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第4章 hic salta!Ⅴ

<1>



 盾が機能しづらくなり、無灯の影響をあまり受けないラベージャがヘリオスから狙われていた。

 接近戦だ。こちらの攻撃も通るが、モンスターの攻撃も通りやすくなる。


「ラベージャ!」

「下がらんぞ。あと少しなんだろう」


 状態異常を回復したプレイヤーが攻撃を仕掛けるも、ヘリオスは定期的に光を放出し、こちらを無灯状態にさせる。そうなればまともに攻撃をヒットさせられるのはラベージャだけだ。

 ヘリオスの動きが激しさを増す。ラベージャに次いでダメージを与えている魔法使いが狙われた。もはや前線はそのていを成していない。モンスターにかき回されて無茶苦茶だった。

 盾が無視され、後衛がダメージを受けると、支援も回復も徐々に追いつかなくなる。前衛職は手持ちのアイテムを使って回復するが、攻撃の速度が遅れていく。

 月華舞踏会の面々も少しずつ削られていた。他パーティの回復職が倒れると戦線を維持することすら難しくなってくる。


「やるかやられるかだ、ヤサカ!」


 デスペナを受けたプレイヤーが光と化して飛んでいくのが見えた。

 俺は覚悟を決めた。ラベージャに任せよう。残すのはこいつだ。


侍者アコライトはっ、ラベージャの回復を最優先で!」


 ヘリオスに突っ込んで攻撃を試みる。俺の剣は虚しくも空を切った。



<2>



 残り一割。

 だが、


「前に出過ぎてるっ、退けよラベージャ!」


 ヘリオスと至近距離で打ち合っているラベージャは、モンスターが溜めのモーションに移ったことに気づいていない。次の一撃をもらえば彼女が即死するかもしれなかった。

 ヘリオスが腕を振り被る。俺はラベージャを押し退けて、スパタを前に出して防ごうとした。


「ヤサカ!?」


 ぱきん、と。

 甲高い音が鳴り、得物が粉々に砕かれる。

 ヘリオスの拳が俺の体全体にヒットした。ステータスを確認する余裕はない。いつかのニードルボアの突進よりきつい衝撃。真正面から全身を叩かれ、きりもみになって吹き飛んで落下する。強かに地面に叩きつけられるも即座に起き上がる。

 まだ死んでいない。俺はメニューを開き、装備品の欄に《風の鎌》をセットした。直後、淡い光が俺の前に留まる。それを引っ掴むと小ぶりの鎌が露わになった。NMカマイタチからドロップしたこれを戦闘で使うのは初めてだ。武器の種類が違うから《剣の加護》も機能しない。


「けど、これしか……!」


 俺の名前を誰かが呼んでいた。ラベージャの声だと判断した。

 得物を構えて、接近してくるヘリオスをねめつける。次に喰らえばアウトかもしれない。だけどラベージャがその隙を衝いて攻撃してくれているはずだ。

 舞い上がる土煙。放たれる光輝。それらを突っ切ってラベージャが俺の傍に立つ。……何をやってんだ、こいつは。


「囮になってんだよ俺はっ。早く後ろからやれ!」

「死ぬぞ」

「死なねえよ」


 来た。

 ヘリオスが再び拳を振り被る。霞む目を誤魔化しながら、俺は声を荒らげた。


「早くしろラベージャ!」

「だが……!」


 風の鎌を前に出す。さっきはスパタが壊されちまってまともに攻撃を受けたが……次こそ上手くいってくれ。


「ダメっ、ダメよナガオ君! あなた、死――――」


 凄まじい風圧が俺の顔を撫ぜた。次いで、鬼のようにえげつない衝撃が伝わり、そうしてまた、甲高い音が鳴る。

 ふわりと、体から魂が抜けるような感覚を覚えた。耳が利かない。目が見えない。

 あ。

 なんだよ。俺、マジで今ので死ん――――。



<3>



 俺は。



<4>



 俺は。



<5>

<6>

<7>



 …………マジで、死んだのか。



<6>

<5>



 いや、ダメだ。



<4>



 俺は。



<3>



 俺は、まだ……!


「あっ……!?」


 体に自由が戻った。意識が戻った。慌てて辺りを見回して、ヘリオスを探して攻撃に備えようとした。だが、どこにもいない。モンスターもプレイヤーも空も海もどこにも見えない。

 ここは、雪の中のように真っ白い風景が広がっているだけだ。

 何の音もない。吹く風も海鳥の鳴き声も、モンスターの唸りもプレイヤーたちの叫びも、何も。静寂が耳に痛い。

 ここには俺しか存在していない。

 これが死んだってことなのか? 嫌だ。寂し過ぎるし、俺はまだ何も出来てないんだ。


「…………!」


 声を出そうとしたが、自分のそれがよく聞こえなくて諦めた。

 ずっとこんなところにいなくちゃならないのかと不安になっていた時、俺の前にウインドウが表示された。


『あなたは死にました』


 そうして、アホみたいな現実を突きつけられる。


「死んだ……。じゃあ、ここは天国なのか?」

『ここはあなたの住む世界とも、ストトストンとも違う世界です。その狭間にある、空白の部屋です』


 地球とも異世界ストトストンとも違う?


