じゅういっこめの話
後ろから聞こえた声に反応して奏が振り向くと、そこには壁に開いた穴の奥から覗いているスフィアの顔があった。
「ちょっと待て! 完全にホラーのノリじゃねーか!」
「えー……せっかく面白く登場しようと思ったのになー」
小百合に言われた文句に対し、スフィアはその穴から這い出すように室内に入りつつそう言った。
「この状況で何をどう面白くできると思ったのか、その思考の過程が凄い気になりますよね」
「同意を求められても、同意できないわよ」
それを見ていた司書の言葉に、ユキは視線をスフィアに向けたままそう言い返した。
「これでも全速力であちこち探し回ったんだよ、その苦労くらいは気にかけてほしいんだけどね。まぁ、どうにかここに辿り着いたからいいんだけど。それで、こっちとしてはそっちが何かをしてくる可能性を考えると、あんまりのんびりしてられないから、ちゃっちゃとやることやっていくよ!」
スフィアは笑顔のままで司書に視線を向けてそう言った後、そのまま跳び上がってユキ目掛けて蹴りかかる。それに反応してユキは剣を出し、それでその蹴りを受け止める。その直後、ユキの足元に大きな穴が開いた。
「というわけで、こいつを貰っていくよ! それじゃ、ばいばーい!」
スフィアのそんな言葉を残して、そのまま二人は一緒にその穴に落ちていった。
「ちょっと待て! それたぶんマジでやばい!」
小百合がそう叫びながら穴に駆け寄ろうとするが、それよりも早くその穴は閉じていった。
「……マジか……」
「なんか相当深刻そうな表情をしてますけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねーよ! あいつと分断されるって、こっちとしては唯一まともな作戦を考えられる頭脳そのものを失うってことなんだよ!」
司書のかけた声に対してそう言い返した小百合の言葉を聞いて、桃香と奏は状況を察してお互い視線を合わせた。
「それもあるかもしれませんが、それよりもユキさん一人で大丈夫なのかどうかってのが心配なんですけど。たぶんですけど……今のスフィアの姿って、ユキさんの妹さん、ですよね?」
「……ひょっとして、ユキからあいつの妹の話、聞いてるのか?」
桃香の話を聞いて、小百合は彼女の方に視線を向けつつそう聞いた。
「昨日ちょっと」
「明らかに非常事態のど真ん中にいるはずなのに、この緊張感のない会話はなんなんですか?」
その小百合の質問に桃香が答えた様子を見て、奏はため息をつきつつそう呟いた。
「私の場合は若干思惑通りに動いてくれているので、あまり深刻な状況に陥っていないだけですよ」
その呟きを聞いた司書が微笑みながらそう言った。
「……思惑通り?」
「というか、なんでそんなのんびりとしてるのか、そっちの方が不思議なんですけど」
不思議そうな表情をする小百合の呟きの後に、桃香がそんなことを司書に言った。
「そう言われましても、相当移動時間が長いようで、まだ『選択肢』が彼女をどこまで連れて行ってるのか分からないんですから、手の打ちようがないだけです」
「それって、スフィアの動きが追跡できているってことですか?」
そんな司書の話を聞いて、奏がそんな疑問を口にした。
「正確にはあの白い服を着ている人の方を追跡しているのですが、それくらいの手練手管ならいくらでも有していますよ。伊達に本には囲まれていません。だからそちらの頭脳役が抜けたというのなら、私がそれを補いますから、ぜひとも頼ってくださいな」
「ここまでのやりとりでお前が頭良さそうなのは分かってるけどな、さすがにそれを全面的に頼れるほど信用するにはちょっと無理あるだろ」
「あー、やっぱりそうですか」
小百合の返答を聞いて、司書はため息混じりにそう呟き、
「それじゃあ、ただ待っているだけでも時間の無駄ですし、少し長くなるかもしれませんが現段階で私が考えてある作戦を話すことにします」
「いや、長くなるんじゃダメだろ」
「細かいことは気にしない方向で話を進めますね。とはいえ簡単な話です。この三人を二手に分けてどうにかするだけですから」
