じゅうにこめの話
『……あー、あー……テステス……』
「聞こえてるからマイクテストはその程度で終わらせろ!」
突如、桃香の服から聞こえてきた声に、小百合は走りながらそう返事をした。
「それより、穴に落とされたと思ったら一面真っ白な状況だったんだけど、どういうことだ?」
『いきなり包囲されているような敵陣ど真ん中に放り出されたいですか?』
「そういうことなら仕方ないか。それともうひとつ、今のところ私らは適当に走ってるけど、この方向に走ってて大丈夫か?」
『えーと……あ、大丈夫です、そのままの方向で走ってもらえれば『紡ぎ手』のところに到着しますね。ところで、なにやら騒がしいようですが……』
小百合の質問に答えつつ、司書がそう言葉を続けようとしたところで、
「ああ……今は現在進行形で絶賛トカゲと全力鬼ごっこ中だ!」
司書にそう言うように、小百合は桃香と一緒に赤いトカゲに追いかけられていた。
『……あー、『回収口』をリペアしたやつですね。たぶん私がここら辺に送るだろうって感じで先回りされてたみたいですね』
「そんな分析はいい! どうにかする助言を頼む!」
司書のそんな言葉に小百合は走りながらそう言い返した。
「とりあえず、爆発させてみます?」
「途中で力尽きないように、できるだけ節約したいところなんだが……よし、やれ!」
そんな桃香の提案を受けて小百合はそう指示を出し、それを聞いた桃香はすぐに槍を出して追いかけてくるトカゲに向かって投げた。そしてそれはトカゲの頭に接触するのと同時に爆発を起こす。
「うっわー……グロ……」
爆煙の後から出てきたのは、頭が吹き飛んで無くなっているトカゲの姿だった。走りつつ振り返ってそれを見た小百合はそう呟き、
「やっぱり、あれも少しずつ直っていってますよね」
「トカゲになっても、やっぱり頭は直るのかよ」
同じように走りながら振り返っていた桃香が言うように、吹き飛んだトカゲの頭が傷跡からゆっくりと生えるように現れていた。
『やっぱり再生能力をいくらかは引き継いでるのでしょうね』
それを聞いた司書はそう横から説明を入れてきた。
「なんか他人事のように言ってるな」
『自分に直接干渉しないことは全てが他人事ですので』
そんな何気ない小百合の呟きにも、彼女は律儀に言葉を返してきた。
「まぁいいか。というかあのトカゲ、頭が生えるまで動かないってところもあの蛇と同じなのか」
『ただ同じような感じに作っただけなんでしょうね。まぁ、そういうことならあのトカゲはあまり相手にしないで、『紡ぎ手』だけを狙う方が手っ取り早いかとは思いますけど』
「それってつまり、ボスを倒せば取り巻きまとめて消えるという理屈っていう認識でいいんだよな?」
『だいたいそうですね』
「ところで、その肝心のボスってちゃんと倒せるようなものですか?」
小百合と司書の会話に入ってきた桃香の疑問に対して、司書からは沈黙だけが返ってきた。
「黙るな! そこで黙るな! すっごい不安になるから黙るな!」
そんな沈黙に耐え切れず、小百合がそう叫んだ。
『そう言われましても、ちょっと考える時間くらいください』
「考える時間が必要な時点で問題があるだろ!」
司書の返答にそう言いながら、小百合は後ろの様子を確認する。
「……何か見えてきました!」
それから少しして、走り続けている桃香が遠くを眺めながらそう言った。
「ああいう感じで見えてるってことは……あれ相当大きいだろ!」
桃香に続いて、小百合も遠くを眺めながらそう言った。
『まぁ、『紡ぎ手』はいわば貯水槽のようなものですから、大量のエネルギーを液体として蓄積させていくことを考えれば大きいのは当然ですよ』
「なんでそんなことを、なにそれ常識だろ的な感じで言ってんだよ!」
司書の言葉に小百合は間髪入れずにそう言い返していた。
『確かに大きいですけど、なんとかすればなんとかなるものです』
「説得力ねーよ! 実際になんとかしなきゃならないのはこっちの役割じゃねーか!」
『そうですよ、だから頑張ってくださいね』
「これすら他人事なのか!?」
