第4章 hic salta!Ⅳ
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吹っ飛ばされたのは、もう四度目か? ラベージャを庇うたび、俺のHPゲージは半分近くも減り、回復アイテムも底を突こうとしていた。
ラベージャは頑張ってくれていたがヘリオスのHPは一割減っているかどうかってところだ。
……ここまでか。
一瞬間、諦めかける。しかしその時だった。入り江に残っていたプレイヤーたちから歓声が上がる。すわ何事かとそちらに目を遣れば、海の向こうから船が来るのが見えた。
船に乗っているのはプレイヤーだ。他の人たちが乗っている。もしかして援軍か?
「ラベージャ一回退こう! 冒険者が来たんだ!」
「分かった。大事はないか、ヤサカ」
「何とかな」
俺たちはヘリオスに背を向けないで、少しずつ後退していく。入り江の方を見ると、恐らくワープを使っていたのだろう、小舟が島に到着し、まずは数名のプレイヤーが姿を見せる。
歓喜した。その船に乗っていたのは、
「カァヤ……?」
「マジかっ。百発百中党のカァヤさん!」
「これで勝てんじゃねえの!?」
「でも、なんでこんなところにいるんだ?」
まあ、そういうわけだった。
カァヤさんが来てくれたのなら心強い。しかもかなり有名っぽい人だったらしい。逃げようとしていたプレイヤーの意気も上がっている。
「ナガオ君!」
カァヤさんは俺に気がつくと、ものすごい勢いで走ってきて得物を取り出した。再会の挨拶をしたかったが、何せ戦闘中である。
「お久しぶりです。状況は分かってもらえてる感じですか?」
「……ボスに困ってる?」
「はい。俺はもうアイテムもやばくて、二人だけで抑えとくのでいっぱいいっぱいで」
「え? 二人で? ……ふうん、そうなんだ」
ヘリオスは新たに現れたプレイヤーたちに目を配っている。これで動きが鈍ったか。少しくらいなら落ち着けそうだ。
「ご無事ですか、変態の」
「そこで止めるな!」
『さゆねこ@お久しぶりです』も現れた。相変わらずって感じで安心してしまうのが悔しい。
「まさかお兄さんがボスとバシバシ戦っているとは思っていませんでした。ですがご安心ください」
「お前が来たところでなあ……」
「失礼なのです。わたしだけではなく、お兄さんのお友達も来てくれましたよ」
俺の友達? 不思議に思っていると、船から月華舞踏会の人たちが降りてくるのが見えた。
「……そうか、夜月さんたちと会って、ここまで来てくれたのか!」
「感謝してくださいです」
「ああ、ありがとうな」
再会を喜んでられるのもここまでだった。ヘリオスが再び動き始めたのだ。
「ナガオ君。ここは私が一人で持たせるわ。その間に夜月君たちに指示を仰いで」
「え? ひ、一人で、ですか?」
「早く。私ならアレくらい平気だから」
この島にいる多くのプレイヤーを苦しめたヘリオスをアレ呼ばわり。でも、カァヤさんなら何とかしてくれそうな気がした。
俺は頷き、ラベージャとさゆねこを連れて入り江を目指す。
「……? お兄さん、そちらの人は?」
「え? ああ、えーと」
ラベージャのことを説明するのは難しい。俺が言い淀んでいると、
「私はヤサカの仲間だ。ラベージャという」
あっさり、ラベージャが言い切った。
さゆねこは俺がNPCと組んでいることについて何も言わなかった。
「では、わたしの仲間さんでもありますね。さゆねこです。お兄さんとはもうずいぶんと古い付き合いなのです」
「そうか。よろしく頼む」
「そんな古くもないけどな」
船から降りたばかりの、月華舞踏会のメンバーが俺たちに手を振っている。夜月さんたちとはイベントの初日以来だ。まさか来てくれるとは思っていなかったのでかなり嬉しい。
「あざす、マジで助かります!」
「ヤサカさんおつです。ちょっとすみませんが、こういう状況みたいなんで、急ぎで指示出しさせてもらいます」
