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ドラグスケイル:オーバーステラ  作者: 伊丹巧基
第一章 竜と少年少女たち
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012

「ごめんセツカ! 見つかっちゃった!」


 そう言いながら息も切らさないルーネの横を、同じスピードで走る。そのまま階段を登り、無断で従業員通用口の扉を勢いよく開いた。


「仕方ないだろ! たまたま会っちゃったなんて! しかも伊里院さんと!」


 トイレに行っていたルーネを待つあいだ本屋に寄っていたのだが、こちらに全力ダッシュしてきたルーネの様子を見て何かあったのだと把握したのが1分前。


 走りながら状況を聞いた限りだと、伊里院さんと出会したのは偶然のような気がした。昨日どうにか回避できたのになんで運が悪いんだ。都合の悪いことだけは普通に起きる。


 後ろをちらりと振り返ると、歪んだ空気の塊がこちらを追いかけてきていた。正体は分からないが、何か鳥のような翼が時折ちらつく。少なくとも意志をもってこちらを追いかけてきている。


「で、どっちに逃げるんだ!? 外か? 電車か?」


「ううん! 屋上に逃げよう!!」


 そう言ってルーネの向かった先にあったのはビルの非常階段だった。


「行き止まりじゃねーか!?」


「大丈夫――そこでアルトゥバンを出すから!」


 そう言いながら屋上への階段を上るルーネのお尻を追いかける。体力だけならそこそこ自信があったし、前よりも竜の炉心のお陰か動けるような気がする。それでもルーネの方が動きは機敏だ。判断力の差、ということなのだろうか。


 『STAFF ONLY』と書かれたチェーンをルーネは何の躊躇もなく無視して、屋上の扉に辿り着く。ようやくその背まで追いついて振り返ると、さっきの空気の塊は追ってきていないようだった。


「なんだったんだ、あれ」


「多分あれは竜術仕掛けの小型ワイバーン。今風に言うなら竜術版ドローンって感じ。狭い階段に入ってこれないと思ったけど当たってたみたい」


「あれも伊里院さんの竜術なのかな」

「分からない。使役だけなら割と誰でもできるし。でも透明化――視覚妨害までついてるのは初めて見たかな。日本の復元機関も結構頑張ってるんだね」


 ふう、と一息つく。少なくとも10階分くらいは一気に登った気がするけれど、そこまで呼吸が乱れない。この程度、竜からすれば散歩みたいな運動量ということなのか。


 屋上に出る扉の前では、ルーネがかがみこんでドアノブでカチャカチャと何かをいじっていた。


「何してんだ?」

「そりゃ、ここ開ける必要あるんだから、っと……」


 直後、ガチャリという音がしてドアが開く。


「すごいな、それも竜術なのか?」

「ううん、これは普通にキーピッキング。シリンダー叩いてこじ開けるやつね」


 ルーネがそのままポケットに針金のようなものをしまう。開けた方法はそれか。


「……なんか犯罪者みたいだな」

「シルヴァから教えてもらったんだ。よく二人で放置された別荘とかこじ開けて使ってたから」


 たくましいな、と苦笑している間に、屋上のドアが開いた。吹き込んできた風に、ルーネの髪の毛が揺れる。町ビルの屋上はいくつかの管理用の倉庫と巨大な空調、それにヘリポートがあるのだだっ広い広場になっていた。やはりここは行き止まりだ。それからルーネがくるりとこちらに向き直った。


「セツカ、準備はいい? 今から乗るよ。アルトゥバンに」


「え? ここで出すのか?」


 心の準備はできていたけれど、そんなすぐに乗り込むとは思っていなかった。しかしルーネの表情は険しい。


「あのワイバーンはあくまで私たちの行き先を追跡する斥候。本命は必ず竜術機で来る。あのパラヴァタクシャが来るのか、それとも別の奴が来るかは分からないけど、私たちは備える必要がある。出てきた相手を手早く倒して逃げ切る必要が、ね」


 パラヴァタクシャ。あの触れるものをすべて破壊する悪魔の竜術機。その当人かそれと同等かもしれない竜術機の襲撃が目前に迫っているわけだ。


 不思議と恐怖は感じなかった。数日前の夜に覚えた恐怖は思い出すだけでも二度目はごめんだ、と思っていた。なのに今この瞬間、自分はアルトゥバンにもう一度乗りたいと思っている。今度はうまくいく、今度は。無根拠な自信がそこにあった。