『あなたには二つの道が用意されています』

「……え?」

『一つは、このまま全てを忘れて元の世界に戻る道。あなたはもう二度とナナハシラクロニクルにログインせず済みます』


 俺はごくりと息を呑んだ。

 ってことは、俺はまだ死んでいないってことになる。


『もう一つは、ストトストンで死んだ場所から再開リスタートする道』

「も、戻れるのか?」

『ただし、次があるかどうかは《私》にも分かりません。再開しても、あなたはまた死ぬかもしれません。その時、この場所にあなたを呼べるかどうかは……』


 天国ゲームオーバーか、地獄コンティニューか。そのどちらかを選べというのか。


『急いでください。時間がありません』

「戻してくれ」

『どちらの世界に』


 俺はウインドウを見据えた。


「異世界に。ストトストンに。俺をもう一度、あの場所に戻して欲しい」

『よろしいのですか?』

「俺の目的はそこにあるんだ。全部忘れて、投げ捨てて、楽しくやってくのなんて嫌なんだよ」

『分かりました。あなたの選択に、感謝を』


 ……感謝?


「なあ、あんたは誰なんだ? どうして俺を助けてくれるんだ?」

『贖罪です。もともと、あなたがあの世界に呼ばれることはありませんでした』


 は? なんだ、それ。どういうことだ?


『あなたの兄君があなたを呼んだのかもしれません。あなたを救うのは《私》もまた誰かに救って欲しいから。その誰かがあなたであることを強く望みます』

「兄貴が……? なあ、兄貴はどこにいるんだ!? どういうことなんだよっ」

『……再開した時、あなたの目の前には強大な敵がいるでしょう。よろしいですか。《次の一撃が必勝に繋がります》』

「待ってくれよ! なあっ、兄貴は……!? なんで、なんで俺なんかをっ。それに、お前は誰なんだっ」

『どうか。どうか、あなたに柱の加護があることを』


 ハッとした。

 そうか、こいつは……。

 ぐるりと。視界が、意識が反転する。この真白の空間で俺が最後に見たのは、悲しそうに笑う女の人だった。



<4>



『《八坂長緒》の召喚ログインを確認しました』



「ヤサカっ!」


 俺の。

 俺のHPゲージが光っている。


『1/900』


 ちょっとしかないけど。あと『1』しかないけど、まだ生きている。……否、生き返ったのか。

 目の前にはヘリオスの拳。傍にはラベージャ。プレイヤーたちの悲鳴。

 戻ってきた。

 俺は、ここに。ナナハシラクロニクルに。


「お、おおおおおおおおおおっ!」


 風の鎌が砕ける。俺は間一髪、ヘリオスの攻撃を避けることが出来た。

 そうか。今のモンスターの攻撃は『俺を殺した』時の! 分かっていたから避けられた! ここからどうなるかは分からねえ。だけどっ、この状況で尻尾を巻けるか!


