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第3章 湖上の華Ⅱ

<4>



「ほら、見てみなよ。あれが王都キャラウェイだ」

「おおー……」


 俺の乗っていた馬車が小高い丘に差し掛かった。そこから目的地である王都が見えた。向こうにあるでかい河から繋がった湖。その上に町が、城がある。


「城が見えるかい。あの城は《湖上の華》って呼ばれてんだ。王都はな、昔は陸地にあった。けど水路を作り、北側にある馬鹿でかい《ザワー河》から水を引っ張ってきて、あの湖を作ったのよ。そんでもって王都を湖の上に移したってわけだ」

「へえー、どうしてそんなことしたんだろ」

「そりゃあ、守りに易いってことだろうな。森とザワー河があるから敵さんは攻めづらい。っつっても、キャラウェイに攻めてくるような連中はほとんどいねえけどな。こう言っちゃあなんだが、道楽ってやつだろうよ」


 でも、すげえ綺麗だ。ここから見る人工湖は水面がきらきら輝いている。あの城も華って呼ばれるだけあって、真っ白くて、なんかこう、ええと、うん、キレイだ。


「ま、その代わりに大陸の各地に砦を築いちゃあいるがな。それより、王都がどんなんだか気になるだろ?」

「ああ、教えてくれよ」

「任せな。俺ぁもう、あんたらみたいな冒険者にガイドをしてやってんのよ。一人20ゴールドでな」


 俺は無言で金を引き出し、御者のおっさんに渡した。


「へへ、毎度。……キャラウェイはな、二つの区画に別れてんだ。お偉いさんたちが住む王宮と俺たちや冒険者が住む城下町にな。二つの区画は外壁によって分かれてる。ま、俺らぁみたいなのは城を外から眺めるだけってなもんよ」

「城の中かあ、一回くらいは入ってみたいな」

「けど、あんだけでかいもんはこんぐらいの距離から眺める方がちょうどいいわな。近づき過ぎると、綺麗な華も何が何だかわかりゃあしねえ。伏魔殿とも言うしな」


 伏魔殿?


「外から見る分には美しいって話さ。ああ、そうだ。大聖堂にも行ってみなよ。もっとも、あんたら冒険者は『ハシラサマ』にゃあ興味がなさそうだがな」

「なんだそれ。いや、そういやこの世界の人たちは柱が大事なんだっけ」

「おお、そうさ。俺たちがこうして生活していられるのも、全て柱の加護のおかげだからな」


 なるほど、この世界にも宗教があるのか。ハシラサマ。なんか胡散臭い響きだけど、あんまり悪く言うのはやめておこう。


「気が向いたら行ってみるかな」

「そうしてくんな」


 それから、俺は御者から色々な話を聞いた。そうしている内、馬車はキャラウェイの入り口に止まる。


「どうするよ、町の中まで入っていくかい?」


 俺は少し考えたが、自分の足で王都を歩くことを決めた。ここから見るだけでも人は多い。この町のどこかに兄貴がいたとしてもおかしくはないと感じられた。



<5>



 キャラウェイはやはりセルビルと違う。セルビルは木造ばかりだったが、ここは石造りの建造物が多い。

 表、裏。どこをどう歩いても、視界のどこかにはプレイヤーの名前が映る。あの『☆』マークが見えるだけでかなり嬉しくなる。

 活気もあった。NPCの商店だけでなく、町の中央広場ではプレイヤーもその場に座り込んで露店を開いている。見るだけでも楽しそうだが、相場が分からないのでぼったくられそうで怖いし、買い物するなら後だ。

 初めての場所を見るだけでもワクワクする。画面の前のゲームとはちょっと違う。独特の空気や臭いが、ここが異世界なのだと言っている。しかし楽しんでばかりもいられないな。まずは宿を探そう。そこを新しい拠点にして、少しずつ情報を集めていく。よし、これでいこう。


「ああ、もし、そこの……」


 最初、俺は自分が話しかけられていると分からなかった。プレイヤー、NPCが入り混じっている空間で、其処此処から話し声がしていたからだ。


「……え、ああ、俺っすか」

「そうだ」


 俺に話しかけてきたのは、綺麗なお姉さんだった。あっ、と思った。この人も耳が長い。カァヤさんと同じエルフなのかもしれないが、肌の色が違う。カァヤさんは抜けるように白かったが、この人は褐色だ。ダークエルフ、なのだろうか。


「少し時間を割いて欲しい。ついてきてもらえるだろうか」


 美人さんだが、クールっつーか人形みたいに表情が変わらない人である。

 ついてきてくれ、か。この人はプレイヤーじゃないな。名前を確認してみると『ラベージャ』とあった。NPCか。何かのイベントか? それともチュートリアルの続きだろうか。まあ、まだ時間はある。付き合ってみよう。


「いいっすよ。どこまで行くんすか」

「こっちだ。すぐに分かる」


 ラベージャさんはすたすたと雑踏の中を掻き分けて歩いていく。俺は慌てて彼女に続いた。



<6>



 ラベージャさんが俺を連れてきたのは城だった。そして今俺がいるのは、四方を壁に囲まれた小部屋だった。つーか窓もないし格子があるんだけど。ここって牢屋じゃねえの? 地下室っぽいし。


「あのー、こんなところでいったい何を」

「ここで暫し待て」

「はあ? いや、あのですね」


 視界からラベージャさんが消えた。俺は腹を殴られて、鞘ごと得物を奪われてしまう。突然のことで何が何だか分からなかった。分からなかったが、自分が結構まずい状況にあると気づく。

 えーと?

