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第4章 その、地獄の色はⅢ

<5>



 部屋の中は狭かった。中央に手術台のようなテーブルがあって、その上には、宝石、装飾品で飾られた骸骨が載せられていた。


「うわ、骸骨なのです」

「たぶん、こいつがエバーグリーンの初代当主なんだろうな」


 カプリーノは真剣な眼差しでリビーの骸を見つめている。


「ここがカプリーノ君の……でも」


 アルミさんは部屋の中や、リビーの骸を見回した。


「この部屋、荒らされてないかしら」

「そう言われれば。宝とか、誰かが持っていったんでしょうかね」


 その割に中途半端に宝石類が残っている。床を見ると、お宝がぶちまけられたような痕跡も見受けられた。


「もしかして、この部屋に踏み入ってる時にリビーが出現したのかも」

「あー、そんで超ダッシュで逃げた的な?」

「可能性はあるな」


 アニスはこの階層に魔物リビーがいることを知っていた。もしかすると、あいつらはここまでやってきていたのかもしれない。トリガーは既に引かれていたのか。


「……? カプリーノ、また固まってるぞ」

「ん。ああ、一つ思い出していたのだ」

「何を」

「じいやとばあやの言っていたことをだ。エバーグリーンには代々伝わる言葉がある。それは、滅多なことでは口にしてはならないと教えられた」

「呪文か何かか?」

「恐らくな。オレさまたちの家系は魔法に秀でている。だが、その文言を唱えたとして、どのような魔法が発動するのかは分からん」


 ふと思った。

 なぜ、カプリーノはそのことを思い出したのだろうかと。それは、この部屋に入ったからなのか。あるいは――――。

 さゆねこが短い悲鳴を上げた。常緑の間の壁にリビーのものらしき腕が生えていたのだ。


「やっべ……! 外に出ろっ、ここじゃ狭過ぎる!」


 俺たちは我先にと常緑の間から小部屋に逃げ込む。かと言って、ここだって広いわけじゃない。

 常緑の間からはリビーの魔法が飛来する。防御強化の魔法をかけたアルミさんが前に出て俺たちを庇った。


「倒せなくていい! こいつを退かせろ!」


 さゆねことカプリーノが常緑の間に向けて同時に飛び道具を放つ。俺とKMは部屋の中へ踏み込んだが、リビーの姿はどこにもない。

 そうかと思うと、今度は小部屋の方に出現したらしい。


「クッソめんどだりぃ!」


 KMの槍がリビーの体に突き刺さる。その瞬間、やつは壁の中に姿を隠す。

 その時、俺は見た。フードがなくなってリビーの素顔が露わになっていたのだが、カプリーノにそっくりだった。

 今度は天井からリビーが姿を見せる。上から魔法の雨を降らされて、俺たちは防御を固めた。だが、今度はしつけえ。野郎、ここで俺たちを仕留めるつもりか。


「撃てぇカプリーノ!」


 俺はダメージ覚悟でカプリーノの前に出て、ヘリオスソードで魔法を撃ち払う。その隙にカプリーノが血の魔法を放った。天井近くで彼の血液が爆発し、リビーはまた姿を隠す。

 このままじゃジリ貧だ。やり合ってても先に倒れるのは俺たちに違いない。逃げるしかないけど、リビーには壁も天井も関係ない。やつはこの階層では自由自在に動いている。易々と見逃してくれるとも思えない。万事休すか……?


「しもべ」


 カプリーノが俺の首に腕を回してくる。俺はリビーがいつどこから出てくるか分からないから、こいつの顔を一々見ている余裕はなかった。


「頼みがある」

「こんな時になんだよ」

「オレさまは選んだ。過去リビーではなくおまえたちの方が大事なのだと。だから……オレさまのものに、なってください」


 はあ?

 ふざけてんのかって怒鳴りつけそうになったが、カプリーノの声は震えていた。いつもみたいに自信満々で背伸びしたようなものではなく、年相応の子供のそれだった。


「わけが分かんねえぞ」

「お前も知っているだろう。カルディアの町の、エバーグリーンの傍系どもに強化される冒険者を」


 それがなんだ。


「オレさまは直系だ。お前に力をやれるかもしれないのだ」


 あ。

 そういや、そうか。そうなるのか。……傍系では一時的で、しかも大した強化にはならないとカプリーノが言っていたが、直系であるこいつになら……。


「けど、どうやって……」

「方法を説明している暇はない。だから頼む、選んでくれ」


 選ぶったって!