「武器が……!」


 俺の手元には何もない。ヘリオスは攻撃を空振りして、今が絶好の好機。


「ラベージャ武器だ! 俺に剣を貸せぇ!」


 手を伸ばす。ラベージャは少しも迷わず、俺に剣を放った。

 剣の柄を、愛しい人を抱くように握り締める。俺はヘリオスの腕を蹴って跳躍する。勢いを殺せないまま、ヘリオスの体が無防備に流れていた。

 今、俺の目の前には野郎の顔面がある。


「お、おあっ……!」

「いっ、行けヤサカ!」


 脳裏を過ぎった言葉がある。


《次の一撃が必勝に繋がります》


 それは祈りだ。柱の加護だった。


「あああああぁああああああああああ!」


 横薙ぎ《ワイプアウト》を発動させる。

 俺の攻撃はヘリオスの左目を斬りつけ、そのままの勢いで右目をも払った。威力は充分。まるで、本当の俺の力ではないみたいだった。


「――――ッッ! オオオオオオアアアアアアアアアア!」


 ヘリオスが両目を押さえて絶叫する。

 目を潰してやった。ヘリオスは俺たちと同じように無灯状態にあるはずだ。


「これって……!? 今だ今しかない! 月華舞踏会、回復後回しで前へ! 全部打ち尽くしてヤサカさんたちの援護を!」


 夜月さんが叫んでいた。

 彼の声に応えるかのように、月華舞踏会のメンバーが、それ以外のプレイヤーたちもヘリオスへと押し寄せる。

 ヘリオスは攻撃を繰り出すが空を切るばかりで俺たちには当たらない。俺はカァヤさんに引っ張られて前線から退く。


「バカね。あそこまで粘る必要なんてなかったでしょうに」


 俺はその場に座り込んでしまった。一度そうすると、ちょっとやそっとじゃ立てそうにない。


「あとは私たちがやるわ。……本当に、ダメだからね」

「はい、すんません」


 その時、俺は見た。

 最後の一撃。そいつを放ったのがラベージャだったことを認めて、少しだけ気が抜けて、少しだけ、意識が途切れた。



<5>



『あ、やっと出た。ねえナっくん。今、どこにいるの?』

「ちょっと外に出てた」

『もーう。おばさんたち心配してるよ』

「ああ、分かった。悪いな鶴子」

『ホントだよ。ねえ、早く帰ってきなよ。私だってナっくんがいなくなったら嫌なんだからね』

「……ああ。ああ、分かってる。もうすぐ帰るよ」


 俺は、黒い霧と化したヘリオスを見上げながら電話を切った。誰にも見られないように、こっそりとケータイをポケットに戻す。

 そうだ。帰ろう。ちょっと、さすがに、色々なことがあり過ぎて疲れちまった。



<6>



 その後。

 俺は一度自分の世界に戻り、母さんたちに叱られた。鶴子にももう一度きちんと電話をして、心配かけたことを謝っておいた。

 ああ、それにしても、腹が減ったな。



<7>



 ログインに成功すると、俺はデカドロス島の丘の上にいた。……ああ、そうか。そういや、ここでログアウトしたんだっけ。何か頭がぼーっとしてて思い出すのに時間がかかっちまった。


「……ふう」


 もう夜だ。モンスターの姿も周囲にはない。ヘリオスも太陽の巨像も時間が経てば再出現リポップするだろうが、今だけは平和な、普通の島だな、ここ。


「ヤサカ。戻ってきたのか」

「え?」


 俺の傍にラベージャが立っていた。こいつも王都に戻ったんじゃなかったのか?


「もしかして、ずっとここで待っててくれてたのか?」

「ああ」


 ラベージャはなんでもなさそうに言うが、かなり心苦しくて、申し訳なかった。


「悪い」

「別に、気にしていない」

「安心したよ。普通に嬉しかった」

「そうか」

「それにしたって、お互い、無事で済んでよかったな」


 俺がそう言うと、ラベージャはふっと微笑んで、俺の隣に腰を下ろした。


「ヤサカはもう、食事を済ませたか」

「いや、まだなんだ。……あ。俺のナップザック」

「探したがボロボロになっていた。中身もな」

「そ、そうか」


 残念だった。つーか買ったばかりだったってのに。


「姫さまに新しいのを買ってもらおう。私からも言ってやる」

「ああ、まあ、それもそうなんだけど。今日は俺も、こっちでお前と一緒に飯を食べようと思ってたんだよ。材料とか全部パーになっちまった」

「……そうだったのか。そうか。残念だな、それは」

「ああ、本当に。けど、なんか飯を作る元気はないな。あとでさ、ボ・フの飯屋で祝勝会でもやらないか?」

「うん、そうだな。それがいい」


 俺たちはそこから何も言わないで、ぼけーっと夜の空を見上げていた。ここでごろんと寝転がっちまえば、そのまま泥のように眠れそうだった。


「……ヤサカ。最後の、あの一撃はよかったぞ」


 ああ、アレか。でも、俺の力ってわけじゃあなさそうなんだよな。


「強く、逞しかった。冒険者とは……いや、男とはかくあるべきだ。そう思わされた」

「そ、そうか。素直に褒められると変な気分だな」

「強い男にはいいものが似合う。これをやろう」


 ラベージャは丸い石を掌の上に乗せて、俺に差し出した。よく見ると、その石みたいな物体はちかちかと光ってもいる。


「なんだこれ?」

太陽神ヘリオスが落としたのだ。ヤサカの仲間が言っていたが、どうやらこれはとてもいい品らしい」


 ラベージャのもとにドロップしたのか。もしかするとMVPボーナスみたいなのがあったのかもしれないな。ヘリオス戦の一番の功労者はこいつで間違いないだろうし。

 もらえるものは何でももらえが八坂家の家訓だが、ヘリオスがドロップしたアイテムか。……このイベントの目玉である可能性は高い。


「ラベージャが取っておけよ。俺はもらえないし、それに、これはたぶん、ドリスが欲しがってるものかもしれない」

「あ。……ああ、そう、だな」


 ……気づいていなかったのか? ラベージャにしては抜けてたな。もともと、俺たちはドリスに『飴』を渡す為にこの島を探索してたんじゃないか。


「なんならドリスには黙っておくか?」

「……いや。姫さまに渡すべきだな。ヤサカ、すまないがそれでいいか?」

「ああ。いいよ。そんじゃあ、そろそろボ・フに戻ろうぜ。腹が減って死にそうなんだ」


 俺は立ち上がるが、ラベージャは座り込んだままだった。


「もう少し、このままでいないか?」


 ラベージャはこっちを見ないまま、そんなことを口にする。俺は頭を掻いて、何も言わないで彼女の隣に座り直した。

 空にちりばめられた星が見える。空腹だったので、そういう形の飴玉にしか見えなかった。

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