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第3章 湖上の華Ⅲ

<1>



 ホワイトルート大陸。王都キャラウェイ。そこの姫さま、ドリス・セラセラ。まさかナナクロの重要っぽいキャラと出会えるとは。嬉しくもなんともないな。

 話を受けると言った俺は後ろ手に縛られたままだが、牢屋っぽい場所からは出してもらえた。


「ほら、歩け」

「おう」


 先頭を歩くのはドリス。その傍にラベージャ。俺の後ろには兵士が一人。見てろよこの野郎が。


「おっと足が滑った」


 俺はバレないようにメニューを呼び出した。NPCには見えないだろうがな。

 そんでもって、転ぶ振りをして足でメニューを押してみる。


「お、おい、何してるんだ。転ぶならさっさと転べ」

「い、いやいや、その、ね? おっとっと……」


 装備品でもスキルでもない。俺は所持品の欄を爪先で押す。


「む? あっ、おい! そいつを止めろ! 力を使うつもりだ!」


 振り返ったラベージャが気づくが、もう遅い。俺は所持品から《風の鎌》を呼び出している。光は俺の前方に。具現化した鎌の刃が地面に突き刺さる。俺はダメージ覚悟で背中から突っ込んだ。


「いっ……てえなあ!」


 刃に背を向けたまま、俺は手首を動かした。HPゲージが少しだけ減るが、俺を縛っていた紐はすぐに解けた。

 同時、ラベージャが剣を抜く前に、俺は近くにいた兵士の首元に風の鎌を突きつけてやった。


「き、貴様……!」

「おっとお、剣を抜くんじゃねえよ。動いたらこいつをぶっ殺すぞ。オラッ、武器を捨てな」


 ラベージャは俺を睨みつけていたが、ドリスの指示で得物を床に投げ捨てる。


「さっきとは立場が逆になったな、なあ!?」

「悪党め」

「誰が悪党だ! 誘拐犯のお前らが言える口かよ!」

「分かった。分かったから彼を離せ」

「うるせえバーカ!」


 くそう、まるで悪役だ。俺はこの場を脱したいだけなのに。

 ふと視線をずらすと、ドリスが冷めた目で俺を見ていた。


「殺すの?」


 そう問われて、俺は、ここがナナクロん中だってことを思い出す。そうだよ。俺は兄貴を探さなきゃならねえ。NPCごときに邪魔をされてたまるかってんだよ。


「何が殺すだよ。何が……っ! お前ら所詮、ゲームの中のキャラクターじゃねえか! ここはどうせニセモンだ! 全部嘘っぱちなんだよ! 俺の世界じゃねえし、現実でもなんでもないんだよ!」


 ああ。なんだ。俺は、結構怒ってたっつーか、ストレスが溜まってたのかもしれない。ぶちまけて、少し楽になってしまった。

 そんな俺を見透かしたのか、ドリスはふっと微笑んだ。


「そうね。お前にとってここはゲームの中ね。お前の世界じゃないし、お前の現実じゃない。だけど、私たちにとってはここが現実なの。ここが本物で、本当で、ここにしか居場所がないのよ」


 ドリスの笑顔は自嘲気味で、酷く悲しそうだった。……俺はふと思った。こいつらがNPCだったとして、今、俺の前にいるのは何者なんだろうって。どうせなら皆、雑な3Dで見えてくれてる方がよかった。そうすりゃあ何とも思わずに済んだし、感情移入なんかしなくてもよかったんだ。

