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第4章 その、地獄の色はⅡ

<1>



 第一階層。

 第二階層。

 第三階層。

 三つの階層を軽々と抜けて第四階層の大広間へ。またゴーレムと戦うのかと思っていたが、もうやつらは出てこなかった。

 俺たちはアイテムと装備を確認し、第五階層へと足を踏み入れる。

 この階層もまた同じ景色が広がっているのかと思ったが、一段と闇が濃かった。まともな光源がないと探索どころか数歩歩くのですら困難を極めるだろう。


「お兄さんのたいまつソードだけでは足りませんね」

「勝手に変な名前を付けるな。しようがねえな」


 俺はカルディアの町で買っていた松明に火を灯す。そいつをアルミさんに持たせた。これで少しは暗いのもマシになる。

 壁に手をつきながら歩こうとしたが俺はやめておいた。少し歩いた段階で嫌な手応えを感じたからだ。たぶん、ここの壁にも骨が埋まってる。わざわざ確認する気にはなれなかったが。


「あー、俺暗いとこって好きくないっつーか? マジやばいんすよね。ここが一番奥だったらゴッド感謝するんすけど」

「期待し過ぎるのはよくないけれど、私もここが最後だと思う。他の人たちだってここで攻略が止まってるんでしょ?」

「じゃ、やっぱ例のボスを倒せるかどうかってところですね」


 通路を抜けると小部屋に出る。ここには暗がりコウモリだけでなく、新しいモンスターもいた。フードを被った、半透明の人型が宙に浮いている。


『レイス』


 そう表示されていた。

 幽霊みたいなもんか。地下墓地には似合っているモンスターである。


「カプリーノはフードのお化けを頼む」

「任せよ。血よ、《切り裂け》!」


 カプリーノの血液が刃物のようになってレイスに襲い掛かる。ダメージが通ったのを確認し、俺たち物理組はコウモリを打ち倒した。

 レイスもまた黒い霧と化している。ここが本当に最深部だったら楽な話だ。この程度のモンスターだけならどうとでもなる。


「さて、次はどっちかな」


 小部屋には通路が二つある。通路を進めばまた小部屋があり、二つの通路。通路。小部屋。通路。小部屋……。気が遠くなりそうだ。


「そういや、なんとかって間があるんだっけか」


 カプリーノは口を開く。


「うむ。《常緑の間》だ。そうだな。ここが最奥ならば、その部屋があると分かりやすいのだが」


 エバーグリーン家の初代当主の墓場になってるって部屋か。そこがゴールかどうかはともかく、ひとまずの目的地にするにはちょうどいい。


「あ。またモンスターっすね。マジだりー」

「みたいだな」


 通路を進んでいると、向こうからフードを被ったやつがやってきた。さっき倒したモンスター、レイスだろう。


「カプリーノ、もう一発頼む」

「うむ」


 カプリーノの掌から血液の刃が放たれる。その刃は確実にレイスにヒットした。が、やつは倒れない。おかしいな。さっきは一撃だったのに。


「……え? 八坂君、アレ、さっきのとは違うわ」


 俺はレイスと思しきモンスターをねめつける。すると、『リビー・C・エバーグリーン』と表示された。

 よく見るとフードこそ被っちゃいるが半透明じゃない。しっかりと二本の足で歩いている。

 さゆねこもモンスターの名前を確認したのか、首を傾げている。


「エバーグリーンって……」


 俺たちはカプリーノに視線を遣ってしまった。彼は、感情を失ったままで固まっている。

 リビー・クリム・エバーグリーン。初代当主の名前だ。カプリーノの遠い遠いご先祖様にあたる。そんなやつが、どうしてモンスターとして俺たちの前にいるんだ。


「べーっすね。あいつがボスなんじゃねーすか。マジやべー」

「カプリーノ。おいっ、魔法打ち込め! あいつが敵なんだ!」

「し、しかし……」


 カプリーノが俺を見上げる。目が泳いでいた。くそ、気持ちは分かるけどよ。


「アルミさん、カプリーノを庇ってやってくれ」

「八坂君はどうするの……?」


 剣ならもう抜いてるんだ。


「さゆねこ、弓で援護を。俺に当てるなよ。KMも一緒に来てくれ」

「分かったのです!」

「ッケーイ、とりま仕掛けてみましょーい!」


 さっきのカプリーノの魔法。さゆねこの弓。KMの槍。俺の剣。どれもヒットこそしたが、やはりHPゲージはほとんど減っていない。


「くっそ、全然手応えねえ……あっ! なんかやばい!」


 フードを被ったリビーは、何も言わずに自らの指の皮を噛み切った。その動作はカプリーノと同じものだった。つまり、魔法が来る。


「ひけひけっ!」


 俺とKMは通路を逆戻りする。アルミさんはカプリーノを抱えて逃げるも足が遅い。

 背後からは風を斬る音が聞こえてくる。振り向くと、血の刃がすぐそこまで来ていた。この狭い通路じゃどうしようもない。


「こんの……!」


 立ち止まり、ヘリオスソードを前に出して血の刃を防ぐ。高い音が響いて、俺の得物とぶつかったリビーの魔法が砕け散った。


「ナガちゃんパねー!」


 予想外の結果に戸惑う。でも、アレか。ヘリオスソードは光属性の武器だ。リビーが闇属性で、エバーグリーンの扱う魔法も闇属性だったなら属性的に俺が有利だったってことかもしれない。でもこっちの攻撃だってまともにダメージ稼げないもんなあ。


