3話。共通の敵
しばらく令嬢のターンと言ったな?
あれは(ry)
おう。俺だ。ベシータ様だ。
令嬢とメイドを人里近くに放り投げて集落に帰ってきたんだが、森の外は何とも面白いことになっていやがったぜ。
「つまり、森の外には人間が暮らす地域と魔族が暮らす地域がある。それで魔族の領域は大きく分けて7つあって、そこにはオークの王みたいな強さのやつらがいる、と?」
「そうだ」
族長が簡単にまとめたが、そんな感じだな。
具体的には、BP10000前後のやつが6匹。5000~7000の奴らが約70匹で、2000~4000の奴らが数千ってところだ。それ以下は知らん。
これで何を言いたいかっていうとだな。
「世の中、上には上がいるもんだ。まだまだ強いやつはゴロゴロいる」
こいつらのレベルアップにちょうどいい強さのやつらがゴロゴロ、な。
「……確かにそうみたいですね」
いやぁ。この森で族長より強いのはもう1匹しかいないからな。どうやってレベリングをしたもんかと考えていたんだが、あっさり解決したぜ。
もちろんこの森で暮らすことだけを考えるのであれば、こいつらにこれ以上の力は必要ない。
だがな。この森で唯一生き残っているキングが攻めてくる可能性は皆無ではないし、なにより世の中ってのは、普通に過ごしたいと思っている奴から死んでいくんだ。
奪われないためには鍛えるしかない。
今までの鍛錬でランニングだの令嬢やメイド相手の組手だの俺に対して全力で攻撃を放つ訓練だので技術的な面での鍛錬は十分できていたんだが、BPの底上げ、つまりレベルアップはできていなかった。
そこで見つけたのがこいつらだ。こいつらこそ令嬢やメイドのときも考えていた都合のいい強さの敵ってやつだぜ。
こいつらを使ってより効率的なレベリングを行い、地盤を固めてやるぞ。
つーか想定していたよりも数が多いんだよな。間引きしつつ攻撃を受けたときに対応できる戦力を作っておかないと後々面倒になる気がしてならねぇ。
理想としては、班長の01、02、03、04を4000くらいにして、族長を5000~6000程度にする。それから令嬢とメイドを7000程度まで上げてやれば十分だろう。
あとは各自でスキルや魔法を覚えればこの世代は問題ない。子供の世代になったらこいつらにパワレベさせればいいだけって寸法だな。
「差し当たっては……海を目指すか」
いずれ他のところもやるが、まずは海からだ。
「うみ?」
「ん? デカい水たまりのことだ。知らんのか?」
潮があるかどうかはわからんが、スカウターで見た限りだと海っぽい地形があったからな。だからおそらく海は存在する。その中で今回目指すのは当然BP10000の奴がいるところだ。
漁やレジャーをするにあたって一番危険そうなやつを真っ先に潰しておく所存である。
「え、えぇ、正直な話アタシらは森から出たことすらないんで」
「なるほどな」
そりゃそうか。この森には水場もあるし池もあるから水は足りているし、湖はないが岩塩があるからな。
ましてこいつらは生きることに精一杯だったらしいし、海なんて探そうとも思わんだろうよ。
だがな。頭に首を痛めそうな機械をつけなくても空を自由に飛べるこの俺様は違う。海があるなら潜る。当たり前だろう?
だが、そんなことを言っても理解されないのはわかっている。だからこいつらにも得があるってことを教えて海に興味をもたせるつもりだ。
さしあたっては食欲だ。
「海にはな。魚がいるんだ」
「はぁ。そうなんですか?」
そうなんだよ。
「貴様らのおかげで食糧事情は随分と改善した。それは認めよう」
「なんです、急に?」
こいつら普通に麦を収穫して食っていやがったからな。おかげで粥やパンが造れるようになったぜ。正直こいつらを確保して得られた最大の収穫だと思っている。
しかし人間とは慣れる生き物なんだ。
「肉がある。野菜がある。果物もある。麦もある。だが、魚がないだろう!」
米は諦めた。いずれ探そうと思っているが、今はあきらめた。
「いや、魚くらい川にいけば……」
言わせねぇよ!