 武器を取られて、牢屋に入れられてる?

 ラベージャさんは身を翻して部屋から抜け出ると、扉を閉めた。


「……は? ちょっ、おいコラァ!」

「すまないな」


 扉には小さな格子がついている。ラベージャさんはそこから俺を覗いて、全然申し訳なさそうじゃない顔で謝った。


「ちょおお、俺何もしてないっつーの! んだよこれ!」

「暫し待てと言っている」


 ふざけんな。こんなところに閉じ込めて偉そうに言いやがって。ノコノコついてきた俺もアホだが、騙されるより騙す方が悪いに決まってる。

 俺はメニューを操作し、装備品の項目から鞘を取り戻した。扉の向こうではラベージャが少しだけ驚いたのか、あっ、とか声を上げている。馬鹿め。


「そうか。忘れていた。また姫さまに怒られるな」


 扉が開く。俺は鞘から剣を抜こうとしたが、


「暫し待てと、そう言っている」

「いいいいい、マジかよ……!?」


 ラベージャはこっちより早く剣を抜き、そいつを俺の首元に突きつけた。剣の切っ先は冷たかった。まさかモンスターはアレだけど、NPCに危害を加えられるってことは……。


「動くと斬るぞ」

「はい」


 目が怖い。目が冷たい。目が鋭い。

 ダメだ。試せねえ。ここでマジで殺されればどうなるか分からねえし、チャンスはここに来るまでにあったはずだ。最初からこっちに危害を加えるつもりだったら俺はもう死んでいる。そう思おう。


「ではそのままでいろ。手首を縛る」


 ラベージャは髪を結わえていたリボンを解き、そいつで俺の両手首をぐるぐる巻きにした。


「だああもうっ、いってえ!」

「こうでもしないとお前たちは不思議な力を使うからな。さっきのように」


 こいつ、プレイヤーのことを知ってんのか。いや、セルビルのギルドの人たちもプレイヤーがメニューを操作できるのを知っていた。だけど、ここまでやるか? こいつらNPCだろ?


「動くと次は容赦しない。いいな」


 俺はこくこくと頷いてその場に座り込んだ。ラベージャは出て行ったが、入れ替わりに別の兵士がやってきた。そいつは閉じ込められている俺を扉の格子越しに見た後、すっと視線を逸らした。


「た、助けて! 助けてくれ! 俺は何もしていないんだって!」


 ちっ。返事どころか視線も寄こしゃしねえ。仕方ないからここでもう少し待ってみるか。



<7>



 メニューを呼び出すことは出来る。しかし操作するのは難しい。メニューくんは基本的に動かない。俺の視線の先にある。つまり、俺の死角には表示されないのだ。縛られているとはいえ後ろ手でなら何とかなると考えたのだがダメだった。意外な弱点が発覚したな。これも勉強の一つだ。

 なんてポジティブに物事を捉えていると、扉の外にいる兵士が焦っていた。外から、『よい』なんて偉そうな声も聞こえてくる。扉をねめつけていると、兵士でもラベージャでもないやつが顔を見せた。女の子だ。俺と歳が変わらない感じだな。


「誰だ、あんた」

「貴様、この方はな……!」

「よいと言っている」


 女の子は兵士を宥めている。俺は彼女の名前を確認した。『ドリス・セラセラ』。NPCか。


「ドリス・セラセラか。変な名前だな」


 ビビらせてやろうと思い、俺はわざとそんなことを口にした。だが、ドリス嬢はビクともしなかった。可愛らしい外見とは裏腹に相当肝っ玉が据わっているらしい。


「冒険者の力ね。じゃあこちらから名乗る必要もないかしら。ねえ、ヤサカ・ナガオ」


 俺が驚いてしまった。どうしてNPCが俺の名前を知ってるんだ?


「確かに私はお前のような力を使えない。だが、お前のような力を持つ者は使える」

「まさか、あんたに協力しているプレイヤーがいるってのか?」

「さて。どうだかね」

「いいから出してくれよ。こんな体勢じゃあ話もできねえよ」

「話が済んでからならいいわよ?」


 ドリスは意地悪い笑みを浮かべた。くそう、こいつとは分が悪いな。


「俺は話すことなんかねえぞ」

「ねえお前。私に力を貸してくれないかしら」

「あぁ?」


 力を貸せだあ? こんな風に閉じ込めて縛っといて、なんともはや……。


「断ったらぶっ殺せそうな状況作っといてよく言うぜ」

「別に殺しはしないわよ。それに、お前たちは殺したって死なないもの」

「俺ぁ他のやつとは違うんだよ」

「あら、そうなの。試してみようかしら」


 このアマふざけやがってぇぇぇぇぇぇ。

 無性に腹が立つが、ここで乗っとかないと出られないかもしれん。


「ちくしょう。ちゃんと生かしてくれるんだろうな」

「ええ、もちろん。話に乗ってくれる?」

「乗らなきゃ先へ進めないからな。……俺は八坂長緒、ただの冒険者だよ」

「そう。それじゃあ私も改めて。ドリス・セラセラ。この大陸の『お姫さま』よ」

「冗談だろ?」

「ホントよ」


 いやいやいや、冗談だろ。そう言ってくれ。

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