異存はない。俺は頷く。
夜月さんの指示はこうだ。まず、俺、ラベージャ、カァヤさん、さゆねこの四人と、この場にいる月華舞踏会の八人でパーティを二つ作る。
パーティには七人まで参加できる。一パーティ六人にして、盾や支援、回復職を振り分けてくれるそうだ。
「僕がこっちのパーティのリーダーを、ヤサカさんはもう一つの方のリーダーをお願いします」
「俺ですか? でも」
「ラベージャさんがいますんで。NPCと上手くやれるのはヤサカさんだけです。それに、うちのクランにラベージャさんより強い火力役はいないんです」
そういうことか。俺は夜月さんに話の続きを促した。やばい。心臓が早くなる。焦っている。今はカァヤさんがソロでヘリオスを抑えているが、彼女は後衛職だ。長くは持たないだろう。
「あとはぶっちゃけ、前にやった巨像と変わりません。盾がタゲ取って、支援や弱体化が揃ったら総攻撃。正直、僕たちで出来るのはこれくらいです。あとは他のクランやパーティも参加するみたいなので、合わせて動いていきましょう。あっ、前衛さんはヘイト管理も気をつけてください」
「了解です」
俺たちはだいたい分かっていたが、ラベージャは小首を傾げていた。
「大丈夫。お前はいつもみたいに戦ってくれればいい。次は他の皆が全力で支えてくれるってことだよ」
「なるほど、そういうことか。何も気にしないで斬ればいいんだな?」
「そうそう、その通り」
また、ヘリオスと戦うのは初めてだからパターンが読めない。大概のボスはHPが減ってくると行動を変えてくる。こっちが全部ハマって総崩れになると、なまじ人数が多いせいで立て直しが難しい。……と、色々な注意点を聞いた。
まあ、初見のボスだ。どんなゲームだってビビり過ぎてもしようがねえ。やれるところまでやる。
俺たちは急ピッチでパーティの編成と準備を済ませていく。他のパーティもまだ作戦会議しているところがあった。急がねえと。
「準備オッケーですか? こっちはオッケーです」
俺はメニューでステータスと、パーティのメンバーも確認する。こっちは、俺、ラベージャ、カァヤさん、盾、回復、支援職と上手いこと割り振ってもらった。
夜月さんのパーティにはさゆねこがいる。あいつもゲームの初心者ってわけじゃない。上手いことやってくれるだろう。
「大丈夫です、いけます」
夜月さんは小さく頷き、ヘリオスを指差した。
「よしっ、今日はデビュタントがたくさんいますよ! 紳士諸君、しっかり守ってあげてくださいね!」
「応!」
「初めての相手ですが、気負わずいつものように行きましょう!」
「応!」
「では《月華舞踏会》を始めましょう!」
「Have a ball!」
俺は一瞬、気圧された。意外と体育会系なんだな、この人たち。
でも、こういうノリも嫌いじゃない。
「おー、なんかテンション上がりますね」
「いやー、僕もです。あはは、お恥ずかしい限りで」
夜月さんは照れ臭そうに笑った。
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「カァヤさん!」
「整ったのね?」
マジか。カァヤさん、本当に一人だけでヘリオスを止めてたのか。しかも意外とHP削ってるし。くそ、ちょっと見たかったな。
カァヤさんは少しずつ下がり、夜月さんパーティの盾役と交代する形でこっちに戻ってくる。月華舞踏会が参戦すると、他のパーティも雪崩れ込んできた。
「ヤサカ、もう行っていいのか?」
「も、もう少しだけ待っててくれ」
俺たちを強化してくれる魔法や、ヘリオスを弱体化させる魔法には制限時間がある。時間をいっぱいに使える、ギリギリのタイミングで戦闘を開始したかった。
少しだけ待機していると、支援職の吟遊詩人がオッケーサインを出した。これで戦う準備が整った。
「よし、行っていいぞ!」
「分かった」
ラベージャは嬉しそうに切り込んでいく。俺もその後に続いた。
