それを受け止める行町もまた一切動かなかった。数秒間そうしてにらみ合っていた二人だったが――ゼプトがフン、と鼻を鳴らすと視線をそらした。


「……認めよう、行町。たしかにお前の言う通りだ。パラヴァタクシャの力は多数の市民の前で振るうものではない。これは我がやや早計だったな」


 そのまま椅子に戻ると、先ほど飲みかけていた紅茶のカップを手に取り、匂いを嗅いだ後で口をつける。


「貴様の要請を受けよう。だがどうするのだ。まだアルトゥバンをたった1機で相手をしているのだろう? これで取り逃しでもしたらどうする?」


 すでにゼプトは先ほどの冷静さを取り戻していた。同様に行町も立ったままではあるが、先ほどの激高したそぶりは微塵もない。


「今アルトゥバンと対峙しているのは僕の直属の部下だ。優秀だが少し詰めが甘いところがあってね。相手を捕まえられるかは分からない。しかしその上で、奴をこの街の外に出さないことは保障しよう。もちろんSHELFの手に渡すつもりもない」


 そういって、先ほどまで立ちすくんでいた部下に耳打ちすると、外に続く廊下のほうへ足を向ける。


「というわけで、僕も部下を連れて急ぎ駆けつけるつもりだ。少し出遅れているから間に合うかは分からないが」


「ああ、貴様の健闘を祈ろう」


 部屋から出る直前、行町が歩みを止める。


「それと、僕の越権行為については謝罪する。今のこと、本部に報告したければするがいい」


「フン、そんな女々しく泣きつくような真似など我はせぬ。大見得を切っただけの成果を見せてみることだな」


 それだけ言ってゼプトは再びティーカップを見つめ、背後の執事に声をかける。


「ぬるくなってしまった。おい、パルメジャーノ。もう一杯もらおうじゃないか」


 パルメジャーノ、と呼ばれた執事は何事もなかったかのようにうやうやしく一礼し、紅茶のティーポットに指をかけた。




 洋館から出た行町は、そのまま自身の車に乗り込むと、出発する前に一つの回線に接続した。


「こちら行町。灯音、今から増援を送る。僕も〈羅泉(らせん)〉でそっちに行く。15分後に合流しよう。返答不要」


 インカムからは応答すらないが、彼女なら認識しているはずだ。インカムを切ると行町はシフトレバーに手をかけた。


「……宙匣の魔人、宇宙の向こう側を見た魔人、か」


 誰にも聞こえない声で呟いて行町はハンドルを切る。一瞬その目が何か遠くを見るように燃え上がり、自嘲的な笑みを浮かべたが――次の瞬間には、普段通りの夜の海を思わせる面持ちに戻っていた。

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