2話。セレス・デル・ブルマリア
まだ令嬢のターン
セレス視点
少し待った後、御爺様の準備が整ったということで面会をすることになったのだけど……。
「不快ですわ」
ありえないでしょ。
「ぐわっ!」
「ドーレ!? なにをしたセレス!」
「なにって、ただの指弾ですわ」
風を固めて指で弾いただけですわよ?
「はぁ?」
おや、どうやら御爺様は指弾をご存知ないご様子ですわね。
きっかけはサキから習った風魔法の基本であるブリーズボールでした。
これは周囲の風を圧縮して丸くて小さい塊を作る魔法なんだけど、これにベシータ様からお教え頂いた『球体にするよりも少し先端を尖らせた上で回転を加えれば威力が増すぞ。あと威力を調節するために自動で飛ぶのを待つのではなく指で弾いてみろ』というご意見に従って生み出された技術です。
サキ曰く『暗殺向けの素晴らしい技』とのことだけど、回転や指の力を弱めることで護身にも使える便利な技なのです。
まぁ指弾の説明はおいておくとして。今はお怒りの御爺様を宥めることが先かしら。
「御爺様の横に立っていた執事の視線が不快だったので、思わず指弾をかましてしまいましたわ。でもしょうがないでしょう?」
「しょうがない、だと?」
お怒りですわねぇ。まぁいきなり腹心に暴力を振るわれたらお怒りになるのもわかりますが、それは私も一緒でしてよ?
「えぇ御爺様。たとえ御爺様やその腹心の方であっても、殿方が淑女の秘密を覗き見ようとするのはどうかと思いませんか?」
覗きは犯罪。常識です。
「なっ!」
ベシータ様が言うように舐めまわすような視線を感じましたからね。
あれだけ露骨にやられて気付かないとでも思っていたのかしら?
ドーレと呼ばれた方が使っていたのはアレでしょう? 鑑定魔法。
「親しき仲にも礼儀あり、と申します。私とサキを探ろうとしたのでしょうが、さすがに無作法ですわ。最低でも許可は取るべきだと思いませんか?」
いや、本当に。相手がベシータ様ならあきらめもつくけど、御爺様とそのお付きの人では、ねぇ。
「……そうだな。確かに無作法であった。許せ」
「えぇ。許しましょう。ですがこういうのは今回だけにしてくださいね? ……次はその頭ごと吹き飛ばしますわよ?」
「わ、わかった」
あら。お言葉のわりに不満そうな表情をしていますわ。
もしかしてこれは、気付いていませんね。
「御爺様」
「な、なんだ?」
「今回の件。私が動かなければサキがやっていました。その際、そこのドーレさんは死んでいましたよ?」
「……っ!」
私のサキは獰猛です。自分ならともかく私に魔法を使ったら敵対行為と見做していたはず。
そしてサキは(もちろん私もですけど)敵に容赦するような真似はいたしませんわ。
それに「敵に容赦するな。そんなことをしている暇があったら殺せ」とベシータ様も仰っておりましたし。(言ってない)
「驚くようなことでしょうか? 殺す理由は『私に魔法を使ったから』です。私は御爺様の孫であると同時にブルマリア侯爵家の令嬢でもあるのですよ? 他家の娘に魔法を使った、それも無断で盗み見るような魔法です。その行為に対する罰として死を与えるのはそれほどおかしなことでもないでしょう?」
サキの肩書は私の護衛ですもの。サキからすれば先ほどの行動は『いきなり主に魔法を向けられた』ということになります。だから殺した。護衛としては極めて正しい行為よね。
「確かに不調法は認めよう。だが……」
「だが、なんでしょう?」
「お前は私と取引をするためにきたのではなかったか?」
その通りだけど、それがなんで不調法を許す理由に……あぁ。わかったわ。
「どうやら御爺様は勘違いをなされているようですね」
「勘違い、だと?」
「えぇ。私が望むのは対等な取引です。そこに上下関係はございません」
援助を前提とした取引であればこちらが下手に出るのも当然なんでしょう。ですが残念ながら今の私たちが下手に出る理由はありませんわ。
「……対等、だと? ならばお前は私と対等に取引できるようなモノを持っているとでもいうのか?」
着のみ着のまま逃げ出した令嬢に何がある? そんな視線ですわね。
ですがその情報は些か古い情報でしてよ?
「もちろんですわ。サキ」
「はっ」
私が視線を送れば、サキは懐から袋を取り出し、その中から石を一つ取って御爺様の目の前に置きました。
「これは……魔石、か?」
そう。これこそが御爺様を動かす対価。
「えぇ。出来のいい偽物などではないことは一目見て頂ければお分かりになるかと。なんならお触りになってもよろしくてよ?」
「そうか。では……ふむ。確かに内包された魔力を感じるな。魔石で間違いないだろう。しかしこの大きさは……」
「見たことがありませんか?」
「……あぁ」
なんとも悩まし気な表情をされていますが、それはそうでしょうね。
サキに説明をするよう目を向けると、サキは一つ頷いてから石についての説明をしてくれました。
「そちら、オークの森にいるジェネラルオークの魔石となります」
「なんと!」
ふふっ。御爺様が驚くのはわかりますよ?