『失敗しても私はまた逃げて隠れるだけなので、今やらなくても後回しできます』
「くっそー、あてにならねーな、あいつも!」
「あの、楽しそうな話に割り込むのはどうかとは思うのですが……」
小百合と司書の会話に割り込むように、桃香がそう小百合に話しかけた。
「楽しそうじゃねーよ。それで、なんだ?」
「いえ、あの大きそうなのですけど……あの形って、金魚鉢の上半分ですよね?」
「……悪い、よく分からない。つーかまだ明確な形が見えない」
「あの、視力は?」
「両目ともまだメガネはいらないレベルなんだが。そう考えると、お前の視力の方がおかしいだろ」
心配そうな桃香に、小百合はただそう言い返した。
「とりあえず、お前にはあれがはっきり見えてるってことで……他に何かあるか?」
それからすぐに小百合が桃香にそう尋ねる。
「んー……ちょっといろいろなものが上に浮いてますね」
「たぶんエレメントだな。最悪、後ろから来るトカゲから逃げながら、前のエレメントを相手にするのか」
「あと、金魚鉢のキュッてなってるあたりに、なんか赤い筒状のものが結構な数並んでますね」
「よく分からないが……ま、それが何かは近付けば分かるってことだ。というわけで桃香、ゴー!」
小百合は桃香との会話の最後に後ろを振り向きつつ、追いかけてきていたトカゲを指差した。それに合わせるように桃香が槍を投げ、それがトカゲの頭に刺さるのと同時に爆発する。
そしてそのまましばらく走り、小百合はそれがはっきりと分かるところまで到着した。
「なるほど……確かに金魚鉢っぽいな」
透明な半球体の上側に波打った形の口が開いたそれを見て、彼女はそう呟いた。
「それで、その金魚鉢の上に浮いてる青い石みたいなのが、その『紡ぎ手』ってやつなのか?」
『正確にはその空間周辺全部を含めて『紡ぎ手』なんですけどね。まぁ、それが核なのは確かです』
「つまり、あれをガツンとやれば終わるってわけか」
自分の疑問に対して返ってきた司書の答えを聞いて、小百合はそんな答えを出した。
「あの……金魚鉢はいいんですけど、このキュッとしている部分を覆うように並んでるあの赤い筒……」
「どうした?」
桃香が上に視線を向けながらそう震える声で呟いたのを聞いて、小百合はそう聞き返した。
「なんというか、人のようなものが中に入ってるっぽくて……しかも、全部に……」
「……まさかとは思うけど、私らと同じように死にかけてここに来て、あの蛇に飲み込まれた脱落した子たちってところか?」
『その通りです』
赤い筒を見上げながら答える桃香に、小百合もその赤い筒を見上げながらそんな疑問を口にし、それを司書が肯定する。
「よく分かりましたね」
「そりゃ、他には思い当たるような情報がないからな」
桃香の驚きに対して、小百合は淡々とそう答えていた。
「そうだったとしても、筒の数から見て十や二十なんて数じゃないですよ。そんなに脱落者なんていたんですか?」
桃香がその赤い筒を見上げながらそう尋ねた。
『まさかとは思いますけど、ここで戦っているのが自分たちだけだと思ってませんか?』
「なんとなく気になってたけど、その様子だとやっぱり他の曜日にもいるってことか?」
「他の曜日?」
桃香の服から聞こえてきた司書の声にそう小百合が聞き返し、それを聞いた桃香が疑問の声をあげる。
「考えてもみろ、私らは日曜にだけこっちに来てるだろ。でも、さすがにエレメントが日曜にしか沸いてこないなんてこと、普通あると思うか?」
「あー、なるほど、月曜から土曜までは他の人が担当してたってことですか」
「少なくとも日曜を私ら四人で担当してたってことは、他の曜日も四人でやってたと推測すると、少なくとも二十八人ものエレメンティア……つまり、死にかけたのがいるってことか」
「私と同じくらいの歳の子たちが、一年以内にこれだけ死にかけてたってのもきっつい話ですよね」
赤い筒を見上げながらそう二人は会話をしていたが、
『感傷に浸るのはそれくらいにして、さっさと終わらせてくれませんかね?』
「お前……スフィア並に空気を読まないな」
そう割り込んできた司書に、小百合はため息混じりにそう言い返した。