「川魚と海の魚は違うんだよ!」
「は、はぁ」
連中はコケと一緒に泥食ってんだよ! 泥を落とすには綺麗な水に入れて数日放置しなきゃならんが、それをやると絶食させることになって風味が落ちるんだよ!
それに川魚の食い方って基本的に焼きだろう? そうしないと寄生虫が怖いからな。だが俺は刺身だ。刺身が食いたいんだ。
ついでに海で昆布とかを採取して出汁にしたい。あとそれなりに燻製とかの設備が整った今ならかつお節くらいなら作れると思うから、作ってみたい。醤油は無理でも塩と魚があれば魚醤くらいはできるだろ。
いや、もちろんそういうのが簡単にできるとは思っていないが、それだって十分時間を潰せると思うんだ。
元々暇だから森を出ようとしていたんだぞ? なのに森を出た後に快適に暮らすための下準備が必要で、その下準備には結構な時間がかかるとか一体なんの嫌がらせだよ。
あとスキューバダイビングしたい。異世界の海がどんな感じなのか見てみたい。
「えぇっとですね」
「とりあえず01、02、03、04を呼んで来い」
「あ、はい」
族長がリアクションに困っていたが、今回はあえて無視だ無視。
なんだかんだ言っても究極的に言えば、海に行くのは俺の暇つぶしのためである。それに巻き込むことに後ろめたさがないわけではないが、その暇つぶしがこいつらのレベルアップと食生活の改善につながるんだ。
何も悪いことはねぇだろ。
「あの、呼んできました」
「そうか」
きやがったな。早速話をつけてやるぜ。
「つーわけで海に行く。まずは俺と族長。それと03が行くから用意しろ」
シフトの調整とかな。
「え?」
「「「えぇ!?」」」
―――
ゼフィ視点
なんかベシータ様から呼ばれたと思ったらわけのわからないことを言われたの!
「あの、うみってなんですか?」
私が疑問に思っていたことをサリスちゃんが聞いてくれたの!
「お前らもか。まぁアレだ。一言で言えばデカい水たまりだ」
「「「水たまり?」」」
水浴びするならその辺の池でもいいと思うの。
「それならその辺の池でもいいのでは?」
私が思ったことを今度はロヒゥムちゃんが聞いてくれたの!
普段は意見とか言わない子だけど、自分が連れていかれるってわかっているから聞いたみたいなの。
「海にはその辺の水たまりにはいねぇ魚や素材があるんだよ。それに、海にはここと似たような感じの連中がいるみたいだしな」
お魚さんがいるの?
お魚さんは私も好きなの!
「ここと似たような? つまりその、うみってところにもジェネラルとかキングが居るってことですか?」
むー? サリスちゃんはお魚さんじゃないところに興味があるみたいなの。
「みたいだな。当然豚野郎とは違うが、それなりの強さの連中がいるようだ」
「それなりの強さ。つまりレベルアップですね! それならアタシも行きたいです!」
テトラちゃんが尻尾をぶんぶん振ってるの。私もレベルアップなら行きたいの!
「無論いずれは貴様らも連れて行くが、今回は駄目だ」
「え~! でもロヒゥムは連れて行くんですよね?」
未練たらたらなの!
「そうだ。一応説明するが、今回03を連れて行くのは、03に海を見せることで海での行動に必要になるであろう道具を考え、作ってもらうためだ。貴様らはその装備が出来てから連れて行く。族長は単純にレベルアップのためだな」
「へ~なの」
「「「なるほど~」」」
「具体的にはゴーグルとかシュノーケルとかフィンとかだな」って言ってるけど、よくわからないの。
だけどロヒゥムちゃんやロヒゥムちゃんの班のみんなはハーフドワーフだから他の班のみんなよりも器用なの。
最近『ドワーフの血を継いでるからと言ってもなんでもかんでも作れるわけじゃない……』が口癖になっているみたいだけど、なんやかんやで私たちに必要だと思えるものを判断した上で色んな物を作れる子だから連れていかれるみたいなの。
そう言われたら私たちも納得なの。
あえて言えば、ついでで同行できてレベルアップまでしてもらえるフェメラさんが羨ましいってことだけど、後から私たちも連れて行ってもらえるらしいからここは我慢するの。
「予定は、行きの移動で1日、調査に3日、帰りの移動に1日で合計5日の予定だ。シフトの調整をしておけ」
「「「はい!」」」
5日くらいなら特に問題ないの。
もし問題があるとすればベシータ様がいない間にご飯の材料が切れたらどうしようってくらいだけど、基本的に蓄えはあるし必要なら森に狩りに行けばいいの。
あ、そうそう。お肉が欲しくなったらオークの集落を襲うの! 今までの恨みもこめて盛大に必殺してやるの!
