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序章

<1>



『なあ、なあ』


 眠っていても、自分が夢の中にいるのだと気づく時がある。それが今だった。

 夢の中で、俺は誰かの服を引っ張って呼びかけている。


『何?』


 利発そうな顔立ちの少年が振り向く。……ああ、こいつは兄貴か。随分幼く見えるな。小学生くらいの時だろうか。

 兄貴は俺を見下ろして微笑みかけていた。


『鶴子がさ、話してくれないんだ』

『そうだね。それはね、長緒が鶴子のスカートをめくるからだよ』

『だってひらひらしてて気になったんだよ』

『長緒は犬じゃないだろう? ちゃんと謝りな』

『ごめんって言ったら許してくれるかな、あいつ』


 もちろん。

 兄貴はそう言って俺の頭を撫でる。


『それで、鶴子のパンツは何色だった?』

『白かった! けどちょっと黄色いところがあってさあ、教えてやったらあいつすげえ怒ってやんの』


 兄貴は無言で俺の頭をはたいた。

 ……恐らく。

 恐らくだが、幸福な夢だったんだろう。目覚めた時、寝汗が酷くて息苦しかった。



<2>



 今日からまた平日で学校が始まる。俺は家に帰ってすぐにナナクロへのログインを試みた。また何度も失敗したが、イライラさせられながらも無事にログインすることに成功する。


「……ん?」


 俺は、自分が闘技場のアリーナに立っていることに気づいた。ああ、そうか。昨日はここでログアウトしたんだっけ。

 メニューで自分の状態を確かめると、HPが結構減っていることに気づいた。調べてみると、ここはもう戦闘エリアではなくなったらしく回復アイテムの使用も解禁されている。

 回復アイテムを使いつつ、俺はイシトラの工房へ行くことにした。



<3>



 俺が顔を出すと、イシトラはえらく驚いていた。どうやら、俺がもうとっくにロムレムを発ったものだとばかり思っていたらしい。


「イシトラさんは残るんですね」

「おれは武器を作るくらいしか出来ねえからな。まだ先の話だが、ロムレムで店をもらえるんだとよ」

「マジですか。すごいじゃないですか」

「ああ、おれが生きてるうちに店を開けりゃあいいんだがな。ま、それまではここで仮住まいってわけよ」


 腕がいい鍛冶師だもんな。引っ張りだこになりそうだ。


「坊主に武器を造るたあ言ってたが、時間が足りねえな」

「はい。今日にでもロムレムを出ますから」

「そうか、達者でな。二度と会えねえってわけでもねえんだ。もてなしなんぞ出来ねえが、気が向いたら顔を出してやってくれ」

「もちろん」


 セリアックから生きて帰れたらの話だけどなあ。


「そういや、あの坊主も闘技場を出たぜ」

「坊主? スィランのことですか? あいつ、一応女ですよ」

「おれから見りゃあどっちなのか分からねえからな」


 けど、そうか。スィランはここに残らなかったんだな。セントサークルって大陸が故郷って言ってたし、そこへ帰ったんだろう。


「チャンプもここを出て行っちまった。寂しくならあな」


 え? チャンプも? あの人はここにこだわっているように思えたんだけどな。

 気にはなったが、俺は俺、チャンプはチャンプである。イシトラさんに別れを告げ、俺は市外の方を目指した。



<4>



 武器や道具を買い揃えようと思っていたんだが、昨日の火災で主要な店が燃えてしまったらしい。ひでえ話だ。ひっでえゲームだ。プレイヤーへの救済措置とかないのかよ。これじゃあ買い物も出来ないじゃないか。

 こうなれば仕方がない。馬車でカルディアに戻るか、セリアックに進んでそこで買い物をするかの二択だな。……いや、選ぶ必要はない。今更退いたってどうしようもないんだ。

 セリアックに行こう。

 そう決意した時、メニューくんがメッセージが届いたことを教えてくれた。


『変態のお兄さんは今どこにいますか』


 ……さゆねこからだった。そういやどさくさのせいで忘れてた。俺は返事を送り、先に寄合馬車が出ているかどうかを確かめておこうと、町の出入り口で待つことにした。



「出ない?」

「ああ、すまねえなあ、兄ちゃん」


 ロムレムの出入り口の近くに馬車が停まっていたので、御者らしき男に話しかけると、馬車を出せないと言われてしまった。俺は食い下がってみたが、どうしてもダメらしい。


「カルディア方面なら出せるんだけどな、セリアック方面は行けねえ。ワープストーンが反応しねえんだよ」


 ワープストーンが?