「止まるな逃げろ逃げろ!」


 アルミさんが小部屋に辿り着く。俺とKMも急いでその部屋に滑り込み、壁に隠れた。



<2>



 息を整えてしばらく待っていたが、エバーグリーンの初代当主、リビーが近づいてくる気配はない。


「仕方ない。こうなったら壁作戦を使うしかないな」

「うぇーい、みたいっすね」


 アルミさんがぶんぶんと首を振っている。


「嫌っ、嫌よ!」

「お兄さん、壁作戦とは何なのですか」

「アルミさんを前に出して、俺たちが後ろから攻撃する最強の戦法だ。さあっ、それしかないんですよ! 俺たちには!」

「いやああああああああっ!」


 俺とKMはアルミさんを押し込んで通路に出す。だが、通路にいたはずのリビーの姿がない。

 不思議に思っていると、後ろのさゆねこが婦女子とは思えない叫び声を上げた。振り向くと、小部屋の壁からリビーが上半身だけを突きだしている。


「馬鹿な、いつの間に!」


 リビーは血の魔法を俺たちに向けて乱れ撃つ。俺はヘリオスソードを前に出して突撃するが、さすがに全ては防ぎ切れなかった。

 剣で攻撃するが、リビーは壁の中に姿を隠す。俺は壁を叩くだけに留まり、たたらを踏んだ。


「だああもう! おい、大丈夫か」


 みんな、姿勢を低くしたりして魔法を凌いでいたがダメージはかなり喰らっている。中でも、カプリーノは直立した状態のままだったのか、HPがギリギリだった。


「バカ野郎、何ぼさっとしてんだ」


 回復アイテムを渡すも、カプリーノは反応しない。


「ご先祖様が敵でショックなのは分かるけどな、何もしないで殺される気かよ」

「お、オレさまはどうすればいいんだ? エバーグリーンの為にやっていることなのに、オレさまは、エバーグリーンの者を倒さねばならないのか……?」

「いいから先に回復しとけ」


 無理矢理にアイテムを飲ませる。他の皆も体勢を整えて、周囲を警戒し始めた。


「あのモンスターやべえっすね。ガチ幽霊じゃないっすか」

「……《テミス騎士団》の人たちがやられたのも頷けるわ。あの威力の魔法、みんなで通路で固まっているところに撃ち込まれたら一たまりもないもの」


 狭い通路を有効活用したかったが、相手が壁をすり抜けてくるんならその手は使えない。

 いつ、どこから来るか分からないやつを相手にするのは酷く疲れる。しかもカプリーノは戦意喪失だ。


「撤退した方がよさそうね」


 俺は頷きかけたが、ふと、視界の端に何かが映り込んだ。天井だ。上に、リビーの顔がある。


「走れ! 上から来る!」


 俺たちは小部屋から通路に走って逃げた。振り向けば、小部屋は血の魔法によって強かに打ち据えられている。あの場に留まっていればやばかったな。


「全員無事だな?」

「……あっ! お兄さん、カプリーノとかいうNPCが」


 カプリーノだけが向こうの通路に逃げ込んでしまっていた。やべえ、分断されちまった。

 こっちに来いと手招くも、リビーが先に反応してしまう。やつは、一人きりでいるカプリーノに向けて魔法を放とうとしていた。


「ちくしょう!」


 普通のプレイヤーだったらいい。HPが0になってもデスペナ喰らって教会行きで済む。だが、ストトストンの住人たちは一度死んでも復活しないはずだ。

 俺は剣を鞘に納めて駆け出す。


「お兄さんっ、また無茶を!」


 リビーは走ってきた俺に向けて魔法を撃つ。一々防いでいる暇はない。最短距離を突っ走って被弾を最小限に抑えるしかない。


「カプリーノ!」

「し、しもべ……!」


 俺は小部屋を突っ切って通路に出る。カプリーノを拾い上げて両腕で抱えてそのまま走る。


「ナガちゃんっ、どうするんすか!」

「ぐるっと回って合流しよう! 俺はこのまま走って逃げる!」


 この地下墓地の構造は、どの階層も同じだ。俺たちとKMたちで円を描くように進めば、どこかでまた合流出来るはず。