「簡単というか適当になった気がするぞ」
司書の説明に小百合が呆れた表情でそう言い返すということを繰り返し、
「二手……といいますと?」
「片方はさっき『選択肢』が一緒に連れてった子の救援を。そしてもう片方が……」
奏の疑問に答える司書はそこで一呼吸おき、
「『紡ぎ手』を強襲して倒してもらいます」
そう言葉を続けた。
「……それだけ?」
「それだけです」
説明を聞いた後の小百合の言葉に、司書はただそう返事を返しただけだった。
「単なる状況確認じゃねーか! わざわざ言われなくてもなんか分かるようなことを、長くなるとかなんか意味深なこと言ったくせにあっさりと終わりやがって! しかもさも自分が考案しました的な顔して言いやがったのがすっごいむかつく!」
「落ち着いてください、状況確認もそれなりに大切ですよ!」
そんな司書に食って掛かりそうな小百合を止めながら、奏は彼女にそう言った。
「ただ問題がありまして、動けるのがここにいるあなた方三人ってことなんですよね。つまり、二手に分かれる場合、どちらか片方が一人になるということです」
そんな二人に司書はそう説明を付け加え、
「なら簡単です。ユキさんの救援は私一人で受け持ちますから」
それに小百合を抑えていた奏がそう答えた。
「……二ヶ月前のあの対立していた時から考えると、そんな発言が出たこと自体に驚きだよ」
奏の言葉を聞いて、動きを止めた小百合は驚いた表情でそう言っていた。
「まぁ、二ヶ月も経てばいろいろと変わるってことなんですよ」
抑えていた小百合を離しながら、奏は笑みを浮かべながら小百合にそう答える。
「それでは決まったところで、早速二人には『紡ぎ手』のところに向かってもらいます」
そこで司書はそう言いながら指を弾き、
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
「「……えっ?」」
その言葉に合わせるかのように桃香と小百合の足元に穴が開き、二人はそう疑問の声をあげた直後に悲鳴と共にそのまま落ちていった。
「もう少し穏便な方法で送れないのですか?」
穴を開けて二人を落とした司書に奏はそう話しかけた。
「残念ながら、ここではこういう方法でしか送れないので」
「あー……そうなると、次は私が落とされるんですね」
司書の答えを聞いて、奏は不安そうな声でそう呟いた。
「……あ、どうやらスフィアが穴から出てきましたね。それじゃ、行ってらっしゃい」
奏がそう呟いた直後に、司書の言葉と同時に彼女の足元に穴が開いた。
「いやちょっと、まだ落ちる覚悟はできてないんですけどー!」
そう叫びながら奏はその穴に落ちていった。
奏が穴に落とされる直前、
「……のわぁぁぁぁぁ……むぐぅ!」
上空に開いた穴からそう叫びながらスフィアが落下して地面に叩きつけられ、その上からユキがスフィアの上に落ちてきた。
「いやー、クッションがあって助かったわー」
「クッションじゃないし! いくらなんでも、とってつけたかのように科白が棒読み過ぎるよ!」
そう言うユキの下にいるスフィアが苦情を言った。
「やかましい。勝手に私を巻き込んで穴に落としてきたんだから、これくらいで文句を言われる筋合いはないわよ」
スフィアの頭を踏みながら、ユキはそう言い放つ。
「……まぁ、頭を踏んでるのはいいんだけどさ……そのままそこにいてもいいのかなー?」
スフィアがそう言った瞬間にユキは上に視線を向け、そのまま横に跳ぶ。そこに、自分の頭と同じくらいの大きさの丸い物体が落ちてきたのを視認しつつ、少し離れた場所に着地する。
そして上から落ちてきた球体は、そのままスフィアの頭に直撃した。
「……な、なかなかやってくれるよね……」
「私はなにもしてないし、たぶんそのボールはあんたが呼び出したものでしょ。私が避けただけで、なんで呼び出したあんたに直撃してるのよ。というか、あんたはそんな死なばもろとも的なことしかできないの?」
「いやー、こういうのってそもそも意思疎通なんてできないからね、呼べるのがいただけでもラッキー程度の存在だよ」
