第十五殺
「と、その前に結界を張りなおしてくれるであるか?」
俺たちを小屋の中に招いて、ヴィルヘルムが先に小屋に入ろうとしていたところで、急に立ち止まってセツナに言った。
「……いいけど、やっぱり結界作るの苦手。……シャロードにも壊されちゃったし」
やはり[破壊者]だから作るのは苦手なのだろうか。面倒くさいというのを隠すことなく顔に出したまま、手に持ってた杖を、トンっ、っと軽く地面につけた。そして、そこを中心にして俺が破った結界と同じものが張られた。
「ねえ、今詠唱も魔法名も言ってなかったけど、どうやって魔法を使ったんだろうね」
セツナの魔法を見て、トゥルムが俺の耳元で囁くように言った。
「わからないが、たぶん俺たちプレイヤーはできないぞ。流石に考えを読み取って魔法を発動させる技術は今はない。あらかじめセットしておくならできるだろうが……」
確かに脳に関する研究はかなり進んだ。だが、完璧に考えを読み取ることはできない。少なくとも今は。できるのは、漠然なイメージを読み取ることだ。ちなみに、トゥルムの誓いのスキルが魔王の技なのは、超威力の魔法のイメージで無意識的に誓いに反映されたからである。まあそれは本人たちが知ることはないのだが。
「これでよいであるな。さ、中に入るである」
結界を張ったのを確認したヴィルヘルムが俺たちを再び中に招き入れる。
「「……え?」」
中に入った瞬間、俺とトゥルムの声が重なった。中に入ってすぐに目を疑った。小屋の外見からは何があっても想像できない空間が広がっていた。その中は間違いなくでかい屋敷。または小さい城の様な内装の部屋が目の前に広がっていた。
「驚いたであろう?この小屋は[創造者]の奴が作った特別な小屋である。私もよくわかってはいないのであるが、中の空間をゆがめて広くしているらしいのである。地下には広めの訓練スペースもあるからいつでも使っていいのである」
なるほど。これは超越者の1人が作った小屋なのか。それにしても超越者というのは本当に人間という枠を完全に逸脱していると思う。こんなことできたのは前世でもただ一人として知らない。
「そして、これがあれば異界人の君たちは好きにここに来れると聞いたのである。これでいつでも私たちのところに来れるであるな」
そう言ってヴィルヘルムが指したのは入り口のすぐ近くにあった転移門だ。転移門があるのは非常にありがたい。いちいちここまで歩いてくるのも面倒だしな。
「ありがたく使わせてもらう」
「ありがとうございます!」
早速、転移門をアクティブ状態にした。これでどこの街からでもここに来れるようになった。
「それで、シャロード。お前さんはどんな暗殺者になりたいのであるか」
「……トゥルムちゃんはどんな魔法使いになりたい?」
転移門の登録を済ませた俺たちにこんな質問を投げかけてきた。そんなの決まってる。俺が目指す暗殺者は……
「当然、最速の暗殺者だ」
俺は迷うことなく、即答した。そんな俺にヴィルヘルムはにやりと笑って、言葉を返してきた。
「ほう。なぜであるか?」
「決まってる。速さは力だ。速さがあればそれだけ攻撃に威力が出る。速さがあれば、最速で相手を殺すことができる。つまりは最速であること、それすなわち最強ということだろ」
俺の答えはお気に召しただろうか。いや、それは心配することはないな。顔を見ればわかる。
「……同類だった」
ヴィルヘルムの横でセツナが何か呟いた。まさかヴィルヘルムも俺と同じ考えで暗殺を極めたのだろうか。
「なるほど。全くその通りであるな。ならば光栄に思うのであるよ。シャロードは私の、この正真正銘、世界最速の暗殺者に教えを乞うことができるのであるからな」
「……トゥルムちゃんは?」
次はセツナの問いにトゥルムが答える番だ。ちらりとトゥルムを見れば、その顔に迷っている様子は見て取れなかった。そんなのはとうに決まっているのだろう。
「私は、どんなに硬い敵だって圧倒的な威力の魔法で、私の前に立ちふさがるすべての敵を倒す。ううん、破壊できる魔法使いになりたい。です」
トゥルムの答えはお気に召したようだ。セツナが軽く微笑んでいる。
「人のことを言えないであるな。トゥルムの嬢ちゃんもお前さんと同類であるぞ」
「……そう。ならちゃんと鍛えてあげる。……覚悟してね。世界最高威力の魔法使いの鍛錬は厳しい……よ?」
ヴィルヘルムの言葉を無視して、トゥルムに言った。世界最速と世界最高威力。俺たちの師匠にはこれ以上ないと言えるだろう。
「そうであるな。まずは2人には世界最速と世界最高威力の力を見せるのである。それから2人には私たちの技の種を授けるのである。それを使いこなして育てて見せるのである」
そう言ってヴィルヘルムはセツナに視線を向けて、セツナはなぜか溜息を吐いた。
「……転移嫌い」
視線だけで、ヴィルヘルムの意図を理解して、言った。
「頼むであるよ。2人には頂点を知っていて欲しいのであるよ」