ふと、ヘリオスの動きが鈍っているのが何となく分かった。ラベージャも少しだけ違和感を覚えていたみたいだが、これが支援職の力である。
ラベージャの攻撃は俺と二人で戦っていた時よりも激しくなっていた。一撃が重く、速い。この場にいるやつらの中じゃあダントツだ。何せ、雑魚カスの俺でさえそこそこ戦えているくらいなんだ。
「……おっと」
俺も一応はパーティのリーダーだった。少し攻撃の手を止めて、パーティのメンバーや夜月さんの方を見る。サムズアップを返してくれた。このままで大丈夫ということだろう。
驚いたことに、さゆねこは剣ではなく弓を使っていた。カァヤさんに何か教えてもらったのかもしれない。……俺も、やっぱりラベージャに剣を習っておいた方がよかったんだろうか。いや、今は気にするな。
「手ぇ緩めんなー」
「あーちょっとこっちバフ切れちゃった!」
「こっちも!」
「うわ、あのNPCえっぐいなー。何? あんなキャラいたっけ?」
「盾ゴラァ!」
「ひっ、すんません!」
彼方此方から声がする。
うるさいくらいだけど、何だか心強かった。
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弱体化したヘリオスをしばき始めてから数分、HPゲージを半分ほど削ったところでやつの動きに変化が見られた。ベタ足で戦っていたヘリオスだが、空へ逃れようとしている。逃すものかと、矢玉、魔法が撃ち込まれるが、ヘリオスは俺たちの手の届かない中空へ辿り着いた。
「うわー、ダっルー。なんかしてくんのかな?」
「たぶん魔法っす!」
「よっしゃいいこと聞いたぞー! 防バフかけてかけて!」
恐らく、ヘリオスは光属性の魔法を仕掛けてくるだろう。
俺たちプレイヤーは魔法耐性を強化して、やつが撃ってくるのを待った。
『燦雨』
メニューにヘリオスの技名が表示された。俺は息を呑む。
大方の予想通り、光の光弾が雨のように降ってくる。しかしこっちに大したダメージはない。やがて雨は止み、ヘリオスは素早い動きで空を旋回し、こっちを煽ってくる。
空から放たれる攻撃。対抗するのは飛び道具しかない。くそうぜえことしてきやがるなあ。
「くっそう、動き速くて当たらねえって!」
魔法を撃っても、矢を射っても、ヘリオスは素早く躱してしまう。やつも攻撃を仕掛けてくるが、こっちも防御を固めてその都度回復しているので甚大な被害は出ない。遠距離同士で睨み合っていると、カァヤさんが薄い笑みを浮かべた。
「ど、どうしたんすか?」
「読めたの。あのボス、ぐるぐる島の周りを回っているだけみたいね」
「マジっすか?」
「ふふふ、マジ。動きが読めれば、攻撃を『置いておけば』済むから楽ね」
カァヤさんの話を聞いた他のプレイヤーもヘリオスの動きを注意深く観察する。やつの動きを予測し、魔法や矢などの攻撃を置くようにして先に放つ。ヘリオスは吸い込まれるようにして攻撃に当たっていった。
前衛職はアイテムでサポートし、魔法使いや弓兵がはっちゃけ出す。ヘリオスのHPは残り三割程度となった。
そうして、ヘリオスが苦悶の声を漏らして、落ちる。
プレイヤーは歓声を上げた。だが勝ち鬨にはまだ早い。ヘリオスが落下した際に起こった煙が晴れる。やつは太陽を思わせる光輝と共に、再び俺たちの前に姿を現した。今度はもう飛び立とうとはしない。真っ向から俺たちと殴り合う気らしかった。
「手を変え品を変え面倒なことだ。これで終わりにして欲しいものだな」
ラベージャが魔法を撃つのを止めて剣を抜く。よし。これでまたいけるか。
そう思っていたが、ヘリオスの光輝は太陽の巨像のものと同じく、俺たちプレイヤーは無灯状態に陥る。物理攻撃の命中率が下がったことで、先まで狙われていた盾役から、最もダメージを稼いでいるラベージャが危なくなる。
俺もラベージャを庇うべく、ヘリオスに剣を繰り出した。




