第3章 剣には剣を
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俺にとっては初めての一部リーグだ。
イシトラに言われて警戒していたが、特に何も起こらなかった。チャンプの妨害とやらは杞憂だったらしい。
俺は地下の控え室で自分の出番を待つ。前までと同じ部屋だったが顔ぶれが違うな。チャンプが相手だからか、俺の出番は今日のトリらしい。
死なないように。殺さないように。
何様のつもりだって話だが、可能な限りは生き死にのことを背負いたくはない。
少しぼうっとしていると、ひときわ大きな歓声のせいで目が覚めた。我ながら図太いな。
兵士が俺の傍に近づいて準備をするように言ってきた。俺は立ち上がり、片手で装備できる盾を選び、通路の方へ向かう。試合を終えたやつがこっちに戻ってきた。黒ずくめの小柄な……ああ、そうか、俺を助けてくれたやつじゃないか。
「あんたも一部に上がってたのか。あ、この前はありがとう。団体戦の時だったんだけど覚えてるか?」
「……あァ?」
黒ずくめのやつは俺の襟首を掴み、力ずくで引き寄せた。フードのせいで顔が見えないが、色は白いな。
つーか、借りがあるからすぐには振り解かなかったが、なんだよこいつ。
「荒っぽいな」
「オマエのせいでストレスも何もかんも溜まってんだ。覚えてろよ」
「……俺の?」
突き飛ばされてたたらを踏んだ。黒ずくめは舌打ちして通路を歩いていく。なんだってんだよ、あいつ。
借りはあるけど関わりたくない感じのやつだな。俺が何をしたのかさっぱりである。気を取り直してアリーナへ向かおう。
ゲートの前に立ってアリーナを見ると、担架らしきものに乗せられて運ばれている人がいた。砂の上に血の跡が見て取れる。さっきの黒いのがやったのか。
「――――ッッ!」
アリーナからは、今から戦うやつの名前……つまり、俺のことを紹介する声が聞こえてくる。
ゲートの左右に立つ兵士によって、アリーナへの入り口が開かれた。俺はメニューを操作しながらゆっくりと歩き、グラディウスを呼び出して、そいつを握り締めた。
アリーナに足を踏み入れた途端、歓声が起こった。
「西門より入場するは、新進気鋭の戦奴『ヤサカ・ナガオ』! 続いて、東門より入場するは……」
「……なんだ?」
音が止んだ。
観客の声も、風の音も、何もかもが不自然に。
そうして、観客席の偉ぶったところにいる太ったおっさん(実況するアナウンサーみたいな役割だろうか)が、俺のいる方とは反対側のゲートを指差す。
「ロムレムの闘技場に君臨し続ける我らが王者! 無敗の男! ロムレムの荒れ牛! 人呼んで《迷界両断》! さあ、喝采を! 歓声を! チャンプは何より我らの声を求めている!」
空気が震えた。
直感した。止んだ音が戻ってくる。
俺の時とは比較にならない歓声と地鳴り。誰も彼もがチャンプを呼んでいる。彼の登場を待ち望んでいる。
もはや音の暴力だ。でか過ぎて逆に聞こえない。
「チャンプの贄となるか、あるいは抗って生を勝ち取るか! 我らの答えは如何に!?」
チャンプの名を呼び続けていた観客が、今度は別の何かを叫び始める。俺にはすぐに分かった。
殺せ、だ。
とんでもないアウェイ感だな。
殺せコールを受け、遂に東門からチャンプが姿を現す。観客の声はより一層大きいものとなる。
チャンプは左手で馬鹿でかい斧を引きずりながら、右手を天に向けて突き上げながら、悠然とした足取りでアリーナの中央に歩いてくる。俺も、彼に倣って再び歩を進めた。やがて俺たちは互いの声が聞こえる位置で立ち止まり、ねめつけ合う。
「ご指名ありがとうございます、チャンプ」
「なぁに、イシトラが気に入ったってのがどんなやつなのか、俺も気になってなあ」
チャンプは俺のすぐ近くで、戦斧を片手で素振りし、隙のない動作で構える。
「だが、大したことなさそうだ」
「……そうですか」
ああ、しかし、でけえな。
身体も武器もでけえ。まともにやり合ったら普通に負けるだろうな、こんなの。
「何も気づかねえ盆暗一人。俺『だけ』で片づけるのも楽そうだ」
「……?」
何か引っかかること言ったな、こいつ。
「そろそろ始めようぜ、冒険者の兄ちゃん。今日も客は血に飢えてんだ」
俺は無言で剣を構えて、応えた。
<6>
ラッパが鳴る。打楽器が鳴る。開始の合図を告げられたと同時、俺は盾を前に突きだしながら走る。
取れる手は一つだ。
俺のグラディウスのリーチは短い。チャンプの斧は馬鹿でかいが、懐に潜り込まれれば取り回しが悪くなるに違いない。
「らあっ!」
盾がパリィされる。俺の左腕が持ち上がる。予想はしていたから焦りはしない。次にチャンプの拳が迫る。俺は弾かれた勢いのまま体を捻じり、盾でチャンプの拳を弾き返した。
「やるじゃねえかよ」
グラディウスを突きだす。チャンプは拳で刃先を受け止めた。なんだこの硬さはっ。
