1話。由緒正しい令嬢
しれっと主題と副題を入れ替えて三章開始。
しばらくは令嬢視点が続く……かも。
セレス視点
サキが村に突撃してから数日。私たちは今、御爺様と面会をするためにミッタークエセン伯爵家の領都にある居城の一室にて待機していた。
「うん。なんやかんやあったけど、最短で到着できたと思えば悪くないわね」
いきなり馬車を担いで走ってきたサキを見て新種の魔物による襲撃と勘違いした村の衛兵さんが咄嗟に非常事態の鐘を鳴らしたせいで村全体が大混乱に陥ったけど、そのおかげで陣頭指揮を執るために出てきた代官と直接話をすることができたものね。
それで私やサキのことを知った代官がめっちゃ恐縮して御爺様と連絡を取ってくれたからこそ、これだけ早くここに辿り着くことができたんですもの。結果オーライよ。
懸念があるとすれば衛兵さんの待遇よね。一応『衛兵さんは間違ったことはしていないから叱らないで欲しい』って言っておいたけど大丈夫かしら?
「そうですね。あとは伯爵閣下とのお話をできるだけ早く終わらせていただければ尚よろしいかと」
功労者でもあるけどある意味では元凶でもあるサキは全く反省していないし。
ていうかさ、いま早く終わらせろって言った? 相手は伯爵よ? 御爺様よ?
「ねぇサキ。あんた。伯爵にして主の祖父を一体なんだと思っているのかしら?」
「他人、でしょう?」
「……まぁね」
少しは考えてって言おうとしたけど、思わず納得しちゃったわ。そうなのよね。サキからすれば叔父様も国王陛下も御爺様も、全員仮想敵なのよね。
いえ、それはサキだけじゃない。私も少なからずそう思っている。
直接命を狙ってきた叔父様はもちろんだけど、王家や元婚約者のいたリーフブライト侯爵家。それに御爺様や周辺の貴族だって己の権益を第一にして動くのは常識よ。
その中で、最も私という駒を有効に利用できるのが御爺様。
親族だからと言って警戒しないほうがおかしい。
まぁ、御爺様と繋がりが深いうえ、結婚する前までここで過ごしていて知り合いがたくさん居たであろうお母様が生きていて私と一緒にここにいたのであれば話は違ったかもしれないけど、お母様はもういないからね。
ここの人たちからすれば私はお母様の娘ではあるけど、同時に一度も見たことのない娘。御爺様には何度かお会いしたことはあるけど、それでも年に一度会うか会わないか程度の関係だもの。
それで家族として無償の協力を得られると思う方がどうかしているわ。
だから御爺様のことを『他人』と割り切るのは決して間違っていない。むしろそう思わないといけない。
私がそうしなければならないことを知っているからこそ、サキは殊更に周囲を警戒している。
そして周囲の全てが敵だと言うのであれば、今の私は敵地に孤立していることになる。そりゃサキの立場からすればさっさと会談を終わらせて敵地から出てほしいって思うわよね。
うん。さっきまでの言動を振り返ってみれば私は自分のことしか考えていなかったわ。
思い出しなさい。私はあの森で何を学んだの?
もうサキ一人に負担をかけるような真似はしないって誓ったんじゃなかったの?
それがこのありさま? 何も成長していないじゃない。 反省しなきゃ。
反省はするけど、それでも今の段階でそう思い返すことができてよかったかも。
(やっぱりサキには感謝しないとね)
――そう思っていた時期が私にもあったわ。
「一刻も早く成果を上げてください。さっさと帰還することができれば最良ですが、それができなくともお嬢様がたくさんの会談をこなすことで報告をすることが増えますからね」
「アタシの反省を返しなさいよ」
アンタも自分のことしか考えてなかったんかい。
いや、報告する先がベシータ様だし、力関係から言えばベシータ様を優先するっていうのは至極当然だと思うけどさぁ。もう少し私を心配しなさいよ。敵地にいるのよ? いまの私。
「いると思います? 心配」
「いらないけど! 自分でも必要ないって思ってるけど!」
今更ジェネラルより弱い連中に警戒する必要なんてないとは思うけど、それでもさぁ、あるでしょ?
「ないですよ」
「心を読んで返事しないで!」
―――
ミッタークエセン伯爵視点
孫娘のセレスが保護された。それはいい。年に一度会えるかどうかの関係ではあったが、正真正銘娘の子だ。生きていて嬉しくないはずがない。
問題は時期だ。
「王家とリーフブライト侯爵家の言い分では『クトニオス卿がセレスを軟禁している。王国が認めるブルマリア侯爵家の正当な後継者にして息子の婚約者である彼女を解放するためブルマリア侯爵領へと兵を出す』だったな」
「はっ」
「で、連中がいうブルマリア侯爵家の正統後継者がここにいるわけだが、これはどういうことだと思う?」
軟禁されていたのではなかったのか?
