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ボーナスステージ。


 取材から数日たった放課後。


「なあ、七瀬」


「え、何? あんたもサイン欲しいの?」


 職員会議から美術準備室に戻ると、

 これ見よがしに作業台の上に新聞が広げられていた。

 親切なことに自分の記事の場所をマーカーで囲ってある。


 その他の準備部の三人は興味がないといった様子でダラダラとダベり、

 長谷川はノートパソコンを開いて何やら黙々と作業をしている。

 唯一、菊池だけがすごいなぁすごいなぁと七瀬の傍で盛り上がっている。


「あんたもって何だ」


 俺がそう言うと、菊池が満面の笑顔で俺の顔の前に色紙を掲げる。

 色紙にはクリクリした線が這いまわった先に『せいらさんへ』と書かれてある。

 菊池の下の名前はせいらというのか。

 ご両親とは話が合いそうだ。


「私。会長のサイン第一号なんです!」


「そっか、大事にしろよ。この世で二つと需要がないサインだ」


「別にサインぐらいしてあげるわよ?」


「いや、そういう意味じゃないんだけどな」


「で?」


 七瀬がいきなり主語のない問いかけをしてくる。


「で、とは?」


「え?」


「ん?」


 七瀬が白々しく明後日の方向を見ながら、

 作業台の新聞を、ついっと俺の方へと押しやってくる。


「ああ、まだ読んでない。そんなことより明日なんだけど」


 七瀬が聞こえていないという素振りで、

 指を伸ばして更に新聞をこっちに押しやる。

 ……読むまでは会話もしないということか。


 記事の内容はおおよそ取材で話した通りで、

 一点だけ七瀬の右足の包帯がペットボトルを投げた時に捻ったことになっていたが、

 それも小さな英雄譚で気にするほどのことでもない。


「ん。読んだ」


「で?」


「よ、読んだけど」


「何か言わないの?」


「え、ああ、すごいな。写真載ってるな」


「……もういい。菊池、どう?」


「会長かっこいいです! あの、サインもう一枚もらっていいですか?」


「もう、仕方ないわね」


 めんどくさすぎる。

 そして今から更にめんどくさくなるであろうことを考えると、めんどくさい。


「七瀬、明日とか明後日なんかは都合つかないよな?」


「はあ? 何よ。明日も明後日も明々後日も私は年中無休で忙しいわよ」


「そうか。じゃあ断っとく」


「何をよ?」


 言いたくねーなー……。


「実はなローカルなんだけど、取材の申し入れが来てるんだが、お前忙しいよな」


「何、また新聞?」


 やれやれといった素振りの七瀬だが、その頬はすでに緩みかかっている。


「いや、その、もう一度言うけどな、ローカルなんだけどな」


「だから何よ?」


「テレビだ」


 七瀬の緩みかかっていた頬筋が逆に一気に伸びる。


「テ、テレ……!」


「でも都合悪いんじゃ仕方ないか」


 そこからの七瀬の挙動は、こちらの予想を上回る不審なものだった。


「菊池、菊池」


「は、はい」


 自分を呼んでいるのに、

 その目はどこか遠くの桃源郷を眺めている七瀬に、警戒しながら近付く菊池。


「菊池ぃぃぃー!」


 いきなり七瀬の豊満な胸に抱き込められ、頭を撫でられまくる菊池。

 窒息しそうなのか七瀬の腕を菊池が何度もタップする。


「すわっ!」


 それを見た長谷川が急に席を立つ。


「長谷川、長谷川」


 状況を理解できていない菊池を抱きしめたまま、

 長谷川にも手招きする七瀬。


 凛とした姿勢のまま七瀬に近付く長谷川。

 凛とした姿勢のまま眼鏡をはずす長谷川。

 凛とした姿勢のまま七瀬に抱かれる長谷川。


「ボーナスステージ」とぼそりと呟く長谷川。


 俺もあそこにいけばボーナス確定できるだろうか……。


 一方そんな三人を見て、ものすごい勢いでノートにペンを走らせる松野。


「生徒会ガチ百合三色丼! キタコレ!」


 その松野を「先生」「先生」と無意味に持ちあげる岬と龍ヶ崎。


 何これ。帰りたい。


 そんな気持ちを堪えて、

 未だ菊池と長谷川を撫でたくる七瀬に声をかける。


「あ、で、どうだろう? やっぱりいくら何でも急すぎるか? どうも週明けにやる地域の防犯特集のコーナーで流したいらしくて、どうしても明日か明後日でないとダメらしいんだけど」


「んん。まあまあ、芸能界ってそういうところだからさ」


「いや、芸能界じゃ……」 


 七瀬が二人を一旦解放し、鞄から教科書を取り出してペラペラめくり始める。

 しかもベタなことに上下逆だ。


「えーと、明日と明後日はぁ」


 ……まさかあれは、手帳でスケジュールを確認してるつもりなのか?

 ボケか? ボケなのか?


「うん。まあ、どっちの日も大丈夫みたいね」


「あ、会長、明日はダメですよ。校長先生達と校内のバリアフリー化の優先順位と予算割を決める会議です」 


 七瀬はそんな菊池の肩をポンポンと叩き、優しく微笑みかける。


「菊池、今までお疲れ様」


「え、何ですかその露骨な肩たたきは! 私何かしましたか!」


 急に辞職を迫られ、狼狽する菊池。


「じゃあ、明後日ならいいわ」


 すると、今度は長谷川がはずしていた眼鏡を颯爽とかけ直す。


「会長、明後日は各部の部長を集めての第一次来年度予算会議です」


「何よ長谷川まで! じゃあ、もういいわよ! 生徒会長あげる!」


「ありがたく」


 そう言って、うやうやしく跪く長谷川。


「あげるな、もらうな」 

 

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