呆れた表情で言うユキの疑問に対して、スフィアは上から落ちてきた球体を抱えながら起き上がりつつそう答えた。
「まーいいや、ここまでで軽い準備運動になったし」
「いや、落ちてきた後に落ちてきたボールにぶつかっただけで、運動してないじゃない」
その球体を後ろに放り投げた後で軽く伸びをしながら呟くスフィアに、ユキは淡々とそう言い返した。
「いや、してたんだよ。ここに飛ばす前にも言ったでしょ、君たちの居場所を探すためにあちこち走り回ってたって。その間わりと他にやることなかったから、見つけた時にはどうやって登場しようかとか考えてたけど」
「その結果があれっての、かなり問題あると思うわよ」
そんな他愛ないような会話をしながらも、ユキはスフィアの出方を伺っていた。そこに、
「ところで……もしこのまま君を一人ここに置いて立ち去ったら、一体どうなるんだろうね?」
スフィアは意地悪い顔をしながら、そうユキに疑問を投げかけた。
『それなら、彼女をそのまま『紡ぎ手』のところに飛ばすだけですよ。むしろ私としましては、その方がありがたいんですけどね』
「……やっぱり聞き耳を立ててたね」
そこで唐突にユキの服から発せられた声に、スフィアは笑顔のままでそう言い返した。
「まったく、こういうお互いの思惑が重なる状況、あんまり歓迎できるものじゃないんだけどなー」
『いやですねぇ、まるでそちらと私の思惑がぶつかってるようなことを言わないでくださいよ。私が作ろうとしていた状況を無駄にするかのように、そちらが勝手に私の思惑通りの状況を作っただけなんですから』
「桃香ちゃんが自分の服を使って会話しないでほしいって言ってたの、今なら分かる気がするわ」
そんな二人の会話を聞いていて、ユキはそう小さな声で呟いていた。
「まぁいいや。そっちがそのつもりだったなら、こっちとしてはとっとと終わらせたいから……さっさといっくよー!」
そう言うとスフィアは一足飛びでユキに近付いていく。それをユキは横に跳ぶことで避け、
「ぬわぁ!」
そのままユキの横を通り過ぎ、勢い余ってスフィアはその場に転び、
「……なぁんちゃって!」
転んだ直後にその体勢のまま横に跳び、そのままユキに接近する。
「人間の姿してるなら、もうちょっと人間っぽい動きをしたらどうなの!」
「この姿は借り物みたいなものだからね、そんなこと言われても困るなー」
繰り出された蹴りを剣で受け止めながら言ったユキの言葉に、スフィアは笑顔のままでそう答えた。そしてスフィアが反対側の足で蹴りを繰り出し、ユキはそれを避けるように後ろに跳ぶ。その直後、突然スフィアの足が伸びたような感じを受け、ユキはそれを避けきれずにそのまま蹴り飛ばされた。
「おぅわっ!」
蹴り飛ばされたユキが地面を転がって素早く体勢を整えるのと、片足が無くなっているスフィアがそんな声をあげてそのまま地面に転ぶのがほぼ同時だった。
「っー……人間の姿してるんだから自分の足を物理的に切り飛ばすな! まともな哺乳類はそんなことしないし出来ないわよ! しかもその姿だからなおさら腹が立つ!」
そのままスフィアと距離をとって素早く起き上がった後、すぐにユキはそんな苦情を言い放った。
「そんなことを言われてもねー。そもそもの話として、ここだと君たちは出血も骨折もしないでしょ。つまり君たちですらある意味で生物的な存在じゃないようなものなんだから、これくらいのことで文句をどうこう言うってのはどうかとは思うよ。にしても、人間って片足になるとまともに立ってられないんだね、柔軟な攻撃力を有してるのに不便な身体してるなー。あ、ちなみにこんなこともできるよー」
そう言ってスフィアは頭だけ宙に浮かせてみた。そんな宙に浮いたスフィアの頭を凝視しながら、ユキは次になんて言おうか思案していたところで、立とうとしていたスフィアの身体が糸が切れたかのように崩れ落ちた。
「あー、やっぱ頭だけ動くと他の制御が切れるねー」
「……もう怒りが霧散し尽して、まともにツッコミをいれる気力すら沸かないわよ……」