 ああ、ダメだな。プロエさんたちも、今まで会ったやつらも、俺には人間にしか見えねえんだな、やっぱり。


「悪かった」


 俺は兵士を開放し、風の鎌をメニューくんのところに戻した。


「悪かった。とりあえず、話を聞くよ」

「感謝するわ、ヤサカ・ナガオ。お前は優しい冒険者なのね」


 いや、全然そんなことはない。俺はただ、臆病なだけなんだ。



<2>



 俺はとある場所に通された。薄暗くて本や紙の束が散らばった小汚い部屋だ。

 どうやら、ここはドリスの私室らしい。俺みたいなやつを連れて城の中をうろつくのはどうかと思ったけど、この城にはあまり人がいないみたいで誰ともすれ違わなかった。


「ここなら気兼ねなく話せるわ。私とお前、それとラベージャしかいないもの。ああ、適当に座ってちょうだい」

「お、うん」


 なんかアレだな。お姫さまの部屋って案外簡単に入れるんだな。つーか、鶴子以外の女子の部屋に入ったのって初めてだ。なんかちょっといい匂いするし、妙に緊張してくるな。


「それで、力を貸してくれって、具体的にはどうすりゃいいんだよ」

「その前に私の状況について話すわ。お前が協力するかどうかはそれから決めればいい」

「……本当だろうな? 断ったら、後ろのやつが斬りかかってくるんじゃあないだろうな」

「ラベージャ、下がりなさい」

「は。……は? いえ、ですが」

「下がりなさい」


 ドリスは先よりも強い口調で言った。ラベージャは仕方なさそうに部屋を出ていく。


「これで二人きりね」


 意地悪くも、自嘲気味な笑みでもない。ドリスは花が咲いたような笑顔を見せた。



<3>



 長い話の後、ドリスは疲れたように息を吐き出した。

 俺は頭の中でドリスの話を整理する。


 まず、このホワイトルート大陸は平和らしい。他民族の侵攻や、他のでかい国も存在していたが、全て平らげたそうだ。この大陸から争いが消えてもうずいぶんと長いらしい。平和なのはいいことだ。


 だが、争いとは別の問題が起こっている。それはセラセラ家に男児がいないことだ。世継ぎがいないのだ。そういう場合、王女を他国の王子さまと結婚させるのが普通らしい。政略結婚というやつだろうか。俺は平成の世、それも日本という平和なところから来たので何とも言えないが、王様の娘といっても自由はなさそうだ。


『え? いやあ、それはちょっと』

『お断りです』

『私が王になればよろしいのではないでしょうか』

『あっ、それナイスアイデアじゃね?』


 王には多くの子がいるが、全て女児だ。その中でも特に名の知れた三人の娘がいた。三人とも見目麗しく、どこに出しても恥ずかしくない教養と気品を備えているそうだ(ホントかよ)。しかしその三人は他国に嫁ぐことを拒否し、あまつさえ自分が王になると言い出した。


 さすがに俺もそれはどうかと思ったが、平和ボケした世の中、娘可愛さに王は了承した。

 王位継承の条件は二つ。王女自らが、王……というよりお婿さんを連れてくること。

 もう一つが冒険者、つまり俺たちプレイヤーの心を掴むことだ。

 一つ目の条件は分かる。結局、後継ぎが生まれなきゃあどうしようもないからだ。


「なんでお姫さまが冒険者の人気どりしなきゃならないんだ?」


 俺が尋ねると、ドリスはふっと鼻で笑った。馬鹿にしてんのか。


「お前たちが危険だからよ。確かにセラセラ家は栄えているわ。他国、他民族が攻めてくることも考えづらく、攻められたとして返り討ちに出来るだけの数も揃っているもの。だからこその、この城。守りを固めるより煌びやかに着飾って『どうだ、すごいだろう』って言ってるのよ」

「まあ、そんなことを町の人も言ってたな」

「外敵は恐ろしくないの。でも、お前たちは違う。この大陸でほとんど何の制約もなく動き回っているじゃない。しかも十にも満たない数で凶悪な魔物を討ち滅ぼし、中には単独で魔物を狩る化け物のような冒険者もいる。何の理想も持たず、ただ報酬だけを追い求めてね」


 そう言われるとなんか辛いんだけど、でも、ゲームってそんなもんじゃないのか。


「お前たちは金で動くのよ。今はこの大陸……いえ、セラセラ家に害を及ぼすことがないとしても、明日はどうなるか分からない。他国、他民族、他の大陸の誰かさんに雇われればセラセラ家にも牙を剥くに違いないわ。だからこそ、お前たちを手懐けなくてはならないの。野放しにすれば危険だけれど、飼い慣らせば頼もしい味方だもの」

「……そ、そうか。でも、俺たちの心を掴むってどうするんだ?」

「お父様はおっしゃったわ。『より多くの冒険者から支持された者こそ、今の世に相応しい王になるのだ』と。王位継承レースに参加しているのは私を含めて三人。お前たちにその三人の中から誰が王に相応しいか選ばせるのよ」


 つまりそれは選挙ってことなのだろうか。王制っぽいけど、民主的なところもあるんだな。


「その為には報酬を用意しなくてはならないわ」

「ん?」

「私は今、王位継承レースに出遅れている。上のお姉さまたちはキャラウェイを離れて別の場所で冒険者たちに飴をばらまいているの」

「そういうのってズルくねえ?」

「何を言っているの? 美味しい思いをさせてくれない人を助けるなんて考えられないわ。私たちはただ、人を集めているだけよ。その上で公約を掲げて自分を支持してもらえるようにやっているだけ」