「うわ、また来やがったっすよマジやべー!?」

「お兄さんどうするのですかー!」


 またリビーが来やがったか。くそっ。


「分かった、お前のものにでもなんでもなってやる! だから何とかしてくれ!」

「……済まないな、しもべ」


 首筋にちくっとした痛みが走る。何をするんだと後ろに目を向けると……カプリーノはぐっと目を瞑って俺の首に唇を押し当てていた。いや、これは、噛まれた? 俺、カプリーノに噛まれてるのか?


「八坂君こんな時に遊んでないでよ!」

「い、いやっ、そうじゃなくって!」


 俺もなんでこうなってるのかが分からない。もうダメだと思った時、右目の奥が熱くなって、痛みを訴え始めた。


「いっ……!?」


 咄嗟に、武器を持ってない方の手で目を押さえる。目だけじゃない。体中が痛い。熱いものが体の中を駆け巡っているかのようで――――あ。血だ。俺の中の血が新しいものに塗り替えられているかのような感覚だった。

 熱くて痛くて声が出ない。俺は、リビーがもうすぐ攻撃を仕掛けてくるってのにその場に蹲ってしまう。やばい、そう思って剣を杖代わりにして立ち上がると、世界が赤く染められていた。


「……なんだよ、これ?」


 暗がりの中だっていうのに、先よりも周囲の様子がよく見えた。さゆねこたちやリビー。熱を持っているものは、ぼうっと、赤く光って見えている。


「お兄さんってばあ!」


 ハッとした。リビーが掌から魔法を生成している。俺は跳び上がり(・・・・・)、剣でリビーの顔面を払った。


「うおっ!? ナガちゃんなんすか!?」


 なんだ、今のは?

 俺、こんなに高く、長くジャンプなんて出来たのか?

 体が軽い。しかし、いつもよりも腕に力が入る。


「そうかっ、これがエバーグリーンの!」


 俺はカプリーノを見た、やつは恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 噛まれると強くなるなんて何だか吸血鬼みたいな気分だが、悪くはない。身体能力が上がっただけじゃない。リビーがどこからどこへどう移動しているのかが見える。あいつは、俺たち以外の赤く光っているところにいる。


「そこか!」


 小部屋の壁からリビーが顔を出した瞬間、俺はそこめがけて突きを放つ。やつの顔面に命中した攻撃は体力ゲージを大幅に削った。よし、ATKもしっかり上がってるらしい。

 リビーはまたもや壁の中に姿を隠したが、今の俺には無駄だった。


「リビーが来るところを俺が指示する。皆、そこ狙って一斉に攻撃してくれ」

「なんすかナガちゃん、カプちゃんにガブられてからやべーっすね」

「もしかして、強化されたの? その、カルディアのお店みたいに」

「えっ? お兄さん不潔なのです」


 誰もそんな不潔なことしてないだろ! お前だってちゃんと見てたろ!



<6>



 俺にはリビーが見えている。出てくる場所を指示して、全員で一斉に攻撃し、先よりも着実にダメージを与えていく。


「……あれ?」


 だが、赤く見えていた世界が徐々に元の色に戻っていく。


「か、カプリーノ。やばい」

「……そうか。時間切れか」

「時間!? くそ、もう一回噛んでくれ! さっきよりも強くだ!」

「やっぱり変態のお兄さんなのです」

「ちっげーよ!」


 いや、自分でも言ってて変に思ったけどさ!

