第2章 パーティを組もうⅢ
<1>
セルビルの草原には中ボスがいるらしい。
特定のクエスト(今回は『2人以上』と指示されたものだろう)を受けることがトリガーとなって、草原のある場所に出現するそうだ。ソロでやってりゃ一生お目にかかることはなかっただろうな。
翌日。俺は約束の時間より早めにログインして、ワンハンドソードを下取りしてもらい、新たな武器を手にした。
○装備
頭:羽根付き帽子
右手:スパタ
左手:革のグローブ
体:クローク
足:革の靴
装飾品
今のところ、装備はこんな感じだ。しかし残念なことに俺の装備品はグラフィックに反映されていないそうだ。
「え? 装備を変えたのですか。ふーん、なんだか地味な黒い服ですね」
合流したさゆねこにはそう言われてしまった。カァヤさんにも同じように見えているのだろう。
「それじゃあ行きましょうか」
「はーい」
カァヤさんに引率される俺とさゆねこ。遠足かよ。
<2>
目的地に着くまでの間、カァヤさんは申し訳なさそうに言った。
「舐めプレイしてもいいかしら」
「……なんですかお姉さん、その、変態っぽい言葉は」
「俺は構いませんよ」
「構わないのですか? やはりお兄さんは」
違う。そういうアレな意味じゃない。
「カァヤさんはめっちゃ強いだろ。ここの中ボスなんかソロで楽勝なんだよ」
「でしょうね」
「それじゃあ俺たちがつまらないし、上達もしない。だから俺たちにボスを任せて、カァヤさんには相手を舐めてかかってもらうんだ。ですよね?」
カァヤさんは小さく頷いた。
「もちろん、二人が危なくなったら手助けするわ。それに見ているのは最初の一回だけ。後は効率よくボスを狩りましょう」
「なるほど、そういうことでしたか。さすがはお姉さんです。中々出来ることではありません」
しかし俺は少し残念だった。カァヤさんには初回から飛ばして欲しかったのである。なぜなら俺の目標はゲームを楽しむことでも上達することでもないからだ。
「ごめんね、ナガオくん」
「え? あ、いや、全然大丈夫っすよ」
カァヤさんは薄い笑みを浮かべている。なんか、ずるい人だなーとも思った。
<3>
ボスはセルビル草原の奥地にいるそうだ。道中、俺たちは雑魚とも逃げずに戦った。何せパーティを組んで間もない。お互いのことを良く知らないまま強敵に挑むのもアホらしい。誰が何を出来るのか、把握してからボスに挑もうという判断だった。
「あんまり面白くないですね」
そっすか。
……さゆねこ(@昨日はすみませんでした)は俺と同じで片手剣を武器にしている。まだ俺よりレベルも低く、装備品も大したことはないが、そつなく戦闘をこなしていた。
「なんか他のゲームをやってたのか?」
「はい。友達と一緒に遊んでいました。わたしだけ深くハマったので、別のゲームにも手を出してみたのです」
それでナナクロを引き当てちまったってわけか。
「お兄さんも他のゲームをやってたんですか」
「あー、やってたよ。『ブルスト』とか『グラファン』とか」
「『ブルスト』やってたんですか。じゃあ、わたしとお兄さんはどこかで既に会っていたかもしれませんね。身の毛もよだつ話です」
「クソ生意気なガキめ」
一方、カァヤさんはやはり強かった。彼女は弓兵の二次職、狩人である。得物の弓から放たれる矢はこれまで一度たりとも的を外していない。
また、カァヤさんに備わっているであろうスキルのせいか、離れた場所からでもモンスターの位置が分かるようになった。狩人ともなると気配に敏感で、目がいいのだろう。俺たちは奇襲を受けることもなく、安全に進むことが出来た。
……さすがにザコ戦には参加してくれているみたいだし、大丈夫そうだな。
ぶっちゃけ、俺は何か裏があるんじゃないかと思っていた。カァヤさんのような上級者が都合よく出てきてパーティを組んでくれるなんてことはそうそうない。だが、杞憂だったな。俺にとってナナクロはただのゲームじゃないが、他の人にとってはたかがゲーム。このまま楽させてもらおう。
「ああ、見えたわね。注意して」
カァヤさんが立ち止まる。彼女の視線の先、今までのよりも背の高い草が生えていた。あそこだけ他のエリアよりも繁ってんな。なるほど、アレが目印か。
「草原の風景に紛れてやってくるわ」
