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田植えの季節

新田の県庁への復帰が正式に決まった

雨実村への出向は 当初の予定より

一年早く終わることになった

合併協議から始まり 住民投票

三自治体の協議 そして四月一日の合併

その季節も ほぼすべて終わっていた

新田自身も 

そろそろ戻る時期なのだろうと思っていた

だから 辞令を受けた時に驚きはなかった

ただ 少しだけ寂しかった

引っ越しには 大きなトラックを使うほどの

荷物はなかった

県庁から紹介された宅配業者の

小さな引っ越しサービスを

利用することにした

段ボール箱や衣類 書籍 生活用品

二年間の間に増えた荷物を

一つずつまとめていく

そして 最後の日

新田は雨実村を離れた


数日後

県庁近くの自宅に 引っ越し荷物が届いた

玄関先に書かれた段ボール箱を見ながら

由佳が笑う

「荷物 増えたね」

「そうだな……」

新田も苦笑いする

二年前最初に雨実村へ行った時には

こんなに荷物が増えるとは思っていなかった

由佳が段ボール箱を開ける

「これ 雨実村へ持って行った本でしょう?」

「そう」

「こっちは 

あの旅館でももらったパンフレット」

「まだ持っていたのか」

「だって 懐かしいじゃない」

由佳は笑いながら 

また箱の中身を整理していく

暫くして ふと手を止めた

「ねえ」

「ん?」

「もう 雨実村へ行く機会も減るね」

新田は黙った 県庁の仕事が始まれば

休日に遊びに行くことも簡単にはできない

由佳もそれは分かっている

「友も愛も あの村が好きだったのに」

「また連れて行けばいい」

「仕事でなく遊びに行けるかな」

「そうだな」

由佳は少し笑った

「……それでも なんだか寂しいね」

新田は開けたばかりの段ボール箱を見つけた

「俺もだよ」

二人はしばらく何も言わなかった

けれど 由佳が突然顔を上げた

「そうだ」

「何?」

「田植え」

「雨実村の田植え体験」

新田は少し考えた

「ああ……」

「今年もやるんでしょ?」

「たぶん」

由佳は笑った

「じゃあ 行こう 家族で」

新田も笑った

「そうだな」


そして 

五月

雨実村では田植えの季節がやってきた

水を張った田圃に 朝の光が映っている

山々には新緑が広がり

田圃を渡る風には

土と水の匂いが混じっていた

田植え体験には 村の人たちだけでなく

村外からも参加者が集まっていた

その中に 新田一家の姿があった

「パパ 早く!」

友が田圃の方へ走っていく

「転ぶなよ!」

新田が声を掛ける

愛も母親の由佳と一緒に笑っている

菫が参加者の受付をしていた

ふと顔を上げる

「……新田さん」

「お久しぶりですね」

新田が笑った

菫は嬉しそうに笑う

「本当に来たんですね」

「来ました」

「県庁へ戻ったから

もう来ないかと思っていました」

「俺もそう思ってたんだけど」

新田は由佳と子供たちを見る

「家族が行きたいって」

由佳が横から口を挟む

「私だけじゃありませんよ」

「友も愛も楽しみにしてたんです」

菫が笑う

「よかった」

その声を聞いて 新田も笑った

やがて田植えが始まった

泥の中へ足を入れる

「冷たい!」

友が声を上げる

愛も笑いながら泥を踏む

新田は子供たちを支えながら苗を植えていく

「パパ 曲がってるよ」

「え?」

「こっちの方がきれい」

「厳しいな」

由佳が笑う

少し離れたところでは

菫も村の人達と一緒に田植えをしていた

時折 顔を見合わせて笑う

田圃の向こうには 雨実村の山々

そのさらに向こうには

京洛醸造株式会社の工場が見えている

以前とは違う景色

けれど 田植えの風景は変わらない

泥の匂い

水の音

鳥の声

人の笑い声

新田は田圃の中から 村を眺めた

二年前

初めてこの村へ来た時には

何も知らなかった

今は

そこには沢山の人の顔を浮かぶ

古川さん 役場の職員のみんな

道の駅の人たち 京洛醸造の人たち

そして 雨実村で暮らす人たち

新田は笑った

「また来ような」

由佳が答える

「うん」

友も愛も声を揃える

「また来る」

菫も笑って手を振った

田圃には 

植えられたばかりの苗が風に揺れていた

春の風が 山からゆっくりと吹いてくる

新田一家の笑い声が

田圃の向こうまで響いていく

雨実村の一日は今日も続いている


今年もまた田植えが始まった

誰かが運んできた灯りを

次の誰かが受け取るように

村の暮らしは これからも続いていく

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