 ……まだリビーのHPは残っている。ここで手を緩めるわけにはいかない。が、カプリーノはダメだと言い切った。


「冒険者といえども急激な体の変化には耐えられんはずだ。エバーグリーンの血を連続して『投与』するのは危険過ぎる」


 うっ、俺は危険なことをされていたのか。だけど、そうなるとまたリビーにいいようにやられちまうぞ。


「死ぬ気でやりゃあなんだって出来る。俺だってそう簡単に死なねえよ。どうせやられんなら、出せるもん全部出してからだ」

「……よいのだな」


 リビーが天井から姿を見せる。くそっ。


「ごめん、皆少しだけ俺たちを庇ってくれ!」

「ッケーイ!」

「もう、私ってこんなのばっかりね」

「なるべくなら早くして欲しいのです!」


 俺は兄貴を見つけるんだ。……いや、違うな。兄貴の為とかって話でもない。これは俺の為でもある。俺だって、カプリーノみたいに前を向きたいんだ。


「やれっ、カプリーノ!」

「分かった。どうか、お前に柱の加護があらんことを」


 ふと、温かな感触がした。次いで首筋に痛みが走る。


「……?」


 カプリーノは俺を噛み、口の中で小さく、何事かを呟いていた。『救います』とか『魂』だとか、そういった風にも聞こえた。

 気にしていられるのはそこまでだった。また俺の目が痛み、それから、全身が熱くなる。視界は再び濃い赤で染まり、少しずつクリアになる。

 カプリーノは俺から口を離して、手の甲で血を拭いながら、リビーに向けて叫んだ。


「くっ……『どうか常緑の繁栄を、どうか不朽の力を! だからっ、私にお与えください! だから! 私をお救いください!』」


 リビーが壁の中に姿を隠そうとする。だが、そうはならなかった。

 壁がリビーを拒んだのだ。俺たちは息を呑む。……カプリーノの呪文とやらに応えたのか、壁に埋め込まれていた、エバーグリーン家に連なる者たちの骸が動き出し、リビーの体を掴んでいたのだ。

 数多の骸骨がリビーを捕らえている。彼の体に朽ちかけた骨が巻きついていて、決して離れようとしなかった。

 ともすればその光景は地獄のようなありさまだったかもしれない。だが、俺にはそうは見えなかった。清廉で、高潔な……エバーグリーンの血を引くカプリーノを守ろうとしている、温かなものに見えていた。



<7>



「……はあ、はあーっ」


 俺はヘリオスソードを杖代わりにして、その場にどうにかして立っていた。

 黒い霧と化したリビーはもうどこにもいない。先まで蠢いていた壁も天井も床も、今ではもう何ともない。そして、全員が無事だった。よかった。

 力が抜けた。俺はその場に座り込み、リザルト画面すらまともに確認できないでいた。


「ああ、いてえ……」


 目を押さえる。カプリーノの強化ブーストはまた時間切れになったらしい。ギリギリのところだったけど、どうにかなった。


「平気か、しもべ。何ともないか?」

「どうにかな」

「そうか。よかった」


 カプリーノが笑みを浮かべる。


「だーっ、やべー、マジだりーんすけどー」


 KMとさゆねこは大の字になって寝転がっていた。もうここが墓地だとか、そんなのを気にしている余裕すらないらしい。


「あ、私レベル上がった……」

「おめでとうございます。ああ、なんか俺もレベル上がってるみたいです」


 アルミさんはメニュー画面を閉じてから、常緑の間を見た。


「けど、よかったのかしら。普通に倒してしまったけど」

「よいのだ。初代様も楽しんでおられたからな」


 楽しんで……?


「うむ。最後は笑っていた。オレさまは最初、あの部屋を踏み荒らされて怒っているのだとばかり思っていたが、そうではなかったのかもしれん」

「じゃあ、どうして?」

「寂しかったのかもしれんな。人の声、足音がうるさくて、ついつい出てきてしまったのだろう」

「ああ、墓参りに来てほしかったのかもな」


 自分でそう言って、胸につっかえるものがあった。


「お墓参りの度にこんなことになったら大変なのです」

「ミイラ取りがミイラ取り的なー? それはパねーっすねー」


 KMの軽口で皆が笑う。そうしている内、カプリーノは常緑の間に入って、いくつかの装飾品を持ってきた。おいおい。


「勝手に持ち出してもいいのかよ」

「何を言う。今はオレさまがエバーグリーンの当主なのだ。オレさまは今日、お前たちにとても感謝している。正直、自分の力で得たもので礼を返してやりたいのだが」


 そう言って、カプリーノは俺たち四人に装飾品を一つずつ渡した。俺のはネックレスみたいなやつだった。


「今はこれで許して欲しい。お前たちにも、先代たちにも。いずれエバーグリーン家を復興させた時、オレさまが自分の力で手に入れたもので返したいと思う」


 俺たちは顔を見合わせた。


「別にいいわよ。気持ちだけで充分だわ」

「そっすねー。このアクセ、結構高く売れそうだし? これ売っちゃってー、なんかの足しにすんのがいいと思うっすよ」


 さゆねこはもらったものを隠そうとしていたが、俺に見つかってえへへとはにかむ。


「その、頑張って! です」

「し、しかし、それでは……」

「いいんだよ。俺たちは別に、金の為にお前についてきたわけじゃねえんだ。最初っからお前の為にやってただけなんだからよ」


 カプリーノは何も言わずに俺たちから装飾品を受け取り、静かに涙した。俺たちはそのすすり泣く声を聞きながら、常緑の間のリビー・クリム・エバーグリーンに頭を下げて礼をした。

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