そう言いながら頭と身体をくっつけようとしているスフィアに、ユキはため息混じりにそう言い返していた。
「スキあり!」
そうスフィアが言うのと同時に、スフィアの倒れている身体がユキに向かって飛んでいく。
「この距離でそんな掛け声かけたら、すぐに気付くってのぁ!?」
そのスフィアの身体を避けながら呟いていたユキに、そのままスフィアの頭が飛んできて直撃した。
「頭突きイエーイ!」
笑顔のままでそう言っている頭だけのスフィアに、頭がぶつかった箇所を押さえながらユキは無言で剣で薙ぎ払う。しかしそれをスフィアは簡単にかわし、
「甘いあまーぅいっ!?」
そう余裕を見せながら言っていたスフィアの頭に、ユキは薙ぎ払った剣をそのまま振り抜き、その勢いを利用して回し蹴りを叩き込んでいた。
「甘いのはそっち。こっちはここに来てから何度も修羅場を潜り抜ける羽目になってたからね。見よう見まねでもケンカ殺法ができるくらいの実力は身に付いてるのよ」
「人のこと言えない立場だけど、そっちもわりと滅茶苦茶な戦い方をするじゃん」
蹴り飛ばした後でそう言ったユキに対して、スフィアの頭は飛ばされながらそう言い返す。
「回って回ってそのまま軌道変えて身体とドッキング!」
そして蹴り飛ばされたスフィアの頭は、飛ばされながら軌道を変えていき、倒れている身体の上に着地した。
「よーし、身体がくっつけばいけるぞー」
「いけないって! 背中に頭がくっついてる時点でもうどうにもなってないでしょ!」
地面に横たわる身体の背中に頭がくっついている状況でそう言うスフィアに、ユキは剣の切っ先を向けながらそう言い返した。
『……あの、声だけ聞いてるとそんな感じに聞こえないのですが、本当に戦ってるのですか?』
「ちょっと外野は黙ってて!」
そこで服から聞こえてきた司書の疑問を、ユキは一喝するだけで答えずに終わる。
「そうだよねー、横から茶々を入れられたくないよねー。そーれ、パーンチ!」
そう言うとスフィアは横たわった身体から両腕と両足を切り離し、それがそのままユキに向かって同時に飛んでいった。
「なんかいろいろと間違ってる!」
ユキはそう叫びながら、視線をスフィアの頭に向けたままで飛んできた腕と足を避け続ける。
「つーいでだー!」
スフィアはその掛け声とともに、残った胴体をユキに向けて発射する。
「ついでじゃないってーの!」
ユキはそう叫びながらその胴体を避け、そのままスフィアの頭に向けて剣を投げた。
「おおっと! いやー、危ない危ない」
「危ない危ない、じゃないでしょうが! すでに人間としての体裁すらしてない上に、こんな常識外れなやり方をやっておいて! しかもあの子の姿でそんなことをやるとか、本当に腹が立つ!」
スフィアの頭が飛んできたユキの投げた剣を避けながらそう言い、ユキがそんな文句を言い返している間にスフィアの頭から下に向かってゆっくりと胴体が生え始める。
「体裁とか言われてもねぇ。元々の姿が人間じゃないんだから、人間らしくっていうのが無理な話だと思ってほしいなー」
そう言ったスフィアは身体が生えきった後、ゆっくりと地面に着地した。
「そっちの都合なんか知らないわよ。こんなくだらない事で時間使ってるって、もの凄い無駄なことをしてる気になるんだから、さっさと大人しく斬られなさい!」
「むしろそっちが無理難題を言ってると思うんだけど」
そんな剣を構えながら言ったユキの言葉に、スフィアは笑顔のままでそう言い返し、
「まぁいいや、それも向こうが捕獲するまでの辛抱だし」
「向こうねぇ……なるほど、やっぱりあのトカゲってそういう役割をしているってわけか。ま、あの二人なら、案外どうにかしそうだから心配はなさそうだけどね。そう考えると、あのトカゲがあの蛇の作り変えたものだっていうなら、あの時の蛇もやっぱり私を捕まえるのが目的だったってことよね」
「答えてあげる義理はないから、ご想像にお任せするよ」
そんな二人の会話がそこで止まり、そのままユキが一気に駆け出した。
「そっちの答えは期待してないから気にしないでいいわよ。代わりに斬られなさい!」