「分かったわ、八坂君たちも気をつけて!」

「そっちも!」



<3>



 通路を走り抜ける。リビーは俺たちを追いかけていた。


「しもべっ、ご、ごめん! ごめん!」

「一人で走れるか? ちょっとしんどくなってきた」

「あ、ああ」


 俺はカプリーノを下ろしてヘリオスソードを抜く。こいつがなきゃ足元だってまともに見えない。

 再び二人で走り出す。ちらちらと後ろを見て、魔法が来ないかどうかを警戒する。


「どっちか決めろ、さっさと選べ」

「……お、オレさまはどうすればよいのだ」

「戦うのか逃げんのか、はっきりしないと俺たちは死んじまう」


 俺もお前も、こんなところで死ぬ為にここへ来たんじゃないだろう。


「お前がお前である意味だろ。やるべきことをやるんじゃなかったのか」


 下を向いていたカプリーノが顔を上げる。その目はもう前を向いていた。


「しもべよ、すまなかった。こんなオレさまに、もう少しだけ力を貸して欲しい」

「そのつもりだよ。少なくとも今は、それが俺のやるべきことなんだと思う」

「うむ。オレさまの先祖は、許してくれるだろうか」

「……どうだろうなあ」


 今も後ろから魔法を撃ってきてるし。


「まあ、先祖は先祖。お前はお前だよ。後ろのやつが許さなくても、俺はお前の味方だからな」

「……ありがとう、ナガオ」


 よし、カプリーノの戦意が戻った。けど、それだけでリビー・C・エバーグリーンを倒せるかどうかは怪しいところだ。



<4>



 KMたちと合流すべく通路と小部屋をいくつか通り抜けるが、正直自分がどこをどういう風に進んでいるのかが分からなくなる。戻ろうにも、後ろからリビーが追っかけてくるのでどうしようもない。


「む。しもべ、待って欲しい」

「ええ、なんだこんな時に」

「あそこに扉がある」


 小部屋に入った時、カプリーノが壁を指す。暗かったので見えない。俺はヘリオスソードをそちらに向けて掲げた。明りに照らされて木製の扉が浮かび上がる。こんなところに扉があったのか。


「まさか、ここが《常緑の間》ってやつなのか?」

「可能性は高い」


 しかし俺たちは戦闘中である。扉を開けて部屋の中に入れば逃げ場がなくなるぞ。


「後回しにしよう……って、おあっ!?」


 俺の足元、床からリビーが上半身を現す。思わずやつの顔面を蹴っ飛ばすが、ダメージはほとんどない。

 リビーは親指をこっちに向けてくる。瞬間、血液の弾丸が飛来した。ヘリオスソードで丁寧に捌く余裕はない。両腕で顔面をカバーし、カプリーノと二人で後方へ退く。俺はカプリーノを自分の後ろに隠し、右腕でヘリオスソードの腹を出す。左手でメニューを操作し、回復アイテムをカプリーノに渡した。

 ちくしょう、通路に行きたいが後ろは壁だ。魔法を喰らいながらでもいい、無理に突っ切るしかねえ。


「ナガちゃん!」


 右の通路からKMの槍が飛び出した。得物の切っ先はリビーの首を突き、そのままの勢いで壁に縫いつける。よし、魔法が止んだ。


「やっちまえKM!」

「しゃオルァ!」


 壁に縫いつけられていたリビーだが、姿を消す。後に残ったのはあいつの被っていたフードだけだ。


「お兄さん、大丈夫ですか」

「カプリーノ君も平気?」


 アルミさんとさゆねこも追いついてくる。ひとまず助かった。

 俺とカプリーノはアルミさんに回復魔法をかけてもらい、息を吐く。


「ありがとうな、助かった」

「うぇーい、余裕っす。つか、あのゴースト的なやつは?」

「また消えちまった。……ああ、それと」


 俺は《常緑の間》らしき扉を指差した。


「おっ、なんすかここ、うぇーい!」

「ええー、躊躇なくいくわね」


 KMが木製の扉を押し開けようとする。鍵はかかっていなかったのか、軋みを立ててそいつが開いた。

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