「分かった。乗ろう」

「うん、そうだね」


「……」

「……」


 そのまま空を見つめていたが、しばらくして急にルーネに小突かれる。


「……え?」

「え、じゃない。なんで呼びださないの?」


「え、呼んでくれよ」

「ダメよ。アルトゥバンは一応セツカのものなんだから。セツカが呼ばないと」


 二人して突っ立っていた時間がバカみたいだ。


「そうなのか? で、どうやって呼ぶんだ?」


「うーん、前も言ったけど、セツカとアルトゥバンはパスでつながってるから……来い! とか念じながら言えば来ると思う」


 念じる。毎回言われるたびにどうしたらいいか分からない。だけど、今は前よりもできるような気がした。そもそも、俺の先代――シルヴァという人も、何も分からない状態でルーネとともにあの赤いロボットに乗って来たのだ。


「よし……」


 大事なのは、それが手元に来るという確信。少し空のほうに顔を上げて、すうっと息を吸い込む。


「来るんだ、〈アルトゥバン〉!!」


 声に疑いは微塵もない。そこにしっかりと来るという確信。その想像した情景のとおり、一瞬強烈な風が吹いたかと思うと、どこからともなくアルトゥバンは現れていた。


 明るい場所で見たのはこれが初めてだ。人型のロボットというよりも、重厚な鎧と一体化した巨人といったほうが近いのかもしれない。その表面の赤い装甲と、内側から覗く骨状の装甲が交差し一つの機械の肉体を構成している。とても人が作り出したロボットには思えなかった。


 そしてそのロボットの上面、頭と背中が花のようにガシャ、と開く。


「よし、呼べたねセツカ。早く中に乗り込んで。もう近くまで来てるかも。ううん、確実に来てる。まずは戦うしかない」


 そう言ってルーネがアルトゥバンに触れると、吸い込まれるようにルーネの姿が消えた。


 そのあとに続くようにアルトゥバンの膝に足をかけて操縦席の中に乗り込む。前に乗った時は気が付いた時点でこの中にいたから、自分の意志で乗り込むのは初めてだった。特に突っかかることもなくするりと座席につくと、頭上で開いた上面側が噛み合うように閉じる音がして、視界に周囲の光景が映し出される。不思議とこの座席は、自分の座ったことのあるどんな椅子よりも落ち着いた。


『うん、アルトゥバンもおかえりと言ってる』


 その言葉と同時にルーネの映像が視界に映る。


「ん、こいつに意志なんてあるのか?」


『さあ、分かんない。でもそういう雰囲気を感じるんだよね。まあ、シルヴァは気のせいじゃないのって言ってたけど』


 おかえり、か。悪い気はしない。誰かにそう言われるのは久しぶりな気がした。


『あ、竜気の反応が近い――来る!』



    *****



 アルトゥバンの出現した隣のビル、その屋上の一角に灯音は駆け上がる。少し息を切らせて上った先、屋上のドアを蹴り飛ばした先にはすでに大きな人影――彼女の竜術機が鎮座していた。


「おっけー、自動手配マジ便利!」


 そのままイアリングに隠された起動キーを押すと、竜術機の上面が勢いよく開く。登場用のステップを器用に登りながら、そのまま座席にぼすっ、と鈍い音を立てて座り込む。


 座席に置いてあった専用のジャケットを羽織りながら、正面のタッチパネルやモニターに表示された項目を手早く押していくと、上面の装甲が閉まり、周囲の景色が映し出される。


「よっし……この前の損傷は全部治ってる」


 この前というのはまさに二日前、最初にアルトゥバンを取り逃した日だ。記念すべき初出撃の日は、そのまま初撃墜の日になった。だが今日は同じようには行かない。


 さっき一瞬飛竜の視界を見たとき、魔人の横を走っていたのは、金髪のサングラスをかけた青年だった。あれが魔人のパートナーということだろうか。灯音は流天の操縦席で起動準備をしながら考える。


 もしかしたら本当にパートナーはあの空木くんではなかったのかもしれない。もしそうなら、自分は自信満々で無関係の第三者を犯人だと思っていた、ミステリー漫画の間抜けな脇役刑事みたいだ。空木くん、疑ってごめん。そんな不安と恥ずかしさがこみ上げてくるのを振り払う。