「さて、あれをどうするかってことだが……あれ、投げて届きそうか?」
「無理に決まってるじゃないですか」
そう気を取り直して青い石を指しながら言った小百合の疑問を、桃香はそう即座に否定する。
「となると……あれに向かって突っ込んでいくことになるんだろうな」
「さすがにこの数、どうにかできる自信ないですよ」
そう言い合う小百合と桃香の視線の先では、さまざまな形をした大量のエレメントが金魚鉢の中から次々と浮上してきていた。
「ちょっと待て、なんかあの金魚鉢の中から沸いてきてないか?」
『おそらく、あなた方が到着したところで『紡ぎ手』が危険を感じて、内包しているエネルギーを使って生み出しているのでしょう』
「そうなのか……だったら、こうすりゃいいんだよな!」
小百合の疑問に司書がそう答えた後、桃香が次の槍を出している横で小百合はそう言いながら両手を前に突き出した。その直後、金魚鉢と青い石の間に巨大な鉄板が現れ、浮上していたエレメントを押し返しながら蓋をする形で金魚鉢へと落下していった。
「これぞまさに、臭いものには蓋ってやつだ! さすがに全部押し込めるのは無理だったけど、これで結構な数を封じ込めることができただろ!」
その鉄板が金魚鉢に蓋をしたところで、小百合はそう言った。
「あとは、あの青い石のところまで道を作れば!」
そして彼女はそう言葉を続け、縦長の大きな鉄板を出す。
「とりあえず、これが道になるから、お前は全力で走っていって、全力であれをぶっ叩け!」
「分かりました!」
そんな小百合の指示を受け、桃香は何の躊躇もなくその鉄板に向かって走り出した。それに合わせるように縦長の鉄板はゆっくりと金魚鉢の方に倒れていき、それが金魚鉢に蓋をしている鉄板に寄りかかるようにして止まった。
それを確認した直後、小百合は身体から力が抜けるような感覚に襲われ、その場に膝をつく。
「くっそー……ここで限界がきたか」
そう呟きながらも彼女の視線は走っていく桃香を捕らえており、
「自分でやっといてなんだけど、あれ駆け上がっていけるのか?」
その先にある鉄板による上り坂を見てそう言葉を続けた。そんな小百合の心配を余所に桃香は鉄板を駆け上がっていく。
「滑り台の逆走は得意です!」
「それ自慢していい特技じゃねーだろ……」
聞こえてきた桃香の言葉に、小百合は苦笑しながらそう呟いた。
そこで、そのまま鉄板を駆け上がっていた桃香の先に、辺りを漂っていた無数のエレメントが明らかに桃香の進路を塞ごうと動いているのが小百合の視界に入ってきた。それと同時に後ろから物音が聞こえてきて、彼女はゆっくりと振り向く。そこには赤いトカゲが間近にまで迫ってきていた。
「よりにもよってこんな状況で……」
それを見た小百合は立ち上がろうとするが身体に力が入らずにもがいているところに、トカゲが口を開いて小百合へと近付いていき、小百合を飲み込もうと屈んだところで、
「……間に合ったー!」
そんな声と共にトカゲの頭に駆け上がっていったユキが、トカゲの右目に剣を突き立てる。それと同時に、そのさらに後ろの方から無数の青い光が上を飛んでいき、桃香の進路を塞ごうとしていたエレメントをまとめて射抜いていた。
「なんつーありがたいタイミングで出て来るんだよ、お前ら」
「いやー、自分でもビックリだわ」
そんな小百合の言葉に、ユキは剣をもう一本出してトカゲの左目に剣を突き立てながらそう答えた。
一方、鉄板を駆け上がっていた桃香は、エレメントを青い光が射抜いていく中をそのまま突っ切っていく。
「……あとは……跳ぶだけ!」
桃香はそう呟き、鉄板の先端に足をかけたところで一気に青い石目掛けて跳び上がった。そして目の前に迫ってきた青い石目掛けて手にした槍を思いきり振り下ろし、その槍が青い石に命中するとそのまま爆発した。そして桃香はその爆風に押し出されるような感じで、金魚鉢に蓋をしている鉄板の上に背中から叩きつけられる。
「あいつ、爆発するやつ気軽に使いすぎだろ……」