「ワープが使えねえと街道を通ることになっちまうんでな」

「いや、街道なんだから普通に通ってくださいよ」

「盗賊が出るんだよ」

「……護衛を雇えばいいじゃないですか」


 御者の男はぶんぶんと首を振った。


「ダメだダメだ。護衛を雇うのもタダじゃねえし、絶対どうにかなるって保障もねえ。第一、馬がそっちへ行くのを怖がってる。ハシラサマが怒ってるのさ。悪いが、どいつもセリアックには行きたがらねえよ」

「セリアックまでは遠いんですか?」

「兄ちゃん、かちで行く気か? 何日もかかっちまうぜ」


 おいおい、マジかよ。馬車が使えなきゃ他の足を探すしかないけど、それも無理なら徒歩になる。街道はあるかもしれないが、俺は旅慣れているわけじゃない。数日どころかそれ以上の時間がかかるだろう。


「馬車以外に乗り物はないですかね」

「牛車はあるな」


 牛て。

 間違いなく馬より遅いじゃねえか。そういや、ホワイトルートでも馬車以外の乗り物を見た覚えがないな。基本的に徒歩か、動物に牽かせるくらいしかないんだろう。他の大陸ならいざ知らず、ここには電気も蒸気もなさそうだ。


「ああ、でも、兄ちゃんたちみたいな冒険者はたまーに空を飛んでるな」

「空?」

「妙な魔物に乗ってるのを見かけたことがあるぜ」


 空を飛べる魔物を飼い慣らしているのだろうか。魔物使い(ビーストテイマー)とか召喚士サマナーとか、そういうジョブがあるかもしれない。が、俺は今格闘家だ。今から転職しても間に合わないだろう。

 闘技場で戦ったザンギリは《韋駄天アクセル》というスキルを使っていた。ああいうのがあれば自分の足でも時間を短縮出来るかもしれないけど……ダメだな。今は何も思いつきそうにない。



<5>



○名前:☆八坂長緒(22)

 種族:人間

 職業:格闘家(7) 剣士(5)



○ステータス

 HP:1320

 SP:325

 ATK:309

 DEF:243



○装備

 頭:ケトルハット

 右手:グラディウス・イシトラモデル

 左手:ドーンナックル

 体:剣士の胸当て

 足:剣士の鉄靴

 装飾品:鞘

 装飾品2:



○スキル

・横薙ぎ、剣の加護、戦意上昇、直視不可曙光、見切り



 闘技場で戦っていたおかげか、レベルがロムレムに来る前よりかなり上がっていた。だけど装備品は右手の武器以外変わっていない。格闘家のレベルも上がったが、ステータスはそこまで上がったという感じはないな。

 だけどスキルは二つ覚えた。スロットには余裕があるし、刹那やろいどみたいな連中と戦うにはまだまだ足りない。ドーンナックルはマスターしたから、やはり新しい装備が欲しいところだ。……つーか、全然足りないんだよなあ。



 出入り口近くの柵に背を預けてステータスなんかをぼんやり眺めていると、町の方からさゆねこがやってくるのが見えた。


「昨日ぶりですね、お兄さん」

「おお、元気だったか」

「もちろんです! さあ次はどこに行くのですか」

「いや、それがな……」


 俺は、セリアック方面の馬車が出ないことをさゆねこに伝えた。


「ああー……町にもそういうことを言ってる人たちがいました。困っちゃいますね。でも仕方ないから歩いていくしかないと思います」

「……なあ。お前は昨日のやつらを見たよな?」

「昨日の?」


 さゆねこはきょとんとしている。


「いや、闘技場をぶっ壊した二人がいただろ」

「いましたいました。わたしは逃げてたので遠くから見てましたけど」

「俺はセリアックに行こうと思う。けど、その二人も、そいつらの仲間もセリアックにいるかもしれないんだ」

「おおー、そうですか。ではすぐに向かいましょう」


 え?


「怖いとか、そういうのはないのか?」

「だってゲームじゃないですか。カルディアのダンジョンは雰囲気が少し苦手でしたけど、昨日は怖いとか、そういうのはなかったです」


 ……うーん。そりゃまあ、そうなるのか。さゆねこにとってはパソコンの画面の中の話だもんな。あくまで外から見てるんだ。一方、俺はその画面の中にいる。


「そんなことより、お兄さんはわたしに言うことがあると思います」

「……言うこと?」

「分からないんですか」


 はあああああああ、と、さゆねこはクソデカい溜め息を放った。


「お礼です。わたしはお母さんから、助けてもらったらありがとうと言いなさいと言われています。お兄さんは言われたことがないのですか」

「ありがとう、ございます……」


 俺は頭を下げた。さゆねこには闘技場で援護してもらった恩がある。今返したけどな(大人げないと言う)!