「……紛れて?」
「頑張って。お手並み拝見、させてもらうから」
<4>
俺とさゆねこは背中合わせになって周囲を警戒する。カァヤさんは何も言わない。マジで俺たちがやばくなるまで手を出さないつもりだろう。
今、俺たちの周囲には3メートルはある草が生い茂っている。視界はクリアじゃない。カァヤさんは、紛れてやってくると言っていた。どこからだ。どこから来る。即死なんてやってこないだろうな。
その時だった。俺の前方にある草むらから物音がした。
「来るぞ!」
風を切る音がした。
目の前に、感情の宿っていない緑色の目玉が浮かんだ。俺はビビって声を上げ咄嗟に剣を振るったが、手応えはない。
攻撃を避けられた。その隙を突かれて、俺の腹部に何かが突き当たる。目玉と同じく緑色の剣。いや、これは鎌か。
「お兄さんっ」
「ちくしょう早い!」
ダメージを喰らった。ニードルボアの突進ほどの衝撃はないが、HPゲージが一割ほど減る。
そして、目の前には巨大なカマキリが姿を現す。
前脚は鎌のようにというか、鎌そのものだった。複眼がぎちぎちと動き、顎を上下に動かしている。
『切り裂く疾空・カマイタチ』
こいつ、名前の表示が他のモンスターとは違う、赤い文字で、それっぽい称号までついてやがる。マジかよ。NMじゃねえか。初見でNMなんて倒せるのかよ。
やがてカマイタチは左右の前脚を揃えて、祈るような所作のまま後退し、草むらの中へと姿を隠す。唯一の目印であった、先まで表示されていた名前も見えなくなった。
「大きい虫ってそれだけで反則ですよね」
「全くだ」
俺とさゆねこは武器が片手剣だ。出来れば飛び道具で削りたいが、近づいて戦うしかない。だが、カマイタチも近接戦闘に特化したようなフォルムをしている。要は殴り合いだ。
「見えないけど、向こうだって出てこなきゃ攻撃できない。一発は喰らってもいい。必要経費と考えて、出てきたらタコ殴りにしてやろう」
「分かりましたです」
敵が出てくるのを待つ。だが、中々動く様子はない。おかしいと思っていたら草むらから効果音が鳴った。なんだ?
気づけば、俺の体は飛んできた風の刃によってダメージを受けていた。さっきの攻撃よりも痛い一撃だ。
「は? え……なんだ? 今のは」
俺は回復アイテムを使いながら、意味もなくメニューを呼び出す。混乱していた。まさか、敵はもう一匹いるのか。
「魔法よ、ナガオくん」
「え?」
「あのモンスターは魔法も使うのよ」
何ですって? 冗談きつい。そんなんズルだ無敵だチートじゃねえか。姿を隠しながら飛び道具まで撃ってくるなんてどうしろってんだよ。
カァヤさんはまだ援護してくれそうにない。逆に言えば、まだ俺たちは大丈夫ってことだ。
「ちょっとー、話が違うと思うのです。どうしますかお兄さん」
「……こうなったらヤケだ。あとはカァヤさんに任せよう」
「どうするつもりですか」
「もう一発魔法が来るのを待つんだ。来たら、ダメージ喰らいながらでもいいから草むらに飛び込んでむちゃくちゃ攻撃しまくれ」
これしかない。殴り合いに活路を見いだすしか。どうせこっちにはカマイタチに対抗するスキルもアイテムも装備もないんだ。
「飛び込むのはいいですけど、どこに?」
「魔法の来た方角だ。効果音を頼りに突っ込め」
「うう、なんて頭の悪い作戦なんでしょう」
「うるせえ。……きたっ」
効果音が鳴る。風の刃は俺の右から飛んでくる。剣を構えて草むらの中に突っ込んだ。魔法のダメージを喰らったが回復している時間はない。
「出てこいコラァ!」
遮二無二剣を振るう。だが、いる。この近くにいるぞ。
ぎちりぎちりという音がする。
無茶苦茶やっていると背中を斬りつけられた。そこか。
「横薙ォ!」
振り向き、即座に見えている範囲を切り払った。致命的なダメージは与えられなかったが、カマイタチにかすり傷程度は負わせられただろう。
「みぎゃー! 気持ち悪い!」
向こうの草むらからさゆねこの悲鳴が上がった。俺から逃げたカマイタチがやつのところに行ったんだろう。
「斬りまくれ!」
「もうやってるのです!」
すぐに援護してやりたいところだが、俺の真上に、草が舞っているのが見えた。さっき横薙ぎで払った時のものだろう。……そうか。そういう手もあるのか。これはもしかすると、俺にしか出来ないやり方かもしれないな。