その様子を見ていた小百合がそんなことを呟いたところで、ゆっくりと爆煙が晴れていき青い石の姿がその中から現れる。
「あれで無傷なんか!」
「……いえ、あながちそうとは限らないわよ」
それを見てそう叫ぶ小百合の後ろに来ていたユキが、その青い石の様子を見ながらそう言っていた。
ユキが小百合にそう言うのとほぼ同時に、鉄板に叩きつけられた桃香は痛みに耐えながら上に視線を向け、そこに浮かぶ青い石の変化に気付き始めた。
「……ヒビが……」
その呟きの通り、青い石は桃香が槍を叩きつけた辺りからヒビが徐々に広がっていき、それに合わせて耳障りな音が徐々に辺りに響いていく。
「やっぱり、この音にはどうしても慣れないわね」
ユキが耳を押さえながらそう呟いたところでそのヒビは全体に行き渡り、そして弾けるように四散した。
白一色。
青い石が四散した直後、金魚鉢だけでなく辺りを漂っていたエレメントの姿も消え、白い風景だけが辺りを包んでいた。
「……あいたっ!」
その中で桃香は金魚鉢が消えた後、そのまま地面に背中から落ちた。
「……なんというか、何も残ってないんですけど……」
「『紡ぎ手』が壊れたので、ここに依存していた他の存在もこの場に存在を維持することができなくなったというだけですよ」
そんな奏の呟きに答えるように、司書は彼女の後ろからそう答えた。
「それで、なんであんたは平気そうにそこにいるのよ? あんたも似たような存在なんじゃないの?」
奏が驚いて振り向いた後に、そこにいる司書にユキはそう尋ねた。
「そりゃ、こうなることくらいは想定してましたから、とことんまで手を打っておいただけですよ」
司書は笑顔のままでそうユキに答えた。
「あのー……思いきり落ちた私を心配する声が一切聞こえてこないんですけど……」
そこに槍を杖にしながらゆっくりと歩いてきた桃香が、そこにいる四人にそんな苦情を言っていた。
「まぁ、お前ならたぶん大丈夫だろっていう先入観があるからな」
そんな桃香の苦情に、その場にしゃがみこんだままの小百合がそう言い返していた。
「そんなことより」
「私の落下事件そんなこと扱い!?」
桃香が後ろで文句を言っているのを放置する形で、小百合は司書にそう話しを続ける。
「さっきまで金魚鉢の周りにあった赤い筒、どこに消えた?」
「とりあえず影響の無い場所に移しました。これから一人ずつ身体と精神の剥離修復作業が始まりますよ。正直言うと面倒なんですけどね」
そんな小百合の疑問に、司書はそう答えるとため息をついた。
「さて……どうやら今日が終わりそうですから、早いところあなた方の精神を定着させないといけませんね」
そんなため息の後、司書は話を切り上げるようにそう言った。
「今日中にできなかったら、やっぱりまた来週もここに来ることになるのでしょうか?」
「どうでしょう……私がもうしばらくここを維持するので、たぶん来ることはできなくはないでしょうが、できれば今週中に全部終わらせたいので、できればもう来てほしくはないですね」
奏の疑問に司書がそう答え、
「そういや、他の曜日にも私らみたいなのがいるってことだよな。そいつらはどうするんだ?」
「私が適当にだましだましやって、クリアさせておきますよ」
そんな小百合の疑問にそう答えたところで、
「なので、あなた方はこれを使ってさよならですね」
司書は半透明な石を四つ取り出した。
「それって、確かスフィアの……」
「本来なら私が保管しておいたものを使おうと考えていましたが、せっかくなので失敬させていただき、ついでに分けておきました」
それを見たユキは呆れながらそう呟いていた。それに対して司書は笑顔でそう答えつつ、
「おそらくこれだけで皆さんは足りるはずですよ」
その石を四人に渡した。
「つまり、これを入れれば終わると」
それをひとつ受け取ったユキは、小瓶を取り出しながらそう言った。
「規定量が入ると自動で発動するようになっているので、ただ入れればいいんですよ」
司書の説明に促されるように、四人は小瓶の上にその石を乗せる。それが小瓶の中に吸い込まれた直後、その小瓶は白い光を発して四人をそれぞれ包んでいった。




