第185話 王子様不足がやっぱり深刻だから
コテージの前ではファルシオン王子がバーベキューをしていた。復活したペルタも何人かの姫もくわわっていた。
「海に来たらバーベキューだよね。家の中のテーブルで、お行儀よく食べるなんて考えられないよ」
ファルシオンはテラスから中を見てから、
「ルイス君、ロッド君、ユメミヤちゃん、君達はどっちで食べる?」
屋台の店員のように期待の目で笑いかけた。
ジュージュー焼けている肉、魚、エビ、カニ、野菜、よくわからない食べ物も……
三人は目が離せないまま、
「とりあえず、喉が乾いたから中で何か飲んでからにするよ」
とロッドが答えた。
コテージの中では、お行儀よくテーブルで食べているシュヴァルツ王子とランドルフ王子とカーム王子と何人かの姫がいた。
テーブルには何種類かのサラダ、サンドイッチ、カットフルーツが並んでいる。
三人はこちらからも目が離せなくなりながら、冷えたミネラルウォーターやジュースをグラスに注いだ。
お行儀を忘れて立ったまま飲み喉をうるおしたロッドは、サラダを食べているリバティと目があった。
ニッコリほほ笑みかけると、笑みが返ってきた。
「先に行ってて」
ルイスとユメミヤに断ってテーブルに近づく。
「起きてだんだ?」
「あっ、はい」
リバティはユメミヤに言い訳を頼んだことを思い出した。
「ちょっと前に。行こうと思ったんですけど、食事の準備を手伝うことになってそのまま」
「そっか。おいしそうだね、隣いい?」
「はい」
ロッドはリバティと同じサラダを取って座った。
何事もないように仲良しな二人。
ルイスとユメミヤはひとまず安心と笑顔を交わして、バーベキューに向かった。
そんな二人を見送りつつ、
「おいしいね」
サラダを一口食べたロッドはのんびり感想を言った。
冷たいトマトとチーズのサラダ。塩と酸味のあるドレッシングがピッタリだった。
「これ、手伝ったの?」
「はい、ドレッシング作りを」
「上手だね」
一番待っていたセリフ!
それも、理想通り隣に座って一緒に食べながら。
楽しい気分で作ってよかった!
辛いことの後には良いことがある。
リバティは全て報われた笑顔をロッドに向けた。
それを見たロッドは、いつもと違うことに気づいた。
「猫耳がないね。尻尾も」
「あ……」
悲しい気持ちから封印していたことを、言われて思い出した。
けど、それは過去のこと!
「料理するときに邪魔だったから」
言い訳をしてから。
元気に笑って勢いよく猫耳を出した。
尻尾も飛び出して喜びにくねる。
「そうじゃないとね」
ロッドの満足なセリフ。
猫耳がまたピクピクと喜びをあらわす。
それをいつも通り面白がって見たロッドは、自然に視線を移動させて瞳が赤く充血しているのに気づいた。
リバティは寝ていて海で泳いでないのに?
なぜか? と少し考えてみる。
自分と人魚さんが一緒にいたから。すぐにわかった。
王子様の身としてはリバティの気持ちもわかる気がした。
人魚さんと俺が……か。悲恋の相手はゴメンだとまた思う。ハッピーエンドだとしても、まだ。そんな気になれない。
そこで、
「友達だよ、人魚さんは」
リバティの瞳を見てはっきり断言した。
ハッと驚いた顔をしたリバティ。
フフッと笑うロッド王子様に全て見透かされたことに、恥ずかしくて目線をさげたけれど――
見透かされて、よかったと嬉しくなった。
友達だよと言ってもらえたんだから。
小さくうなずいて笑顔を返す。
ロッド王子様もうなずいて、何事もなくサラダを食べだした。
その様子を、ランドルフが観察していた。
お姫様と親しげに話しながら食事するロッド王子。見習わなければと思うと同時に、
「このサラダも、おいしいですね」
笑顔を隣の姫に向ける。
シュヴァルツ王子が え?っという顔を向けてきたので わぁと驚いた。
フォークを使う美しい指と、束ねた長い黒髪で姫と間違えてしまった。
ランドルフが少々取り乱して笑うなか、シュヴァルツも急に話しかけられて少々驚いていた。
ロッドと猫姫に気を取られていたから。
ずいぶん、親しげに話しているものだと。親密といってよいほど顔を近づけて何事か囁いたりして。
猫姫は嬉しそうに笑ったりして。
……ふむ。
二人の仲を冷静に考察しようとしたところでランドルフ王子が声をかけてきた。
驚きつつ、
「ああ、おいしいサラダだ」
笑顔を返してサラダに意識を戻す。
ロッドもサラダを食べることに専念していて、
「ロッド君、どうですか? この辺りの海は?」
にこやかなカーム王子の問いかけに顔を向けて、
「とても綺麗で楽しいです。連れてきてくれて、ありがとうございます」
「私のほうこそ、お誘いいただきましてありがとうございます」
「どういたしまして。カームさんは海に来てどうですか?」
「久しぶりに海で過ごせて、とても楽しんでいますよ」
「それはよかった。ちょっと日焼けしたんじゃないですか?」
「ロッド君は焼けないようですね」
笑いあって親しげに話している。
思ったより社交性があるのだと、シュヴァルツはとりあえず結論づけた。
自分も見習わなければ……とランドルフのようなことを考えはじめたところに、