「お兄さーん! 変態のお兄さん助けてください―!」
「横薙ぎ連発だ!」
「どこ狙ってるんですか役立たず! 不能! ※※!」
さゆねこの罵倒ニモマケズ、俺はSPを使い切る勢いで草むらを切り払いまくる。すると、周囲一帯の視界がクリアになった。背の高い草を切りまくったおかげだ。
俺はそうやってカマイタチが姿を隠せる場所を少しずつ減らしていく。
そうして、見えた。モンスターの鎌が。
「そこかァ!」
横薙ぎを発動しながらカマイタチを追いかける。やつは逃げようとしたが、身を隠せる場所がないことに気づいたのだろう。祈るような所作で俺を待ち構える。
カマイタチが組んだ両足から、風の刃が放たれる。俺は姿勢を低くしながら突っ込んだ。刃が頭上を掠める。大丈夫。HPはまだ残ってる。ここは攻撃だ。吶喊あるのみ。
さゆねこと一緒にカマイタチに攻撃を加え続ける。うるさく思ったであろうモンスターは、二つの鎌で斬り払いを仕掛けてきた。やべえ、HPがない。
「退け退け!」
俺たちは後退しながら回復アイテムをがぶ飲みする。
落ち着いたところでカマイタチの様子を見るが、あんまり効いているようには見えなかった。
「お姉さんお姉さん、もうダメです。助けてください」
さゆねこがギブアップを宣言する。俺も目で訴えた。カァヤさんは仕方ないなあと言った風に息を吐き出す。
「二人とも、楽しかった?」
「全然」と、俺とさゆねこは声を揃えて言った。
「楽しそうに見えたんだけどな」
くすくすと笑むと、カァヤさんは得物を構える。
「援護するわ。二人は斬り込んで」
「ええー……了解なのです」
「うぃ、了解っす」
カァヤさんが矢を放った。それを合図に、俺たちは再びカマイタチに向かった。
<5>
カマイタチはカァヤさんのスキルによって状態異常を付与されまくっていた。どうやら、彼女は色々な種類の矢とスキルを使い分けているようだった。モンスターは毒にかかったり動きを鈍くさせられたり麻痺したりと散々な目に遭っていた。
『切り裂く疾空・カマイタチを撃破しました』
黒い霧と化すモンスター。戦闘終了の報告をするメニューくんが左右に揺れた。
はあ。終わった。何はともあれ助かった。
「二人ともお疲れさま」
「おつなのです」
「お疲れっす」
俺はその場に座り込む。黒い霧がこの場から完全に消えてなくなると、メニューくんがちゃっちいファンファーレを鳴らした。俺自身やジョブ、武器のレベルが上がったらしい。これで俺のレベルは『6』になった。さゆねこもレベルが上がって喜んでいる。
『《風の鎌》、《若草目玉》、《SP回復薬》を入手しました』
聞き覚えのないものがドロップした。
「カァヤさん、これは何に使うんですか?」
「風の鎌は装備品ね。若草目玉は素材になるわ。それから……」
「おおー、なんかラッキーです!」
さゆねこが狂喜乱舞している。ガキっぽくてなかなかに可愛らしい。
「さっき、さゆねこちゃんが《疾空鎌》をドロップしたの。カマイタチが落とすものの中では当たりの品ね」
「へえ、いいな。それも装備品なんですか?」
「ええ。序盤では有用なスキルがついてるの」
「よかったな、さゆねこ」
「はい!」
おお、素直。
うーん、やはりソロよりパーティのがいい。経験値や金は人数によって分配されるが、一戦闘が楽に、早く済む。頭数が揃ってりゃあ今みたいなドロップの美味い敵にも勝てるしな。
その日、俺たちはギルドとカマイタチの出現する草原を行ったり来たりして、経験値や金、アイテムを稼いだ。
<6>
現在時刻は『18:45』。
俺は一度ログアウトして晩飯を食べるべく、さゆねこ、カァヤさんと別れた。二人はもう少しだけ遊んでいくらしい。
「しかし、かなり稼げたな」
ホクホク顔でセルビルに戻ると、真っ黒くてでかい人がいた。黒盾さんである。無視するのも何なので挨拶してみた。
「く……シュヴァルツシルトさん! この間はありがとうございました」
向こうも俺に気づいたらしい、立ち止まって挨拶をしてくれた。
「ああ、お前か。調子はどうだ?」
「実はさっきまでカマイタチを狩ってたんですよ。かなり稼げました」
「何? ソロで、か?」