一度でダメなら二度、三度とやるだけだ。俺は盾を使って剣の出所を分かりづらくし、チャンプの防御の隙間を狙い続ける。二発いいのが入ったが、それでもダメージはあまり通らない。
「《戦意上昇》!」
距離を取ってスキルを発動する。それでも、ステータスの差は簡単には埋まらないだろう。……チャンプの上半身は剥き出しだ。が、柔らかいわけじゃない。オウガという種族特有のものなのか、鉄のように硬い。
「退いたな?」
「うおっ……!?」
チャンプが斧を振り被る。思っていたより、先の素振りよりも速い。俺は避けるのに精いっぱいだった。
「おぉらよ!」
今だ。
チャンプの大振りが空ぶった。俺は距離を詰めようとしたが、チャンプはくるりと斧を回転させ、柄の部分で俺の額を突く。しまった、ハメられた。
俺はダメージを負いつつ、もう一度距離を取る。
「どうした? イシトラの剣が泣いてるぜ」
この人、強いっつーか上手い。俺の倍は生きてるんだ。戦闘経験だって豊富なはずだ。
「俺も泣きてえよ!」
「またまっすぐか」
何にせよ突っ込むしかないからな。
俺はチャンプの懐に潜り込み、グラディウスで突く。
「芸がねえな。兄ちゃんに付き合ってると、客が退屈すらあな!」
チャンプは俺の剣を弾くと、膝蹴りを食らわしてきた。俺の動きが少し止まる。その間に、腹にもう一撃叩き込まれた。アッパーカット気味のパンチを受け、俺の体が阿呆みたいに宙に浮く。
風切り音。
チャンプが俺の真下で斧を構えて待っていた。このままじゃ真っ二つだ。
「のヤロォ!」
体を反転させ、グラディウスを斧の刃先にぶつける。剣の腹を滑らすようにして体を庇うと、黒板を引っ掻くような嫌な音と共に火花が散った。
「くっそ」
「意外と凌ぐじゃねえか」
どうにか着地するも、チャンプは斧を横薙ぎに払った。後ろへ下がる。チャンプの攻撃に速度が乗った。
「どうした、どうしたどうしたどうしたよ!」
こんなもん喰らえば一発で死ぬぞ。
俺はグラディウスの腹で斧を防ぐ。が、ガードの上からでも衝撃が伝わり、不様に、後方へと転がってしまう。追撃を警戒したが、チャンプは意外にも追ってこなかった。
呼吸を整えようとして片膝をつくが、俺の真後ろの地面が、開いた。
<7>
アリーナには仕掛けがある。闘技大会に参加するものをせり上げる舞台が仕込まれている。そのことに気づいたのは今だった。
「なんで……!?」
アリーナには砂が撒いてあるが、その下には分厚い板がある。俺の後ろで板が跳ね上がり、地下の仕掛けを利用して『何か』が現れた。
その何かとはモンスターだ。大口を開けて俺を食おうとする、巨大な獣だ。ライオンか、虎か。とにかく馬鹿でかいネコ科に似たモンスターである。モンスターは前脚を使って俺を捕らえようとしたが、グラディウスで反撃した。
俺は急いでモンスターから距離を取るが、チャンプは既に斧を繰り出している。
防ぐことは叶わない。死ぬのを覚悟して身を低くする。俺の頭上を鋭い一撃が過ぎ去った。
「ふざけんなコラァ!」
立ち上がり、モンスターとチャンプを警戒するも、既にモンスターの姿はない。開いていた板も閉じられていた。……おいおい、まさか。
「あの仕掛け、俺だけを狙ってんのか?」
チャンプを見据えると、彼は笑った。それが答えだと言わんばかりに。
「ここにいるやつらは王者のことが好きでな。魔物のせり出す仕掛けも、まあ、時には誤作動を起こすかもしれねえ」
「きたねえぞ」
「観客も、兵士も、奴隷も。……たとえば、飯を作るやつも、薬を作る医療室のやつもな」
俺は口を開こうとしたが、視界がブレるのに気付く。同時、メニューが現れて俺の状態異常を示した。嘘だろ、こんな時にかよ。
「……今日の飯に、何か入れたのか?」
「俺は何も知らねえよ。だが、そんなことも起こるだろうよ」
「ちくしょうがっ」
このまま時間をかけてるとまずい。ただでさえ相手は強いんだ。これ以上こっちが弱くなってどうするよ。
「秘書が勝手にやりましたってか!」
「なんだあ、そりゃ?」
俺の渾身の一撃も余裕綽々と言った風に防がれて、蹴飛ばされる。
「そんなに強いのにっ、汚い真似しなくても勝てるだろうが!」
「喋れば喋るだけ毒が回るぜ」
「奴隷だろうが今の俺もあんたも! 頭使うくらいなら!」
グラディウスを突きだした。チャンプはそれを半身になって避け、斧を繰り出す。至近距離だ。俺は姿勢を低くして攻撃を躱し、反撃を試みる。
「奴隷だと? 舐めるんじゃねえ、俺はチャンプだ。この闘技場のなあ!」
斧を剣で防ぐ。今度は引かなかった。体全部を使って衝撃を押し殺す。
「セラセラの姫だろうがロムレムの貴族だろうがっ!」
「闘技場で王様気取ったって!」
「ここが俺の世界だっ。誰にも邪魔させねえ!」
「そんなに強いんなら! 閉じこもってんじゃねえよ!」
「てめえなんぞに何が分かるっ」
お互いの攻撃が空を切り続ける。それでも、劣勢なのは俺の方だった。