「何だか、年上の人に頭を下げられると変な気分になりますね」

「そうか。変な方向に目覚めないようにな」

「では、こちらも。お兄さん、助けてくれてありがとうございます」

「どうしてお前もお礼を言うんだ?」


 すると、さゆねこは両手をパッと開いて見せた。


「……何? 指が十本?」

「違います。何を言っているんですか※※のお兄さん」


 今なんつったこいつ。


「お兄さんが闘技場で頑張っている間、わたしはちょっとリアルでも笑っちゃうくらいにお金を稼がせてもらいました」

「な、まさかRMT的なやつか?」

「なんですかそれ? わたしは闘技場でお兄さんが試合に勝つ方に賭け続けてただけですよ?」


 ……あー。ゲーム内通貨の話か。


「それにしてもグレーな気はするけどな。子供がギャンブルなんてけしからん気がするぞ」

「何を言っているのですお兄さん。ゲームはゲームですよ」

「そう言われると、こっちとしても言うことはない」

「論破ですね、論破」


 俺は息を吐き、空を見上げる。相変わらず黒くて、どんよりとしている。ハシラサマとやらが怒りを鎮めない限り、ずっとこうなのかもしれない。

 ふと、近くにある森の方から物音が聞こえてきた。そちらをずっと見ていると、頭にでかい葉っぱを乗せた女の子が出てきた。彼女は頭を振り、鬱陶しそうに葉っぱを払う。すると葉に隠れていたアホ毛がぴょこんと出てきた。……スィランじゃないか、アレ?

 最後に会った時とは着ているものが違っていたが、スィランその人に間違いはなさそうだった。向こうも俺に気づき、首を傾げながら近づいてくる。


「久しぶりじゃねえか。もう二度と会わないと思ってたぜ」


 スィランのじっとりとした目つきは相変わらずだな。


「お前、故郷に戻ったんじゃなかったのか?」

「スィランだってそうしたいんだけどな。セントサークルからこっち、ほとんど馬車の荷台で外の景色も見れなかったんだぜ。ロムレムからどうやって帰ればいいか分かりゃしねえ」

「それにしたって森を抜けてくるのはおかしくないか。街道沿いに進めばどうにかなるだろ」

「……あーあー、うるせえな。方向音痴だって馬鹿にしたけりゃあ勝手にしろよ。その口縫い合わせてその辺に放り出してやるからな」


 スィランはその場に座り込んでしまう。何を一人で拗ねてるんだ。


「お兄さんお兄さん、こちらの人は誰ですか」

「闘技場でもいただろ。なんつーか、俺の知り合いというか、ルームメイトだったというか」

「困っているようですが」


 うーん。俺はスィランの傍に屈み、ある提案をしてみた。


「俺たちはセリアックまで行くつもりなんだけど、とりあえずそこまで一緒に来るか?」

「……いいのか?」

「一人でセントサークルまで帰れるか?」


 スィランは諦めたように首を振る。


「わりぃなヤサカ、あんたの世話になる」

「いいよ。知らない仲じゃないんだしな」

「ああ、そうだな。あんたにはスィランの恥ずかしいところも全部見られてるくらいだからな」

「えっ、お兄さん、まさか……」


 スィランは軽く笑っていたが、さゆねこが過敏な反応を見せた。面倒くさそうなことになりそうだと、俺は頭を抱えたくなった。



<6>



 俺はさゆねこに引き続き、スィランにも事情を説明した。馬車が出ないことを聞くと、彼女は難しい顔を浮かべる。


「ちょうどいいじゃねえか。故郷に戻る前にあのいけ好かないやつをぶっ飛ばせるチャンスが巡ってきたってわけだ。奴隷からも解放された。人生ってのは捨てたもんじゃねえんだな」

「けど、あいつらが何かやらかす前に柱に辿り着かなきゃならないと思う」


 だが、難しいだろう。

 刹那とろいどはワープストーンを使うなりしてロムレムからセリアックに行ったはずだ。今はもう柱のもとに着いていてもおかしくはない。……ワープが使えないってことは、誰かがセリアックのワープストーンに何か細工とか、ぶっ壊したりとか、そういうことをやったのかもしれない。