「いやいや、ちょっと強い人に手伝ってもらって。三人で」
「ほう、パーティを組んだのか」
黒盾さんは驚いているらしかった。セルビルに、自分以外にも強い人がいることに対してか、俺がソロを脱却したことに反応したのかは分からない。
俺は余計なことを言うのはやめておいた。ソロの方が楽ですよ、とか、そんなことを黒盾さんに言ってもしようがないからだ。楽ではあっても気楽ではない。上級者になればなるほど、パーティを組むのは当たり前で、ちょっとしたミスやアイテムの分配などで揉め事も起こる。黒盾さんはそういうのが嫌になったのかもしれない。
「……楽しかったか?」
「ぶっちゃけ、よく分かんないです。ただ、他のゲームじゃあ当たり前のようにやってましたから、ホッとしたってのが強いような気もします」
楽しいか、か。
カァヤさんにも聞かれたっけ。
「そうか。よかったな」
黒盾さんは町を出ようとする。俺は自分でも気づかない内に彼に声をかけていた。
「……なんだ?」
「ああ、その、よかったらフレンド登録だけでもしてくれませんか」
「だが、俺はパーティは」
「組んでくれなくてもいいんす。お世話になったし、次の馬車が来たら俺は王都に行きます。報告だけでもしたくって」
「…………そうか、分かった」
意外にも黒盾さんは了承してくれた。お互いにフレンド登録して、その場は別れた。……あの人は普通のプレイヤーだ。俺とは違う。もっと普通に楽しめばいいのに、なんて偉そうなことを考えてしまった。
プレイスタイルは人それぞれだ。惰性でやっているって人もいるだろう。誰かが誰かを無理強いして遊ばせるなんてのは許されないことなんだ、きっと。
<7>
俺は宿屋に戻り、ログアウトするところでケータイのことに思い至った。
『困ってるの?』
………………あああああああああ。鶴子に泣き言言いまくったのを思い出してしまった。あれから、あいつとは少し距離を置いている。恥ずかしいからだ。あの時は二度と戻ってこれないと思っていたが、あっさり、すんなりログアウト出来て何とも言えない気持ちに陥った。
だが、いい機会だ。直接顔を合わすでもなし、つーか、俺とあいつは今、違う世界にいる。何か気が楽になった。
俺は兄貴のケータイを取り出し、ベッドの縁に腰かける。
このケータイは鶴子にしか繋がらない。俺のケータイや、実家の番号にかけてもダメだった。なぜなのかは分からない。兄貴を見つけて問い質しても分からないかもしれない。今はそれでいい。
『……ナっくん、だよね』
長めのコールの後、鶴子が電話に出た。
「ああ、またなんだ。悪いな」
『悪いと思ってるならケンちゃんの電話を使わないで欲しいな』
「事情があるって言ったろ」
『事情って、何』
俺は口ごもった。兄貴の手がかりを見つけたから、ナナクロってゲームの中にいるんだ。俺はこのゲームを進めて、兄貴を見つける! ゲームの中で。
なんてことは口が裂けても言えない。
「今は言えねえんだ。それより、聞きたいことがある」
『ええー、何?』
「最後に。最後に、兄貴と何を話した?」
『……どういう意味?』
「兄貴のケータイなんだけどさ、通話の履歴を見たんだ。兄貴が最後に……失踪する直前にかけたのはお前なんだよ、鶴子」
向こうから溜め息が聞こえてきた。
『話せなかった。私、出られなかったから』
「ああ、そう、なのか。分かった。それから、あの時のことはあんまり気にしないでくれ。俺、ちょっと心細くなっただけで別に何ともなってねえから」
『ん? う、うん、わかった。ねえ、それより、もしかしてケンちゃんのこと、何か調べてるの?』
まあ、トロい鶴子でも勘づくわな。
「今は言えねえんだ。でも、何かあったら絶対にお前に言うから」
『ねえ、変なことしてないよね。危ないこととか』
「ああ、してねえって」
俺は嘘を吐いた。
「あと、何か用事がある時だけどさ、もし俺のケータイ鳴らしまくっても出なかったら兄貴の方にかけてくれ。そっちでなら出られる時があるんだ」
『勝手にケンちゃんのを使ってるの?』
「じ、事情があるんだって」
『ふーん。私には言えないんだ』
「いや、だからな」
『いじわる!』
あっ、電話切れた。つーか『いじわる』って。ガキかよ、もう。ちくしょう。俺だって本当のこと言いたいんだよ。