今の私たちであれば簡単、とまでは言いませんが特に問題なく討伐できる相手ではありますが、世間一般では攻城兵器を使った対策が必要な災害級の魔物らしいですからね。その魔石となれば一体どれほどの価値があるか。
実は当初の予定では魔石ではなくお肉を渡す予定だったんだけどさ。でもサキから「それは伯爵閣下個人の嗜好を満たすだけで終わってしまいます、伯爵家を味方につけるのであれば伯爵家全体にとって価値のあるものを出すべきです」なんて言われたから急遽変更したのよ。
「なんでも領都を含む大都市の結界は魔石を利用したものだとか? そしてその効果は魔石の質によって変化する。違いますか?」
「……その通りだ」
「さらに攻撃にも使えるんでしたよね? ジェネラル級の魔石であれば、ジェネラル以下の魔物の侵攻を防げると同時にジェネラル級の魔物に対して有効な攻撃方法ともなる。そう聞いていますが?」
「それも、その通りだ」
攻城兵器というか防衛兵器の威力も魔石の質で決まるなんて初耳だったけど、この辺はサキが知ってたのよね。さすがは侯爵家の懐剣。
あ、それとこれは言っておかないとね。
「もちろんそれはブルマリア侯爵家から盗んだものではありません。先ほども言ったように、オークの森で手に入れたものです」
家宝を盗んで他家に売り渡したとか言われたら困るし。
「……信じられん」
「でしょうね。ですが、サキ」
「はっ」
コロ。コロ。コロ。と袋から出てくる魔石。その数は3つ。御爺様の手元にあるものと合わせれば4つの魔石があることになる。
「なん……だと……」
全部同じような大きさだし、同じような魔力を内包しているのは見ればわかるはず。つまりここにある魔石が全てジェネラルクラスの魔石であるということを理解した御爺様は、文字通り目が点になったかのように呆けていました。
ですが御爺様? 戦場において呆けた相手を見逃すほどこの私は甘くはありませんことよ?
「ここに戦術兵器と同等の価値がある魔石が4つ。お望みであればナイト級やウォリアー級の魔石もご用意できますわ。これでは取引の対価に不足でして?」
断れないでしょう? これがあれば伯爵家の領都だけでなく、他の街の結界も強化できるんですもの。
さらに万全を期すというのであれば予備だって欲しいでしょうしね。
「……対価としての価値は認めよう。いや、言葉を飾らずに言わせてもらう。これらを是非譲ってほしい。その対価としてお前は私になにを望む? できる限りのことをさせてもらう」
ほら、釣れた。
「御爺様に望むことは二つですわ」
「聞こう」
「一つは情報。私がオークの森にいた間に起ったことを教えて下さい」
「よかろう。もう一つはなんだ?」
「叔父様と話し合いがしたいと思っております。その仲介をお願いできますか?」
「……それでいいのか? 何かしらの援護や戦になった場合の加勢などは求めんのか?」
あら、物騒。もしかして私がブルマリア侯爵の地位を継ぐために叔父様と戦うと考えているのかしら?
勘違いなんだけど、今この場でわざわざ訂正する必要はないわね。
それに勘違いだとしても、ね。
「もちろんですわ。私には必要以上にことを大きくするつもりはありません。それに……」
「それに?」
「加勢など邪魔にしかなりませんわ。だってその気になればブルマリア家なんて私とサキの二人で滅ぼせますから。なんでしたら王国ごと、ね」
「……っ!!」
普通なら戯言と笑うでしょう?
でも目の前にあるジェネラルの魔石がそれを許さない。
「あぁ、そういえばもう一つお願いがありましたわ」
「……なんだ?」
「叔父様との話し合いの結果によりますが、予定では分家を継がせていただき、ブルマリア侯爵領の中に所領を頂きたいと思っておりますの」
「……そうか。不可能ではないだろうな」
「そうでしょう? で、領地を得たらそのまま交易を。もし領地が得られなかった場合でも先ほどの魔石や、オークの森で採取できる素材の取引を行いたいのです。ですが私には販路となるものがありません」
「なるほど。お前が得た素材を直接私に売りたい。そういうことか?」
「えぇ。不当に値を高くするとか安くする必要はございません。ただ普通に定価で買い取ってもらえればそれで充分です」
「よかろう。いや、それに関してはこちらからお願いしたい」
「交渉成立、ですわね」
「あぁ。差し当たってはクトニオス卿に使者を送ろう。対価はその後にもらえるのかな?」
「もちろんですわ。あ、あと、お恥ずかしい話ではありますが、いまは手持ちが少ないので、出来ましたらナイト級の魔石を現金で買い取って頂けると助かるのですが?」
現金は大事。サキもそう言ってたわ。
「それとて本来は戦術兵器と同等の扱いなのだがな。まぁいい。買わせてもらう」
「よし!」
これで叔父様の説得に失敗して領地を貰えなくなったとしても食べていけるだけの下地を得ることができたわ!
(これが私の孫娘、か。今まで猫をかぶっていたのか? まったく。子供のころのエレウシスに輪をかけたヤンチャぶりではないか)
む? なんか御爺様が苦笑いしているような気もするけど、第一段階はクリアよ!
ここに来て初日でこれだけの成果をあげたなら、ベシータ様だってきっと満足されるはず!
……多分。きっと。おそらく。満足、してくれるといいなぁ。
閲覧ありがとうございました。
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ちなみにセレスの口調がエセお嬢様風になっているのは仕様です。
具体的にはベシータ様から「その持って回ったようなナヨナヨした喋り方は気持ち悪いからやめろ」と言われたため、森の中ではお嬢様言葉をやめていましたが、森から出た後に『さすがに貴族との交渉の際にざっくばらんな話し方は不味いわよね?』と考えたものの、しばらく使っていなかったので『そもそも貴族の令嬢ってどんな話し方だっけ?』となってしまい、頑張って思い出しながら話している状態です。
なので、決して意図して煽っているわけではございません。