「でも俺たちは徒歩だ。正直、何か起こっても間に合わないかもな」


 スィランは無言で空を見上げる。そうして溜め息を吐いて、羽織っていたクロークを脱ぎ捨てた。下には麻っぽい素材で出来た服を着ていた。


「確かに、ちんたら歩いてりゃあ何日かかるか分からねえな。……なあ。あんたはスィランのことが好きか?」

「……? ああ、好きだ。いいやつだと思うぞ」


 俺が答えると、スィランとさゆねこは呆れたような顔で俺を見てきた。


「お兄さんはいったい闘技場で何をしていたんですか?」

「そういう意味じゃなかったのか……?」

「スィランのことを女としてどう思ってるのか聞いたんだよ、クソ間抜け」


 いきなりそんなん聞いてくるとは思わないだろう。しかしここははっきりと答えておこう。


「前にも言ったけどさ、俺はスィランのことを女として見てないぞ。だって硬いし、こええんだもん」

「殴られる方がまだマシだ」


 スィランは俺をねめつけてくる。本当のことを言っただけじゃないかよ。


「だいたい、俺がお前をどうこうなんて話は関係ないじゃんか」

「あるんだよ」


 え、あんの?

 スィランは服の裾をたくし上げ、太ももを見せつけてくる。痴女かお前は。


「バカ、子供がいるんだぞ」

「スィランを女と思ってないんだろ。そうじゃなくて、ここだよ、ここ」


 そう言って、スィランは赤い痣を指差した。


「……あ。思い出した。その痣は前にも見たな」

「お兄さん、やっぱり……!」


 一々話の腰を折るんじゃありません。


「で、その痣が何なんだよ」

「こいつはな、スィランが昂った時に出てくるんだ。戦ってる時とか、ブチ切れそうな時とかにな」


 俺は目を逸らした。


「これは痣じゃない。証だ。スィランが竜人ドラゴニュートだと示してる」

「ドラゴ……?」


 なんだそりゃ。

 いや、待てよ。セルビルのギルド職員がそういう種族がいるってのを説明してたような覚えがある。


「竜人を知らないのかよ、あんた。まあ、スィランたちは数が少ねえからな、仕方ねえか。要は竜の血を引いてる人間ってことだよ。普通のやつらと特に何も変わらねえ。ちょっとばかり力が強いだけだ」

「竜って割には……そうは見えないけどな」

「スィランはまだ未熟だからな。スィランの親父はもっと分かりやすい姿をしてるぜ」

「ああー……」


 闘技場でのスィランの振る舞いを思い出して俺は納得した。竜の血を引いている種族なら、手枷ぶっ壊したり、素手で冒険者をボコったり出来るのかもな。


「竜人は珍しいからな。奴隷市場じゃあスィランには相当いい値段がついたらしい」

「誇らしげに言うな。そんで、スィランが竜人なのは分かったけどさ、それが何なんだ?」

「ちょっとスィランを昂らせてみろ」


 はあ?


「昂るって、どうやるんだよ?」

「怒らせるとか、そういうのでいい」


 俺とさゆねこは顔を見合わせた。そして思いつく限りの悪口をスィランに向けて放った。しかし彼女は目を瞑って拳を震わせて必死に堪えている。いや耐えてんじゃねえよ。怒れよ。


「ふ、どうした。スィランを昂らせてみろ」


 なんだこいつ。すげえ面倒くさい。

 どうするものかと悩んでいると、さゆねこが俺を手招いた。顔を寄せると、こそこそと耳打ちしてくる。


「……こう言えばどうにかなるような気がします」

「ええー? マジで言わなきゃダメか?」

「ダメです」


 さゆねこは意地悪い笑みを浮かべた。どうやら俺をもっと困らせたいらしい。まあいいや。こいつにも借りはあるんだし。

 俺は頷き、スィランの傍に行って耳を貸すように言った。


「なんだよヤサカ、やる気か。……あっ」


 俺はさゆねこに吹き込まれた言葉をそのまま棒読みで言った。スィランはぴくりと肩を振るわせた後、じっとりとした目で俺を見る。口元がぴくぴくしていた。


「馬鹿かあんた。そんなんでスィランを落とそうとしてんのかよ。いいか? スィランはな」

「あ、竜のお姉さん、体が光ってるのです」

「え? あっ、やべえ」


 スィランが自分の体をかき抱くも発光は収まらない。俺とさゆねこは手や腕で顔を隠しつつ、彼女から離れた。



<7>



「ど、どうなったんだ?」


 次に俺とさゆねこが目を開けると、そこには馬二頭分ほどの、二足歩行のトカゲのモンスターがいた。

 薄緑の鱗と長い尻尾。逞しい四肢。鳥っていうより、コウモリめいた翼が二枚生えている。モンスターはその翼をゆっくりと広げて大口を開けた。……対峙すると嫌悪感より先、自分が強大なものの前にいるのだと委縮する。これは、ただのトカゲじゃない。ドラゴンだ。