「……ま、とっ捕まえれば分かるっしょ!!」


 飛ばしていた飛竜の視界をもう一度確認し、駅ビルの屋上に竜術機の反応あり。復元機関の機体ではない以上、そこにいるのはもうアイツしかいない。


「おっけー、みたらし。もうOK。あたしのところに戻ってきて!」


 呼び戻す間に自身の機体を立ち上がらせる。隣のビルまでは直線でも60メートルほど。この距離は普通の竜術機には移動できないだろう――普通の竜術機なら。


「よーし、『流天(るてん)』、出撃っ!!」


 その言葉とともに、流天の腰元のスカートが展開し、その足がふわり、と屋上から浮き上がる。何かを噴射して飛び上がっているわけでもなく、浮遊、としか言い表せない非現実的な移動方式で隣の駅ビルに向かう。質量を感じさせない動きで流天が駅ビルの一番高い給水塔の上に着地する。


 その眼下――屋上の広間の中心に標的――アルトゥバンの姿があった。灯音はつばをごくりと飲み込む。やっぱりあの子は空匣の魔人だった。でなければこの場所にこの竜術機がいるはずがない。


「やっぱもう乗り込んでるよね……時間かけすぎちゃったなあ」


 アルトゥバンが待ち構えていたようにこちらに目を向けた。あのパラヴァタクシャですら手を焼く特別な竜術機。竜骨に赤い鎧をまとった戦士を思わせるその機体は、乗り手が変わっても相変わらず恐ろしいプレッシャーを放っている。


 心なしか手が震えている。おとといの時は一方的にやられたのだ。だけど今回は使い手は別人のはずで、あのシルヴァという人ほどの技量はないだろう。それに私だって演習として竜術機と戦ったことはあるし、行町にだって何度も勝っている。それに今の相手は私の『流天』という機体を知らないはず。今回はあそこまでの圧倒的な差はない。だからこれは武者震いなんだ、と灯音は自分自身に言い聞かせる。


「さあ、来いっ! あたしの流天が相手だーっ!!!」



    *****



『なにアイツ。今、飛んできた……!?』


 屋上に現れた敵を見て、ルーネが驚いたようにつぶやく。パラヴァタクシャでなかったことに一瞬安堵してしまったが、それよりも目の前にやって来た機体だ。


 白い装甲に青いラインの入った竜術機。腰にはスカート状の装甲が取り付けられており、手には杖のような武器を携えていて、ファンタジーに出てくる魔法使いを連想させる外観だった。 


「初めて見るやつか?」


『ううん、この前シルヴァを襲撃してきた奴らの中にいた気がする。でも正直あの日は切り抜けるのに精いっぱいで……見た目的に近いのは復元機関本部が最近開発してた〈ワイヴァ―ンⅣ〉に近いけど、あんな浮遊能力も武器も初めて見る。正直何をしてくるのか全然予想できない』


 相手はこちらの様子をうかがっているようだった。こちらが手ぶらで油断しているのか、それともこちらの攻撃を待ち構えているのか。


「……ま、何はともあれこっちも武器だよな」


 最初の日に呼び出したイメージをもう一度思い浮かべる。来るという確信が必要なら、まず一つ、確実に呼び出せるものからだ。


「第一の――牙!」


 その言葉通り、アルトゥバンの手には一振りの剣が現れる。ここまでは想像通り。


 では次に必要なのは何だろうか? もう一振りの剣なのか、それとも遠距離に対応する銃なのか。この前他の武器を呼び出そうとして失敗したとき、自分はその時自分が欲しいものをやみくもに答えた。その結果武器は何一つ現れなかった。


 前提が違うのだ。この機体はすでにあるものの中から適切なものを呼び出す。呼びかけ方はそれぞれだが、イメージするのは武器そのものじゃない。必要なのは一つの太古の生物、それを構成する一つの部品。このロボットの名にも冠されるその生き物から何を取り出したいのかを明確に、そして来るという確信を持って呼び寄せる――!


「来い、『第二の鱗!』」


 その瞬間、アルトゥバンの空いた左手にそれなりの大きさの逆三角形の盾が出現した。


『あっ! それシルヴァも使ってたやつ! 出せるようになったの?』


「うん、多分な。コツがわかってきた気がするんだ」


 この前みたいな記憶の流入はなかったが、それでもこの盾を取り出したときに懐かしさを覚えた。あの日見た会ったことのない女性との記憶もまた、この機体の一部なのだ。


 目の前の竜術機は給水塔の上に立ったままこちらを見下ろしている。


「来ないなら、こっちから行くぞ……!」


 パラヴァタクシャの時のように逃げ回るのではなく、今度こそ自分は戦うのだ。覚悟を決めて、強くグリップを握りしめた。

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