―――
某所にて。
『勇者に動きがない、だと?』
『あぁ。ニンゲンが聖都と呼ぶ街にいることはわかっているんだが、一向に動く気配がない』
『神器はどうだ?』
『それもだな。都市に備え付けてある防衛兵器でサイクロプスを何体か潰されたが、それだけだ』
『結界も?』
『あぁ。キングクラスの魔石を使った結界はあったが、それだけだ。あれでは攻撃用に転用したとしても魔王を討伐できるような効果はないだろう』
『ならばメルカーリを倒したのは勇者ではない。ということか?』
『いや、さすがにそれは早計だろう。単純に使えないだけという可能性の方が高い』
『クールタイムってやつ?』
『そうだ。召喚されたばかりの勇者が魔王を討伐できるような神器だ。次の使用に必要な時間が一か月、いや、一年でも驚かんぞ』
『……確かに』
『とりあえず聖都に対する攻撃は引き続き行う。疲弊したところでナニカが出ればそれでよし、最悪連中が勇者を逃がした後でも、勇者を召喚する祭壇を破壊する程度のことはできよう』
『なるほど。それなら損はないな』
『では引き続き攻撃を行うということで』
『『『『『『了解』』』』』』
―――
???視点。
「はぁ。結局何もわかってないってことなのよねぇ」
魔王同士の会合を終えた私、嫉妬を司る魔王ことサロゲートは、会合の中身を思い出してそう独り言ちた。
「そもそもメルカーリを討伐したのは本当に勇者なのかしら?」
勇者の召喚とほぼ同時に討伐されたこともあって、当初は勇者がやったということに疑問を覚えていなかった。だが、ここまで動きがないとどうも違うように思えてきた。
もちろんそう思っているのは自分だけではないだろう。他の魔王も疑問に思っているはずだ。だが他に選択肢がないからこそ聖都と呼ばれる街に連合軍を派遣して勇者の動向を逐一確認している。
「そもそも聖都とメルカーリがいた森って相当遠いのよね」
遠く離れた地にいる魔王をピンポイントで狙撃する神器? そんなものがあってたまるか。そう思うが、可能性としては捨てきれない。だって。
「ここ最近の勇者はあまりにも情けないからなぁ」
基本的に生物とは命の危険に応じて進化する。それは魔王もかわらない。
よって本来、魔王たちと対の存在である勇者は自分たちを成長させるカンフル剤でもあった。
だが最近はどうか。自分が知る限り、少なくとも数百年前に先代が殺された後は誰一人として魔王の討伐に成功していない。
その先代を倒した勇者も、先代が放った最後の術を喰らって人間に殺されたという話だ。
「んー。これじゃテコ入れもあるわよねぇ」
異世界から勇者を召喚するにあたって、勇者には超常の存在からの加護が与えられている。
それを活用することができれば魔王にも勝てるはずなのだが、活用できる人材が一向に現れないのだ。
「これではね。いい加減なにかしらの成果をあげないと召喚に力を貸している超常の存在だって困るでしょうよ」
だからこそ今回は何かしらの修正が入った。そう考えれば辻褄は合う。
自分も他の魔王も、その修正の内容を特殊な神器だと考えていたけど、そろそろそうじゃない可能性も考えた方がよさそうね。
……なにか嫌な予感もするし。
「勇者に関わっている超常の存在の気持ちもわからないではないけど、それに斟酌して殺されてやるつもりは毛頭ないわ」
いずれ何かしらの動きを見せるであろう勇者やその関係者に対する警戒は維持しつつ、人間の動きを探る。
それが私の下した決断だった。
久々登場のアールさん。どうやら令嬢たちが貴族的な交渉をしている間、海にいくらしい。
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閲覧ありがとうございました。