デビュー。
ひったくり事件から三日経った放課後。
毎度の美術準備室。
「いやあ、それはええわ。断っといて」
そう言って、うまい棒に付いたパウダーを舌で舐め取りながら、
うまくなさそうな顔をする岬。
岬にそんな顔をさせているのは、地方紙からの取材申し入れの話だ。
取材対象はもちろん、『ひったくり犯を捕まえた勇敢な女子高生』。
「何でよ! 英雄じゃない! お手柄じゃない! デビューじゃない!」
デビューの意味はよくわからんが、取材拒否する岬に七瀬が食い下がる。
「杏ちゃんは裏社会に生きる女なので、そういう華々しいのは苦手なのです」
「あたいは裏の人間なのさ」
調子こいた岬がナイフを舐めるようにうまい棒に舌を這わせるが、
唾液でテカテカ光るその棒はもうすっかり大人用だ。
ある意味、裏の人間で正解。
「ええー、でももったいないじゃない!」
「ほんなら、あんたが取材受けたらええやん。痛い足踏ん張って最初にペットボトル投げたんはあんたなんやし、実際あれがなかったら取り逃がしとったわけやし」
「あ、それでいいじゃないですか。全部七瀬さん一人でやったことにしたらいいのです」
「ダ、ダメよ。それは、ほらっ、何て言うの? 私だってそんな新聞の取材受けて、一面に写真が載って、雑誌のモデルのオファーが来て、CMで取り上げられて、月9のヒロインに抜擢されて、ジョニーズアイドルと噂になってスキャンダルになったりしたら困るし……」
心配を通り越してあつかましい。
「そっか。んなら、仕方ないな。ポチ村、やっぱりお断り……」
岬が俺にそう言いかけたところで、七瀬が再び割って入る。
「で、でででででも! せっかくなんだし。どうしてもって言うなら? その、私が? 代わりに? 取材を? 受けてもいいかなって」
「いや、でもなんか悪いし」
「で、ででででででも! そういうのも地域の防犯意識を高める一端を? 担うって意味では? 大切なんじゃないかな?」
「いや、逆にひったくり犯には立ち向かおうって勘違いさせてもあかんし」
「で、ででででででもでもでも! 何かほらっ、生徒会長として? 学校の? イメージアップとか?」
めんどくさいなこいつ。
「んじゃ、悪いんだけど七瀬お願いできるか? 地域の防犯意識を高めるってことを考えると、意味のあることだと思うし、生徒会長として受けてもらえると、学校のイメージアップにも繋がるし」
俺が言ってる傍から、ほころびそうになる頬をひくひくさせて必死でこらえている七瀬。
「そう? わかったわ。まあ、そこまで言うなら私が」
そこまで言ったの全部お前だけどな。
取材当日は七瀬に校長と学年主任がよくわからない名目で立ち会い、
俺は俺で七瀬から「マネージャーとして」指名され付き添うことになった。
浮かれる七瀬に最初は心配もしたが、いざ取材が始まると、
実際に犯人を捕まえたのは自分以外のもう一人だということ。
ひったくりに対する日頃からの心構え等をしっかりとした口調で答えた。
記者からの質問も「怖くなかったか」「部活は何かしているのか」など簡単なもので、
最後に写真を一枚撮って終わった。
名刺を交わしてから二十分あったかどうかという、
呆気ないほどの短さだった。