「はい! 肉にエビにカニだよ!」
ファルシオンが豪快に両手に皿を乗せて現れた。
「食べに来てよね!」
「そうですね、ファルシオンもこちらの料理をいかがですか?」
カームが笑って答えた。
「そうだね、交代する?」
「そうしましょうか」
立ち上がるカームを見て、
「俺達もバーベキューに行こうか?」
ロッドはリバティを誘った。
「はいっ」
喜んでついていく。
シュヴァルツは通り過ぎる二人を目で追い、
「私達も行かないか?」
隣に並ぶ姫達とランドルフを誘った。
「バーベキューというものは初めてです。行きましょう」
ランドルフは応じると、
「ご一緒に」
少しお固くなったが隣に並ぶ姫を誘った。
喜んでついていく姫達。
「みんな行くの!?」
ひとり取り残されそうになったファルシオンは、
「カームさんにシュヴァルツさんにランドルフさんがバーベキューするとこ見てみたいな」
好奇心にかられて追いかけた。
こうして、一同でバーベキューを楽しんだ後――
ロッドはひとりになって、木陰にある長イスに腰掛けた。リバティが眠っていたのかもと思えるほどの、心地いい潮風と眠気に身を任せていると、シュヴァルツがやって来た。
「隣、どうぞ」
「ありがとう」
シュヴァルツは腰掛けると、ロッドと同じように潮風と眠気に身を任せて目を閉じた。しかし、すぐに目を開けてロッドの様子を伺った。
「楽しんでいるようだが、どうだ? 体調は?」
「凄くいいよ。完全に元に戻った」
「それはよかった」
「シュヴァルツさんは海に来てどう?」
「楽しんでいる。海に来たのは数えるほどしかないが、今までで一番と言っていいほどだ」
「それはよかったね。でもさ、楽しいけど大変じゃない?」
「ん?」
からかう問いかけに警戒気味の目を向ける。
「お姫様が多すぎるからさ。貝殻拾い、疲れたんじゃない?」
「フッ――」
思わず笑いがこぼれてしまったシュヴァルツは、
「少しな。ロッドはどうだ? 王子だろう」
からかい返す笑みを向けた。
「そうだね、たくさん拾ったよ。海に潜ったりしてさ」
「そういえば、海まで潜っていたな」
「うん、人魚姫に会ったんだ」
「人魚姫か――」
シュヴァルツは海で泳ぐロッドが見知らぬ娘と一緒にいたのを思い出した。
人魚姫がロッドに惹かれたりしたら大丈夫だろうか。泡になって消える運命にならないか。
心配に眉を寄せてロッドを伺うと、彼も眉を寄せて何か考えているような横顔をみせていた。
「人魚姫に」
ロッドは困り顔で話した。
「猫姫もいてさ」
「いるな」
そう、猫姫とも親しげにしていたではないか。
何人からも想いを寄せられて……
先輩王子として気持ちがわかり、シュヴァルツも困り顔になった。
「困るんだよね、今はただ海を楽しみたいんだけど」
ロッドは額に手を当てた。
「お姫様のことなんて考えてたら、頭が痛くなってまた夏バテしそうだよ」
「それはよくない。あまり考え過ぎるな」
「いいの? 真剣に考えるのだとか言うのかと思った」
「それはもちろん、そう思っている。人魚姫などは泡になって消えてしまう危険もあるからな。真剣に慎重に考え行動するのだぞ」
「そうだよね。まさか、泡にはならないと思うけど――猫姫も俺と人魚姫が一緒にいるとこ見せて泣かせちゃったし」
「それは、可哀想なことをしたな」
「うん………はぁ」
ロッドは憂い顔で海を見つめてから、
「王子辞めて、魚釣りでもして暮らそうかな」
開き直って笑った。半分本気で。
「早まるな。王子が減っては困るではないか」
シュヴァルツの珍しい冗談のような深刻なような引き止めに、ロッドはまた笑った。
「ただでさえ少ないのにね。どうしようかな?」
からかいに戻った言葉を真剣に受け取り、シュヴァルツは視線をさ迷わせて説得法を探した。
そして、あることを発見して提案にかかった。
「今だけ、王子を休むといい。今は、姫達も休んでいるようだからな」
ロッドがシュヴァルツの視線を追って辺りを見ると。
木陰の長イスやテラスや浜のシートで姫達は眠っていた。
コテージの二階のベッドでも、リバティが猫のように丸まって本当に寝ていた。一階のリビングでもペルタがソファーに沈んでぐっすり寝ていた。そばでは姫達と、ファルシオン王子もカーム王子もまどろんでいた。
「そう、じゃあ、俺も」
ロッドも安心して目を閉じた。
シュヴァルツも付き合うことにした。
ルイスは起きていた。海のドラゴン、ティアマトが現れないかと浜に座って双眼鏡をのぞきながら。
「人魚さんは、どこに行ったんでしょうね」
隣のユメミヤが眠気と戦いながら聞いた。
「海の底の、お城に帰ったのかもね。途中でティアマトに会ってないかな? 今度あったら聞こう。ロッドとのことも」
「ですね……」
どうなるんだろう?
どうするんだろう? ロッドは。
リバティだっているし。
これから他にも、お姫様が――
ルイスが深刻さに眉を寄せていると隣で、
「ティアマトに人魚姫か。海も興味深いところだ」
ランドルフが眠気と戦いながら笑った。
それぞれにとって、興味深い海の一日が過ぎていった。