「無理難題がブレないの、ある意味凄いよねー」
その言葉と共に振り下ろされたユキの剣を、その言葉と共にスフィアは後ろに跳ぶことで避ける。その直後、スフィアの腹の辺りから剣の刀身が生えるように現れた。
「まったく……いきなり剣を投げつけられた時は、正直これ見捨てた方がいいんじゃないかって思っちゃいましたよ」
「いや、ちゃんと届かないように加減して投げたって」
スフィアの後ろから聞こえてきた声に、ユキはそう笑顔で言った。そこにはユキが投げた剣でスフィアを後ろから貫いている奏の姿があった。
「いやー、まっさか誰かがここに助けに来るなんて思ってもなかったよー」
そう言いながら、スフィアは頭を回転させて真後ろを振り向いた。
「いくらなんでも首が反対側まで回るとかホラー過ぎます!」
それを見た奏は涙目でそう文句を言い、
「驚かせてるところ悪いけど、そのまま逝ってちょうだい!」
奏の方に向いているスフィアに、そう言いながらユキは剣を振り下ろしていた。
「うぉい! いくらなんでも急すぎないかい!?」
視線を奏からユキに移して、振り下ろされる剣を見たスフィアがそう叫んでいた。
「だからあんたの都合なんか知らないわよ! とはいえ、人間の姿をしてると視線の行方が分かりやすくなってありがたいわ!」
そんな声と共に振り下ろされた剣は、スフィアの身体を縦に切り裂いていた。
「危ないなー! マジでやばかったぞ!」
そんな剣の軌道から逃れるために身体から切り離されたスフィアの頭が、そんな文句を言いながら宙を舞っていた。そんなスフィアが視線を下に向けると、自分に向けて弓を構えている奏の姿が入ってきた。そのまま彼女が放った青い光の線を、スフィアはギリギリのところで避ける。
「自動追尾するようなやつを全力で撃ってくるとか、常識を疑うよ!」
「あんたに常識がどうこうとか言われたくないわよ」
そんなユキの言葉を無視するように、スフィアは文句を言いながらも青い光の軌道に視線を向けたままでいた。その視線の先にある青い光はそのままターンして、再びスフィアに向かっていく。それに対してスフィアは青い光から逃げるように急降下し、それを追いかけるように青い光も軌道を変えて急降下を開始した。そしてスフィアは地面に激突する直前に軌道を変え、地面すれすれを低空飛行し始める。それを追っていた青い光は、軌道を変える前に地面に激突して、そのまま消滅した。
「こんないつになったらエネルギーが完全に霧散するかも分からないものに、バカ正直にドッジボール気分なんかやるわけないって!」
「でしょうね!」
青い光が砕け散るのを確認してそう言ったスフィアの後に、そんなユキの呟きが近くから聞こえてきた。それに反応するようにスフィアが視線を前に向けると、そこには剣を振りかぶっていたユキの姿が目の前にあった。
「ちょっと待って! それマジでやばい!」
「知るかそんなの! 人間様を舐めるな!」
そんな掛け声と共に、ユキはその剣を振り下ろした。
「……やっぱりというか、こいつもエレメントだったってわけか」
真っ二つにしたスフィアの頭が消えた後に出てきた半透明な石を拾いつつ、ユキはそう呟いた。
「それにしても、よくあのまま咄嗟に矢を放つなんて発想に至ったわね」
「そりゃもう、ああいった状況には何度も遭遇してきましたから。飛んだのなら撃つのが一番早いじゃないですか」
「なんというか、私たちは嫌な慣れ方をしたわね」
そんな奏の答えを聞いたユキは、そのまま拾ったナミダを後ろに放り投げ、
「さて……それじゃ、もう一仕事やっておきますか」
そう言った彼女の視線の先には、大小さまざまな形をしたエレメントが彼女たちの方に向かってきていた。
「向こうから来ているってことは、向こうに行けば桃香ちゃんと小百合に合流できるってことでいいのよね」
『話が早くて助かりますね』
そんなユキの呟きを彼女の服から聞こえてきた司書の声がそう肯定し、そのまま二人はお互いに視線を交わすと頷き、そのエレメントの大群に向かって駆け出していた。