「なんともお粗末なことですな」
腹心のドーレに話を振ってみれば、ドーレは苦笑いをしながらそう答えた。
いや、そう答えるしかなかったといって良いだろう。
「まったくもってその通り。お粗末。確かにそうだ。私も連中の言い分を馬鹿正直に信じていたわけでもないが、これではな」
あまりにも杜撰すぎる。せめてセレスの身柄を確保するか、生死を確かめる程度のことをしていればこのような無様を晒さずに済んだというのに。
これが、この程度の策が我々が奉じる王が関わる策謀だというのだから猶更頭が痛い。
「……リーフブライト侯爵家はどう動くと思う?」
「そうですな。おそらくですが『セレスお嬢様は自力でクトニオス卿の手から逃れ、エレウシスお嬢様(セレスの母親)の実家であるミッタークエセン伯爵家へとたどり着いた。我々はその勇気を称えるとともに、ブルマリア侯爵家を正当なる後継者の手に戻すために全力を以て協力する所存である』とでも言って我々に協力を求めてくるかと」
「そうか。そうだろうな」
そうしなければ面子が丸つぶれだからな。勝手に掲げて勝手に落とした面子ではあるが。
「閣下はどのように動くおつもりでしょう?」
「私か?」
「えぇ。我々は閣下の判断に従うこととなります。かの地にエレウシスお嬢様やセレスお嬢様がいない以上、ブルマリア侯爵家を攻撃することにためらいはありません。逆に閣下が必要と判断されたのであれば王家とも戦いましょう」
「ふむ」
正直に言えば、このままセレスが見つからなければ王家と共にブルマリア侯爵領へと兵を進めて武功とわずかばかりの謝礼金を得る予定であった。それはドーレも理解しているはず。
しかし今回セレスが手の内に来たことによって取れる手段が増えた。
王家が頼りないと判断してクトニオス卿と手を組み王家へ離反するもよし、セレスを旗頭にしてブルマリア侯爵領を切り取るもよし。その場合セレスに婿を用意して、我々の影響力を強めるとともに、王家やリーフブライト侯爵家を敵に回すことになるだろう。
王家に勝てるか? と問われれば『独力では勝てぬが最終的には勝てる』と答えよう。
もしクトニオス卿と組めば勝率は7割を超えると思う。
なにせ今回の王家の動きは、領地をもつ貴族の家督継承に横やりを入れている形になるからな。
そのようなことが常態化されては困るのはどの家だって一緒だ。表面上は従っても内心では反対するに決まっている。
そも領地貴族がその気になれば、他の国から援軍を呼ぶことだって厭わんのだ。
我々にとって重要なのは父祖から受け継いだ土地と民を護り、継がせることであって、王家の存続ではないのだからな。
クトニオス卿と我らを敵に回しつつ周辺諸国に攻められれば、この国は終わる。その後で我らは独立するなり、王国を攻めて強大となった別の国に臣従を誓ってもいい。
無能な王とそれに阿る無能の大貴族から家督の継承に指図されることを怯えながら生きるくらいなら、そちらのほうが万倍もマシだろうよ。
しかし、だ。最終的に勝てるとは言え、それらはあくまで最後の手段。戦は金がかかるからな。戦をせずに利益を上げる方法があると言うのであれば、それを選ぶのが貴族というもの。
「……確かセレスは『取引がしたい』と言っていたはずだったな?」
「御意」
取引。取引か。私に一方的な庇護を求めたいというのであれば、そのような言葉は使わんよな。
「何かを代償にして何かを得るのが取引だ。で、あればセレスは何を代償にして何を得るつもりだと思う?」
普通に考えればあの娘に差し出せるものなど1つ、いや2つしかない。
「おそらくはブルマリア侯爵家を継いだ後に生じる権益、でしょうな」
「そうか。お前はそう思うか」
「はっ」
「まぁ、妥当なところだろうな」
私もあの娘に自分の身柄を差し出すような真似ができるとは思えんしな。
しかしそれは所詮絵に描いた餅でしかない。
セレスよ私が、ミッタークエセン伯爵家の当主であるこの私がそのような曖昧なものを差し出された程度で動くと思ったか?
「取引に興味はないが、それでも孫娘だ。話は聞こう。方針を決めるのはそれからだな」
「御意」
王家につくかブルマリア侯爵家につくか。それとも独自の動きを選ぶべきか。
どの道を選ぶかはセレスが出す条件次第。話を聞いてセレスの器を確かめてから決めるとしよう。
「セレスよ。庇護ではなく取引を求めるというのであれば、私もお主を久方ぶりにあう孫娘とは思わん。この私を動かしたいというのであれば、私を動かせるだけのものを示してみせよ」
……そう嘯いたものの、この時の私は知らなかった。
セレスが望む取引の内容を。そしてセレスが用意していたものが、私を動かすのに十分な価値があるものだということも。
閲覧ありがとうございました。