 ま、まあ、日本にだってそういうことやって選挙に勝ったやつだっていそうだしな(個人の考えです)。


「それで、俺に何をやって欲しいんだよ」

「まず飴を用意しなくてはならないわ。上のお姉さまたちは『ダンジョン』と呼ばれる危険な場所を探り当て、そこに眠る財宝を冒険者たちに振舞っているはず」

「なるほど、そいつが飴か」

「そもそも、ダンジョンに入ること自体を『飴』にもしているわ。正直、お前たちが勝手に入って宝を探してくれた方が確実だもの」


 ダンジョンか……。ドリスの他に二人の姫がいる。その人たちはキャラウェイとは違うところに陣取っている訳だが、そこにもプレイヤーはいるだろう。兄貴はこの王都にいないかもしれないが、二人の姫さまのうち、どちらかを支持している可能性もあるな。


「お前にはダンジョンを攻略してもらいたいの。最近、王都から船で行ける範囲で島が見つかったのよ。まだお姉さまたちも手を付けていない場所よ。兵たちの報告によれば、迷宮があるかもしれないらしくて。私たちだけでは最深部に行くのは難しいの」


 最近……? もしかしてゲームがアップデートされて見つかったのかもな。


「話は分かってきた。俺はあんたが王様になる為に、飴になりそうなものを見つけてくればいいんだな」

「ええ。実は明日にはお触れが出るの。『ダンジョンを開放したからどうぞお好きに潜ってください』って。これで王都を離れていた冒険者が戻るかもしれないわ。お前以外にも手伝ってくれるように声をかけているけれど、所詮はストトストンの外から来た人間。どこまで信用出来るか分からないわ」

「俺はどうなんだよ」

「一つ、私に可能な限りの範囲で何でも望みを叶えてあげるわ」


 何でも?


「お金でも、地位でも、何でもよ」

「……じゃあ、人を探してくれ」

「人? ええ、構わないわ。それがお前の望みなのね」

「ああ。八坂剣爾ってやつだ。俺の、いなくなった兄貴を探して欲しい。少しの手がかりでもいいんだ」


 ドリスは頷く。俺はこいつに信用されていないが、その逆も同じだ。俺だってこいつを頭から信用しちゃいない。だが、こいつは腐っても王族だ。俺よりも多くの人を動かせるし、この世界にも明るいはず。


「お前のお兄さまも冒険者なの?」

「たぶんな。そうであってくれとは思ってる」

「そう。見つかることを祈っているわ。私も今の内から探しておいてあげる。そうそう、他の冒険者に先を越されてもいいから」

「……いいのか?」

「ええ、ダンジョンの攻略が進むってことは、その分だけ王都に人が集まってるってことでしょうから」


 最悪、人さえいれば飴がなくてもどうにでもなるってことか? ……なーんか変なこと言ってるような気もするけど、まあ、いいや。


「とにかく分かった。明日からダンジョンが開放されるんだな。俺はどうすればいい? もう直接向かってもいいのか?」

「明日、いつもでいいから一度私のところに来てちょうだい。キャラウェイの中にさえいてくれればこちらから見つけて連れてこさせるわ」

「あいよ。そんじゃあ、今日はもういいか?」

「ええ、下がっていいわ。お前の優しい心に感謝します」


 そりゃどうも。

 俺はドリスの私室を出て扉を閉めた。つーか、ここに来るまで遠過ぎるんだよな。部屋もいくつもあるし。

 ……と、二つ目の控えの間に、ラベージャがいるのを発見した。彼女は窓の外をぼうっと眺めている。


「……む、貴様は」

「八坂長緒だ。あんたのお姫さまに力を貸すことになった。よろしくとは言わねえけど、もう剣を向けるのはやめてください」

「ラベージャだ。姫さまの近衛兵をやっている」

「そうか。そんじゃあ」


 立ち去ろうとしたが、ラベージャに呼び止められた。そんで彼女は話を始めた。俺が力を貸すのはいいが全く頼りないだとか、剣を抜く速度が遅過ぎるだとか、ドリスには休みをもらえていないとかいう愚痴だとか。

 いい加減めんどくさいし腹も減ってきたので、俺はログアウトした。この世界の去り際、怒ったようなラベージャの声が聞こえたが、腹の鳴る音が全てを掻き消してくれた。

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