 さゆねこは無言で弓を取り出す。俺も危うく剣を抜きそうになったが、鱗と同じ、透き通った緑の瞳がこちらをじっと見つめていた。


「スィランか?」


 ドラゴンが俺の言葉に反応して頷くので、事なきを得た。


「……本当にスィランなんだよな?」

「そうだって言ってるじゃねえか」


 みぎゃあとさゆねこが叫ぶ。ドラゴンを口を利いたのだ。見た目とのギャップに驚くも、その声は間違いなくスィランのものであった。


「スィランはドラゴニュートだって言ったじゃねえか」

「いや、血は引いてるとは言ってたけどさ、ドラゴンに変身出来るとか思わないだろ」

「こんなもんドラゴンなんて呼べねえよ。スィランの体はまだ小さい。……おいチビスケ、べたべた触るんじゃねえよ」


 さゆねこはスィランの後ろに回り、目を輝かせている。


「さゆねこには分かりましたよ。お姉さんがわたしたちを乗せて、次の町まで運んでくれるのですね」

「あっ。ああ、そういうことだったのか」

「かなり不服なんだがな」


 ドラゴン。

 ……すげえな、マジでドラゴンなのか。ザ・ファンタジーの王道である。確かに、スィランに乗せてもらえるなら徒歩よりも、あるいは馬車で行くよりも早くセリアックに着くかもしれない。しかもドラゴンに乗って空を飛ぶとかロマン指数が高い。


「すごいですねお兄さん」

「な! いやあ、すげえなあ、ホントすげえ」


 すごいすごいと言いながら、俺とさゆねこはスィランの背に乗ろうとする。彼女は体を震わせて俺たちの侵入を拒んだ。


「乗せろよ!」

「乗せるのです!」

「……いいか。スィランは女だ。女のドラゴンは簡単に誰かを乗せねえんだよ。スィランの尻は軽くない。こいつだって決めたやつだけ乗せるんだ」


 そう言ってスィランはこっちを指差す……というか爪を向けてくる。


「じゃあどうすりゃいいんだよ」

「…………もういい。もういいから乗れ」

「了解です!」


 さゆねこは一番に乗ろうとしたが、スィランがさゆねこの首根っこを掴み、手で持った。


「な、なんですかっ」


 じたばたと暴れるさゆねこ。本当になんなんだ。


「ちくしょう屈辱だぜ。いいかよヤサカ、スィランが乗せてやるんだ。それなりの覚悟をしとけよ」

「はいはい」


 俺はスィランのケツに足をかけて背中に跨る。どっか掴む場所がないと安定しないんだけど。あっ、これでいいや。なんか頭から角が一本生えている。


「おいっ、どこ触ってんだ!」

「角だろ」

「くそ、元に戻ったら覚えとけよ」

「戻ったらって……自分の意志で戻れるんだろうな?」

「しっかり掴まってろよ。ああ、チビスケはスィランが掴んでるんだけどな」


 ちょっと……なんか急に不安になってきたんだけど。


「つーか、ちゃんと飛べるんだよな? 大丈夫だよな?」


 スィランは何度か深呼吸を繰り返していた。俺やさゆねこのことが全く頭にないらしい。そうしてスィランは二足で大地を踏みしめ、翼をばさりと広げた。


「い、行くぞっ」


 助走の為か、スィランが地面を蹴って何歩か進む。次いで、力強い踏み込みのままジャンプをした。


「お、おおー! すごいですね、飛んでます! わたし掴まれてますけど」


 上昇。


「おお……? 空に浮いてるぞ」


 浮遊。


「あっ、やっぱダメだ」


 そして下降した。

 スィランは空を飛ばずに、俺たちを乗せて街道を走って進む。


「いや、飛べよ! 飛んでくれよ!?」

「そりゃ無理な相談だな」

「なんでだよ!」


 スィランは走りながら、空を見た。


「スィランは高いところが嫌いだ。だからドラゴンにもなりたくねえし、わざわざ空を飛ぶこともしない。あんただってそうだろ。苦手なやつのいるところには行きたくねえし、見たくもねえはずだ」

「……嘘だよな?」

「スィランの方が馬よりは速いだろ」


 掴まれているさゆねこを見ると、どうでもよさそうな顔をしていた。


「お姉さんは高所恐怖症のドラゴンだったんですね……」

「ヤサカ。スィランは変身すると腹が減るんだ。よろしく頼むぜ」


 馬車の方が安上がりではなかろうか。

 こんなんでちゃんとセリアックに着くんだろうか。

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