「……仕方ない。……2人ともこっち来て」
セツナは俺たちを呼んで、杖を地面に垂直に構えた。
「……どこに飛ぶの?」
「ついでに処理したい奴がいるから西の孤島に飛べばいいであるよ」
ヴィルヘルムの言葉に、セツナは「……わかった」と言って、目を閉じた。数秒して、目を開けたセツナが結界を張った時と同じように地面に杖を打ち付けた。足元に俺たち四人がちょうど入るくらいの魔法陣が展開されて、一瞬だけ偶にエレベーターで感じるくらいの浮遊感がしたと思ったら、目の前に化け物がいた。どう表現すればいいかもわからない、とにかくおかしな化け物だった。しいて言うなら、百種の海鮮てんこ盛りキメラみたいな、とにかくわけわからない黒いモンスターがいた。その頭上に表示されたレベルは、792だ。……ちょっと待て、さすがに何かの冗談だろ?そう思って、もう一度見てみたが変わらない。あのセイクヴォルグの4倍だ。あぁ、なんだか超越者の役目が見えて来た気がする。
「シャ、シャロ。あんなのこのゲームにいたんだ。こいつみたいなのと戦うことあるのかな?プレイヤーで勝てると思う?」
隣にいたトゥルムがかなり引き攣った顔で俺に言ってきた。もしこいつの様な化け物と戦うとしたら、たとえレイドバトルでも一体何人で戦えば勝てるんだろうな。
「トゥルムはしっかりセツナから目を離すでないであるよ。そしてシャロードは頑張って私の姿を捉えてみせろ。である」
そう言って、ヴィルヘルムはどこからか輝く短剣を2本取り出して姿勢を落として構えた。
「しっかり見てるである。シャロードにはまずはこれを習得してもらうである。《暗殺法術:風林火山・風》」
そう言った瞬間、ヴィルヘルムの体に視認可能な黒い風が渦巻いた。そしてそれを俺が認識したときにはヴィルヘルムは化け物に攻撃を加えていた。
「……は?」
おかしすぎて、つい声が漏れ出てしまった。ヴィルヘルムは俺が捉えるどころか、認識することさえできないスピードで駆け抜け、攻撃している。現在も、化け物の体に無数の傷ができているが全くヴィルヘルムの姿を視認できない。化け物の体に勝手に傷ができているように見える。
「……今のシャロードなら、たぶん《限界超越》使えばギリギリ見える」
俺がどうすれば見えるかを考えていると、そんな俺を見かねたのかセツナがそう言ってきた。なるほど。確かにそれなら見えるかもしれない。
「《限界超越》」
使った瞬間俺のHPは1になった。そして、この状態のまま、化け物と戦うヴィルヘルムを見た。だが、これでも、はっきりと見ることはできなかった。俺が見ることができたのはヴィルヘルムの残像だけだった。目の前にいたと思ったら、すでに背後に回って、瞬きをしようものなら、10カ所は傷が増えている。そんなヴィルヘルムを見て、俺は納得した。
――そりゃ、これ以上に速い奴なんているわけがねえな
世界最速。その言葉を俺は少し舐めていた。ここまで速いなんて思ってもみなかった。追い付く、ましてや追い抜くなんてできないんじゃないかとも思えてくる。だが、絶対、俺が超えてやる。いつか弟子は師匠を超えるものだからな。
「……よく見てて。……トゥルムちゃんはこれを最初に覚えてね。《破壊法術:破壊陣・朱》」
俺がヴィルヘルムの残像を追うのに必死になっている間に、ヴィルヘルムがシャロードに言ったようにセツナがトゥルムに言った。セツナが術を発動して、杖を地面にトン、と打ち付ける。すると、転移の時と同じようにセツナの足元に燃え滾る炎の魔法陣が現れた。
「……破壊にはどんな魔法だって関係ない。……特別の魔法じゃなくても破壊はできる。……これが世界最高威力の《ファイアボール》だよ」
セツナが使った魔法は、赤魔法の1番初めに覚えている魔法。言ってしまえば、赤魔法で1番威力の無い魔法である。このモンスターに《ファイアボール》を何百発撃ち込もうとも大したダメージにはならないだろう。だが、セツナの魔法は、モンスターに触れた瞬間――爆ぜた。モンスターの腕――と思われる部位――を吹き飛ばした。
「……とどめ。《破壊》」
そう言って、セツナは魔法を発動させた。気づけば俺の横にヴィルヘルムが立っていた。
「これがセツナのとっておきの魔法である。正真正銘、この世界で最も破壊を齎す最強最高の魔法であるよ」
ヴィルヘルムがそう言った瞬間。目の前の全てが壊れた。モンスターも、地面も、光も、その全てが破壊された空間の崩壊に巻き込まれて粉々になってなくなった。何が起きたかと言われれば、突然空間に亀裂が入ったと思ったら、それが砕け散って光さえ破壊した真っ暗な空間ができて、空間が修復されて、見えたのはすべてが粉々になったことだけが分かる惨状になっていた。
その時、俺とトゥルムは自分でも気づかないまま震えていた。
「……これが世界最強の魔法……」
目の前の惨状を見て、トゥルムが目を輝かせて呟いていた。
読んでくれてありがとう




